516話 閑話 妄想と偏見の森

 デステ家内は慌ただしい。

 急に野盗が活動を始めたのだ。

 その対処に苦慮している。


 そんなデステ家女当主のマファルダ・アイマーロ・デステは、不機嫌の極みにある。

 飢饉の際には、王家に救援を求めた。

 すると、スカラ家に頼るようにとのこと。

 文化と芸術に秀でたデステ家は、元々ブロイ家に連なる名家。

 無骨なスカラ家とはソリが合わなかったのだ。

 渋々頼ってみれば家財没収に加えて、初めての農作業をさせられた。


 マファルダは40代の半ばになろうとしている。

 それでも美しさを保っている。

 現代なら美魔女とでも呼ばれそうだ。


 昔は『舞踏会を舞う美しい小鳥』とまで言われた。

 農作業の噂は社交界を駆け巡り、今や『農地でミミズをついばむ老いたフクロウ』などと裏で嘲笑される始末。


 この屈辱は、一生忘れられる類いの者ではない。

 たとえその結果、農作物の収穫が増えたとしてもだ。

 徹底的な開墾などの農作業によって、翌年以降の収穫は急増した。

 その金で以前より豪華な装飾品などを買っても……つけられた汚名は取り消せなかった。

 かくして、マファルダはスカラ家への恨みを募らせていく。


 内乱を切っ掛けに、野盗が活発化。

 対処に頭を抱えていたところに、マントノン家からの使者が訪れた。

 正確には廃嫡されたウジェーヌ・マントノンからの使いだが。

 ウジェーヌは廃嫡され、使徒騎士にさせられた。

 使徒騎士としての日常に耐えきれず、使徒騎士を出奔し、傭兵にまで身を持ち崩した。

 その際に実家から、正式に絶縁されたわけだが……。


 内乱で傭兵団長として成り上がったところで、裏ではつながり始めたらしい。


 使者は、ウジェーヌの側近と自称。

 とても痩せていて陰気な男。

 マファルダにとっては、使者の名前など覚える気もない。


 その使者から、野盗にスカラ家を襲わせる提案を受けた。

 そうすれば、デステ家領を荒らす野盗はいなくなると。

 条件としてひそかに、武器や食糧を野盗に援助すること。

 つまり野盗を傭兵のように雇って、スカラ家を荒らさせる提案。


 半信半疑だったが、今までの罪を許すとする書状をだせば可能だと。

 他に手もなかったが、物資が不足しており……それはできない相談であった。


 ところが承諾してもらえれば、ドゥーカス卿からの支援も取り付けるとの提案。

 あまりに話がうますぎるので、すぐには信じられなかった。

 使者に曖昧な返事をして追い払った。


 だが、ドゥーカス卿からの密使が訪れた。

 そうなると話が変わる。


 ドゥーカス卿は、リカイオス卿と対決している。

 そのリカイオス卿に、手を貸しているスカラ家に妨害をしたいとのこと。

 密使は騎士を譲渡したのに不義理だと、分家のラヴェンナ当主のアルフレードを一通り罵った。

 つまりスカラ家への憎しみという点で、手を握ることができる。

 家格は、ドゥーカス家のほうが格上。

 そんな格上からの要請は、マファルダの自尊心を満足させた。


 マントノン傭兵団の使者が、再度訪れたときに作戦にのることになった。

 高名な使徒の子孫が、デステ家を頼る。

 これもマファルダの自尊心を満足されることになるからだ。


 つまりマファルダの判断基準は自尊心の一点であった。

 よほどの不祥事がなければ、身分は保障されている。

 そんな社会では、貴族たちは面子で商売をする。それをマファルダは自尊心と同一視していた。

 


 かくして野盗を使ってのスカラ家攻撃は、順調に成果を上げつつあった。

 表向きはスカラ家に与同している形式をとっている。


 ところが、傘下であるアドルナート家が、スカラ家に人質を差し出した当たりから……風向きが変わり始めた。

 確かに、アドルナート家は両属している。

 だがデステ家を差し置いて、スカラ家に人質というのが気に入らない。

 本家ならともかく……その分家に差し出したのが、一層癪かんに障る。

 デステ家は大貴族の部類に入る。

 片方に人質をだすなら、こちらにもだすのが筋だろうと。

 ところが忌々しい女当主のロレッタは、言を左右にして曖昧な返事に終始。

 物資などの援助をしてくれるほうに、義理を果たしたと言わんばかり。


 かくしてマファルダのデスリスト《いつか殺すリスト》に、アルフレードの名前も掲載された。


 そこからは、うまくいかないケースが増えた。


 極めつけはユボーの侵攻に呼応しての一大イベントが流れた。

 マントノン傭兵団を引き入れ、ウェネティアを襲撃する計画が中止になったのだ。


 表向きは領内の警備と称して傭兵を雇っている。

 実体がマントノン傭兵団であることは隠してある。

 給与の支払い遅れを口実に決まった倉庫を略奪させる。

 傭兵との関係が良好などとは、誰も疑わない。


 そこまで準備をしておいたのに、予想外の出来事が襲いかかる。

 奇襲するはずのユボーの本隊が、スカラ家の従卒崩れの集団に奇襲を受けて壊滅する始末。

 マントゥア砦からの合図がないことで、襲撃は中止。

 ユボーの敗北が確定したことで、計画はお流れになってしまった。


 さらに状況は悪化の一途をたどる。

 ドゥーカス領の最大港湾で、大規模火災が発生。

 船がほぼ焼失してしまった。

 結果として、ドゥーカス領からの支援が途絶える。


 忌々しいことにラヴェンナの小僧が、領民殺害の報復としてカラファ領の海上封鎖をしでかした。

 そこに物資を輸送する商船まで撃沈、拿捕をする始末だ。


 そんなことは、今までの慣習で有り得ない。

 公的地位のあるものは、商人や積み荷を襲ってはならない。

 それがルール。

 襲うのは、野盗などの無法者だけだ。

 傭兵ですら襲わない。

 

 こんな蛮行を、誰も咎めもしない。

 そしてカラファ家は、デステ家の傘下。

 泣きつかれるも、スカラ家からの返事は素っ気ない。


『ラヴェンナの不満は、当家の不満でもある。

まずカラファ家に相応の対応をさせるのが筋だろう』


 殿下への陳情も空振り。

 ラヴェンナの小僧に至っては、話にならない。

 目の前で拿捕した船を沈める蛮行までしでかした。

 とても貴族の振るまいと思えない。


 結果的に、商会が恐れて交易の見合わせをしてきた。

 表向きは、出航の準備ができないと言っているが……理由は明白である。


 ここで、デステ家は問題を抱えることになる。 

 カラファ家を見捨てると、傘下の家が離反しかねない。

 仕方なく、陸から物資を送るように商会に手配。

 陸地まではさすがの小僧も、手がだせない。


 ところが野盗がこちらで、活動を始めた。

 ドゥーカス卿からの支援が途絶えて、野盗たちへの物資供給が滞っているからだ。

 陸上からの輸送は辛うじて続いているが、野盗などの妨害もあって物価は上がる一方。

 海上輸送より輸送量が極端に少なく、護衛などのコストも加算されてしまったためだ。

 頼みの綱のドゥーカス卿も、リカイオス卿からの攻勢が激しくなってそれどころではない。


 一つの問題なら対処できる。

 二つもまだなんとかできる。

 三つ同時では如何ともし難い。


 こうなると全ての問題を、あのラヴェンナの小僧が仕組んでいるのでは……と思い始める。

 妄想と偏見の森を進み続け、真実にたどり着いたマファルダであった。


 かくしてデスリスト《いつか殺すリスト》の筆頭に、アルフレードが昇格。

 マファルダにとって、あの小僧を殺すことだけが……生きがいになりつつあった。


 奇しくもマントノン傭兵団の団長ウジェーヌも、個人的な恨みがあるらしい。

 目的が一致したのでウェネティア襲撃計画準備に、マファルダは全力を注ぐことになった。

 そのためには贅沢も一切止めて、税も上げた。

 ウジェーヌもデステ領にやって来て、マファルダに全面協力をしている。

 そんなマファルダとウジェーヌの様子を、マントノン傭兵団の使者として訪れた男は静かに眺めていた。

 

 その男は自らをボドワン・バローと名乗っている。

 ウジェーヌの懐刀として、傭兵団の勢力拡大に大きな役割を果たしてきたのだった。


 陰気な外見で、元々僧職にあった。

 30代前半だが、頭髪が薄くギョロリとした目が印象的。

 痩せすぎと言って良い体格で、生まれつき足が不自由なのか……少し片足を引きずっている。

 派閥争いのとばっちりで、使徒騎士団つきの僧職に左遷されていたらしい。

 使徒騎士団ならば栄転と言われるが、ピンキリである。

 下層の役目であれば、一生タダの踏み台で終わる。

 それでも使徒に恩返しをできる……との教会の宣伝よろしく、配属されて腐るものは少ない。

 ただ純粋に喜んで、踏み台として一生を終える。


 ウジェーヌが騎士団に無理矢理入団させられたことは周知の事実。

 腫れ物を扱うように……周囲の人間から避けられていたなかで、親しく接したのはこの男だけ。

 2人を結びつけたのは、世界への恨みらしい。

 ボドワンは自分が世界を恨んでいると打ち明け、被害者意識でふさぎ込んでいたウジェーヌと親密になっていったのだ。


 出奔を悩むウジェーヌを焚き付けたのも、この男。

 以降、傲慢で尊大なウジェーヌの補佐役として、絶大な信頼を得ていた。

 とかくトラブルが起こりがちなウジェーヌと部下の間を取り持ってもいる。


 マントノン家と絶縁されたウジェーヌの関係を復活させたのも、この男だ。

 それだけではない。

 マントノン家への多額の援助をしてくれる家の紹介も、この男の伝手であった。

 元々教会に在籍していたときの伝手だとのこと。


 傲慢なウジェーヌも、ボドワンの進言だけはよく聞く。


 ボドワンも基本、ウジェーヌの望みにそって動いている。

 褒美もさして受け取らない。

 ウジェーヌの成功こそ、最大の褒美だと言ってはばからない。


 反対するときも、ウジェーヌの面子がたつようにしてくれる。

 今やウジェーヌにとって、ボドワンは親以上に信頼できる相手となっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る