529話 閑話 讒言騒動

 讒言騒動は当然、現場に届く。

 そんな騒動を、現場の総指揮官であるチャールズ・ロッシはさめた目で見ている。

 周囲はかなり心配らしい。

 部下の1人が、血相を変えて陣幕に駆け込んできた。


「ロ、ロッシ卿。

こんな不穏な噂を無視していたら危険です。

早く御主君の元に赴いて弁明されたほうがよいかと!」


「考えてもないことを弁明して、どうするのかね。

そんなつまらんことを伝える前にやることをやるんだな。

紙一つで右往左往するなら、敵にとって有り難いだろうよ」


 こんなものを、ご主君が真に受けるはずがない。

 万が一に真に受けたら、どうしようもない。

 気がついたときには、こっちは詰んでいるだろう。


 つまりの悩むだけ無駄ということだ。


 ある程度、統率が取れている兵士たちでこの有様だ。

 寄せ集めが多いベルナルドの軍は、もっと大変だろうな……としみじみ思ったのであった。

 

 そして信じられる主君をもつのは、家臣にとってどれだけ幸せなのかも痛感してしまう。

 これが前の主君だったら、速攻で命がないな。


 こんなことで動揺して攻略が遅れてしまっては、面目が立たない。

 それにこんな噂は、ご主君が対処してくれるだろう。


 しかし偉くなると、いろいろな苦労が増えてくる。

 冗談めかして、ご主君に偉くなるものじゃないといったが……。

 ジョークにしては笑えないと思ってしまった。

 

 偉くなって嫌がる人ほど、こんなときには有り難いものだ。

 しかもそんな人は、もっと偉くなりそうだ。

 ある意味皮肉だが……なってほしくない人が偉くなるよりはずっとマシだろう。


                  ◆◇◆◇◆


 チャールズに心配されたベルナルドといえば。

 実はかなり慣れている。

 前主がまさに、その類いで踊り出す手合いだったからだ。

 部下が騒ごうとも、『成すべきことをせよ』で退けている。


 違うのは前主のときは、どうせ介入されるか……後ろに下げられる。

 それなら後任が、仕事をしやすいようにやることをやっておく。

 そんな心境だった。


 今回は違う。

 ご主君は絶対に、相手にしない確信がある。

 だからこそやれることをやって、次の行動をスムーズにしたかった。


 周囲からは凋落だの、過去の人など陰口をたたかれている。

 本人は望んでいた環境が与えられたことに充実していた。

 背後に信頼できる主君がいる喜び。

 その主君の実力が計り知れない。

 自分を、どう使いこなしてくれるのか。

 そんな期待に満ちていた。


 『過去に戻りたいか?』と聞かれても、即座に断る自信がある。


 たとえ100万の兵を与えられる旧主と100程度しか与えられない今の主だとしてもだ。

 全く考えは変わらない。


 だからベルナルドにとって、今はとても幸福な時であった。


                  ◆◇◆◇◆


 こんな報告を受けたのはウェネティアだけではない。

 スカラ本家にも届いている。

 対応は素っ気ないものだった。

 当主代行をしているバルダッサーレが、アルフレードと同じポーズで紙をクシャクシャに丸める。

 黙って屑籠にシュート。

 弟と違って、兄のシュートはゴールしたわけだが。


「あいつがなんとでもするよ。

それよりアルフレードには、俺の結婚申し込み問題を解決してほしいよ。

くそっ……もげろ」


                  ◆◇◆◇◆


 傭兵本隊と対峙しているアミルカレとプリュタニスの元にも、この報告は届いた。

 アミルカレは夕食を、共にしてるプリュタニスに苦笑してみせた。


「紙をばら撒いたことが、やぶ蛇になる。

私はそう思うね」


 プリュタニスも、小さく肩をすくめる。


「同感です。アルフレードさまの怖さを知らない人は幸せですね。

無知とは罪ですよ。

なによりアルフレードさまはこの手の、姑息な手段を嫌います。

倍返しでは済まないと思いますよ」


 プリュタニスはここにきて、才能が花開いたようだ。

 策はことごとく的中。

 今やスカラ家の本隊で、名実ともに№2の地位を占めている。

 若き天才将軍といわれて重きをなしている……といったところ。


 それでも本人は、アルフレードの足元にも及ばないという。

 幸か不幸か、調子に乗ることがない。

 それがまた評価を高めるのだが、そのアルフレードはどれだけのヤツなのだ……と当然噂になる。

 傭兵6000人を一夜にして殲滅した話を聞いて、傭兵の手強さを知る騎士たちは顔面蒼白になっていた。


 アミルカレとエドモンドは、引き攣った笑い。

 まさかここまで、とは思っていなかったらしい。

 アルフレードの怖さを十分に知っているプリュタニスはさして驚かなかった。


 火も水も使えないだろう。

 どうやって仕留めたかには興味があった。

 

 そんなことよりプリュタニスの頭を悩ませる問題がある。

 結婚の申し込みが相次いでいることだ。

 そこは後見人たるアルフレードの許可がないとダメ、といって突っぱねているが。


 この内乱で、3人の男性が一気に結婚市場での注目の的になっている。

 アミルカレ、バルダッサーレ、プリュタニス。

 

 この3人には、別種の悩みがつきないのであった。


                  ◆◇◆◇◆


 ラヴェンナ本土にもこの情報は届いている。

 閣議でキアラの代行で出席しているアダルベルトが報告を終えた。

 一同は相手にしない雰囲気。

 冗談が席上でも飛び交うが、突如全員が無言になった。


 異様な雰囲気を察した一同。

 視線の先はミルヴァだった。

 最近はアルフレードよろしく、閣議で常に穏やかな表情でほほ笑んでいる。

 つまり表情を一切変えない。


 だが雰囲気が違う。

 ミルヴァはアダルベルトから、紙を受け取ると手のひらにのせる。

 紙がちょっと浮いて、即座にみじん切りになった。

 早業の魔法。

 表情一つ変えずに、これをやるのだ。


「こんな下らないことをして……アルの戻りが遅くなったら、どうする気なのかしら?」


 一同ドン引きである。

 マガリが、肩をふるわせて笑いだした。


「安心しなよ。

帰りは変わらないさ。

それより坊やに心配をかけないように、こっちはいつも通りにしておけばよいのさ」


 ミルヴァが怒りだすのは、アルフレードの足を引っ張るような話題。

 最近迫力が増して、皆陰で恐れ始めていた。

 そうなると構わず発言できるのは、老人2人である。

 片割れのオリヴァーも苦笑している。


「そうですな。

恐らく出所を探るでしょうな。

そのときに、キアラさまから指示が来るでしょう。

それに対応できればよいと思いますよ」


 ミルヴァははっと、我に返った。


「そ、そうね……。

どっちにしても、早く片付かないかしら……」


 閣議がアルフレード主催時は、なんとなく緩い雰囲気だった。

 今は、ちょっとピリピリしている。

 なので一同も早くの帰還を望んで、一様にうなずいたのであった。

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