515話 誤魔化せない苦痛

 アミルカレ兄さんのほうに、動きがあった。

 日和見貴族の旧領を荒らすなど、傭兵側が挑発行為を始めた。

 そして日和見たちの突き上げを食らったイザイアが、抑えきれずに動きだした。

 勿論、アミルカレ兄さんは止めた。

 それを無視して出撃したと。

 結果惨敗。

 全て想定どおり。

 

 プリュタニスの進言を受けて、今度は意気上がる傭兵を誘い出して撃破したと。

 モード・アングレは防御の戦法。

 それを捨てては、勝機が消える。

 伏兵などを配置して、騎兵の迂回戦術などもを駆使したそうだ。


 勝ち戦とは難しいもので、部下の士気も上がるが……突出もしてしまう。

 意気消沈していた傭兵の士気は上がったが、反動で上がりすぎた。

 つまり簡単に誘いに乗る。


 プリュタニスならば、そのくらいはできると思っていた。

 俺の側で無為に日々を過ごしてなどいない。

 驚きはなかったがうれしくなった。

 ラヴェンナの人間が、才能を認められるのはうれしいのだ。


 日和見たちは鼻をへし折られて、悄然と要塞に逃げ帰ってきた。

 命令違反を問うて処罰してもよかったが、処分を保留にしたらしい。

 アミルカレ兄さんは何か、考えがあるのだろう。


 俺が口を出す領域でもない。

 もし今後も不満を申し立てるなら、改めて罪に問えばよい。

 騎士としての戦いに固執するか。

 切り替えるかを見るつもりなのだろうか。


 ともかく、傭兵側も攻めては負けることを自覚しただろう。

 かといって、時間がない。

 その中で一つ、とても気になることも伝えられた。


「ユボー殿が戦場にいなかったと……」


 報告書を俺に手渡したキアラは、眉をひそめた。


「今までは常に、陣頭に立っていたのですよね。

今回指揮を執ってきたのは、ユボーの腹心らしいです」


「マントノン傭兵団の姿もなかったのですよね。

今巨大勢力で4000人程度まで膨れ上がったと聞きましたが」


「今は、もっと増えているかも知れません。

団長のウジェーヌか……お兄さまの言われた参謀かどちらかが、うまく立ち回ったといったところです。

でもこの戦いに参加していないとしたら……」


 俺は外を見て、憂鬱なため息をもらす。


「狙いはここでしょうね。

どうやら時間がないと知って焦っているのかも知れません」


「でも……強引に攻めてきても、攻略は難しいですよね。

ベルナルドさんが、鉄壁の城塞都市にしていますもの。

ロッシさんのお話ですと、5万くらいで攻めないとここを落とせませんわよ」


 これもまた考えないといけない話だ。


                  ◆◇◆◇◆


 襲撃の可能性が減っても、ベルナルドは黙々とウェネティアの鉄壁化を進めている。

 行政は本家の役人に任せている。

 と言っても、ラヴェンナ式でやらざる得なくなっているが。

 軍事に関しては、こちらが全ての権限を委譲されている。


 堅実な才能の持ち主だけに、シンプルに鉄壁。

 それでいて、拡張性も考慮されている。

 攻め手の場所を限定させることによって、防御側の効率を上げていくスタイル。

 余計な前提条件などない。

 チャールズも、この件は一任しているようだ。


「ガリンド卿のほうが、要塞化の技量は上ですな。

ご主君に倣って、できる人物に一任しましたよ」


「それは結構です。

確かに堅実に鉄壁とは……攻める側からすれば大変でしょうね」


 チャールズは俺にニヤリと笑いかけた。


「私は女性の鉄壁なら攻略しがいがあるのですがね。

この要塞が女性だったら、さっさと別の女性を探しますよ。

お堅すぎて、会話にすらなりませんからな。

まるでガリンド卿の女性版です」


 たまらず俺たちは、声を上げて笑いだしてしまった。

 つまり非の打ち所がないと。

 築城の才能も持ち合わせていたとは意外だった。

 望外と言うべきか。

 万の騎士を率いていたこともある人だ。

 頭の中で、城塞のプランは練っていたのだろう。

 ベルナルドさまさまである。


                  ◆◇◆◇◆

 

 そんなある日のことだ。

 執務室でチャールズ、ベルナルド、キアラ、オフェリーと今後の防衛の話をすることになった。


「こんな鉄壁の城塞都市を攻めるなら、手は一つです。

内部の人間を無力化させて、一気に攻めるしかないでしょう。

内部に潜入しての破壊活動も難しいですからね。

そこで、この前カルメンさんに聞いた毒の話が出てくるのです。

ただ、問題はタイミングでしょうね」


「タイミングですの?」


「遠距離から毒殺だけして満足などしません。

誰も認めてくれませんからね。

だから直接襲撃して、私の首をとらないと認められないのですよ。

その点は、私にとって有利ですね。

私は彼らを撃退するだけでよいのです」


 チャールズが腕組みしながら、あごに手を当てる。


「確かにご主君を討ち取らなければ、マントノン傭兵団が今後主導権を握ることはできないでしょうな。

本家との戦いに不在だった結果……影響力が落ちているのですから」


 キアラは難しい顔をして、窓の外を見る。


「それにしてもタイミングですか。

毒は致死性がなくてよいと、こちらの行動を阻害するだけで十分なのですわね」


「その効果がある間に攻め込まないといけないのです。

内通者でもいないと無理でしょうねぇ。

まあ、6000近くの兵と避難民。

外からの出入りも多いですからねぇ。

紛れ込んでも仕方ないですね」


 キアラから、突然殺気が漏れだす。


「探しましょう。

そんな危ない人を放置などできませんわ」


「泳がせましょう。

そのほうが、効率は良いですから」


 キアラはいぶかしげな表情。


「お兄さま。

わざと襲撃させて、一網打尽にするつもりですの?」


 危険な策ではあるがな。

 避難しろと言わないので、苦情までは至らない。

 そんなところか。


「それが1番犠牲の少ない手段です。

連中はこちらが動けないと思って攻めてきますからね。

時間に任せて、自滅を待ち続けた場合は勝ちます。

ですが自棄になって、どこかの町や村を焼き打ちして……決戦を挑む可能性もあります。

それは避けたいのです」


 実はもう一つの意図がある。

 これによって毒に詳しいと相手に教えることになる。

 カルメンのことは当然知っているだろう。

 第一人者と言われるくらいだ。

 もし先生を毒殺したなら、そのことも敵が知るところになる。

 それでどう反応を示すか。


 グスターヴォ司祭の動きだ。

 彼の動きを洗ってみたのだが、王都付近の司祭だった。

 先生の死亡後に異動している。

 ランゴバルド王国内ではあるが、アラン王国に接する場所にだ。

 いざ発覚すれば逃走するつもりかもしれない。


 マントノン傭兵団は敵の手先程度の認識。

 その後ろに対して考えないといけない。

 手先を処理するのに、巧緻をもって対処する必要などない。

 かかったフリからのおびき寄せは平凡だろう。

 それ故に個性が見えない。


 可能な限り手の内は伏せる。

 それが俺のやり方だ。


 ベルナルドも腕組みをして、難しい顔をしている。


「確かにそうです。

そうなると港からの攻撃を予想していますね。

誘い込むためにあえて、港の防備を緩くしますか?」


「おそらく敵が停泊中の海軍を、遠くにおびき出す作戦をとるでしょう。

例えば、カラファ領の海上封鎖をしている軍を攻撃とか。

我々が出ざる得ない攻撃ですね。

どこかの港を攻撃しても良いのです」


「あくまで陽動ですか。

途中まで向かって……引き返したほうがよろしいでしょうか?」


 それもまた難しい。


「もし我々が救援に向かわなかった場合、あとに問題が起こります。

救援は通常どおりで。

領民が不信感を抱く可能性がありますからね」


「承知致しました。

では、こちらへの攻撃失敗時の追撃は如何しましょうか?」


「彼らが逃げられないように、船は焼いてしまいましょう。

今は冬です。

ちょうど暖もとれますよ。

そのための手はありますよね」


 チャールズが、皮肉な笑いを浮かべる。


「どうもご主君の悪戯は、スケールが大きいですからなぁ。

彼らが気の毒と言うべきでしょうか」


 悪戯で船を焼くって、俺は放火魔じゃないぞ。

 ベルナルドも珍しく苦笑している。


「ご主君から提案されたときは驚きましたがね。

確かに有効な手段です。

極秘の訓練も万全です」


 オフェリーがいつものように、唐突に挙手した。


「アルさま。

毒をどうやって運びこんで摂取させるのですか?」


 もう、オフィシャルの場でも愛称で呼ぶ。

 特に不都合も無いし、オフェリーの好きにさせている。


「簡単なのは船を拿捕させることです。

接収した食糧は、倉庫に入れて食事にしています。

そのタイミングを制御すればですね。

狙った時間にウェネティアの軍関係者に、毒を盛ることができます。

接収した食糧は、兵糧に使っていますからね」


「どんな毒なのでしょうか? 聞いたこともありません」


「クロード石を砕いて、粉末にしたものです。

カルメンさんは『皮膚病の治療薬として使われていたこともある』と言っていました。

ワインの樽に混入させるのが普通でしょう。

ただ……その場合は、実行のタイミングが難しい。

小麦粉に混ぜて、スープにするのが一番手堅いですかねぇ。

これなら1番制御しやすい。

なにせ水に溶けやすいのですから。

無味無臭なので気がつきません。

ワイン樽ならこっそり飲む人が出て発覚する可能性もあります。

小麦粉をこっそりなめる人などいないでしょう」


「ええと……確か倉庫にある食糧は、調理担当が選んで運び出させていますね」


「ええ。

もう一つは水道に混ぜる手があります。

それは量が薄くなりすぎます。

見つからずに実行も難しいでしょう。

それに監視の目が厳しいので無理でしょう。

食事と断定しても問題ないかと」


 三酸化二ヒ素。

 などと言っても伝わらない。

 殺鼠剤、殺虫剤、農薬の材料だ。


 俺に最低限の毒の知識があるのは、探偵小説も転生前は好きだったから。

 エルキュール・ポアロや金田一耕助は、特にそうだ。

 これらにはこの毒は出てきていないが……。

 トリックを空想するときに、これが見つかった。


「どんな効果があるのでしょうか? 素早く治すには、効果を知っておきたいです。

場所が分からないと、力も分散してしまいますから」


 腹痛を治すのに、頭の治癒に力を回しても仕方ないからな。

 オフェリーの治癒術が優れているのは、力の集中がとても上手だということ。


「最初に嘔吐、次に下痢、頭痛。

大量摂取すれば死に至りますが、そこまでいかないでしょう。

運が悪い人はそうなるかもしれません」


 チャールズがため息をついて、天を仰いだ。


「下痢になると、もう戦えませんな……。

外傷は気合で誤魔化せますが、中からの痛みは誤魔化せませんなぁ」


 キアラは俺に鋭い視線を向ける。


「では、倉庫の管理人か調理担当が内通者ですの?」


「まあ、そんなところでしょう。

家族を人質にとって脅してもよいのです。

泳がせましょう。

内通者にも気がつかれないようにしないといけませんね。

そうでなくてはおびき寄せることができません」


「内通者の洗い出しはお任せください。

カルメンとも協力してやりますわ。

接収した品が毒だと分かればすり替えればよいのですよね」


「ええ。

もし小麦粉に混ぜていたら、普通の小麦粉と入れ替えてください。

全員の命がかかっています。

キアラ、頼みましたよ」


 キアラは満面の笑みでうなずいた。


「お任せください。

必ずやりとげますわ」


「念のためオフェリーは、決行日に違う食事をしておいてください。

袋の中身を入れ替えますが、僅かに毒が残る可能性もありますから」


 オフェリーは得意げに、胸を張った。


「分かりました。

最近、パンとスープばかり食べていたので……」


 最後は尻すぼみになり、ため息までついた。

 ああ……体重が気になるのね。


「果物か魚を出してもらいますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る