512話 怒りの燃料
海上封鎖が始まった。
最初は逃げた船を撃沈させた。
生き残った船員は、このことを伝えさせるために解放。
次は、逃げずに停船したので拿捕。
これは、船ごとウェネティアに護送。
船長のみ解放。
さて、どうでるか。
慌てふためくサマが楽しみだ。
少しは楽しい応対になれば良いのだが。
と思っていると、隣でキアラのため息が聞こえた。
「お兄さま、また悪い顔で笑っていましたわよ。
それが実にサマになっているから、タチが悪いのですわ……」
オフェリーも反対側で、俺の腕をつつき始めた。
「最近、アルさまはこの顔が普通なのでは……と思い始めています」
余計なお世話だ。
「私の顔はどうでも良いのです。
商会の言い訳を、楽しみにしましょう。
大した成果はあげられないでしょうがね」
キアラも、人の悪い笑顔になった。
「でしょうね。
苦情と賠償を求めるでしょうけど。
何を根拠に求めるのか。
断られたときに、どうするのか。
そこまで考えているのでしょうか」
「考えていないでしょう。
昔なら使徒に泣きつけば成敗してくれましたけどね。
それと、あの仕込みも準備できていますよね」
「ええ。
本当にやりますの?」
「ショックを与えた方が、警告にはなるでしょう。
そのときの顔が見物ですよ」
堪えきれずに笑いだしてしまった。
なぜかオフェリーにまで、ため息をつかれる。
「アルさま、本性隠さなくなってきましたね……。
これはこれで頼もしくて魅力的ですけど」
◆◇◆◇◆
お楽しみタイムの前に来客だ。
バルダッサーレ兄さんに伴われたカールラだ。
ここを去る前に、俺に世話になったお礼と挨拶をしたいと。
2人きりで会うことは断ったし、周囲も反対した。
結局、俺とキアラ、カールラの3人で話すことになった。
まずカールラが優雅に一礼した。
「アルフレードさま。
今までお世話になりました。
使徒の元に参る前に、お礼だけはしたかったのです」
「アクイタニア嬢が無事で何よりでした。
少なくともラヴェンナやスカラ家にいるよりは、自分を出せると思いますよ」
カールラは、少し目を細める。
心を隠す達人か。
さすがに読めないな。
「アルフレードさまは少し誤解をなさっています。
どの場所でも、私は自分を出しています」
現代的に、場面場面で自分を変えている。
ペルソナ的な何か。
そんな意味なのだろうか。
本人に否定されたが、それは違うなど……俺の主張を押し通す気など無い。
「これは失礼」
「バルダッサーレさまにお伺いしました。
今回のお話は、アルフレードさまからの提案だと。
勿論、バルダッサーレさまはご自身で決断された……とおっしゃっていましたが。
包み隠さず、全てのことを教えていただきました。
バルダッサーレさまには申し訳なく思ってもいます。
その上でお聞きしたいのです。
アルフレードさまの目的は、どのあたりにあるのでしょうか?」
「目的ですか……。
知ってどうされるのですか?」
「アルフレードさまにとって全ての人は、駒か記号なのでしょう。
私という駒を、使徒の元に嫁がせる。
なにか遠大な計画がおありなのでしょう。
ですが駒にも、意思はあります。
お答えいただかなくても結構ですが可能であればと」
ふーむ。
そう見られていたか。
キアラは、少し不快な様子。
よく創作物で、策士は人を駒や記号に判断するような表現がある。
それはあくまで、その人のすごさや異質さを表現するためのもの。
天才といった表現で片付けない、真面目な人の表現方法だ。
本当に知恵がある人は、そんな仰々しい表現などしない。
流れにのせてしまうことはする。
だが駒のように自在に動かせるなど、観察眼の欠如以外の何物でもない。
人はそう単純ではない。
集団になると話は変わってくるがな。
俺に売り込みをしてくる連中も増えてきた。
自分を賢く見せるために、他人を駒のように使っている……と表現したらお引き取りを願っている。
おかげで『人を大切にする優しい領主』などと変な噂が立ってしまったが……。
この聞き方で、カールラの狙いがはっきりした。
ささやかな願いだが、聞き届けるわけにはいかないな。
ともかくキアラが怒りだす前に話を進めるか。
「まず一点。
駒や記号などとは思っていませんよ。
私自身そこまで大層な人物だと思っていません。
今回の件は、これが1番妥当かな……と考えただけです」
カールラの表情に変化は無い。
「私にとっては最善とは言いにくいですが……。
アルフレードさまにとっても最善には思えません」
「アクイタニア嬢は小さい頃に、ひどい経験をされています。
その後の生活は少なくとも……望ましくはなかったでしょう」
俺の話がいきなり飛んでも、カールラは穏やかな表情を崩さない。
「どうでしょうね。
生活はより豊かになりましたし、望むものは何でも買ってもらえました。
そう悪い話ではないでしょう」
「価値観によるでしょうね。
残念ながらアクイタニア嬢は、その程度で割り切れるほど……単純な人ではないと思っています。
それは全員にとっての不幸かもしれませんがね」
カールラはごく自然に首をかしげる。
演技には見えない。
でも、俺に合わせていることはかすかに分かる。
実に演技が達者な人なのだな。
世が世なら、名女優になれたかもしれない。
「不幸ですか?」
「あの愚行は、誰も幸せにならなかったのですよ。
先王と側室の愚かさが招いた惨事でしょうね」
カールラは少し目を細めた。
俺の直接的な物言いが面白かったらしい。
「よろしいのですか?
そのようなことを、口にされて。
足を引っ張りたがる人たちに、餌を与えるようなものかと思います」
「平気ですよ。
愚行を愚行と言えない世の中など……こちらから願い下げです」
カールラは小さく笑った。
これは本心から面白いと思ったようだ。
ほんと、あのヒントが無ければ見破れない。
「思ったより剛直な方ですね。
それで私に同情されたのですか?」
カールラから、微かに感じる感情。
『お前もどうせ、そう思っているのだろう』
そんな感情が見て取れた。
演技ではなく抑えきれないなにかだ。
生憎違うし、カールラのペースに乗る必要もない。
「まさか。
そんなもの、アクイタニア嬢が1番嫌がるでしょう。
人によって同情は、される人を惨めにするだけです。
そんな無駄なことはしませんよ。
同情しなくても、恨みを持つことは理解できます。
その恨みを晴らせたときは、他者が被る被害はいかばかりでしょうね。
そう知ってしまえば、手助けなどできません。
かといって軟禁し続けても、労力には見合わないでしょう。
自棄になれば何かはできますからね。
そこで多少の危険は承知で、望みをかなえる道の入り口に案内しただけですよ」
カールラは少し拍子抜けした様子だ。
そして眉をひそめて、首をかしげる。
さすがに俺の言ったことが理解できなかったらしい。
「とても合理的とは言えません。
私の望みが危険なら殺してしまえば一番よろしいのでは?
少なくとも、アルフレードさまなら簡単に後始末ができると思います。
そうでなくては、あのシャロン卿が秘密を話しません」
さらりと言うが、少し楽しむような……挑発するような物言い。
「そうはいきませんね。
考えただけで罪に問うのは、ラヴェンナの法に反します。
なので残された対処方法は一つだったのですよ」
「殺すのが駄目なら、無難な下級貴族にでも嫁がせればよろしいのでは?」
分かる人には分かる。
その程度のことも考えなかったのか……そんな侮蔑した感情。
それに乗る気もない。
思わず頭をかいてしまう。
「他人を勝手に、不幸に巻き込むことは……私の本意ではありませんので。
まあ全員が不幸な顔をするくらいなら、1人くらい笑顔になって良いでしょう。
少なくとも当事者であるアクイタニア嬢がね」
カールラの笑みが深くなる。
ただ感情は読み取れない。
「危険と知りつつ、私を野に放つのですか?
それとも使徒の元に、小娘1人を送り込んでも対処しきれるとの自信がおあり?」
「そんな保証はありませんねぇ。
危険にしても、本当にどこまで危険なのか……実はハッキリ分からないのです。
私の意図はともかく、アクイタニア嬢には道が開かれました。
ここからは少なくとも、自身の力が問われます。
どこまでやれるかもね」
カールラは目だけ笑いつつも、少し挑むような顔つきになる。
「つまり何もできないだろうとお思いですか?
その自信はどこから来るのでしょうか。
一度使徒の攻撃から生還できたとしても、少々自信過剰だと思いますよ」
カールラが欲しがるものを、俺は与える気は無い。
そしてカールラにかすかに苛立ちが見て取れる。
「決め付けてはいません。
ですが、人を巻き込むのはご自身が考えるより困難ですよ。
もし先王と殺害を指示した側室を殺すのであれば、何も防ぎはしません。
あれを守る気など、毛頭ありませんね。
ですが……その子供に、矛先を向けるのであれば看過できません。
それこそ有効な使い道があるのですから」
カールラは本当に分からないといった顔で首を振った。
かみ合わない会話に、少し疲れたのかもしれないな。
俺はわざとかみ合わない会話をしているが。
「不可解な人ですね。
普通なら将来の禍根は断つのが賢明かと思いますけど。
普通の人ならば、シャロンさんから話を聞いた段階で……私を亡き者にするでしょう」
理解されないのは、百も承知さ。
性分の問題でもあるからな。
「先ほど言ったとおり、危険かもしれない。
そんな理由で、人を処断することはできません。
ですが、無視するのも良くない。
それならいっそ、望みの一つはかなえても良いかなと。
自暴自棄になって、何かしでかすこともなくなるでしょう」
結局、カールラが希望していたであろう答えがでないまま……会見は終わった。
◆◇◆◇◆
執務室に戻ってくるなり、キアラが俺の隣に座る。
メモの準備までしている……。
「お兄さま。
あの会見……全く意味不明だったのですが。
あそこまでかみ合わない会話は初めて見ましたわ」
「そりゃそうでしょうね。
アクイタニア嬢の望みが分からなければね」
「何か思惑があったのですか?」
「多分ですけどね。
燃料が欲しかったのかなと」
キアラは首をひねっている。
さすがに飛びすぎたか。
「燃料……ですか?」
「恨みにせよ行動するには、力が要ります。
そのためには、燃料が必要不可欠です」
「それは分かりますけど……」
「アクイタニア嬢が欲しかったもの。
それは、私が何か企んでいて利用するつもりだと。
つまり怒りの力に変える言葉を……欲しがっていたのですよ」
「怒りの力?」
「私が駒のように人を扱う。
人を人とも思わないような尊大な策略家。
それなら利用されていると考えて……怒ることができます。
同情したから……こうしてやるのとなれば、彼女は怒りを燃料にできます。
彼女は同情する相手には、軽蔑と怒りを感じるタイプでしょう」
キアラは会見を思い出したのだろう。
小さく笑った。
「あの会見だと、お兄さまは怒らせるような言動は……何もしていませんわね」
「だから自分は危険だと主張したのです。
それでも使徒に嫁がせるのは、自分が何もできない小娘だと思っている。
そんな感じで私の言葉を引き出したかったのです」
「あれではきっと拍子抜けしたでしょうね」
「そんなところです。
確かに危険ではあります。
そんな人に燃料をあげるほど、私はお人よしではありませんよ。
アクイタニア嬢は、かなりモヤモヤした状態で使徒の元に嫁ぐと思います。
本来はその前に、燃料が欲しくて私に会いに来たと思いますよ」
キアラは失礼にもあきれた顔で、大げさにため息をついた。
「やっていることは、かなりお人よしだと思うのですが」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます