511話 花の話題

「これをカルメンさんに聞くのは筋違いなので、独り言みたいに聞き流してください。

そうやって殺される理由が、今一分からないのですよね……」


 事実は分かった。

 動機が少しあやふや。


 カルメンは意外とほほ笑んでいる。


「調査を命じていただければ、調べ上げて見せますよ。

毒殺には、動機が欠かせません。

何でも良いとはいかないのです。

たとえ無差別に殺すにしても楽しむという動機がありますから」


 探偵の真似事もできるのかね。

 それにしては、その格好目立つような……。

 俺のいぶかしげな顔に、モデストは珍しく笑いだした。


「大丈夫です。

カルメンの能力は保証します。

必要なら直接調べますが、実は変装も得意でしてね。

調査の腕は、相当なものです。

そして、人を使うことをお許しいただければと」


 既に調査員のコネがあるのか。

 それもそうか。


「既に部下がいるのですか?」


 カルメンは得意げにほほ笑んだ。


「モデストさんの部下を借りているだけです。

今それをすると、モデストさんの仕事の邪魔になります。

ラヴェンナにもいますよね。

情報を得ることを、専門にしている人たち。

彼らに指示させてください」


 なるほど、しかし俺が決定できる話ではない。

 キアラがどう言うか。

 ところがキアラは、カルメンに小さくうなずいた。


「構いませんわ。

でも、指示の内容は教えてくださいね」


 ちょっと意外だった。

 キアラは耳目への指示に、他人が介入することを好まない。

 俺ですらだ。

 キアラに依頼して、キアラが指示する形を堅持していたのだから。


「キアラ、本当に良いのですか?」


「ええ。

仕事の幅も増えるでしょう。

そろそろ仕事の幅を増やしたい……と思っていましたの」


 キアラの許可が得られたのなら、問題は無い。


「分かりました。

ではキアラと相談してやってください」


 キアラもカルメンにほほ笑んだ。


「よろしくお願いしますね」


                   ◆◇◆◇◆


 不思議とあの2人、とても仲が良くなった。

 花の話題で盛り上がる少女2人。

 ほほ笑ましいね。


 毒の花でなければ。

 トリカブトの花が美しいなどの話をされてもコメントできるはずもなく。


 キアラは、共通項が無いとここまで親しくしない。

 ミルたちと違って、本当に同年代の友達といったイメージ。


 まあキアラに友達ができるなら、良いことだ。

 毒友だけど。


                   ◆◇◆◇◆


 カルメンは機材が届いて、本格的に調査を始めた。

 その報告は……当たり。


 機材を見せてもらったが、フラスコやら試験管やら。

 錬金術師に近い。

 これパトリックとも、話が合いそうだな。


 分析完了から一気に、動きが速くなった。

 あとは任せよう。


 機材と共に大量の書物も持ち込まれた。

 書物と聞いたので、我慢できずにちらっと見せてもらう。

 同じ薬草でも、産地によって微妙に異なる。

 それらが記載されていた。


 見事なものだ。

 DNAではないが、分析方法まで載っている。

 思わず感嘆のため息が漏れた。

 完成された毒からでもある程度絞り込めるらしい。


「これを使って、原産地を絞り込んでいくのですね。

原産地が分かれば、その流れを追える。

そして製造者にたどり着ける。

どんな人に頼んだかで、動機の一端が分かると。

特別な人に頼むのか、適当な人に頼むのか。

実に合理的ですね」


 まあ、海外の科学捜査ドラマにハマっていたから分かる話だけど。

 あと骨狂いのドラマとか。


 カルメンが、突然目を丸くして俺の手を握った。


「そうです! そうです! このことを理解してくれたのは、アルフレードさまが初めてです! モデストさんは、結果にしか興味が無いのです!」


 顔を真っ赤にして興奮しつつ、つかんだ手を激しく上下させている。

 師匠の教えを発展させたのだろう。

 彼女が科学捜査の母になるのでは……と思ったりもした。


「そ、そうですか。

いずれは皆が理解すると思いますよ。

私も協力は惜しみません」


 カルメンが涙ぐんで、やっと手を離した。


「素晴らしい……! 実に素晴らしい……! ここに、私の幸せがあります……! ここに来て正解でした!!!

最高権力者の理解がある! これが研究者にとってどれほどのことか……」


 と言って、過呼吸になって倒れ込んでしまった。

 急いで、オフェリーを呼んで治してもらったが……。

 

 俺の元には、変人しか集まらないのだろうか。

 これでは、結婚相手を探すのは困難だな。


                   ◆◇◆◇◆


 石版の民からの報告があった。

 火祭りは成功。


 では、動きだしますか。


「キアラ。

ラヴェンナの海軍を動かして、カラファ領の海上封鎖を。

商船であっても拿捕してください。

中身は没収。

船員は抵抗したら、殺して構いません。

船を沈めても構いません。

判断は現場に一任します。

抵抗しなければ、ここウェネティアに収容します。

船はラヴェンナのものとして有り難く使わせてもらいましょう」


 俺の話を聞いたキアラは、少し驚いた顔になった。


「ラヴェンナへの襲撃はどうするのですか?」


「ほぼゼロになります。

なので通常警備で問題ありません」


「なぜですの? 火祭りと何か、関係があるのですよね」


「今回の襲撃は、関係を隠すため海賊を雇っています。

普通ならシケリア王国のほうが、ずっと近い。

なのにわざわざ、遠くのラヴェンナを狙うのか。

つまりドゥーカス卿の海軍が強いから、手が出せなかったのです。

そこでドゥーカス卿から、恩赦を餌に襲撃を依頼されたら?」


 キアラは満面の笑みを浮かべた。


「確かに遠くても……ラヴェンナを狙いますよね。

その海軍が無くなったら、海賊はドゥーカス卿を狙うとみたわけですわね」


「ええ。

リカイオス卿に天秤が傾くので、海賊たちはドゥーカス卿に義理立てしません。

むしろリカイオス卿から誘いがかかって、ドゥーカス領を荒らすでしょう」


「それで、火祭りを待っていたのですね」


「デステ家への支援を断ち切る以外にも、こんな要素も起こるのです。

そして海上封鎖されると、輸送は陸路に絞られますね。

ただ効率は段違いに落ちます」


 キアラはウンウンとうなずく。


「確かにそうですわね。

安全性と効率は、段違いですもの」


「そうなると、シャロン卿に頼んでいる調査がよりやりやすくなります。

そしてそれだけ頻繁に陸路で輸送すると、山賊の襲撃を誘発します。

それを守るためのコストは、当然上乗せされますよね」


 キアラは興奮気味に、メモをとりはじめた。


「カラファ領の物価が上がって、大変なことになりますわ。

これ、日和見している貴族たちは震え上がりますわよ。

商会もでしょうけど」


「そうなるとマントノン傭兵団は無視できなくなります。

決戦をさらに急がざる得なくなるわけです。

まだありますよ」


 キアラが驚いた顔のまま固まる。


「まだありますの!?」


「契約の山から、財宝を定期的に持ち出しています。

その量が増えるのです。

頻度があがるなら、山賊さんが嗅ぎつけるでしょうねぇ。

もう噂が広がっているかも?」


 モデストにこの噂を広めてもらった。

 モデストはアラン王国に、さほど影響力は無い。

 だが、噂は違う。

 燎原の火の如く広がる。

 つまり世界主義の連中は、支援が難しくなる。


 まあ、見ていろよ。

 武器を使うだけが戦いでないことを教えてやる。

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