513話 有り難い差し入れ

 カールラの件は、これでいい。

 それよりも、お楽しみが始まった。

 つまり拿捕した船を所有している商会の使者がやってきた。

 バジーリオ・コスタクルタと名乗った。

 コスタクルタ商会の一族だろう。


 30代後半の男性。

 営業担当ではなく、もっと上層部だろう。

 身なりも立派な紳士といったところ。


 今回は俺とオフェリーが応対。

 キアラには別の用事を頼んでいる。


「コスタクルタ商会の方ですね。

ご用向きをお伺いしましょう」


 俺の暢気な言葉に苛立ちを覚えたらしい。

 それでもなんとかバジーリオは、言葉を飲み込んだようだ。


「コスタクルタ商会としましては、今回のラヴェンナの横暴に抗議させていただきます。

加えて拿捕している船と積み荷……船員の解放をお願いします。

加えて損害の補償もしていただきたい。

もしこのような横暴が世の知るところとなれば、ラヴェンナと取引する商会はほぼ無くなるでしょう」


「横暴ですか?

敵対勢力に手を貸すものは、敵と見なす。

そう宣言したはずですが。

敵対勢力に物資を運び込むのは敵ではありませんか」


「我々は商会です。

どこの勢力にも与しません。

争いがあっても、商会は中立。

武器を持たない相手には、攻撃を加えないのが慣習ではありませんか」


 つまらない。

 もう少し面白い理屈が欲しかったのだけどなぁ。


「慣習ですか。

では、傭兵の……ユボー殿でしたな。

彼らは武器を持たないものを攻撃しないのでしょうか?

そして市民を殺害したマントノン傭兵団も然り」


 バジーリオは言葉に詰まったようだ。

 小さく頭を振った。


「そ、それは……。

ですが、傭兵でしょう。

分家とはいえ……高名なスカラ家に連なるお方がなさるのは、如何なものでしょうか」


「如何なもの……と言われても、相手がルール無用で剣を向けているのです。

こちらもルールを守る必要などないでしょう。

ルールを持ち出すなら、大事な条件があります。

それを破った者に制裁を与えられなくては、意味などないでしょう。

守った者損のルールなどなんの意味があるのですか」


「ですが我々は、ラヴェンナに敵対などしておりません!」


 俺は小さく息を吐いて首を振った。


「マントノン傭兵団を迎え入れたカラファ家は、知らぬ存ぜぬの一点張り。

犯人はもういないから、どうにもならないと。

敵でないならマントノン傭兵団の立ち入りを禁止して、犯人を捕らえるくらいはするでしょう。

ところが今も傭兵団は出入りしている。

つまりはカラファ家も敵です。

そしてそんなカラファ家に、物資を運び入れるものも敵でしょう。

なんのための海上封鎖だとお思いで?」


「それでも、今回の件はやりすぎではありませんか。

せめて追い返す程度で済ませるべきかと」


 俺は真面目くさってうなずく。


「なるほど、なるほど。

そうやって、何度か繰り返せば運び込めるかもしれませんね。

それでは意味がありません。

敵となった以上、カラファ家には消えてもらいます。

それにあなた方はラヴェンナが拿捕したとおっしゃりますが、なぜそう決め付けるのですか?」


 まあ……これみよがしに拿捕した船を、港に停泊させているんだけどね。

 バジーリオは俺の惚けた言葉に、顔が赤くなった。


「し、白々しいですぞ!

港に堂々と抑留されているではありませんか!」


 俺はオフェリーに目で合図をした。

 オフェリーはいつもの無表情でうなずく。


「済みません。

やるべき仕事を忘れていました。ちょっと中座させていただきます」


 オフェリーが出て行く間に、バジーリオは息を整えて冷静になろうと務めているようだ。

 俺は真面目くさった態度をとる。


「はて……。

そんな船ありましたかね。

どちらにせよ金が惜しいのであれば、ラヴェンナの公敵に援助するようなことは避けるべきでしょう。

とはいえご使者殿も、手ぶらでは帰れないでしょう」


 俺の言葉に、バジーリオの目が輝く。


「ではお返しいただけるのですか?

それならば、こちらとしても損害の補償までは……」


 損害の補償などただのブラフなのは見え見えだ。

 なんの貸しにもならない。


「ええ。

何者かに攻撃を受けて、漂流していた船員はお返ししますよ。

ラヴェンナが救助しましたが……。

ああ、お礼は結構です」


 直後、港の方角から大きな音が響いてきた。

 何かが砕ける音。

 バジーリオの顔が、赤から青に変わった。


「こ、この音は……」


「何か港で、事故があったようですねぇ。

私も心配です。

見にいきましょうか」


 港に向かうと水面には多数の木片が浮かんでおり、拿捕した船の姿はなかった。

 あるのは軍船だけだ。

 バジーリオは力なく、ヘナヘナとへたり込んだ。


「ふ、船が……」


 そこにキアラが、護衛をつれて駆け寄ってきた。


「お兄さま、大変ですわ」


 棒読みのセリフに、思わず吹き出しそうになる。


「どうかしましたか? 何か事故があったようですが」


「ええ。

軍船が停泊していた不審船と衝突してしまいました。

不審船が沈んでしまいましたの。

困りましたわ、これから調査しようと思っていましたのに」


 キアラは演技の才能がないな。

 この棒読みには、笑いを堪えるのが精いっぱいだ。


「まあ……沈んでしまったものは、仕方ありませんね。

ところで、軍船のほうは無事ですか?

乗組員に怪我などなければ良いのですが」


「それは大丈夫ですわ。

あら、お兄さまこの方は?」


 キアラは、白々しくバジーリオを見て驚く。


「ああ、我々が救助した船員を引き取りにきた方ですよ。

いやあカラファ家と商売しようとするなど、勇敢な商会です。

カラファ領に面した海は、今や無法地帯ですからね」


 バジーリオが我に返って、顔を真っ赤にしている。


「こ、こんな蛮行! 許されるとでも思っているのですか!」


「はて、なんのことでしょうね。

それと……我々の警告を無視する人に対して、ラヴェンナが何をしようともです。


「そ、そんな滅茶苦茶だ!」


 俺はわざとらしく肩をすくめる。


「少しは落ち着いてはどうですかね?」


 バジーリオの目が血走っている。

 まあ、そりゃ怒るだろうさ。

 俺でも怒る。


「これで黙っていられますか! ひ、人が下手に出ていれば……。

領主だからといい気に……」


 と言いかけたところで兵士たちに囲まれていることに気がついて、顔が青くなる。

 俺はにこやかにほほ笑んで、バジーリオの肩をたたく。


「コスタクルタ殿、よろしいですかね。

私には口で説得するより、もっと黙ってもらう方法があるのですよ」


 俺の笑顔に、バジーリオはヘナヘナとへたり込んだ。

 その後は大人しくなったバジーリオは船員をつれて帰って行った。

 

                   ◆◇◆◇◆


 一仕事終えた俺たちは、執務室でお茶を飲んでくつろいでいる。

 キアラが、絵に描いたように肩を落として去って行くバジーリオを思い出したのだろう。

 苦笑を堪えきれない様子だ。


「お兄さま、実に見事な悪役ぶりでしたわ」


「キアラの演技はまだまだですね。

笑いを堪えるのに精いっぱいでしたよ」


 キアラはふくれっ面になる。


「あんな茶番をやらされる身にもなってください。

お兄さまからの指示で1番大変でしたわよ。

笑いを堪えるのが……」


 オフェリーも俺の隣で和やかにお茶を飲んでいる。


「合図はバッチリでしたか?」


「ええ、良いタイミングでした」


 オフェリーは港の方向を見て、首をひねっている。


「船を見せたあとに沈めることに、何か意味があるのでしょうか?」


「交渉の余地などないことを、これ以上はっきり示すものはありませんよね。

だから積み荷の話もしなかったでしょう?」


「あ、そうなんですね。

積み荷は食糧でしたね。

どうするのですか?」


「それは、皆さんに振る舞うべきでしょう。

コスタクルタ商会からの有り難い差し入れです」


 キアラはあきれたように首を振った。


「ほんと、コスタクルタ商会はまさかここまでする……とは思っていなかったでしょうね。

お兄さまは温和で過激な手段をとらない、と思われていましたから」


「さて、コスタクルタ商会は誰に泣きつくのでしょうか?

殿下には無理でしょう。

本家にも無理。

頼る相手もなく、なおカラファ家やデステ家に義理立てしますかね。

カラファ家やデステ家が弁償してくれるハズもないでしょう。

では、もう一手といきましょうか。

カラファ家と交易を打ち切る商会には、税率を下げましょう」


 キアラは俺の言葉に笑いだした。


「ひどい飴と鞭ですわね。

少なくとも、これでほとんどの商会は手を引きますわ。

デステ家にはよろしいのです?」


「デステ家から輸送するにも陸ですよ。

野盗たちがハッスルするでしょうね。

デステ家にも干上がってもらいましょうか。

少なくとも、スカラ家を狙うよりは……そっちのほうが楽で実入りが良いと分かればです。

はてさて、どうなりますか」


 気がつくとオフェリーが、俺を凝視している。


「オフェリーどうしました?」


「アルさまだけは敵に回したら、絶対に駄目だと心底思いました……」

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