526話 Cute is Justice

 攻撃の第二波が開始された。

 ここからが本番。

 私生児たちは、俺の後ろ盾を有効に使ったようだ。

 当主を強制的に隠居させて、家督を乗っ取ることに成功した。


 そして離反する勢力が相次ぎ、デステ家の領地は激減。

 現在デステ家は本拠と防御拠点周辺に押し込まれる形で防戦一方。


 そこで俺はチャールズに書状を出す。

 さらに戦いやすくなるだろう。


 オフェリーは興味津々といった感じで、俺の腕をつついてきた。


「アルさま。

書状の内容はなんでしょうか?」


 キアラは俺の手口に精通している。

 オフェリーに向かってフンスと胸を張った。


「オフェリー、まだまだですわね。

この状況で、お兄さまの打つ手は決まっていますわ」


 オフェリーは露骨に不機嫌な顔になった。


「か、会話の口実が欲しかっただけです!」


 それ負け惜しみだろう……。

 ともかく、泥仕合になっても困る。


「野盗に投降すれば罪を許し仕事を与える……といった布告文ですよ。

デステ家の、身分の高い者を連行してくれば、褒美も与えると」


「ああ、ダメ押しですか……」


「いえ。

最後のカードは、まだ残してあります。

それはもう少しあとですね」


 これは予想していなかったのだろう。

 キアラが怪訝な顔をする。


「まだありますの?」


「内緒ですよ」


 キアラが頰を膨らませて抗議しようとすると……廊下から鳴き声が聞こえた。

 あれは猫か?


「あれ? 今、なにか聞こえませんでした?」


「あ、カルメンですわ。

呼ばれているようなので行ってきますね」


「カルメンさんがキアラを呼ぶときに、ミャアと鳴くのですか……」


「あ、いえ。

この前、子猫を拾ったのですわ。

母猫に捨てられたみたいで、物陰にうずくまって鳴いていましたの。

放っておけなくて……私たちで面倒を見ていますわ」


 言うが早いかキアラが扉をあける。

 そこにはカルメンがいたが、猫など見当たらない。

 だが、白衣のポケットがもぞもぞ動いている。

 そこから毛玉……いや子猫が、顔を出してミャアと鳴いた。


 オフェリーの目が、子猫にくぎ付けになっていた。


「か、可愛い……」


 まるで取り憑かれたかのようにオフェリーが、フラフラとカルメンのもとに歩いていく。

 オフェリーは動物が好きだったのか。


 キアラが、頭を出している猫をなでる。

 オフェリーがそれを、うらやましそうに見ている。

 手を出そうとしたり引っ込めたりと。

 おっかなびっくりといったところ。


「な、なでてもいいですか?」


 子猫が再びニャアと鳴いた。

 キアラはそれを見て小さく笑う。


「いいですわよ」


 カルメンがポケットから子猫を取り出して、自分の手のひらにのせた。

 手のひらサイズの子猫だな。

 オフェリーはおずおずと子猫の頭をなでる。

 女子3人が、子猫にメロメロのようだ。

 入り口で子猫を愛でていても、通行の邪魔なだけ。

 それに……あれでは仕事にならないだろう。


「オフェリー。

今日の仕事はもう良いので、キアラたちと猫の世話をして良いですよ。

急ぎの仕事はありませんからね」


 オフェリーは俺をチラっと見てから、子猫に満面の笑みでうなずいた。


「ああ、この可愛さはたまりません……。

可愛いは正義……。

いえ真理です。

神です」


 教会にいた人間が、そんなこと言っていいのか?

 カルメンは珍しくはにかんだ笑みを浮かべた。


「でしょう。

母親が恋しいのか甘えるのがまた可愛いの」


 子猫はオフェリーの差しだした指を、チュパチュパなめた。

 オフェリーがかすかに震えている。

 あの震え方は、感極まったときだな。


 それはほほ笑ましい。

 だが嫌な予感がした。

 そう、とても嫌な予感だ。

 聞かないわけにはいかない。


「その子猫は……。

どんな名前にしたのですか?」


 よもや、俺の名前ではあるまいな……。

 勘弁してくれよ。

 キアラが、俺の表情を見て吹き出した。


「安心してください。

アルじゃありませんわ。

エテルニタですわ」


 エテルニタ……すなわち永遠か。

 意味深な名前だな。

 なにか理由があるのだろう。

 特に詮索する必要もなく、俺はほっと胸をなで下ろしたのだった。

 


                  ◆◇◆◇◆


 女性3人が、ウキウキと去っていった。

 3人ともまだ10代なんだよなぁ。

 などとジジ臭い感想をもってしまった。


 キアラが最近カルメンと一緒にいる時間が増えたのは、このためか。

 いや、この前と言ったから拾って間もないだろう。

 仲良くなったあとか。

 まあ自分たちで世話をしているなら、俺がどうこう口を出す話ではない。


 キアラもカルメンもこの世界では成人だ。

 自分たちでちゃんと世話をするなら問題ない。

 違うな。

 世話をし続けられるなら……だな。


 防疫の観点から、猫を迫害しないように通達を出している。

 だから飼っても問題はない。

 

 猫を殺しまくって、ペスト大流行の一因をつくる真似はしたくない。

 通達を受けて、地域が共同で飼育と管理をする……いわば地域猫までいる。

 だから猫は市街地でチラホラ見かける。

 階段の段差に肘をかけて……くつろぐ猫を見たときは吹き出しそうになったが。

 転生前にもいたな。

 確かイスタンブールに……。


 犬も多少紛れ込んでいるが、これも放置している。

 ただし増えすぎると追い出す必要もでてくる。

 狂犬病などが厄介だからだ。


 などと犬猫について考えている最中に、モデストがやって来た。

 私生児たちの蜂起まで仕込んでから戻ってきたのだ。

 

 デステ家討伐関係でしばらく、モデストに頼むことはない。

 

「シャロン卿、ご苦労さまです」


「いえいえ。

なかなか楽しい茶番劇でした。

これで殿下の周囲のデステ派は一掃されましたな。

それはそれで結構なのですが、一つ問題が。

結構な土地が、没収になりまして……ハイエナのように貴族たちが群がってきましたな」


「宮廷工作で領地をもらえる時代ではないのですがね」


 モデストは苦笑気味にうなずいた。


「全くです。

無駄な努力だと気がつくのは、そう遠い未来ではないでしょう。

話は変わりますが……カルメンは、随分キアラさまと親しくさせていただいていますな」


「ええ。

キアラがあそこまで親しくするのは珍しいですよ」


「カルメンも結構人嫌いなところがありまして……。

『どうせ人は死ぬのだから、親しくしても別れが辛いだけ』と、深く関わらないのですよ。

今まで首尾一貫していたのですが、その変わりように驚くばかりです」


 それってペットを飼う人などが、たまにする話だが……。

 その話を聞くと、人嫌いには思えない。

 モデストは人と付き合わない口実と受け取ったか。

 

 情が人より、とても深いのではないのか。

 だからこそ深入りを恐れる。


 だがモデストの話を否定する必要も感じない。

 俺の知らないカルメンの違う面も見てきているのだろう。

 だからこうだろうなどと、論争を吹っかける気にもならない。

 知識探求であれば議論は大好きだが、人物鑑定は違う。


「ますます不思議ですね。

その言葉とは裏腹に、子猫を拾って飼っているようなのです」


 モデストの目が、点になっていた。

 初めて見る表情だ。

 心底驚いたらしい。


「なんと……。

実験対象ではないのですかな」


 その疑問は正しいな。

 だがキアラは仮に実験動物だった場合、あそこまで可愛がらない。

 それにだ……。


「実験動物を、自分のポケットに入れて歩かないと思いますよ」


「ううむ……。

全くもって不可解ですな。

どんな心境の変化があったのか。

ともかく普通に近づいたのであれば、ここに連れてきた甲斐があったと言うものです」


「私はシャロン卿が、カルメンさんを実の娘のように、気にかけていることに驚きですよ」


「そうですな。

愛人の子供なので、そこまで深く関わるつもりはなかったのですがね。

あまりにズレていたので、流石に気になりますから。

それと小さい頃から、随分変わっていた子のようでしてね。

もう亡くなっていますが、実の父親からは気味悪がられていました」


 それは、ちょっと聞き捨てならないな。

 もし、カルメンに、トラウマがあるなら触れないようにしないといけない。

 モデストにしても、カルメンがキアラと打ち解けるとは思っていなかったのだろう。

 これは聞いておくべきか。


「実の親が気味悪がるとは……穏やかではありませんね」


「ですなぁ。

私もその話を聞いたときは驚きましたが」


「よろしければお伺いしても?

もしカルメンさんに触れられたくないことがあって、なにかの拍子に触れてしまうのは嫌なので」


 モデストは珍しく人間らしい苦笑を浮かべた。


「ラヴェンナ卿は悩み相談も得意だとか。

それだけ相手のことを、慎重に考えるなら納得ですな。

承知しました。

かなり突拍子もない話ですよ」


「結構ですよ」


「どうも小さい頃に、突然……変なことを言い出しましてね。

昔別の場所に住んでいたとか。

それが妙に具体的でしてね。

住民は誰かに虐殺されたと。

当時は子供で自分と数人の子供は生き残ったが、そのあとすぐに命を絶ったとか。

父親は気味悪がって、カルメンを遠ざけたようです。

母親は今後その話はしないようにと、きつく注意をしたそうですな。

ただそのころから、毒物への興味があったようです。

5-6歳の頃ですかな」


 気味悪がるのは普通の反応だな。

 そして口外するなというのも普通だ。


 キアラの話を覚えていたので、まさかの可能性に思い至る。

 前世の記憶か。

 しかもキアラと同じ場所に居合わせたのか。

 それとも単に前世の記憶をもつ者同士の共感か。


「なるほど。

確かに普通の人には気味悪がられますね」


「私も多少は、父親に同情します。

2人目の父親などと言われては、困惑するしかないでしょう」


 確かに、親の立場からしたら気味が悪いな。

 母親はそれでも見捨てなかったと。

 最悪、修道院に追い払うケースだってあり得たな。

 幸せかはともかく、最悪の事態にはならなかったわけか。

 子供では致し方ないな。

 つい口走ってしまうのだろう。


「その件については、私からは触れないでおきますよ」


「そうですな。

母親も半ば諦め気味です。

身なりの無頓着さや痩せすぎなのは改善できる。

ですが……嫁いだあとにも、そんなことを口走るかもしれない。

だから相手を探すのが難しいと言われましたよ」


「まあ結婚相手は、カルメンさんが安心できる相手がいいでしょうね。

どちらにしても、無理強いや紹介などするつもりはありません。

自分から結婚したいと思う相手が見つかるのが1番かと。

いろいろな人と出会えるようには取り計らいます。

あとは彼女次第ですね」


 モデストが面白そうな表情で、肩をすくめた。


「貴族階級で自由恋愛など、滅多にないのですがね。

妻は義務で、愛人、側室は恋愛。

これが普通です。

ですが、カルメンにはそちらのほうが良いかも知れませんな。

どちらにしても、ラヴェンナ卿にお願いしているのです。

こちらから余計な口を出すつもりはございません。

カルメンを不幸にさせてしまっては無意味ですからな」


 愛人の子と言いつつ、しっかり父親している気がするな。

 少なくとも気味悪がって遠ざけた父親よりは。

 だからこそ母親も、嫁ぎ先を託したわけか。

 意外な1面を見た気がする。


 モデストは、壊れてはいるだろうが悪人ではない。

 人情も理解している。

 故に陰謀が得意なのだろう。

 そして行動に明確なルールがある。

 だからこそ俺も重用している。


 人の心が分からない陰謀家など……フィクションの世界にしか存在しないよ。

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