523話 最初の参加者
討伐戦に一番乗りで参加を求めてきた貴族は、予想通りの人物だった。
ロレッタ・リーヴァ・アドルナートその人。
アドルナート家の勢力を考えれば、領土防衛を考えて最大限を出してきたな。
応接室で久しぶりに、ロレッタと対面した。
わかりきっているが、挨拶のような話を切り出す
礼儀というものは、形式的なものだ。
「アドルナート夫人、お久しぶりです。
本日は
「ラヴェンナ卿がデステ家討伐の総司令官に任じられたと伺いました。
アドルナート家はこれに合力させていただきたく、馳せ参じました」
実に早い。
恐らく予想して、準備をしてきたのだろう。
俺にとってアドルナート家の参加は織り込み済み。
一つ予想外なことがあった。
「アドルナート夫人自ら指揮なさるのですか?」
ロレッタは自信ありげにほほ笑んだ。
わざとらしくもなく遜ってもおらず、実に自然体。
「当家で1番の指揮官を参加させる必要があると感じました」
転生前だったらCMのモデルもできる。
仮にコスプレフェスに現れたら、どれだけのシャッターが切られるのか……。
ともかく自己申告は間違いではないだろう。
アドルナート家のことはある程度知っている。
他に優秀な指揮官を知らない。
この人は前に出て物事を処理するタイプなのだろうな。
だが形式的会話を、もう1段階進める必要がある。
「気持ちは大変有り難い。
ですがご夫人になにかありましたら……。
アドルナート卿に私は顔向けできませんよ」
「夫も覚悟の上です。
参加した家の指揮官として遇していただきたいのです」
100名の騎士は全員が女性。
まあ百合といっても、転生前のいかがわしいあれではないだろうが。
そういえば使徒騎士団内部で、801人のイケメンのみで編成される部隊があったな。
801部隊。
第五の使徒が作らせたらしい。
ただその1代かぎりのものだったが……。
先生もわけが分からんと、首をひねっていた。
記憶が戻る前は、俺も分からなかったがな。
ちなみに女性だからといって、アニメや漫画のように華奢ではない。
体格は転生前の霊長類最強といわれていたあの女性レスラーに近い。
現実とはそんなものである。
使徒騎士団は違うけどな。
あっちは華奢であることも条件。
つまり使徒に好まれるためだ。
武器も軽めなものばかり。
技術に重きを置いていたかな。
「わかりました。
陸からの攻撃時に領地を接しているアドルナート家の協力は、心強いかぎりです。
ですが一点念を押させてください。
我々の指揮系統には従っていただきます。
さらには、現場の指揮官は私ではありません。
それでもよろしいのですか?」
「勿論です。
ラヴェンナ卿が任命された指揮官の命に従います」
模範的回答だな。
多分その通りにするだろう。
問題は女騎士たちが、どのような任務を想定しているのかだ。
ただ士気を上げるだけのマスコットだと思っているのか。
それとも血路を切り開く覚悟があるのか。
俺の一瞬の沈黙を、疑問と受け取ったのだろう。
ロレッタは背筋を伸ばして、俺を正面から見据えた。
「女性のみで編成された
ですが使える人材を遊ばせる余裕は、当家にはございません。
結果を出せることが良い騎士である。
それが当家の方針です
そして騎士の戦い方にはこだわっておりません。
他家よりよほど柔軟にお使いいただける……と自負しております。
ラヴェンナ卿が、お求めになる条件に一番近いかと」
男社会に女性が進出すると張り切ってしまう。
張り切りすぎて、習慣に従おうとする人がいる。
もしくはそれを完全に無視して、自分に合わせることを望む人もいる。
そんな極端なケースは、大概うまくいかない。
そのあたりは期待できそうだな。
「その点は、大いに期待させていただきます。
それとデステ家侵攻の際には、領内の通行も認めていただけますね」
「そのつもりです」
小貴族としてはほぼオールインで、こちらに賭けている状態。
つまり適当な見返りでは済まないだろう。
「以前からアドルナート家には、いろいろと助力を頂いてます。
一体なにをもって、その働きに報いるべきでしょうか?」
「早い段階で希望を述べても、その通りいくかはわかりません。
当家の奉仕を評価していただいていることは、大変光栄です。
ですが約束してしまって後悔することになりかねませんか?」
アドルナート家への報酬が基準となって、他家への報酬が大きくなりすぎないかと。
まあそんなところだろう。
当然、そうなるとは思っていない。
俺から、言質を取りたいのだろう。
その状況に俺も乗ることにした。
家の大きさや戦力では、戦後の褒美の基準にはならない。
あくまで全体での功績に応じた報酬になる。
戦力的にアドルナート家は100人程度。
従卒がついていても、最大400人だ
つまり戦力として、ほぼ大勢に影響はない。
だが情報の提供と領内通行の許可など、できる限りのことをしている。
ある意味小貴族が、こちらに参加する場合の基準の一つにもなる。
参加したフリをして、褒美をせしめようとする連中をはじけるのだ。
「そこは交渉次第といったところでしょう。
ですが可能なかぎり、希望はかなえたいと思います」
ロレッタの表情は少し鋭くなった。
社交用の表情から冷徹な領主の顔だな。
「デステ家を討伐したあと、どのようにされるおつもりですか?」
パイの大きさを当然確認しにきた。
やり手の領主夫人の名前は伊達じゃない。
「家は取り潰します。
傘下の家は、基本的に同罪です。
例外は数家ありますけどね」
決起する家は当然残す。
だが形勢が定まってから参加する家は、潰すか縮小する。
「過分と思われるでしょうが……。
デステ家の唯一の港をもつ土地は、アドルナート家とも地続きです。
そこ一帯が望ましいです」
海運に目をつけたか。
そしてラヴェンナに、唯一の港湾を握られている。
それでは具合が悪い。
だからもう一つほしいと。
ただ大きく吹っかけて、あとから現実的な線を狙う交渉術でもあるな。
それに乗ってもいいが、日和見共に甘い夢を見せる必要もない。
「結構です。
そのように取り計らいましょう。
勝ってからですがね」
ロレッタは硬直してしまった。
まさか通るとは思っていなかったのだろう。
たった100人の参加だ。
この要望が通ると、アドルナート家の領地がほぼ倍になる。
破格どころか前代未聞の報酬。
小貴族が中貴族になる程度のランクアップ。
家格が秩序を形成していたランゴバルド王国では、今までに見ない措置だ。
俺に思惑があるからこそ認めたのだ。
これで、日和見共はどう考えるか。
参加すればもっともらえるなど考えない。
そんな基準ではないことを悟るだろう。
そしてこの話は、瞬く間に広まる。
本気で参加して相応の活躍をすれば、相応の報酬が元の家柄など関係なく与えられる。
功績が基準となるわけだ。
さらに作戦はもうじき動き出す。
形式だけで参加しようとする連中は、今から慌てても間に合わないのさ。
元の領地の区分けなどを無視して配分するといった意思表示でもある。
小貴族が抜群の功績を立てても、中貴族手前で止められる。
続いて大功を上げれば、やっと中貴族になれる。
だが安定した社会では、そんな大乱は連続して起こらない。
事実上、すべてを固定する社会だ。
それが、秩序維持の方針。
戦争がない以上、国土は増えないからな。
状況に応じて考えられた方針だったろう。
そんな前提は崩壊したのだ。
小さい勢力ほど、不思議とこんな形式に囚われる。
だからロレッタの思い込みも致し方ないことではあるがな。
いくら明敏なロレッタでも、俺が前提すら壊すとは思っていなかったようだ。
デステ家を取り潰しても、アドルナート家にそこまで大きな報酬は与えられない。
その程度の認識だったろう。
だからこそ大きく吹っかけて、取り分を大きくしたい。
ある意味常識的な発想だ。
「え……」
「ご不満ですか?」
ロレッタは慌てて、首を振った。
意表をつかれて、思考が止まっていたらしい。
「い、いえ! とんでもありません!
ラヴェンナ卿のご恩には、アドルナート家の総力をもって報いさせていただきます!」
ロレッタの顔は少し紅潮していたが、その目は俺を不可思議な生き物として見ているようだ。
そして相応の働きと、今後の成果も求められていることを悟ったらしい。
増えた領地の運営がうまくいかないと、どうなるかもだ。
頭の中でめまぐるしく、計画を組み立てていそうだ。
「期待していますよ」
その後は、ヴェスパジアーノの話題に移った。
子供の割に筆まめで、ロレッタとの手紙のやりとりを頻繁にしている。
検閲などしていない。
子供が知る情報など機密事項にはなりえない。
それに民情の詳しい内容を知らせても、問題あるまい。
既に内情を隠す段階は過ぎている。
俺が表に出てしまった以上、隠してもムダなのだから。
手紙の内容は、ラヴェンナでの生活や学校に通っていることが主らしい。
そんな話題の中、突然ロレッタが真顔になった。
「そういえば、ラヴェンナ卿のお鼻は大丈夫のようですね」
鼻? 理解が追いつかずに、首をかしげてしまった。
「鼻ですか? いたって普通ですが……」
「ジアーノからの手紙で……。
ラヴェンナ卿がトロッコに乗って空をとんで、鼻が潰れた。
そんな意味不明な内容がありましたので……。
鼻が潰れたことだけはわかりました」
し、しまった……。
検閲しておけば良かった……。
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