528話 不愉快な噂

 基本執務室に座って仕事をしているが、面会も仕事だったりする。

 つまり、俺に売り込みをしてくる連中との面接。


 最近になって、連中の質は変わった。

 前は甘く見られていたので、大したことなくても名前で入り込めると勘違いするヤツばかり。

 収穫はモデスト一人といった有様だ。


 最近は自信があって、それなりに優秀と称する連中が増えた。


 だが大きな前提条件を、全員が見ていない。

 それとも見ないようにしているのか。


 以前の社会でならば優秀。

 つまりコネや顔の広さが、能力の基準。


 その基準で見れば、確かに売り込んできた連中はラヴェンナのスタッフより優秀だろう。

 秩序が変わって、以前の慣習が通じない。

 そして下手に、自信があるからこそ変われない。


 俺が欲しい能力じゃない。

 排除する気はないが、雇う気もない。

 無駄な税金を使う勇気など俺は持ち合わせていない。


 功績がある人が諸事情によって働けなくなったなら、それに報いるのは当然だ。

 ところが縁もゆかりもない連中に、税金を投入する気などない。


 そしてそんな連中は仲間を次々と呼び込んで、自分たちに有利になるルールを作ろうとするだろう。

 そうなるくらいなら、何もしない方がまだマシだ


 つまり役に立たないを通り越して有害になる。

 自分を押し通すからだ。


 とはいえ、もしかしたら使えるヤツがいるかもしれない。

 そう思い会ってはいるのだが……。

 中貴族程度の男と会ったときは、さすがにうんざりしていた。

 いちいち名前を覚える気にもならない。

 その程度の相手だ。


 その男は一通りのおべっかと、自家の関係の広さを自慢。

 これがとてもダルいのだ。

 俺の反応の薄さに一瞬言葉を詰まらせたが、わざとらしく内緒話をするポーズをとった。

 

「実はお耳に入れたいことがあります。

ロッシ卿とガリンド卿が、謀反を企んでおると……噂を耳にしました。」


 もうこれだけで、ピンとくる。

 俺も讒言を吹き込まれる立場になったか。

 憂鬱な気持ちにさせられる。


「この根拠は?」


「いえ、人づてに聞いたのです。

その人は、軍高官の親戚から聞いたとか……。

ともかくことがことです。

ラヴェンナ卿のお耳に入れるべきかと」


 伝聞の伝聞など証拠能力は0だ。

 裁判にしても、伝聞は証拠として認められない。


 会話のネタとしては否定しないが……。

 統治上の情報にはなりえない。


「つまり卿は、ロッシ卿とガリンド卿が謀反を企んでいる。

そう言うのですね」


 その男は、慌てて両手を振った。


「いえいえ。

とんでもない。

ですが火のないところに、煙は立ちません。

なにかしらの兆候はあるのではないか……と思われます」


 転生前でメディアがよく使う手口だな。


 『~だと思われる』『関係者によると』を使って、リスク回避を目論んでいる。

 都合が悪くなれば、自分はそう言っていないといって逃げる。

 ノーリスクでリターンを欲しがる、腐った輩が最も好む手段。


 そんな話で騙されるのは、メディアを信じたがっているヤツだけだ。


「なるほど。

ですが……火をつけても、煙は立ちますね。

それで危険を教えてもらうほど、私は火には飢えていません。

衛兵!」


 つまり部下を疑いたがってなどいない。

 通じるかは分からないがな。

 部屋の中に、衛兵が入ってきた。


「はっ!」


「この男を、牢屋にぶち込んでください。

讒言を吹き込んで、君臣の間を引き裂こうとしています。

立派な敵対行為でしょう」


 男は慌てだした。


「お、お待ちください。

私はそこまでは……」


 俺は答えるのも馬鹿らしくなって、手で追い払うジェスチャーをする。

 お前は、生まれる世界を間違ったよ。

 いや、讒言を吹き込む相手を間違えている。


 こういうのは、信じたがっているヤツに言うものだ。


 男は衛兵に連行されて、牢屋にぶち込まれた。

 実に不愉快だ。

 処分は冷静なときに考えよう。


                  ◆◇◆◇◆


 執務室に戻ったが、実に不機嫌なままだった。

 俺の不機嫌な表情に、キアラとオフェリーが顔を見合わせる。

 オフェリーは、すぐエテルニタに意識を戻してなで始めた。

 席に戻った俺に、キアラがおずおずと書状を差し出してきた。


「どうしました?」


「お兄さま。

こんな紙が、市街地にばらまかれていたようですの」


 俺は受け取って一読した。


 さっきの話と同じ内容。

 チャールズとベルナルドの謀反を告げる内容。

 くだらない内容だ。


 だが情報の遮断はしないようにしている。

 報告を受けて判断するのが、俺の仕事だから。

 どんなに馬鹿らしいと思っても、情報は伝えて欲しいといってある。


 この情報を受け取った俺の判断は一つしかない。

 紙を丸めて、屑籠にシュート。

 保存する価値もない。


「キアラ、この話のでどころを洗ってください。

デステ家の苦し紛れの工作にも思えますが、それだけではないようです」


「黒幕がいるとお考えですの?」


「黒幕かは分かりません。

こちらの弱体化を望む勢力がいるのは……確かでしょう。

ちょっかいをかけてきたとも思えますからね。

紙は安くありません。

暇つぶしや妄想で、こんなことはしないでしょう」


 謀反が日常茶飯事の、室町戦国期や古代中国じゃないんだ。

 いきなり、なんの根拠もなく、こんな話だけで、俺が処断するとでも思っているのか。


 火は乾いた薪でないとつかない。

 湿った薪に、火がつくと思っているのか。


 確たる証拠で薪を乾かさないと、火などつかない。

 なにより腹立たしいのが、この程度にひっかかると思われたことだ。


「分かりましたわ。

町中にばら撒かれているのは、ちょっと危ないですわね。

何か手を打たないといけませんわ。

放置すると黙認ととられるかも知れませんし」


「布告を出しましょう。

このような話は、根も葉もない悪質な噂だと。

困ったことに……この手の策略は、何度も繰り返すのが肝になります。

結果として多くの人が信じ込まされるのですよ」


 三人市虎をなす。

 讒言は昔から効果が大きく、手間がかからない。

 そしてリスクが少ないのだ。


 根拠がある告発なら、罪には問わない。

 だが根拠なしに他人を誹謗中傷して、自分はノーリスクで目標を達成しようとする。

 そんな連中を見逃す気はない。

 告発にはリスクが伴うものだ。


 そしてこれが成功するとは思っていないだろう。

 俺の反応を見たいのかもしれない。

 もしくは毒を仕込んで、あとにつながる不信感の種を蒔くか。


 古典的かつ汎用的なんだよな。

 だからこそ使われる。


「それなら泳がせてもよろしいのでは?」


「それだと現場が不安になります。

相手の尻尾を捕まえたときに、既に手遅れでは意味がありません。

ですので、現場の不安を解消するのが最優先ですよ」


 オフェリーのエテルニタを撫でる手が止まった。


「ロッシさんとガリンドさんが不安になるのですか?」


「いえ。

その部下たちですよ。

それがさらに、下に伝播していきます。

実に効果的なのですよ。

人が多いほど、不安に感じる人も多くなりますから」


 オフェリーはまたエテルニタを撫で始めた。

 俺とエテルニタを交互に見ている。

 忙しいな……。


「それを聞くと、適当に仕掛けて成功するイメージがありますね」


「秩序が崩壊している今だから効きやすいだけですね。

普段から功臣や重臣を粛正していれば、成功率は格段に上がります。

もしくは君臣どちらかが謀反か、猜疑を信じたがっていればですね。

だから放置しても、基本問題はないのですが……」


「それでも気にされていますよね」


「ラヴェンナ軍であれば何も心配しません。

ところが討伐軍は、本家の兵士と参加した貴族などが数としては殆どです。

つまり悪い方に影響しかねないのですよ。

例えば能力が足りなくて、後方に回されている不平屋がいたとします。

こんな噂があれば飛びつきますよ。

少なくとも今の指揮官が替われば良くなる。

そう思い込むでしょうね。

もしくは本当に謀反を起こすなら、私に密告して褒美をもらうとか……」


 行動力はあっても、頭を使わないタイプは簡単に踊らされる。

 そして食い物にするならいいが、普通に使うにはあまりに使い勝手が悪いのだよ……。


 全くいやなところをついてくる。

 陳腐だけど対応せざる得ない。

 もしかしたら、もう一つを狙っている可能性もあるが……。

 今は動揺を抑えて、正しく対処するだけだな。

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