519話 目には目と歯を

 捕まえた傭兵たちは、全員仲良く三酸化二ヒ素の中毒症状を起こした。

 俺的には野良犬や野良猫に試すより、ずっと心が痛まない確認方法。


 ただ接収した小麦粉を使った……と教えたときのウジェーヌの怒りようはすごかったらしい。

 今は牢屋で、処刑を待つ身分。

 どうやら自分は殺されないと、不思議な自信をもっているようだ。

 使徒の子孫だから殺されない、とでも思っているのか。

 俺には関係ないがな。

 中毒で留めて、誰1人死なせていないのは恐れ入ったからではないのだが。


 結局、こちら側の死者は48名。

 確かに、彼らはラヴェンナ市民ではない。

 だが、俺の指示で戦ったのだ。

 無関係では、断じてない。

 彼らの遺族に報いることと、名前だけはちゃんと残すように。

 それくらいしか、俺にはできなかった。


 戦えば戦うほど、背中が重たくなっていく。

 大袈裟に嘆いては、戦った者への侮辱になる。

 数として扱っても侮辱。

 適当に、間を取れば良い話でもない。

 この問題に対しての俺自身の正解はまだ見つかっていない。

 一生見つからないままだ、というぼんやりした確信はあるのだが……。


 そんな襲撃の後始末をしてるところに、モデストが戻ってきた。

 キアラはカルメンと耳目の指導で不在。

 最近は、暇があればカルメンと一緒にいる。

 カルメンもキアラを気に入っているようだ。

 不可思議なほどに仲が良い。

 多分なにか秘密があるのだろう。

 ラヴェンナの害にならないのであれば、俺が詮索する必要はない。

 ないからこそ、あそこまで打ち解けているのだろう。


 オフェリーも怪我人の治療で不在。

 俺1人で、モデストと面会する。


「シャロン卿、ご苦労さまです。

首尾良く、物事が運びそうですね」


「左様でございますな。

ちなみにカルメンは如何ですか? お役に立っていると思いますが」


「ええ。

大変な才能ですね。

舌を巻くばかりですよ」


「それは結構です。

では本題に戻りましょう。

デステ家内の蜂起は如何致しましょうか? 手筈は全て整っております。

あとはラヴェンナ卿の号令のみです」


「その前に、ちょっと茶番劇をお願いしたいのです」


 モデストは、楽しそうに目を細めた。


「ほう。

伺いましょう」


「臆面もなくデステ家傘下のものが、複数人……殿下の近くにはべっています。

表向きは殿下の味方ですからね。

そこでちょっとばかりシャロン卿には、茶番劇の舞台回しをお願いしたいのです。

こんな役目は、シャロン卿がうってつけでしょう」


 ここで、茶番劇の主演たちの演目を説明した。

 モデストは、少しばかり首をかしげた。

 俺の話が、予想外に陳腐なものだったからだ。


「それは結構ですがね。

無理強いをした自白などは役に立ちません。

それこそ今後に、問題が生じませんか?」


「そんな野暮なことは頼みません。

ところで……罪人を収容する施設には、拷問器具がありますよね。

スカラ家にも当然あります。

あまり使っていませんが……。

彼らのような退廃した貴族は、暇つぶしに罪人を拷問などさせていたでしょう。

そんな過去の楽しみは、立場が変わるとどうでしょうかね。

その想像力は、実に雄弁です。

彼らの告白の助けになるでしょう」


 そんな貴族がいることは、小さい頃に聞かされた。

 そしてデステ家にはそれが多いことも。

 反面教師としてだが。


 モデストは楽しそうに笑いだした。

 陳腐な演目の真意も理解したようだ。


「なるほど、大変愉しいお話ですな。

承知致しました。

殿下の前で、デステ家の罪を告白させるのですな。

若干想像の翼も羽ばたくでしょうがね」


「ええ。

大義名分つきでデステ家を攻撃すれば、庶子たちも蜂起しやすいでしょう。

戻ったところを酷使するようですが、デステ家が敗戦のショックから立ち直る前に片をつけたいのです」


「承知致しました。

では早々に出立致しましょう」


                  ◆◇◆◇◆

 

 「アルフレードさま、回答もってきました!」


 モデストに指示を出した数日後のこと。

 夜にオフェリーと他愛もない話をしている途中に、扉をたたく音と声。

 オフェリーはまさに俺にキスしようとした直前のことだ。

 カルメンか。


 オフェリーが露骨に不機嫌な顔で扉をあける。

 予想通り、カルメンが駆け込んできた。

 寝間着の上に白衣……。

 カルメンらしいけどさ。


 寝間着は色気のあるものじゃないので良かった。

 子供が着るようなヤツ。

 これでも改善したのだ。


 以前は風呂上がり用の白衣まで用意していた。

 つまり服を着ずに白衣を着用。

 どこのエロマンガだよ。

 キアラがあわてて止めて、渋々諦めたらしい。


『着るのが楽で良いです』


 とは本人のコメント。

 それは羽織るもので着るものじゃない……。

 転生前の世界にいたら、絶対ジャージで生活するタイプだ。


 理不尽にも『変なものをプレゼントしないでください』とキアラに怒られた。

 ともかく……。


「落ち着いてください」


 俺がまたキアラに怒られるだろうに。

 俺の言葉を聞いて、カルメンは息を整えた。

 騒ぎを聞きつけて、キアラまでやってくる。


 オフェリーの顔は、ますます不機嫌になる。

 あとでなだめるのに苦労しそうだ……。


 カルメンが改めて咳払いをする。


「ヴィスコンティ博士毒殺の件です。

動機が断定できました」


 断定ってのが、気になる。

 明確な殺意を示すものがあったのか。


「では教えてください」


「まず切っ掛けからです。

スカラ家に保存されていた博士への手紙も取り寄せました」


 迂闊だった。

 もっとさかのぼるべきだったな……。


「そこには?」


「過去の使徒の業績を問う内容の手紙です。

ただ聞いているのではありませんね。

確実に矛盾を問いただしています」


「矛盾ですか?」


「司祭が口に出して言えない矛盾です。

つまり、何度も使徒は降臨する。

だが世界が変わらないのは何故だと。

最初の降臨より、次の降臨ではより良くなっているはずです。

ところが全く変わらない。

そんな疑問です」


 その答えを、俺はもっている。

 だが、普通の人はそれにたどり着けない。

 悪霊の思惑も知らなくては、推測で止まる。

 答えは教会の思惑と、悪霊の思惑が絡まったものだから。


 もし悪霊が世界の進化を望むなら、次の使徒にそう言えば良い。

 だが世界での力の誇示だけを望む。

 教会は使徒の機嫌が良くなるように、同じ世界でありつづけさせる。

 異世界人にマウントを取るのは使徒が好む。


 俺を含めて、大して賢くないヤツを転生させるのだ。

 周囲を下げるのが確実だろう。

 だから庶民の知的水準はずっと据え置き。

 偉い人たちは使徒の力にひれ伏すから、頭の善し悪しなど無関係。


 世界が進歩してしまっては、使徒の恩恵も薄れてしまう側面もある。


「確かに、口にはできないですね。

ですが……先生が変わり者だから聞いたのでしょう。

先生なら密告などしませんからね」


「私は博士の人となりは分かりません。

ですが家族仲が疎遠で、こんな危険な話題を持ち出すのかは疑問です。

仲間に引き込む手口の一つでしょう。

モデストさんがたまに使う手口です。

相手の反応を探るわけです」


 他人であれば親しくなってから使うが弟ならば……か。


「では続きを伺いましょう」


「そこから、世界の在り方を問いただす質問がありました。

そのときの返答は分かりませんが、アルフレードさまの名前が出たようですね」


 そこは、自然な流れだろう。

 カルメンには世界主義のことを話してある。

 探偵に情報を伏せても、碌なことがない。

 疑問の解消に、時間を費やされても無駄。

 そして、カルメンなら口外しないと、キアラの保証もあった。


 探偵のような人であるなら、守秘義務は誰よりも守るだろう。

 信じてみないことには、何事も始まらない。

 ある意味トップシークレットだが、この件は伝えたのだ。

 

「私が目をつけられた切っ掛けは、博士との手紙というわけですか」


「だと思います。

博士を仲間に引き込むのは脈無し……と見切りをつけたようです。

そこから、アルフレードさまへの質問が増えていきましたね」


「私に勧誘はこなかったですね。

まあ……子供だったから要チェック程度でしょうけど」


「そうですね。

でも地方の統治を任せられる人になると、状況は変わりますね。

少なくともその領民にまで、影響は及びます。

恐らく……アルフレードさまの目指す世界は、彼らの望む世界の対極にあるのでは?

政治や統治に、詳しくありませんけど……」


 鋭い見識だな。

 世界主義とやらは何も考えない世界を望むだろう。

 つまり、使徒を信奉して何も考えない世界。

 その信奉対象を変えるだけ。

 代わりになるのは、不確かな世界の意思とやらだ。

 本当の意味での宗教とも言える。

 ことが成れば、スムーズに支配できるのだろうな。

 その後は知らないが。


「対極にあるのは確かでしょうね。

それでも先生を殺す動機には届きません」


 カルメンは、少しわざとらしくせきばらいをした。


「まず前提をお話ししました。

アルフレードさまは……前提からお話ししないと納得していただけませんから」


 どうも、気持ちが急いていたか。

 頭をかいて、苦笑いをするしかなかった。


「失礼。

急かすつもりはなかったのですがね。

続きをどうぞ」


「そのあとの手紙の内容は、表向きは平凡です。

そこでアルフレードさまに、注意を移すつもりだったのでしょう。

可能であれば殺害も計画してです」


「確かに、そうなると私のほうが危険人物になりますねぇ」


「実行するためには、誰かを怪しまれずに送り込まないといけません。

空席をつくるために消されたのです。

自然死を待つには、時間がかかりすぎると思ったのでしょう。

アルフレードさまの影響が領民に浸透する前に、内部に入り込みたかったと思います」


 俺はため息交じりに頭を振った。

 もっと早く止めていれば……。

 いや、無理だな。

 そう思い込むのは傲慢だろう。


「確かに60歳を超えてまで生きると思っていませんでした。

お酒を飲み過ぎでしたから。

でも50代くらいまでなら……とは考えていました」


「20年近く統治すれば、かなり領民に影響は浸透します。

最悪、本家にまで影響が浸透しては目も当てられません。

それでは遅すぎると判断したのでしょう」


「確かに使徒の世界が続いたとしても……。

考えることが伝播してしまっては、世界主義にとっては不都合でしょうね」


「明確に毒殺と分かっては、外部の人間は全て警戒されます。

とにかく自然死に見せかけたかったのでしょう。

そのあと後任の顧問に、一員を送り込む計画を立てたと思います。

教会の監視役などはある程度警戒されますが……入り込むには最適です。

そこから手を伸ばすつもりだったのでしょう。

ところがオフェリーさんが立候補して、計画が狂ってしまったわけです。

辺境の監視役など教会でも、下層の人間しか送り込まれませんから」


 確かにメンバー以外が指名されても、親切顔で替わると言えば問題ないからな。


「なるほど、それなら得心がいきます。

ご苦労さまでした。

これでスッキリしましたよ。

連中を心置きなくつぶせるというものです」


 こちらに何もしないなら併存しても構わないと思っている。

 だが暗殺まで計画しているなら、話は変わる。


 目には目と歯を。

 俺の法典を押しつけてやるから覚悟しておけ。

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