534話 怒りの永久機関

 契約が無事まとまったあとで、ヤンから成約の祝杯を挙げようと誘われた。

 特に深く考えずにうなずいたが、予想の大気圏外を突破して……宇宙にとんでいった。

 屋敷で祝杯程度だと思っていた俺が甘かった。


 市街地の飲み屋に連れて行かれたのだ……。

 もちろん、護衛はついている。

 護衛が『警備上の問題から貸し切りに』と言ったらヤンが鼻で笑った。


「こんなめでたい話はよぉ。

皆で騒ぐもんだよ」


 と言うわけで、安酒場に連行されて飲み会と相成ったわけだ。

 安酒場周辺はがっちり警備。

 店内に入る客もチェックされる有様だ。

 仕方ないけどね。


 ヤンが店内に入ると、客に笑いかけた。

 そこそこの客の入りだ。


「おう。

今日は俺っちの驕りだ。

皆、楽しもうぜ!」


 客たちは突然のことに一瞬静まりかえったが、俺が隣にいることで嘘ではないと思ったらしい。

 大歓声が響き渡る。

 隣のエミールは、両手で顔を覆っていた。

 どうやら常習犯のようだ……。

 そこからは、ラヴェンナでの狂乱がお遊戯のような騒ぎ。


 ヤンは俺の肩に手を回して、苦労話を涙ながらに話したと思えば……。

 成功した悪戯話を笑いながらしゃべり続ける。

 脈略もない話は、自慢話に変化して……。


「俺のイチモツは凄えんだぞ! 小便するくらいしか使い道がないがな!」


 全裸になって、イチモツ自慢を始める。

 自慢するだけあってデカい。

 揚げ句の果てには、テーブルの上で裸踊りまで始める始末。

 こんな盛り上がりは嫌いではない。

 だがな……。

 さすがに、目の前でイチモツをブラブラされると現実逃避したくなる。


「大股で踊ると、長い槍が長い影を落としますね……」


 俺のボヤキにヤンは大笑い。

 テーブルから降りて、俺の背中をバシバシとたたく。


「あんちゃん! 良いセンスしてるじゃないか! 気に入ったよ! 使わせてもらうぜ!

これから俺は長槍のヤンとでも名乗ろうか!」


 ウェスパシアヌスの言葉をもじっただけで、俺の発想じゃないけどな……。


 ヤンは酒に関しては底なしのようだ。

 夜も更け始めたころ、店主が恐る恐る酒が無くなったと告げて……お開きとなった。

 エミールから平身低頭で謝られて、今日の代金は契約金から差し引いてほしいと言われてしまった。

 手もちは当然ないだろうな。

 その覚悟はしてきたから問題ないが。


 店主には、代金を計算して請求するように頼んだ。

 部屋に帰り着くと、激しい疲労感に襲われる。

 そのまま、ベッドに入って寝てしまった。

 オフェリーが、何かブツブツ言っていた気がするが……。


                  ◆◇◆◇◆


 翌日は、二日酔いもなく目が覚めた。

 執務室に入るとキアラが、何か言いたそうな目で俺を見ていた。

 ジト目に近い。

 オフェリーはエテルニタを抱きかかえながら、表情が緩みきっている。

 だが俺を見る視線は冷ややか。

 相変わらず器用だなぁ。

 オフェリーの機嫌が直るのは、何時になるやら。

 俺が席に座ると、キアラも隣に座った。


「お兄さま。

あの方を、本当に雇うおつもりですの?」


「ええ。

正式に契約書も交わしましたからね」


 キアラは小さくため息をついた。


「無礼を通り越した何かを見た気がしますけど……。

その才覚を買ったのですか?」


「そんなところですね」


 キアラは真顔に戻って、小さく首をかしげる。


「傭兵団長を雇うなんて、他の傭兵団が押しかけてきません?」


 そんな心配は無用だ。

 ちゃんと条件があるから。


「今回はロッシ卿の推薦状があったからですよ。

もしまた持ってくる人がいたら雇うでしょう。

持ってこなければ門前払いです」


 キアラは納得したようにうなずいたが、すぐに頰を膨らませた。


「昨晩の乱痴気騒ぎを聞いたとき目の前が暗くなりましたわ。

ロンデックスさんだけが裸踊りをしたから、まだ良いですけど。

お兄さままでやり出したら大変です。

お姉様に知れたら、私がお説教される羽目になりますのよ。

あのお説教は、とってもしつこくて大変なのはご存じでしょう?」


 ミルは怒りのスイッチが入ると、人が変わったように怒り始める。

 それがまた、大変。

 怒っていることにも怒り出す。

 怒りの永久機関と化すのだ……。

 

「衆人の前で、服を脱ぐ趣味も必要もありませんから大丈夫です。

あとロンデックス殿は、直感で動く天才肌の人間です。

仮にリカイオス卿と戦うときには役に立つと、ロッシ卿が見たのでしょう」


「ラヴェンナの人材でも、まだ足りないのですか?

かなりの陣容の厚さだと思いますけど」


「リカイオス卿傘下でこれはといえる将軍は、ペルサキス卿1人です。

こちらはペルサキス卿に勝てなくても、ロッシ卿、ガリンド卿、メルキオルリ卿、ポンシオ将軍、そこにロンデックス将軍が加わるわけです。

しかも全員個性が違います。

これは大きな相乗効果を生むでしょう」


 チャールズは攻撃が得意。

 ベルナルドは攻守のバランスに優れている。

 ロベルトは都市防衛や野戦での防御が得意。

 ポンシオは砦や要塞の守将としては、ラヴェンナでは一番だろう。

 そこに、陽動やゲリラ戦闘に長けているヤンが加わる。


「先を見据えての布陣なのですね。

そう考えると……。

ラヴェンナって将軍の層が、とても厚いですわね」


 これは俺が他の領主に自慢できることだ。

 ひとりの将が負けても、全体の敗北にはならない。


「ひとりに頼り切る組織は弱いのですよ。

その代わりに、爆発力はありますがね。

長期的な目で見ると危険でしょうね」


 それにひとりだけが重用されるより……席が多い方が、出世のためのモチベーションも高くなるだろう。


「あの下品を越えた何かは、想像もつきませんが……。

お兄さまはあの方を、結構気に入っておられるのですか」


「まあそんなところです。

品性は気にしません。

人に利用され続ける人に、何か良いことがあっても良いでしょう。

それこそ才能はあるのですから。

さすがに能力がなければ、私の好みで人材登用はしませんよ」


 能力があって報われない人は、活躍の場を与えてみたくなるのは俺の性分だな。


 そんな会話を知らないヤンは、昼過ぎに訪ねてきた。


 酒屋の主人への支払いは既に済んでいたので、契約金から差し引いた。

 その説明をしたが……契約金の額も忘れたのか、頭をかいて笑っている。

 そしてロンデックス家への書状を受け取って、意気揚々と去っていった。


                  ◆◇◆◇◆


 年は明けても、まだ寒い。

 この前は、10年ぶりの雪が降った。

 水道は流しっぱなしなので、凍結の心配もない。


 農作物への被害についても、問題はなかった。

 幸い小麦は冷害に強い。

 長く降り続かなかったから、夏の収穫には問題ないだろう。


 寒さの弊害として、エテルニタはカルメンのポケットから出てこなくなった。

 執務室に避難するときには、キアラかオフェリーの膝の上が定位置。

 絶対に、暖をとるという鉄の意志だ。


 そんな寒い日の最中、モデストが訪ねてきた。

 ボドワン関連の情報で、何か掴んだのか。

 執務室に直接来てもらうことにする。


「シャロン卿。

寒かったでしょう。

温かい飲み物を持ってきてもらいましょうか?」


 モデストは俺の言葉にほほ笑んだ。


「こんなときは、エールが良いですな。

酒が1番ですよ」


 キアラがメイドを呼び出して、指示を与える。

 エールが届く間は、簡単な世間話に終始した。

 もっぱら、カルメンの話題である。


 温和な父親が娘の話を聞きたがる光景なのだがな。

 内容は毒の研究やらなんやらと……。

 心温まることこの上ない。

 エールが届くとモデストは、口をつけて満足気にうなずいた。


「ここのエールは、なかなかの味ですな。

ここに来る楽しみが増えそうです。

では……中間報告になりますが、ボドワンの件をご報告します」


 使徒騎士団にいた僧籍の男で、ウジェーヌの腹心。

 細かい経歴は不明だが、不可解なほど広いコネがある。

 やはり、世界主義の一味なのだろうな。


 そして最近シケリア王国で、その姿が目撃されたらしい。

 人相風体は聞き込みで判明した。

 それをキアラの許可をもらって耳目に訪ねたところ、目撃情報がでてきたわけだ。

 ラヴェンナとシケリア王国はお互いの領地に、出先機関を作ってある。

 シケリア王国につくった出先機関の職員が、それらしい男を見かけたらしい。

 

 リカイオスともコネのある商会に出入りしているところを目撃したそうだ。

 その場にそぐわない風体なので、職員が覚えていたらしい。

 現在はその商会との関連について調査中。

 国家関係にも関わるデリケートな問題なので、俺への報告にきたとのことだ。

 調査すべきか否か。


「なるほど、探ってみる価値はあるかも知れませんが……。

あそこでは我々は余所者ですからね。

活動の範囲も限られそうです」


「左様ですな。

私は顔が知られています故、出向くとかえって警戒されましょう」


「リカイオス卿が実は、ボドワンとつながっていると……やぶ蛇になりかねませんね」


「そこで一つ、提案がございます」


「伺いましょうか」


「私の腹心を、ラヴェンナの出先機関の職員として潜入させていただきたいのです。

彼はシケリア王国の出身でしてね。

といっても奴隷上がりですが、奴隷には顔が利きます。

表では聞けない情報も探れるでしょう。

それこそシケリア王国では、奴隷の売買が活発です。

商会などは肉体労働をさせるために、奴隷を雇い入れたりします。

奴隷階級同士のつながりも存在しますからね」


 奴隷といっても、よくあるファンタジーもののように、鎖でつながれているわけではない。

 確かに売買が成立するまでは、牢屋に入れられる。


 買われたあとは、雑居部屋が普通らしい。

 学がある高価な奴隷は、専用の部屋を与えられるがな。


 行動の自由自体は、ある程度存在する。

 奴隷用の酒場も存在するくらいだ。

 もちろん戻ってこない場合は、連帯責任を問われるわけだが……。


 逃走防止の仕組みは、他にもある。

 首輪をつけさせられて、魔法の鐘から一定距離を離れると激痛が走る。

 そしてその鐘がなる仕組み。

 魔法を使った逃走防止だな。


 そんな奴隷階級同士でのつながりは、強いものがある。

 奴隷内でも学のある奴隷と、そうでない肉体労働専用の奴隷では交流はないが。

 むしろ仲がとても悪い。


 持ち主にしても、過酷な労働で使い潰してしまうと労働力の損失になる。

 結果的に新たな奴隷を雇い入れるのもコストがかかる。

 特に新しく奴隷を買うときに、奴隷税などが領地によっては存在する。

 ある程度は、奴隷の健康に留意するのが一般的だ。

 そして一定の年数奉仕すると、解放奴隷にするのが習わし。

 奴隷のモチベーションを上げる必要があるからだ。


 あまりに残虐なことをすると、使徒に懲罰されるといった抑えもあった。

 それが発展して、現在のような形に落ち着いたらしい。

 今はどうなのだろうな。

 ラヴェンナでは奴隷を買う習慣はない。

 移住してきた商人がつれてくるくらいだ。

 なので奴隷事情に、俺は疎かったりする。


 確かに、モデストの提案は合理的だ。

 ただし発覚したときのリスクが問題か。

 今まではさして重要でないと思っていたが、重要度が一気に上がった。

 やるべきだな。


「適任ではありますね。

分かりました。

お願いしましょう」


「彼を宿舎で待たせています。

呼んでもよろしいでしょうか。

今後は私を通さずに、直接ラヴェンナ卿やキアラさまにご報告する機会もあるかと思いますので」


「分かりました。

呼んでもらえますか」


                  ◆◇◆◇◆


 呼ばれてやって来た男は、縮れた毛と濃い髭、青い瞳をしていた。

 血色の悪い肌の割に筋骨隆々。

 美男子というより、魅力的な男性といったところ。

 歳のころは30前だろう。

 男は俺に、深々と一礼した。


 モデストがその男に笑いかけた。


「ご紹介します。

私の腹心のオルペウスです。

名字はありません」


 生まれながらの奴隷なら名字はない。

 解放されるときに、主人の苗字をもらうのが一般的。

 なしのままなのは、何か理由があるのだろう。

 それを詮索する必要もないか。


「なるほど。

ではオルペウス殿、貴方をラヴェンナ出先機関に派遣しましょう。

公的な身分はどうしましょうか?」


 オルペウスは謹厳な表情のまま、少し目を閉じた。


「自由に動ける必要があります。

相談役のような形にしていただけると幸いです」


 声は低いが落ち着きがある。

 世が世なら、声優にでもなれるのではと思いもした。


「分かりました。

では顧問という形にしましょう。

暇なときは相談にでものるフリをしてください」


「承知致しました」


 あとは任せて待つだけだな。

 デステ家はそろそろ片が付くだろうし、傭兵の件ももうじきだろう。

 ラヴェンナに戻る日も近いかな。

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