533話 無礼な個性派
デステ家包囲中で兵糧攻めモードとなっている。
そんな軍から、俺に急報が届いた。
兵糧は不足していないし、一体何事かと思ったのだが……。
まず、チャールズからの書状を読んだ。
つまり面倒臭くなって、俺に回したわけか。
まあ俺が現場指揮官でも、偉いヤツに回すな。
そんな問題だ。
オフェリーは治癒術の講義で不在。
応接室にキアラを伴って、直訴に対応する。
応接室で待っていたのは、ずんぐりした体格の男。
ずんぐりしているが、筋肉がすごいな。
アーデルヘイトが見たら騒ぎだしそうだ。
「ロンデックス卿。
お待たせしました」
ヤン・ロンデックス。
某小説で有名な提督ではない。
あっちは苗字だしな。
貧乏貴族ロンデックスの長男。
父と母は美男美女だが、この御仁は不細工。
四角い顔に、団子っ鼻。ギョロリとした目に縮れた毛。
太い眉に、厚い唇。
ヤンは座ったまま軽く手を振った。
もう1人の痩せて神経質そうな男は、俺の入室と同時に起立していた。
その男が慌てて、ヤンの腕を引っ張る。
「ヤン! 失礼だろう!
ちゃんと席を立て」
ヤンは座ったまま唇を尖らせる。
「エミールは相変わらず細けぇなぁ。
どうせすぐ座るんだからいいだろ」
子供の口答えのような感じ。
それでもこの御仁は38歳なんだよな。
ただ目が、純粋な子供のそれだ。
不思議と違和感がない。
キアラは予想通り少しむっとした顔をする。
俺は笑って席に座る。
「構いませんよ。
お連れの方も座ってください」
エミールと呼ばれた男は、恐縮した風に一礼して着席した。
ヤンの幼なじみで腐れ縁。
事務的なことや交渉事が不得手なヤンを、陰で支えている苦労人か。
元々輔祭だったがヤンがあまりの危なっかしいので、教会の席はそのままについて回っている。
ヤンが自慢気に、エミールに笑ってその肩をバシバシとたたく。
「ほらな。
ラヴェンナさまは、そんな細かいことは気にしないってよ。
一目見たら分かったよ」
このヤン・ロンデックスという御仁。
名前は、全く知らなかった。
長男だったが、不細工なため両親に嫌われてしまった。
青春時代は、グレて悪戯三昧。
喧嘩や狩りに明け暮れていたらしい。
素行の悪さもあり家中の支持はない。
美男である次男に、家督を奪われて家を放り出された。
そのあとは冒険者として名を上げていたらしいが、内乱で傭兵に転職。
どうも、周囲に担ぎ上げられたらしい。
傭兵といっても領民などから略奪をしない、風変わりな傭兵だったと。
給金が滞れば、雇い主を締め上げて金を奪っていくそうだ。
決して弱いものから奪ったりしない。
ユボーも昔はそうだったのだろうな。
そして実家の治安が悪くなったときに請われる形で防衛に携わったと。
肉親ということなのでなあなあの契約をした。
それがアダとなった。
デステ家討伐の際に、ロンデックス家はこちらに与同している。
治安が安定したこともあって、ヤン率いる傭兵隊が邪魔になったらしい。
給料の支払いをケチりだした。
領内の復興で、金がないと言い出したらしい。
実際そのとおりでもあったのだが……。
騒動が起こりそうになったが、チャールズが騒動の禁止を布告していた。
実力行使ができないなら訴えるしかないと。
ヤンはチャールズに、直談判に及んだわけだ。
包囲作戦で暇なのは兵士だけで、総指揮官は違う。
面倒臭くなったのだろう。
各領主に軍事的に命令する権限はあるが、内政にまで干渉するのは難しい。
できるだろうが時間がかかる。
早く解決したければ、俺に直訴しろと。
このヤンの経歴などが送られてきたことを見ると、チャールズ自身が有為な人材と判断していたのだろう。
そうでなくては、ここまで早く経歴は出てこない。
「それでロンデックス卿。
私に訴えたいこととは?」
ヤンは照れたように、頭をかくと大笑いした。
「ロンデックス卿なんてよしてくれよ。
貴族じゃねぇんだ。
ロンデックスでいいよ」
「ではロンデックス殿。
訴えたいこととは?」
「実家のヤツらがさぁ。
酷いんだよ。
助けてくれって泣きつくから、助けに来てやったのによぉ。
安全になったと思ったら払うものケチりだしやがった。
約束したらちゃんと払う。
当たり前だろ? 俺1人ならともかく……仲間がいるんだ。
そいつらをただ働きさせるわけにはいかねぇよ」
この馴れ馴れしいというか、素朴というか……。
普通の隣人と話すような口調に、キアラの頰が少し引き攣っている。
隣にいたエミールが、ヤンに肘打ちをする。
「ヤン! ラヴェンナ卿に、敬語くらい使え!」
「だってよぉ。
生まれてから敬語なんて使ったことないんだぞ。
だからラベンナさま。
かんべんな」
「構いませんよ。
それでロンデックス家に、給料をちゃんと支払えと命令してほしいのですね」
ヤンは俺の言葉に破顔大笑。
「そうそう。
話が分かるあんちゃんで助かるよ」
キアラの顔から、表情が消えた。
かなーり怒っているな。
俺は、つい面白くなって吹き出しそうになってしまった。
「命令するのは構いませんがね。
無給ですよね。
傭兵隊の食糧などは大丈夫なのですか?」
「そっちはありがてぇことに、ロッシさまが分けてくれたから大丈夫さ。
さすがに親父たちも、ラヴェンナさまの言いつけを無視することはない。
大丈夫だけど……なぁ」
陽気で礼儀を知らない男が、突然難しい顔になった。
「どうかしましたか」
「ああ、いやぁ。
仲間に聞かれているんだけどな。
この先どうするのか聞かれても、俺には全然分からないんだよなぁ。
今までは人に頼まれたからやってきたけどさぁ。
考えるのは苦手なんだよ……」
「なら、私が雇いましょうか」
暗に雇ってくれというつもりではなかったらしい。
本心から愚痴をこぼしただけのようだ。
目を丸くして驚いている。
「おっ? いいのかい?」
「ええ。
ロッシ卿からも推薦がありましたからね」
ヤンは頭をかきながら、照れ笑いを浮かべた。
「いやぁ、助かるよ。
一応、俺は、皆のリーダーだからさぁ。
連中を食わしてやらないといけないのよ」
「もし功績を立てれば、ロンデックス殿を領主に推薦しますよ」
突然ヤンは、大げさに手を振った。
「あ~。
有り難いんだけどさぁ。
俺は頭が悪いから、領地の経営なんてできないよ」
なんというか。
素直だな。
子供のまま、中年になったというべきか……。
余計なお世話と知りつつ、助言をしたくなる。
「いつまでも、戦争が続くわけでもないでしょう。
そうなってから、冒険者に戻れないでしょう。
人数も増えていますからね。
それに領主が頭脳明晰である必要はありませんよ。
信用できる頭の良い人に、実務を任せて見守れば良いのです」
ヤンは隣のエミールを見て、ニヤリと笑った。
エミールは天を仰いだあとに、両手で顔を覆った。
子供のような中年のお守りは、さぞ大変だろうな。
「それもそうかぁ。
先のことねぇ。
まあラヴェンナさまは、約束は守る人だって話だからな。
そんときは一つ頼むよ」
さすがに我慢できなくなったのか、エミールが再びヤンに肘打ちをする。
「ヤン! ラヴェンナ卿に、そこまで馴れ馴れしくして……。
も、申し訳ありません。
決してラヴェンナ卿を、軽く見ているわけではないのです。
コイツは礼儀など、全く知らないのでして……」
ヤンは腕組みをして、フンと鼻を鳴らした。
「おい、エミール。
俺はラヴェンナさまを、甘く見てない。
今まで会った人の中で、一番怖いと思ってるぞ。
でも優しい噓つきより、怖くても約束を守ってくれる人だろ。
お前も言っていたじゃねぇか」
まあ、真理ではあるな。
あまり世情に詳しくないであろうこの御仁にまで、評判が広まったのかなぁ。
「おや、そんなに怖がられるようなことをしましたかねぇ」
ヤンは大げさに、手を振った。
「違う違う。
会って話すと分かるんだ。
怖い人だとこー尻の穴が、キュッっと締まるんだ。
今までで一番締まってるよ。
なんなら見せようか。
クソがこのあと出るか心配だよ」
キアラはあまりの下品さに、あんぐり口を開けている
こんなキアラは初めてだな。
ここまで下品な会話は、転生前を含めて初めてだろう。
俺は何とか笑いを堪えようとするが、体が震えてしまう。
エミールは俺が怒ったと勘違いしたのか、真っ赤になってヤンに顔を近づけた。
「ば、馬鹿! ど、どこに目上の人に向かって、尻の穴を見せるヤツがいるんだ!」
堪えきれずに、俺は笑いだしてしまった。
「見せていただかなくても結構ですよ。
先ほどのお話通り、ロンデックス傭兵団を雇いましょう。
正式な契約なので、書面を取り交わしたいのですが……」
書面と聞いて、ヤンの顔がげんなりしたものに変わった。
「エミール。
俺は字が読めないからよ。
任せる」
交渉はエミールとしてくれと。
妥当なところだろう。
だが署名はトップのものでないといけない。
「それは結構ですが、今までサインはどうしていたのです?」
「そりゃ手形でバーンよ。
ちょっと汚れるけどさ、ズボンでこすればいいだけだからな」
キアラは、黙ったまま天を仰いでいた。
カルチャーショックといったところか。
両手で顔を覆うエミール。
この御仁は、実に面白いな。
「じゃあ契約書は、サインの欄を大きくとっておきましょう」
初めて、こんな申し出を受けたのだろう。
ヤンは破顔大笑して、自分の膝を手でバシバシたたいた。
「おっ、いいねぇ。
話の分かる人だ。
こんな人に雇ってもらえるとは……。
俺っちにも運が向いてきたかな。
占い師の姉ちゃんのいったこと当たったなぁ……」
ないと思うが、念押しが必要な話がある。
「契約したからには軍規は守ってもらいます。
略奪などは厳禁ですからね」
ヤンは少し憤慨した顔になって勘弁してくれ、といわんばかりに手を振った。
「おいおい。
舐めてもらっちゃぁ困るな。
武器を持たない皆から飯や金を奪うなんて、格好悪くてやってられないさ。
それにさぁ」
「他にも理由が?」
ヤンは身を乗り出してニヤニヤする。
「町でパーッと飲むときさ、そんな乱暴なことをしたら……皆に嫌われちまう。
遠巻きに見られながら飲むのって寂しいしさぁ。
こう見えても、俺はちょっとした人気者なんだ。
人気者は寂しくなると辛いからね」
確かに庶民受けするかもしれないな。
俺のように澄ましているタイプよりずっとな。
なんとも破天荒だが、チャールズがわざわざ推薦するくらいだ。
軍事能力は確かなのだろう。
ゲリラ戦などの名手と書いてあった。
ウチの軍隊にそんなタイプはいない。
だからこそ丁度良い。
そして俺に回した理由も分かった。
これだけ無礼な個性派だ。
長期的な雇用を考えるなら、俺の許可が必要と思ったのだろう。
礼儀知らずでも悪意はないし、政治的な思想もない。
なにより武器を持たない領民から略奪をしないのは、そこらの騎士よりも余程高潔だろう。
たとえ、動機が人気欲しさだとしてもな。
しないという結果さえあれば問題ないと思っている。
どんなに高尚なことを言っても、略奪や徴発をするような連中とは比べるべくもないだろうさ。
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