522話 来年の食事より明日の食事

 早馬で届けられたニコデモ殿下からの書状に目を通す。

 まずまずの回答といったところ。


 準備のために、チャールズとベルナルドを執務室に呼ぶことにした。

 襲撃の後処理は、ほぼ終わっている。


 オフェリーは治療にかかりっきり。

 教え子たちに実務は任せて、後ろで監督してアドバイスをするスタイル。


 自分ができる人だと、弟子などの拙さを見て手を出したくなる。

 手を出すと、弟子の成長を阻害する。

 だから、我慢して見守っていたらしい。


 精神的に疲れて、夜はそのまま寝てしまう。

 髪をほどくのも面倒くさがる始末だ。

 一度俺がやってあげると、味を占めたらしい。

 毎回頼まれるようになった……。

 本人が幸せそうな顔をしているなら良いけどね。

 とてもだらしない顔。

 つまりにへら顔になっていた。


 キアラはカルメンとともに、次の行動に向けて耳目に様々な指示を出して忙しい。

 つまり不在。

 俺の戦略の助けになりたいのだろう。

 デステ領の情報収集に、全力を注いでいる。


 入室するなりチャールズは、ボッチの俺を見て苦笑した。


「最近、孤独を満喫できているようですな。

楽しむなら今のうちですぞ」


「おかげさまでね。

ともかく殿下から、書状が来ました」


 俺は書状を、チャールズに手渡す。

 チャールズは書状を一読して、頭をかいた。

 そのまま、ベルナルドに手渡す。


 王族からの書状を見せられるのは、ちょっと驚きだったらしい。

 すぐに頭を振って一読した。

 ベルナルドは読み終えて、目を細める。


「デステ家討伐の総司令官に任命されましたか。

しかも論功行賞などの戦後処理も一任とは……」


「それはそれで面倒なのですけどね。

逆に言えば、我々で勝手にやれと言うわけです。

できるだけ楽な方法でやりましょう。

で兵士たちの人生を終わらせるのは、寝覚めが悪いですから」


 討伐を掃除と評したことに、ベルナルドは驚きの表情。

 俺の性格を知り尽くしているチャールズは、小さく肩をすくめた。


「掃除にしても、準備が必要ですな。

相手は動き回りますからね」


「その通りです。

今回は、2回の攻撃で仕留めるつもりですよ、

勝手な予定ですけど」


 チャールズは俺の言葉に、意外そうな顔をする。


「1回目で仕留めるかと思っていましたよ。

今まではそうでしたな。

下地作りをそのためにやっていたかと」


 今回の討伐は、ちょっと状況が違うからな。


「確かに可能ですよ。

でも戦後を考えると、2回が無難です。

そのほうが、犠牲は少なくてすみますからね」


「つまり1回目は、威嚇程度の攻撃になるのですかな」


「ご名答。

そのつもりで準備を進めてください。

兵数に関してですが……。

ここの防衛は、最低限で良いでしょう。

今なら変な気を起こす貴族もいません。

まったく無防備なら、話は変わりますけどね」


 ベルナルドにはちょっと、疑問があるのだろう。

 少し身を乗り出してきた。


「その場合、捕虜にしている傭兵たちを処刑すべきでしょう。

万が一もありえます。

最低限と仰ったからには、200~300人程度の守備になるでしょう。

監視に余計な人員を省くのは得策とは言えませんから。」


 下手に、脱走などされても困る。

 周囲は完全な味方ではないからな。


「そうですね。

それも考えています。

本来であればこちらで処刑せずに、デステ家の連中に消させたいのですが……。

公敵と認定しましたからね。

近日中に公開処刑します」


 もし市民を殺していなければ、ウジェーヌだけ無事にデステ家に返す。

 そしてデステ家の連中に、疑心暗鬼を起こさせて殺させた。

 どこかで見た作戦だが、有効な手段だろう。


 ところが公敵認定したとこで、その手段は使えない。

 捕まえて解放など、最悪の手だ。

 確かにデステ家討伐での被害は減らせる。

 

 問題はその後だ。

 結果として、公敵と宣言したのはポーズと思われる。

 今後の統治にマイナスにしかならない。


「承知致しました。

僭越ながら、処刑を待った理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 盲従はラヴェンナでは、美徳とされない。

 ベルナルドも順応しつつある。

 ベルナルドより彼の副官であるセヴラン・ジュベールは、順応に苦慮しているようだ。


「まず戦いが終わった直後では、全員が興奮しています。

死体に不要な侮辱を加える可能性があります。

それは対外的には得策ではありません」


「死体に鞭を打つような行為は、第三者の賛同は得られませんな」


「そしてもう一つ、マントノン本家の手足を縛りたかったのです。

ウジェーヌを捕まえたことは、彼らも知っているでしょう。

表向きは絶縁していますがね。

なので表だっては沈黙をしています。

裏では奪還を狙っているでしょうがね」


 ベルナルドの目が、少し鋭くなる。


「可能性は考えました。

ですが可能なのでしょうか?」


「伝手を頼って、秘密裏に冒険者ギルドに依頼します。

使徒の子孫は、冒険者ギルドに顔が利きますから。

ただ救い出す人間が問題です。

無実の人を殺させた。

加えてこちらを襲撃して、捕虜になった人間です。

モラルの高い冒険者なら引き受けないでしょう。

加えてマントノン家から距離をとると思います。

モラルの低い冒険者は傭兵になっていますので、本気で受ける人はほぼいないでしょう」


「冒険者ですか……。

今なら討伐軍の志願兵を装って潜り込めます。

ですが連れ出すのはほぼ不可能でしょうなぁ……」


「知っていると思いますが、使い魔がウェネティアに潜り込みました。

既に処理済みですがね。

この時点でウェネティアを探る動機は、二つ考えられます。

一つはウジェーヌの奪還。

もう一つは、私の殺害」


「何ですと!?」


 使い魔の発見はベルナルドも知っている。

 俺だけではない。

 チャールズとベルナルドにも報告が届くからだ。

 驚いたのは俺の殺害計画の可能性だろう。


「言いはしましたが、私の殺害計画はないでしょう。

探っていたのは牢獄の位置です。

半ば無理矢理受けさせられた冒険者も困り果てたでしょうね。

だから依頼を断る口実としての調査だとみています。

そんな冒険者からすれば、さっさと処刑してくれ……と思っていますよ。

間接的ですが、これでマントノン家を弱体化させることができました。

冒険者との関係はマントノン家の武器の一つですからね。

これは将来への布石の一つですよ」


「なるほど。

動いてくれれば儲けものと……」


 俺はベルナルドに同意のうなずきを返す。

 だがこの狙いは、おまけにすぎない。


「最後に……この件に関して、ニコデモ殿下が干渉しないこと。

何も言わずに、総司令官に任じたのです。

貴族連中は殿下が、処刑に反対する意思はないと悟ったでしょうね。

これで私の足を引っ張ろうとする貴族の手札は、1枚減りました」


「使徒の子孫の処刑となれば、貴族たちからすれば衝撃は大きいですね。

処刑によって使徒の子孫との関係を危うくした。

国のトップを飛び越えて、そんなことをするのは僭越である……とは言いにくくなりますなぁ」


「ええ。

勿論、主たる大義名分にはできません。

煽るにしても……仲間に入れるにしても、手札は多いほうが有利です。

手札が沢山あれば、どれか1枚には心引かれる人もでますからね」


 ベルナルドは、突然何かを思い出したように苦笑した。


「失礼しました。

以前戦ったリカイオス卿を思い出しました。

彼とその取り巻きの策士たちは、そんな手札を探し出して煽り立てることが得意でしたなぁ……。

彼らは私を挑発したいときに、書状を送りつけてきましたね。

策があれば、騎士など役に立たないと。

1人の策士は、1000人の騎士に勝ると豪語していました」


 ベルナルドが旧主の元で、最後に戦った話だな。

 持久戦をもくろむベルナルドに、リカイオス陣営が手を焼いたのだ。

 仕方なく策略で、強引に攻めさせた。

 その話を言っているのだろう。

 過去の苦い経験を、殊更ほじくり返す必要を俺は感じない。

 俺はベルナルドに苦笑してみせた。


「実際のところ……策士なんて、そこまで役に立ちませんよ。

策略でできるのは、燃えそうな藁に火をつける程度です。

今まで燃えたからと言って湿った藁に火をつけようとするか。

お手並み拝見といきましょう」


 チャールズが俺の言葉に、同意とも皮肉ともつかない笑いを浮かべた。


「普通の人には、運が良いだけで、何もしていないように映るでしょう。

少し頭の良い人には、計略だけで状況を作っているように見えるでしょう。

本当に頭の良い人なら……負けない状況を作った上で、計略を用いていると分かるでしょう。

彼らが果たしてどれなのか、興味がありますな。

ですが来年の食事より、明日の食事です。

デステ家への対応を考えましょう」


 話が脱線してしまったな。

 俺は頭をかいて照れ笑いを浮かべた。


「海と陸、攻撃方法の選択は全てお任せしますよ。

兵站はこちらで確保します。

勿論、総兵力との兼ね合いもありますがね」


「一撃目は指定があるのでしょうな」


「ええ。

2回目に誘いを掛けた私生児たちに、蜂起してもらいます。

では、私の考えを説明しましょう」


 俺の説明を聞いたチャールズは苦笑。

 ベルナルドは、軽く頭を振った。


「これが成功したら、敵は防衛どころではなくなるでしょう。

そのために、2回に分けると。

恐れ入りました」


「うまくいくかは分かりません。

ただ試してみても良いでしょう」


「失礼な物言いながら……。

武人にとって、背後を心配する必要がないのは……大変幸せなことですな。

目の前の戦いに集中できるのは、有り難い限りです」


「それが普通だと思いますよ。

戦略を決定する以上、配慮すべき事項です。

これができないものは、総司令官たる資格などありません。

ところが資格制ではないので、どんな馬鹿でも血筋次第で司令官になれるのが問題ですね」


 チャールズが俺のボヤキに、皮肉な笑いを浮かべた。


「いっそ試験でもさせますかね」


 俺は笑って手を振った。


「ダメですね。

机上の空論をもてあそぶ秀才ばかりが、幅を利かせます。

戦いは理論だけでは成り立ちませんから。

あくまで最適解への、大まかな方角を示すに過ぎません。

一番大事な……戦場における不確定要素への対処能力は試験できません。

本人の資質と、何より経験が大事です」


 趙括のような空談では無敗の軍師などでてきてもらっても困る。

 勿論、戦史や兵法を知識とするのは良いことだ。

 あくまで知識で考える切っ掛けを与えるにすぎない。

 正解ではないのだ。

 

 そして戦場では、多くの不確定要素が計算を阻む。

 それを理解できる人は、試験になど出されなくても分かる。

 理解できない人は、試験に合格したことで自分は対応できると錯覚する。

 試験はあくまで大まかな基準を計るだけ。


 数値になどできない人の能力を、極端にデフォルメしたものが試験の点数だ。

 大雑把にその人をデフォルメした数値が、試験の結果。その人の限られた1面にすぎない。


「なるほど。

だからこそラヴェンナで上位の官職に昇りたければ、軍務経験を必須にしているわけですな」


「それで全てが解決するわけではないですけどね。

少なくとも何も知らない人が、無謀な計画をすることは止められます。

それはおいておいて……。

デステ家の状況を見て、実行時期を決めましょう」


 チャールズは腕組みをして、アゴに手を当てた。


「先ほどの話からして、大軍は必要ありませんな。

むしろ急造の大軍など指揮系統が、十全に働きませんからな。

かえって足を引っ張るでしょう。

討伐には兵士たちとラヴェンナ騎士団を、主力とすべきですな。

その補助に、ある程度の戦力は必要になりますがね。

助っ人が必要なのは1000人前後ですかなぁ」


「勝ち馬に乗ろうと、日和見たちが大挙して押し寄せます。

その中でも使える人はいるでしょう。

邪魔な人は、私が不参加にさせますよ。

ただ飯食いどころか、指揮系統を乱す役立たずを増やすわけにはいきませんからね」


 まさに無能な味方は、敵より怖い。

 正確には味方のフリをした不確定要素だな。


「では必要数に達するまでは、私も立ち会いましょう。

そこで可否を判断しますかな。

1番面倒な断る手間を、ご主君に丸投げできるのです。

実に有り難い話ですよ」


 現場指揮官にそんな苦労を負わせる気などない。

 いざと言うときに、部下の壁になれない上司など存在価値がない。

 指示を出す以上は、俺にはその環境を整える義務があるだけだ。

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