518話 プレゼント

 予想通りというべきか。

 大量の小麦粉を輸送する商船が拿捕された。


 わざとらしいタイミング。

 しかも、護衛もなくこの商船のみ。

 まあビンゴだろう。

 あまり商船の数が多くても、計画が狂うだろうしな。


 内偵からの報告もビンゴ。

 食料庫の管理者が内通していたらしい。

 管理者なので、どの材料を持ち出すか決められる。


 問題はどうすり替えるかだが、事前に倉庫の増築の準備を始めておいた。

 その会議に食料庫の管理者が出席することは決まっている。

 その間にやれば良いだろう。


 さらにもう1人、献立を決める料理長も内通していた。

 内通者2人は、家族と離れてここで働いている。

 家族の安否を確認させたいが、敵に知られても困る。


 可能ならば、調査をするように指示。


 あとは料理長の動きを注意すれば良いだろう。

 一般人だから挙動が変わるはず。

 採用の時点で、過去の経歴も洗っている。

 教会などにも、関係者はいない。

 家族がいるので、恐らく脅迫だろう。

 

 本来は家族をつれて、ウェネティアにくることを提案していた。

 奥さんが、移住を嫌って出稼ぎでここに来ていた。


 無理にでも移住させるべきだったか。

 今更後悔しても始まらない。


 報告があがったので、準備だけはしておく。

 通常の防御指揮はベルナルドに。

 別働隊はチャールズが率いて遊撃のような体制らしい。

 あとは任せるだけだな。


 合図は敵がしてくれる。

 アドルナート領の港を、現在はラヴェンナが管理。

 そこに敵襲だ。

 これは、確実にくるな。

 その急報を受けて、ウェネティアに駐留してくる軍船は全て出動していった。


 小麦はすり替え済み。

 毒素の検出方法は、科学が未発達なこの世界ではまだ存在しない。

 確認する手段が動物実験か人体実験しかない。

 これは一旦保留にしておいた。


 化学分析なんてないからな。

 その夜の食事は、俺以外どこか緊張した面持ちであった。

 兵士たちの食事は、思った通りに接収した小麦粉の袋が使われていた。

 本来はもっと古い内容のものを使うはずだ。


 全てすっぱりと使い切っている。

 今回の食事は大盤振る舞いであった。

 商船の拿捕で大量の小麦が手に入ったお祝いとの触れ込みだった。


 食事後に、部屋に戻ってぼんやりと外を眺める。


 食事後に報告があがってきた。

 倉庫番と料理長がウェネティアをこっそりと抜け出した。

 何時までたっても戻ってこなかったので、探しに行くと死体となっていた。


 厳重に見張りをつけていれば、死なずには済んだろう。

 だが、察知されては計画がご破算だ。


 きっと家族も殺されている。

 そこで生き残ってもどうなのだろうな。

 無罪放免にはならない。

 裏切り者として白眼視されつづけるか。


 善し悪しの判断など、俺にできるはずもない。


 あえて死人に鞭を打つ必要もないと思っている。

 彼らが内通していた事実は公表しなくても良いだろう。

 家族は死んでも、親族はいるだろう。

 彼らは無関係だ。

 この世界で罪は当人に限る……と俺がいっても浸透するはずもない。


 慣習は権力者のかけ声一つで変わらないのだ。

 脅迫されたとはいえ裏切った罪は既に償っただろう。

 これ以上の追求は、誰の益にもならない。


 冬で窓を開けると寒い。

 だが、じっと待つのも落ち着かなかった。


 兵士たちには、襲撃を教えていない。

 あくまで普段通りの行動をしているはずだ。


 突然、港から騒音が聞こえた。

 始まったようだ。


 わざと港側の門は開けてある。

 オフェリーが俺の隣にやってきた。


「アルさま。

始まったのですか?」


「ええ。

そのようです。

オフェリー、明日は早いです。

かなり頑張ってもらうことになりますからね。

だから寝ておいてください」


 俺は窓を閉じて、執務室に向かった。


                  ◆◇◆◇◆


 執務室からテラスに出る。

 遠くで、松明の炎だろうか。

 それが、激しく動いているのが見える。


 激しい争乱が始まった。

 剣がぶつかる音、うめき声や叫び声だ。

 かすかに聞こえるのが、よりリアルさを伝える。


 今のところ勢いは拮抗している。

 城塞内部での戦いだ。

 市街地へ至る道は閉じられている。

 だから民間人に被害は及ばない。

 傭兵たちは仮におかしいと思っても、今更あとには引けないだろう。

 知っているのは上層部くらいだ。

 内心慌てているだろうな。


 やがて港から、派手な火の手があがると状況が一変した。

 城塞の隠し通路から、小さな避難港にたどり着ける。

 そこに小舟を数隻停泊させていた。

 これを知るものは、極わずか。


 城塞の構造に熟知しているベルナルドに、総指揮を任せている。

 チャールズは別働隊で、敵の退路を断つわけだ。


 示し合わせたかのように、一斉に城塞内の篝火が焚かれる。

 敵に包囲下にあることを知らせるためだ。

 敵を全て引きつけるために、タイミングを待っていたのだろう。

 

 こちらの罠と知ったらどうするか。

 敵は一斉に、港のほうに逃げ出す。

 逃げ道はわざと開けてあるからだ。

 矢を射かけられて倒れる者。

 投石で倒れる者。

 味方に押しつぶされて息絶える者。


 暫くするとかすかに、血の匂いが漂ってきた。

 ここからは、一方的な虐殺。

 


 だが逃げるための船は、全て炎上。

 泳いで逃げようとしても、その先にはチャールズの別働隊が待ち構えている。

 誰1人として逃がすつもりはない。

 果たして押し出されて何人溺死するのか。


 何かあったときの対処は全て任せてあるから、俺に一々お伺いを立てる必要はない。

 だから寝ていても問題ないのだが……。

 そんな気にもなれなかった。


                  ◆◇◆◇◆



 朝日が昇る頃には、状況がハッキリしてきた。

 所々火事も発生していたが、全て消火されてる。


 やがて執務室にチャールズが入室してきた。

 入ってから周囲を見渡す。

 テラスにいる俺の姿を認めて苦笑しつつ、こちらにやってきた。

 寝ていないことに少し呆れたのだろうな。


「ご主君。

敵は殲滅しました。

正確な数は把握していませんが、6000近くはいたでしょう。

相当な船団で押し寄せたようです。

20艘はありましたが、全て焼失しました。

現在時点でのこちらの被害を報告します。死者47名。

怪我人は約200名です」


 300近い被害か……。

 思わず頭を振ってしまった。


「分かりました。

では正確な数が分かり次第、再度報告を。

投降者はいましたか?」


「いえ。

投降しても殺される……と教え込まれていたのでしょう。

ですが泳いで逃亡するものを、40名程度捕らえてあります。

その中に、ウジェーヌ・マントノンがいました」


 それは重畳極まりない。

 スザナのように取り逃がしても、後々面倒だ。

 自然と俺の口に辛辣な笑みが浮かぶ。


「それは大変結構です。

助ける気はありませんが、処刑するタイミングは考えましょう」


「ではガリンド卿と今後の処理について相談してきます」


 チャールズは俺に一礼して出て行った。

 暫くしてからキアラが俺の隣にやってきた。


「お兄さま。

無事終わったようですわね」


「いえ、始まったばかりですよ」


「あ……そうでしたわね。

お兄さまにとって、戦いは目的ではありませんものね」


「朝早くですが……。

キアラにひとつ頼みたいことがあるのです」


「何でしょうか?」


「彼らのプレゼントしてくれた小麦粉でつくった料理を、捕虜に振る舞ってあげてください。

やましいことがないなら、何も問題はおこりませんよ。

教える必要もありませんがね」


 キアラは、少し驚いた顔をしたがすぐにうなずいた。

 毒の効果を試す。

 その意図を正確に悟ったのだろう。


「分量は、少なめにしておきますわ」


「話が早くて助かります。

それと、その小麦は全部とっておいてください。

使い道がありますからね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る