525話 開けたら危険

 まず第1波を仕掛けることになる。

 2000程度の兵士で、デステ家唯一の港湾を占拠するためだ。


 結果の報告がすぐに送られてきた。


 予想通り港湾はがら空き。

 抵抗はなく、住民も不安な面持ちで見守っていた。

 住民に聞き取りをすると、食糧が持ち去られて困窮しているとのこと。

 それに対応して物資を提供することになった。

 そのため、進軍はままならない状況。


 今日はキアラとオフェリーが、執務室にいる。

 報告書を無感動に一読した俺に、オフェリーが首をかしげている。


「アルさま。

予定通りなのですよね。

今一浮かない顔に見えますが」


「予定通りですけどね。

焦土作戦で割を食うのはいつも領民ですよ。

税金だけは1人前にとるけど、義務を果たせない。

なんともやりきれない話じゃありませんか。

領民は領主の親ではないのですがね」


「それはそうですね。

ですが……そこまで真面目に考える人たちはスカラ家くらいだと思いますよ」


 俺は憂鬱な気分で大きく息を吐き出した。

 実に嫌な気分だ。


「真っ当が珍しくなるのは、社会の終わりを示す兆候ですよ。

社会制度の賞味期限が切れて腐りだすと、真っ当な人ばかりが目立ってしまうわけです。

腐った部分が目立つような社会が健全というものですよ。

デステ家の領民は気の毒ですけどね。

今しばし辛抱してもらうしかありません」

 

 転生前もそんな腐臭を放つ集団はあった。

 古代で言えば、共和制末期のローマ元老院。

 中世ではバチカン。

 近世では、政治家や官僚。

 現代ではオールドやソーシャルを含むメディア全般。


 つまりは、権力をもつ集団だな。

 ここでは、教会や貴族階級といったわけだ。


 権力がないと腐敗しようがないわけだ。

 仮にそれを監視する制度があっても骨抜きにする。


 社会の賞味期限は、いかに腐敗を抑えるかにかかっているわけだ。

 もちろん外的要因にも、当然影響はされる。

 だが、それらの比重はずっと小さい。

 体が腐っていれば、ささいな病気でも死に至る。

 

 キアラが、俺のボヤキに小さく笑った。


「あら御免なさい。

お兄さまがお悩みになる話でもありませんわ。

賞味期限がどうあれ、結局は当事者の問題ですもの。

ともかく作戦は変わらないのですよね。

あれは運び込み終わったそうです」


 キアラの言うことは正しい。

 俺が、どうこうできる話ではないからだ。

 討伐軍が一度撤収すれば、餓死をする領民もでかねない。

 それがスッキリしない。

 だからと……駐留し続けてこちらの戦死者を増やす選択は、俺にはできなかった。

 トータルでこちらの被害が、一番少ない作戦をとったのだ。

 今更変えようがない。

 ここで中途半端に変えると、さらに被害が増してしまう。


「それは結構。

お土産には決して手を触れないようにと通達はしましたよね?」


「はい。

『危険だから、決して触れないように』と通達していますわ。

木箱に入れて、倉庫にしまってあります。

数が多いですから、手間はかかりましたけどね」


「では頃合いを見計らって、計画を続けましょうか。

敵の襲撃に悩まされて、一時撤退したと思ってもらえる程度ですかね。

とにかく機が熟すまで待たないといけません」


                  ◆◇◆◇◆


 2週間ほどして、第1波は撤収した。

 夜に船舶への攻撃などが頻発。

 嫌がらせ程度だが無視できない。

 住民の手引きもあったらしい。

 都市内にまで侵入して船に放火しようとした。

 そしてこの状態で進軍しては、兵站が脅かされる。

 この状況ができたところで、予定通り撤退を開始した。


 ところが少々トラブルが発生。

 住民から引き留められたのだ。

 安全を守ってくれて、食糧もくれるからだろう。


 そうだとしても普通なら、軍隊などさっさとお引き取り願いたいものだ。


 よほどデステ家の圧政が酷かったらしい。

 すぐに戻ってくると、なんとか説き伏せて帰還した。

 そもそも町の中に、賊が手引きされて侵入してくる。

 それでは拠点としてそぐわないとと説明したようだ。


 その報告をするチャールズに、いつものような皮肉な笑いはなかった。

 苦虫をかみつぶした顔といったところか。

 俺はそんなチャールズに苦笑してしまった。


「ご苦労さま。

時期を見計らって、全面攻勢にでます。

準備を進めましょう」


「承知しました。

しかしデステ家は酷いものですな。

あれは統治でなくて略奪でしたよ。

我々が撤収した直後に提供した食糧を奪いにやってくる始末ですからな」


「過去も未来もなく、ただ現在の食糧だけを追い求めているわけですか。

格好つける余裕もないようですね。

つまりデステ家の食糧の備蓄は、かなり少ないようですね。

ウェネティアの襲撃に、全力を注いだ結果といったところですか」


「引き留められるのは初体験でしたね。

非常に後ろ髪引かれる思いでしたな。

撤退の理由づけとした内通者の件ですがね……。

恐らく手引きして、町に引き入れた人物は脅されたのか……金に目がくらんだのかでしょう。

どちらにしても、犯人捜しが始まるでしょうな。

これで領民も、どちらの側に立つか迫られるわけですな。

人心も放置すると、一層荒廃するでしょうね」


「同感ですよ。

でも待たないといけません。

下手な同情は、こちらの被害を増やしてしまいますからね」


 チャールズはため息交じりに頭をかいた。


「そうですな。

我々はご主君の命令を待つだけですから、まだマシなのですがね」


 つまりは、俺のメンタルを心配してくれるわけか。


「そのあたりは、なんとか折り合いをつけますよ。

敵が領民を武器に使ってきたのです。

こちらも使うしかないでしょうね。

ともかくあの箱を開けたときが、デステ家の終わりです。

それを待ちましょうか」


                  ◆◇◆◇◆


 そこからさらに3週間後。

 急報がもたらされた。

 報告書に目を通して、チャールズに第2陣の侵攻を命じる。


 俺は出陣を見送って執務室に戻る。

 あとは託すだけ。

 キアラがメモとペンを手にして、俺の隣にやって来た。


「お兄さま。

狙っていたのはこれだったのですか」


「ええ。

毒入りの小麦粉は、ちゃんと持ち主に返してあげないといけませんからね」


 キアラは光景を想像したのか、クスクスと笑いだした。


「それを野盗が、奪いに来たのが面白かったですわね」


「デステ家は毒入り小麦の存在を知っていましたからね。

危険だと周知した木箱の中身が、それだと疑っていたでしょう。

中身は当然確認したわけですから。

小麦なら確実に警戒します。

我々が領民に、過酷な行為をしないことも織り込み済みですからね」


 キアラは、少し呆れ顔で苦笑した。


「それを知っているから、領民から食糧を奪っていったのですわね」


「第1陣撤収後に、すぐにこちらが提供した食糧の徴発にきました。

手をつけたのは、確実に安全とわかる領民に配った食糧のみ。

そんな作業をしていると、野盗も分け前を要求しにやってくるでしょう。

最悪力ずくでも奪うつもりだったと思いますよ。

そして自分たちの食糧備蓄が少ないので、野盗には渡したくない。

だからその場しのぎで、木箱の中身を押しつけたわけです」


「それで食糧が、欠乏気味になるタイミングを待っていたのですね。

それだけ追い込まれると……。

『危険といったのは嘘で、住民に触れさせないためだ』と決め付けますわ。

さすがはお兄さま。

発想が悪魔ですわ」


 キアラは満面の笑み。

 それ全然褒めてないだろ。


「とにかくです。

野盗とデステ家の騎士団が、食糧を巡って仲が険悪になる。

これが大事な前提でした。

あわよくば始末したい……と思うラインが望ましかったですね。

そのために、商人とのつながりを断ち切りました。

公敵宣言は形だけではないのですよ」


「毒入りの小麦を渡された野盗は、死者もでたらしいですわね。

そこから噂が広がって、野盗はデステ家の騎士団と戦闘状態に入りましたわ。

討伐軍を前にしてこれですものね。

当主に付き従っていた家も、半数は自領に戻って防衛に徹するしかなくなりましたわ」


 だから開けたら危険だ……と言ったのにねぇ。


「危ないから開けるなと伝えていれば、言い訳もできたでしょうに。

野盗にすれば、自分たちを用済みと判断して始末しに来たと……思ったのでしょうね。

全体の戦略など考えようがありませんから。

仮に疑っても、実害がでてはもう止められません」


「この時点で既に仕込んでいた私生児たちが蜂起をしたら、デステ家は討伐どころではありませんものね。

そしてロッシさんとベルナルドさんに、海と陸から侵攻されては……どうしようもありませんわ。

雪崩を打って、体制が崩壊。

あとは死を待つだけですわね。

でも……」


 キアラは、少し懸念があるのか眉をひそめた。


「こちらの兵站を狙って、野盗が襲いかかることはありそうですわね」


「それも対処済みです。

住民が野盗に敵対すると、野盗の活動は一気に制限されます。

野盗の巣窟などは、必死に探してくれますよ。

のさばると食糧の供給が遅れるのですから。

これによって野盗の掃除も、よりやりやすくなりますよ。

せいぜいデステ家の本領に追い立ててあげましょう。

領民を駆り出すようで……可能なら避けたいのですがね」


「そうも言ってられませんものね。

全部を軍だけでやるなら……何万必要なのでしょう?」


「3万くらいいれば……どうかですね。

ところが現在は、傭兵との対峙をしているのです。

多くを駆り出す余裕などありませんからね。

だからこそ少ない兵力で討伐できるように、小細工に走らざる得なかったわけです」


 キアラは憤懣遣る方無いといった表情で、口をとがらせた。


「さすがにお兄さまの殺害を企んだ家を、放置などできませんものね。

それこそ時間を与えれば、有耶無耶にして逃げるでしょうし。

それをさせないための公敵認定ですもの。

まさかこのタイミングで公敵認定してくると思っていなかったでしょうね」


「だからこその襲撃なのでしょう。

まあそれも、全て無駄に終わったわけです」

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