517話 閑話 憎しみの同盟

 デステ家領内に荒廃した砦がある。

 昼なお暗い森の中に棄てられており、壁は穴だらけ。

 ツタは伸び放題。


 そこにデステ家傘下の小貴族、アガッツィ家の私生児ボニートが訪れた。

 20代後半で、短い髭を生やした優雅さとは少しかけ離れた面持ち。

 体格が良く、荒事に強い印象を与える。

 この棄てられた砦は、少年時代の溜まり場だった。

 

 ボニートは懐から手紙を取りだす。

 手紙を一瞥してから、砦の中へと慎重に足を踏み入れる。

 人の気配を感じたボニートは、剣を構える。


「誰かいるのか!?」


 すると物陰から、剣を構えた男が出てきた。

 ボニートの見知った人物のようだ。

 ボニートは剣を下ろさないが、警戒は緩めた。

 だが友好的な笑顔ではない。

 面倒なヤツを見たといった顔。


「イーヴォ・ピンナか。

お前が俺を呼んだのか?

まさか……お前に手紙を書く趣味があるとはな」


 イーヴォ・ピンナは同じくデステ家傘下、ピンナ家の私生児。

 イーヴォは、痩せ気味で鋭い眼光の持ち主。

 一見して、癖者と分かる。

 イーヴォと呼ばれた男は、首を振った。


「まさか。

ボニートが俺を呼んだのかと思ったぞ」


 すると別の物陰から、男が現れた。


「俺も呼ばれた」

 

 イーヴォ・ピンナは、少し驚いた顔になる。


「ブルーノ・カゼッリもか」


 ブルーノ・カゼッリもデステ家傘下、カゼッリ家の私生児。

 少し上品だが、やはり、荒事が得意そうな屈強の男だ。

 また別の方向から、声がした


「俺もだ」


 ブルーノ・カゼッリは呆れたようなため息を漏らす。


「テオフィロ・カッシネッリもか」


 テオフィロ・カッシネッリもデステ家傘下、カッシネッリ家の私生児。

 髪を短く刈り上げており、頰に傷がある。

 テオフィロは3人を見て笑いだした。


「いがみ合っている4家の私生児を懐かしい場所に集めたのは、どこのどいつだ?」


 少年時代は4人でつるんで、ここを溜まり場に悪さをしていた。

 大人になると、家のしがらみに引きずられて……いつしかいがみ合う仲となっていた。

 ブルーノが懐から、手紙を取りだす。


「署名はない。

このままだと、デステ家の崩壊に巻き込まれる。

私生児の俺は、真っ先に生け贄にされるとな」


 イーヴォも、懐から手紙を取りだす。


「全く同じ内容だ」


 ボニートも手紙を見せる。

 テオフィロもそれに習った。


 ブルーノが手紙を、ヒラヒラさせる。


「あの年増、俺たちを誘い出して始末する気じゃないだろうな」


 テオフィロは鼻で笑った。


「今はまだ、その気はないだろう。

あのマダム、何かに取り憑かれているからな。

あれではフクロウじゃなくて飢えたハゲタカだ」


 ボニートはその言葉に、皮肉な笑いを浮かべる。


「残念ながら異存はないな。

お前と意見が合ったのは、『お互いが、気に食わない』以来だな。

では誰が俺たちを集めた?」


 上から物音がする。


「私ですよ」


 ボニートの視線が鋭くなる。

 声のする方向に剣を向けた。


「何者だ?」


「自分の影に怯える人たちに、悪夢を運ぶ者です」


 半分以上崩れた上の階から、男が現れた。

 モデスト・シャロンその人である。


 テオフィロはモデストを見て顔をしかめた。


「おいおい。

毒蜘蛛の王が俺たちを呼び出して、何をしようっていうんだ?

俺たちを殺しても、なんのメリットもないぞ」


 モデストは穏やかな表情のまま、器用に崩れかけた階段を下りてくる。


「皆さまをご招待したいと思いましてね。

不躾ながらお呼びした次第です」


 ボニートが警戒を露わにモデストに、剣を向ける。


「確か、アルフレードだったか……。

そいつの猟犬になったと聞いたぞ。

デステ家とスカラ家が、裏では敵同士なのは公然の事実だ。

傘下の私生児を始末しても、なんの得にもならない。

案内するのがあの世なら……お断りだぞ」


 モデストは剣を向けられても、平然としている。


「そのような無粋なことは致しません。

我が主、アルフレード・ラヴェンナ・デッラ・スカラの代理で参りました。

あなた方を憎しみの同盟にご招待したく存じます」


「確かにデステ家や実家は気に食わない。

だがな……スカラ家にも俺たちは、恨みを持っているぞ。

連中のせいで、剣でなく鍬を持たせられたからな」


 モデストはボニートの視線を、意に介さずに4人を見渡す。


「スカラ家よりデステ家に対しては、もっと深いでしょう。

碌な対策もせずに、貴方たちに不名誉な扱いを強いたのですからね。

そして都合が悪くなれば切り捨てられるのです」


 ブルーノは剣を少し下げたが、視線はモデストから動かさない。


「だからといって、裏切る理由にはならないな。

誘い文句がちょっと甘くないか?

毒蜘蛛もビンに飼われて、牙が抜け落ちたか?」


「あなた方は私生児です。

どれだけ家のために尽くしても、土地など与えられない。

みんな嫡出に分配されてしまいます。

それどころか便利使いされ、不要になったら棄てられる。

ですが、その機会から脱却することもままならない」


 テオフィロは、忌々しそうに唾を地面に吐き捨てる。


「そんな解説をしてもらう必要はないね。

さっさと用件を述べたらどうだ?」


「我が主は、デステ家をつぶします。

そのとき傘下の家もつぶされるでしょう。

ですが残す家も、当然考えておられます」


 テオフィロは、少し面白がる顔になった。


「それで俺たちに目をつけたと? つまり……なんだ? 俺たちを、当主にでもしてくれるってのか」


「左様にございます」


 モデスト以外の4人は、お互いに顔を見合わせる。

 イーヴォは疑いのまなざしで、モデストを見ている。

  剣を真っすぐモデストに突きつける。


「話がうますぎるな。

そんな当てにならない餌より、アンタの首をデステ家に届けた方が褒美は弾んでくれそうだがね」


「仮に私の首を届けても、褒美は嫡子に奪われるでしょう。

今までずっとそうだったはずです」


「フン、ご丁寧なご指摘をどうも」


「我が主に、二言はありません。

それは皆さん目の当たりにしたのでは?」


 ボニートは、突然笑いだした。


「あれは傑作だったな。

本当に商船を沈めるなんてな。

親父たちが泡食っていたさ。

だがな……二言はないといっても、公の話とこんな密談では扱いが違わないか?」


「我が主の言葉は、表でも裏でも変わりません。

そうでなくては、多くの異種族を心服させられないでしょう。

もう一つ貴方たちを指名したのは、理由があるからです」


「私生児を集めて、何がしたいんだ?」


「少なくとも嫡子たちには、新たに権力を与えても従来と何も変わらないでしょう。

貴方たちならば違う。

母方の血統に守られていない。

なればこそ家を継いだときに、実績を積むための努力は惜しまない。

そう我が主は考えておいでです。

無能な嫡子より、有能な平民。

そこまで考えておりますよ」


 イーヴォは口をあんぐり開けている。


「平民を領主にするってか? 正気かよ」


 テオフィロは笑って、剣を下ろした。


「それだと、領民が動揺する。

アイツがなれるなら俺もだからな。

それなら私生児が無難といったところか」


 モデストは静かにうなずいた。


「左様です。

どうでしょう。

スカラ家への恨みは、忘れてはいかがですかな?

当主になれば、スカラ家を恨む暇などないでしょう」


 モデスト以外がうなずいて、剣を収めた。

 ボニートは、全員を見渡してニヤリと笑った。


「面白そうじゃないか。

年増のご機嫌取りにも飽きてきた頃だ。

当主になるか無で終わるか……だな。

では、事が成った暁には……」


 4人はお互いに顔を見合わせた。


「「「「また仲良くいがみ合うとしようか」」」」


 モデストは満足気に、懐から酒を取りだす。


「では、乾杯と参りましょう」


 そういって、口をつけた酒袋をボニートに手渡す。

 全員が酒袋を掲げて、酒に口をつけた。

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