524話 報われない努力

 まずはウジェーヌと一党の公開処刑を行う。

 さして立ち会う必要を感じなかったのでスルーした。


 部下は反抗する気力がなかったのだろう。

 あっさり斬首されたとの報告。


 ウジェーヌは最後の斬首となるが、自分が処刑されるとは思っていなかったようだ。

 何故かは分からんが……。

 最後にわめきちらして暴れ出した。

 取り押さえられたところを斬首。

 

 俺への悪態を、ひたすら並べていたらしい。

 大事な情報でもないのでスルー。

 首は香油漬けにして、一度ラヴェンナで晒し首にする。

 香油は腐敗防止のため。

 ポンペイウスの生首が、そんな処置をされていたのを覚えていたからだ。

 カルメンに相談すると、適した香油をチョイスしてくれた。

 毒と薬学は紙一重である。


 そのあと、こっちに戻して燃やすことにする。

 マントノン家から、遺灰の返還を求められたら渡すつもりだ。

 持っている価値がないからな。


 俺自身そんなことに関わっている暇などない。

 もっとやるべきことがあるからだ。

 

 ただの1罪人としての処刑も、気に食わなかったらしい。

 普通ならこのあたりは一大イベントなのだろう。

 全体を見据えた采配をしている俺にとっては、時間の無駄でしかなかった。


 それより別種の問題に、頭を抱えている。

 執務室でチャールズと、その件についての相談をしているのだ。

 流石のチャールズも、少し疲れたような顔だ。


「参加を申し出る連中が、これほどとは予想外でした。

ただ攻めるだけで勝てるとでも思っていますからな。

間違ってはいませんが、ご主君はそんな手をとらないでしょう」


 俺はチャールズに同意の苦笑を返した。


「アドルナート家以降、使い物になる家が少ないのがなんとも。

全くもって予想外ですよ。

小貴族ほど必死に考えて従うと言っていますが、いかんせん数がね。

今や頼りになるのが、ユボーとの戦いでこちらに寝返った騎士崩れですから。

中貴族あたりがまるで駄目なのは、流石に呆れましたよ」


「小貴族は兵力が知れていますからなぁ。

そして複数の家が混じるごとに、昔の因縁やらがでてきて統率がとりにくいのも……」


 俺は元々考えていたプランを、チャールズに持ちかけることにした。

 今後のラヴェンナの立場を強化するためには、避けて通れない話だ。

 そうしなくては俺が死んだ後に、ラヴェンナの立場が弱くなってしまう。


「こうなると、ラヴェンナから軍を呼びますか。

それなら少数でも、十分に役立ちます」

 

 チャールズは俺の言葉は予想していたらしい。

 驚いた様子はなかった。

 俺への襲撃の共謀した相手の討伐であれば、ラヴェンナの軍を動かすのは当然だからな。

 俺が言わなければ、言うつもりだったろう。


「そうですなぁ。

それでも一つの懸念が残りますな。

貴族たちを束ねる指揮官が不在です。

アドルナート夫人なら力量はありますが、他家が不満に思います。

ガリンド卿なら申し分ありませんが、ラヴェンナ騎士団を束ねていますからなぁ」


 ベルナルドは名前が知れている。

 本家の騎士団長のエドモンドも、彼には一目置いている。

 それだけの権威をもっている人物だ。

 本人が万事控えめに振る舞っているので、それで嫌われることはない。

 むしろその謙虚さによって、名声が高まるといったところ。

 ベルナルドの指揮に反対するような馬鹿はいないだろう。

 便利使いするようでちょっと、気が引けるがな。

 でも、そのアイデアに乗ることにしよう。


「ラヴェンナ騎士団はセヴラン・ジュベール卿に任せては?

ガリンド卿も彼に、大きな役割を任せたいと思っているでしょう」


 ベルナルド自身はラヴェンナで尊重されていることに、不満などない。

 だが自分に付いてきた部下に、十分に報いることができているのか。

 そこは、悩みの種らしい。

 とはいえ万事控えめな性格が災いして、部下を使ってくれとも進言できずにいたと。

 ただ実績は着実に積ませている。

 抜擢は時間の問題でもあったのだが。


「ジュベール卿ですか。

確かに少々頭は固いですが、能力は確かですな。

ではその方向でいきましょうか。

しかしですなぁ。

ガリンド卿がいなかったらと思うと、ぞっとしますよ」


「全くもって同感です。

そんなガリンド卿の働きにちゃんと報いているかは、ちょっと自信がありませんね」


 チャールズは俺の心配がおかしかったのだろう。

 俺に軽い調子で笑いかけてきた。


「大丈夫です。

ガリンド卿は大変満足しています。

それは私が保証します」


「それならこれで悩むのは、ガリンド卿に失礼になりますね。

もう悩まないことにします。

では、こちらも準備をすすめますよ」


                  ◆◇◆◇◆


 デステ家内の詳しい状況を知りたいので、キアラを呼んでもらった。

 オフェリーは治癒術の指導で不在。

 程なくキアラが、執務室に戻ってきた。


「お兄さま。

お待たせしました。

デステ家の領内の状況ですわね」


 最近キアラは、俺よりカルメンといる時間が増えてきた。

 いよいよ兄離れできたのかなと、感慨深いものがあった。

 これで、いい男でも見つけてくれればなぁ。


「ええ。

1回目の攻撃の方針は変わりませんが、微調整は必要なのでね」


 キアラは少し呆れ顔で、書類を俺に差し出した。


「ロレッタさんのおかげで、デステ家の情報入手は格段にやりやすくなりましたわ。

村同士でも交流がありますもの。

それでデステ家の経済は、かなり壊滅状態ですわね。

重税に加えて、臨時徴収の追い打ちですもの。

商会もほとんど、手を引いていますわね。

公敵認定が決定打になった模様です。

村を捨てて、野盗に身をやつしている人たちが増えていますわ」


 差し出された報告書に、目を通す。

 これは世紀末状態だな。

 こちらからすれば、討伐後の統治は容易となる。

 前よりマシとなれば不満は減るからだ。

 領民からすれば良い迷惑だろうが。


「やはり、必死に守ろうとしていますか。

となると野盗などに呼びかけて、味方につけようとしていませんか?」


「ええ。

野盗にはアドルナート領への略奪も勧めているようです。

お兄さま、一つお伺いしても?」


「構いませんよ」


 キアラは、可愛らしくというより、優雅に首をかしげる。

 もう可愛いといった歳でもないか。

 美少女から美女になりつつあるといったところだな。


「デステ家はどうやって生き残るつもりですの?

領民の家に押し入って、食糧まで持ち出していますし。

どう考えても詰んでいると思いますけど」


 確かに愚行極まっている。

 それでも生存戦略の一つだろう。

 現時点で生存だけを目指すなら、一番マシというレベルだが。


「まず時間を稼ぎます。

ドゥーカス卿との連絡が回復すれば、シケリア王国の傘下として生き残りを狙うでしょう。

勿論、簡単にはいきませんがね。

シケリア王領となれば、王国間の戦争に持ち込めます。

仮にドゥーカス卿が負けても、シケリア王国の一部となれば……リカイオス卿からの援助も望めるでしょう」


「それをリカイオス卿が受けるのでしょうか?」


 そこは分からないがなぁ。

 シケリア王国の内情によるな。

 荒廃しまくっていればそれどころではない。

 余力があれば、欲がでる。


「ドゥーカス卿を倒せば、ラヴェンナと交流する必要性も減ります。

なによりランゴバルド王国と戦端を開く口実になりますね。

まあ、あまり利口な手ではありませんが。

ただデステ家にとって生き残る道は、それしかありません」


「そもそも、時間を稼ぐことはできるのでしょうか?」


 一応可能だからね。

 誰かが知恵をつけたのか、必死になって考えた末かは謎だが。


「こちらが大軍なら可能です」


「お兄さまがいつも、気にされている兵站ですか?」


「ええ。

まず町や村の食糧を、全て持ち去ります。

領民はそのまま残します。

進駐したこちらは、食糧を供給しなくてはいけない。

そこで兵站に、負荷を掛けて行軍を鈍らせます。

そして輸送部隊を、野盗に襲わせこちらを行動不能にさせる策ですね。

それ以外に手はないでしょうけど。

それも実は長続きしませんけどね」


 いわゆる焦土作戦だな。

 ただ、前提となる条件が崩壊している。


「どうしてですの?」


「領民から苛斂誅求で恨まれています。

そして野盗は、領民からも食糧を奪うでしょう。

だから領民からすれば、我々を追い出すより彼らを倒してもらった方が良いと考えますね。

なので領民の協力すらあり得るのです。

だから野盗の奇襲も、さほど効果は望めないのですよ。

むしろ逃げた方向などを、正確に教えてくれるでしょう。

さらには兵站線の防衛すらしてくれるかもしれません」


 焦土作戦が成立するのは、前提がある。

 相手がそれと知らずか、決戦を強いる見込みがあって前進し続けることが必要。

 防御側の最終奥義だが、ただやれば良いというものではない。

 領民の侵略者への敵意。

 政府の強力な統制。

 これらが欠かせない。

 どちらも欠いている現状ではなぁ。


「確かにそうですわね。

現状、領内は荒れ放題です。

デステ家当主と傘下の貴族たちは、デステ家の城があるヴァード・リーグレを中心に、各防衛拠点に分散配置されているようですの。

だから、各地の守備はおざなりですわね。

野盗を捨て石にして、こちらに散発的な攻撃をしかけて時間を稼ぐつもりですか?」


「そんなところでしょう。

この場に限って言えば、可能な限りの正解に行き着いたようですね。

とはいえ、前提が間違っているのです。

その努力が報われることは、決してありませんが」


 もっと前に、正解を選ぶ理性があればなぁ。

 火事になってから防災に努めても、何ら意味がないのに。

 病気になってから、健康に留意するパターンも同様だな。


 追い込まれてまで間違いを選ぶヤツは、そうそういない。

 だが追い込まれる前に、事前に正解を選ぶのは難しい。

 つまりは、自分との戦いだからな。


 1人の失敗なら、何も思うところはない。

 だが大勢の人生を左右する立場の連中は違う。

 そんな醜態を目にすると、嫌悪感が先に立つ。

 その恩恵を享受しているならばだ。

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