530話 物理的な違和感

 讒言の情報は、すぐに回答が得られるものではない。

 耳目に頑張ってもらおう。


 デステ家討伐は順調に進んで、防御拠点は残り一つ。

 そこが陥落すれば本拠地のみ。


 そんな最中オフェリーに、手紙が届いた。

 黙って、俺の隣で開き始める。

 一緒に見ろと。


 読むとマリー=アンジュからのものだ。

 教皇が崩御したと。

 とっくに死んでいて隠しきれなくなっていたのか。

 それとも本当にそうなのか。


 この手紙からではうかがい知れない。

 そしてもう一つは、カールラを嫁がせてくれたことの感謝が長々と述べられていた。

 負担がとても軽くなったと。

 使徒もただ崇拝するのではなく直言してくれるカールラに喜んでいると。

 やはり、マリー=アンジュは限界寸前だったらしい。


 カールラの直言は、言い方がうまいのだろう。

 心を隠す達人なら、使徒を転がすのもわけないといったところか。

 政治的な駆け引きもできるので、すっかりハーレムの中で頼れるお姉さんになっているらしい。


 そのあたりは、特に何も予想していない。

 定めた内容は予想外だった。

 ラヴェンナ式の統治方法はいやだといったので、使徒ユウに決めさせたらしい。


 でてきたのが律令官。

 官位を一気に書き出したらしい。

 太政大臣とかを手紙で見たときは、思わず吹き出しそうになった。

 

 細かく制定したあたり、悪霊にwikiでも覗き見させたのか。

 違うな。

 知識をのぞけるといっていたから、誰かの知識から引っ張ったのだろう。

 頑張って力を消耗させてやってくれ。

 

 唐の永徽律令をローカライズしたのが、日本の大宝律令だが……。

 吹き出しそうになったが、実はそう馬鹿にした話ではないのかもしれない。

 唐の律令が皇帝中心の政治体制。

 日本の律令は太政官に権力を持って、太政官は合議制。

 そして天皇の裁可を得る形。

 意識したのかは不明だがな。

 思ったより妥当な政治形態と言うべきか。

 一つの君臨すれども統治せずの形ではあるな。

 嫁たちが太政官となるわけか。


 まあ頑張ってくれや。

 俺の微妙な表情に、オフェリーが不思議そうな顔になる。


「アルさま。

意外ですか?」


「いいえ。

どうするかとか予想していないので。

まあ、マリー=アンジュさんがパンクしなくて済んだようですね」


「ええ。

マリーがここまで感謝したのは、初めて見ました。

いつもならもっと思わせぶりだったり、余裕をみせるのですが……」


「彼女もまだ子供ですからね。

無理もありませんよ。

それより教皇崩御にともなって、新しい教皇をどう選任するのか……。

そこが大事ですね。

もし死亡を隠していたのなら、次期教皇選出の目処が立ったと言うことになります。

それ以外なら長引くでしょう」


 キアラは、ちょっと大きくなったエテルニタを撫でていた。

 1週間でも、子猫はすぐに大きくなる。

 俺への威嚇はなくなったが、手をだそうとすると逃げる。


 撫でられると心地よくなって寝るのだが……。

 ヘソ天している。

 キアラはそんな丸出しのお腹を、優しく撫でている。


「お兄さま。

教皇によって何か、教会の対応が変わるのでしょうか」


「どうでしょうね。

急激に何かが変わることはないと思います。

使徒も健在なので、今までの方針を一気に変えることもできないでしょう」


「つまり特に考慮しないと?」


 キアラは、撫でる動きは止めない。

 この子猫は……元々野良のはずなのに、警戒心がすっかりなくなってる。

 ヘソ天で幸せそうに寝ている猫。

 悪い光景ではないがな。

 ただイビキをかいているのはどうなのだ。


「いえ、内部の統制を強めるでしょうね。

まずはそこからでしょう。

そうなると、世界主義がどうでるか。

そのあたりが不透明なのですよね。

そういえばグスターヴォ司祭は、姿をくらませたのですよね」


「ええ。

襲撃が失敗した後に、行方が知れません。

無関係とは思えませんね」


「でしょうね。

恐らく私から、目をつけられていることは察知しているでしょう。

気がつかない程度の間抜けなら良かったのですけどね」


 エテルニタは目を覚まして、キアラの手を相手に遊び始めた。

 くうねるあそぶ。

 そんな感じだな。

 俺も猫のようにダラダラ生きたい。


「そこは相手の知性を期待しないのですか?

知恵者って大体、そんな戦いを好みますよね」


 まあ普通ならそうなんだろうね。


「個人なら知恵比べをして楽しむのもありでしょうね。

ですけど、私は個人であり得ません。

大勢の運命が、私の判断にかかっているのです。

相手が馬鹿で楽に勝てるほうが良いですよ。

だからこそ私は、英雄には向かないのですけどね」


 キアラは、ちょっと気まずそうにエテルニタを撫で始めた。

 妹からすれば、頭脳戦を楽しむ兄貴のほうが頼もしいのだろう。


 悪いが優劣に興味がないからな。

 他人を賭けに巻き込むのが嫌なだけだ。

 俺1人なら楽しんだかも知れない。


 統治者で頭脳戦を楽しむ人を否定する気などない。

 俺がその気にならないだけだ。


「そうでしたわね。

それでどうされますか?」


「これも待ちでしょうね。

こちらがどうこうできる話でもありませんから。

相手の対応を見てから動きましょう。

こちらが弱みをみせない限り、相手は無理をせざる得ないのです。

その隙を突くのが無難でしょう」


                  ◆◇◆◇◆


 アミルカレ兄さん率いる本隊は、橋頭堡周辺を制圧した。

 次の目的地に向けて進軍を開始したらしい。

 目指すのは新王都予定地。

 さびれた町で一見すると意味不明だろう。

 だが川沿いで、水運も期待できる。

 橋頭堡からも川を下るだけで到達可能。

 つまり、物資の輸送も容易。


 新王都の建築が始まると、ユボーは焦るだろう。

 決戦を挑まざる得ない。


 現在の王都付近が決戦場と予想していたろう。

 そのブラフもあって、あの位置に橋頭堡を作らせたのだ。


 王都方面に防御陣地を多数構築をしているとの報告もあったろう。

 詳しい報告はこっちにはこないから、あくまで俺の推測に過ぎないが。


 それが空振り。

 これが決定打になって、ユボー陣営は総崩れになるだろう。

 予想すらも外れれば、先行きが不安になる傭兵も多くなるはずだ。

 

 この状況で、逆転の一手が打てるのか。

 お手並み拝見といこうじゃないか。


 仮にアミルカレ兄さんの軍に勝っても、ほぼ無傷の軍隊がデステ家討伐を遂行中。

 こちらはもうじき決着がつくだろう。


 軍はユボー本隊を破って、更にマントノン傭兵団を殲滅させた。

 傭兵なら俺たちの軍とは戦いたくないだろうな。

 騎士には苦手意識はないだろうが、俺の軍は傭兵キラーのように思われている。

 これは俺たちが別に広めたわけではないが、ものすごい勢いで広がっている。

 噂には尾ひれが付く。


 ユボーの元には、どんな尾ひれが付いて届くのやら。

 少なくとも2回完勝しているからな。

 苦手意識は相当なものがあるだろう。


 と思ったが、なにか違和感を感じる。

 いや、物理的にだ……。

 頭の上に何かが……。


 キアラは顔を真っ赤にして、笑いを堪えていた。


「お兄さま。

動かないでください。

エテルニタが落ちてしまいますわ」


 いつの間に……。

 キアラは笑いながら、俺の頭に乗っていたエテルニタを持ち上げて抱きかかえた。

 エテルニタは不服なのか短い手足をばたつかせ、抗議の鳴き声を上げた。

 しかし疑問がある。


「いつの間に?」


「お兄さま、結構長い間固まっていましたわよ。

エテルニタがお兄さまのところに寄っていって、そこからよじ登り始めましたの。

気がつかなかったのですか?」


「いや、全く……」


 オフェリーまで顔を真っ赤にして、小刻みに震えている。


「よっぽど気に入ったみたいですよ。

アルさまの頭の上。

笑ったらアルさまが気づいて、エテルニタが落ちるかも……と思ったので笑えなかったのです」


 それなら昇ったときに降ろしてくれよ……。

 いや、何だろう。

 まだ違和感がある。

 頭が濡れている感触が。

 ま、まさか……。

 慌てて、手を当てると。


 やられた。

 俺の頭はトイレじゃねぇ。

 でかいほうじゃなくて不幸中の幸いだが……。


 薄情にもキアラとオフェリーは、大爆笑する始末。

 憮然としながら、俺はちょっと早い風呂に入る羽目になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る