514話 禁断の組み合わせ

 若干、情報伝達にタイムラグがあったようだ。

 コスタクルタ商会の後を追うように、哀れな運命を辿った商船が、網にかかる。

 拿捕3隻。

 撃沈2隻。

 5隻は情報が届く前に出航したらしい。

 

 それぞれ、苦情を申し立てに来た。

 だが、あの話が伝わっているからだろう。

 苦情と言うには、弱々しいものだ。

 勿論、船員は帰した。

 留置していても、飯を減らすだけだからだ。


 物資は差し入れとして、有り難く頂く。

 船はもう沈める必要も無いので、軍の輸送船として活用させてもらう。

 商会が殿下に、苦情を申し立てても塩対応。


『敵に力を貸している連中のために働けと? 一体、私にどんな義務があるのかね?』


 こう言われては、帰るしかない。

 庇護してほしければ、敵との商売を止めよといった次第。

 このあたりも申し合わせてある。

 有り難いことに、殿下は最近はちゃんと役に立っている。

 どうかこのままでいてくれ。

 余計なことをして自爆する伝統芸だけは勘弁してほしい。

 

 殿下にとっても、商人への統制を強めたい意向もあって俺の方針に賛同している。

 というわけで、ユボー、カラファ家、デステ家との商売は激減。

 おおむね予想通り。


 デステ家は表向き、殿下の勢力といった顔をしている。

 ところが、面従腹背は周知の事実。

 カラファ家はデステ家の傘下なので、商人たちも疑心暗鬼になっている。

 いつ、正式に敵認定されるか不明だからだ。

 下手に取引できない。


 目に見える剣を交えていないが、見えない剣でこちらが攻勢に出ている。

 そんなある日のことだ。

 キアラが現状の報告を持ってきてくれた。


「お兄さま。

本家で暴れていた野盗は、潮が引くようにいなくなりました。

活動場所を変えたようですわ」


 皮肉な笑いが自然と浮かぶ。


「野盗も食わないと生きていけませんからね。

効率の良いところで働くのが普通ですよ。

コスタクルタ商会の動きはどうですか?」


「石版の民の浸透具合ってすごいですわね。

商人たちの動きは、手に取るように分かりますもの。

でも鳩が口から紙の束をおえっと吐き出すのは、何度見ても慣れませんけど……。

と、ともかく……なんとか仲間を募って、ラヴェンナに経済攻撃を仕掛けようと企んだようですわね。

味方する商会はゼロですわ。

万策尽きかけているみたいです。

当主を交代させ、こちらに詫びをいれる話まで出てきているようですの」


 ベンジャミンが連絡員をここにおいてくれたおかげで、石版の民との交信はスムーズになった。

 キアラは連絡員が鳩から紙を取り出すところを……何度も目にしている。

 改竄していない証として、誰かに立ち会ってほしいと言われた。

 つまりキアラが、毎回紙を取り出す場面に立ち会うわけだ。

 ある意味グロ動画をチェックさせられているようなものか。

 ご愁傷様である。


「そうでしょうね。

殿下の側についている貴族たちにしても慎重になります。

ラヴェンナが敵として認定した勢力と、下手に取引をしては身の破滅ですから。

船1隻を沈めたにしては、良い宣伝効果だと思いません?」


 キアラは苦笑しつつもうなずいた。


「そうですわね。

目の前で船を沈めたってのは、とても強く印象に残ったようですわ。

コスタクルタ商会としては、味方を増やすために広めたのでしょうけど。

見事に逆効果でしたわね」


 本人たちは必死なんだけどね。

 まあ、ご苦労さまだ。


「タダで宣伝してくれるのです。

有り難い話ではありませんか。

おかげで、ラヴェンナからの警告を甘く見る商会も無くなったでしょう」


「敵認定されている家と、商売をすると……これだけのリスクがある、と示されたわけですものね。

窮地に陥っても、カラファ家やデステ家は守ってくれません。

今までは自由に、どちらにも出入りできましたものね。

だから、慣習が通じないことに戸惑っていると思いますわ」


 結局のところ、秩序が崩壊すると力こそ正義になる。

 単純な論理だが、1000年続いた平和のあとでは、簡単に頭を切り替えられないか。

 勿論、力のみでは足りない。

 統治には正当性の化粧は必要だ。

 少々粘着質な化粧は、こちらが握っている。

 

「カラファ家とデステ家の情報までは……入手できないのが残念ですけどね。

どれだけ首が絞まっているのか、実に興味深い話ではありますが。

カラファ家は、デステ家に泣きついているでしょうが、デステ家としても下手に動けない。

とはいえ何らかの行動を起こさないと、傘下が一斉に離反しますからね。

それがどんな手段になるか」


「お兄さまはどうお考えですの?」


「殿下に陳情は、無理だとして諦めるでしょう。

下手に誓約の証として、人質でも求められてはやぶ蛇ですからね。

まあ、ここに交渉に来るか……。

なんとかマントノン傭兵団経由で、ユボーとの連携作戦に活路を見いだすか」


 黙って話を聞いていたオフェリーが挙手した。


「連携作戦って何でしょうか?

必ず勝てると思わないと、デステ家は直接攻撃を仕掛けてくるとは思えません」


「本来ならばそうですね。

追い込まれると、そうもいきません。

時間は彼らの敵ですからね。

局面打開には、私を殺すしか考えられないでしょう。

少なくとも、時間は稼げます。

となると海賊を装って、デステ家の船でここを襲うかも知れません。

あそこにも多少は船がありますからね」


 オフェリーは疑問があるようで、首をひねっている。


「デステ家は海上封鎖しないのですね」


「直接明確に、敵対行動をとっていません。

マントノン傭兵団とも表だって、関係を持っていません。

締め上げるにはちょっと、材料が足りないのですよ。

なので動かざる得ないように、カラファ家を締め上げているのです。

シャロン卿はデステ家傘下の貴族たちと、楽しいお話を繰り返していると思いますよ」


 とは言ってもやろうと思えばできる。

 そうすると、暴発したときの手が読みにくい。

 わざと逃げ道を残してある状態だよ。

 オフェリーは小さく首を振った。


「アルさまとシャロンさんって……組み合わせてはいけない、禁断の組み合わせって感じです」


 オフェリーのつぶやきに、キアラは楽しそうに笑いだした。


「お兄さまの人使いは、とても巧みですもの。

カルメンも言っていましたわ。

シャロンさんがあそこまで楽しそうにしているのは、初めて見たと」


 すっかり、仲良しになってたな。


「毒の話ですっかり仲良しですか。

先生殺害の動機解明は急いではいませんが、世界主義と戦うためには知りたいですね」


「ちゃんと進んでいますわ。

ただカルメンは、ちゃんと確証をつかまないと喋りたがらないのですわ。

金喰いの話は、ほぼ確証があったのと……。

最初にお兄さまの信用を得るために、主義を曲げたらしいですわ」


 ますます探偵みたいだな。

 確証が無いと黙っているタイプ。


「なるほど、それはなんか急かしたようですね。

とても知りたかったのは事実ですが……」


「大丈夫ですわ。

カルメンはああ見えても、ちゃんと人の心が分かりますから」


 ちょっと意外だな。


「キアラがそこまで信用するのも珍しいですね。

普段はもっと慎重に、人を見ていると思いますが」


 キアラは意味深な笑いを浮かべた。


「理由は内緒ですわ」


 無理に問いただす必要も無いな。

 誰にだって、秘密はある。

 俺にも黙っている秘密があるくらいだ。


「ともかく、このまま座して死を待つことはしないでしょうね。

デステ家は動くでしょう」


「それはそうですわね。

どんな手でくるか予想されていますの?」


「一応は。

ですが、本当にその手で来るかは分かりません。

なので実現可能かといった点も含めて……検討しないといけませんね。

カルメンさんを呼んでください。

彼女なら実現可否が分かるでしょう」


                  ◆◇◆◇◆


 カルメンは俺がプレゼントした白衣を着込んでいる。

 うろ覚えのデザインだが、一応それっぽいもの。

 実に似合っている。

 いたく気に入ったようで、最初にプレゼントしたときの反応もすごかった。


「おおおおおお! これなら、薬品がこぼれてもすぐ分かります!」


 興奮し続けて、また過呼吸になったが……。

 そのあとキアラに怒られた。

 カルメンを興奮させてはいけないそうだ。


 ともかく、カルメンは俺の顔を見るなり笑顔になった。


「アルフレードさま。

毒ですか?」


 まあそうなんだけど……。

 なんでそんなに嬉しそうなのだ。


「ええ。

ちょっとこんなタイプの毒があるのか知りたいのです」


 俺の説明に、カルメンはしばらく腕組みをして考え込んでいた。

 足でトントンとリズムをとっている。

 ぱっと、目が輝いた。


「確かにあります。

採取できる場所は限られますが……」


 やはりこの世界にも存在したか。

 効果が転生前より強かったら厄介だなぁ。


「それだけ危険なら、管理などはされているのでしょうか?」


「平時であれば採集場所は、きちんと管理されています。

危険ですので。

ただ、今は……」


 やはりなぁ……管理はされていないか。

 危険極まりないな。


「それは何処にあるかは分かりますか?」


「ブロイ家の領地内です。

今はユボーの勢力圏ですね」


 あっちゃぁ……。

 これに気がついたらやるよな。


「ところで、これは有名なのでしょうかね」


 カルメンは小さく首を振った。


「知る人ぞ知るといったところですね。

ただ……アルフレードさまの敵は、金喰いを使うほどです。

確実に知っていると見るべきでしょう。

アルフレードさまの要件を満たすには、かなりの分量が必要になりますが……。

1回限りなら調達できると思いますよ。

流石に複数回は無理でしょう。

採れる量は多くありませんから」


 デスヨネー。

 となると、相手の手も読めるか。

 むしろこれしか逆転の手が無いはずだ。

 そこまで追い込んでいるのだから。

 こいつをどう逆用するか……だな。

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