510話 金喰い

 カールラの件は、片が付きそうだ。

 マリー=アンジュからオフェリーに手紙が来た。

 かなり前向きな回答。

 面白いことに、貴族間の取り次ぎに似た形式だ。

 オフェリーに宛てているようで、実質は俺への手紙となっている。

 これはうまくいきそうだ。

 

 そして金の要求も順調。

 つまり教会からの返事も満額回答。

 まず戴冠せよだ。


 アミルカレ兄さんは行軍を開始して、橋頭堡きょうとうほとなる地域を占領。

 要塞ようさいを建築して、道路を整備。

 ラヴェンナ式の圧力方法を実践中。

 今のところ、ファルネーゼを筆頭にした日和見たちの暴走はない。

 イザイア・ファルネーゼは、密かに教会とやりとりをしている模様。


 イザイアの真意は不明だが泳がせておいた。


 大事な調査報告として、市民殺害事件の結果は黒。

 ラヴェンナは正式に、マントノン傭兵団を敵対組織として認定。

 マントノン傭兵団に協力する集団も、同様の扱いにすると公表してもらう。


 どうせ、宣言と圧力だけだ……と高をくくるのだろう。

 俺をなめるなよ。


 薄ら笑いのまま凍り付かせてやる。


 石版の民の火祭りが成功してから、本格的に動き出す。

 だからラヴェンナとして、公表が第1段階の動き。


 そしてラヴェンナから指示した品が送られてきた。

 先生が最後に転がしていた酒瓶。

 ラヴェンナ産ではないと聞いたので、ますます危険信号がともる。


 そして遺品はしまってある。

 実家から、返還を求められたときのためだ。

 今まで何も言ってこないがな。

 遺品に手紙があれば送ってくれと言ってある。

 酒と一緒に届けられた。


 問題はこの酒をどうやって分析するか。

 毒物のエキスパートはいない。

 医療スタッフでは、毒への知識は限られている。

 

 だから、こっちで毒の専門家を探すつもりだ。

 酒瓶をマジマジと凝視するキアラとオフェリーに、ことの経緯を話した。

 2人とも驚いたが、キアラは難しい顔をしている。


「キアラには、心当たりがありますか?」


 キアラは力なく首を振った。


「残念ですが……。

シャロンさんに聞いてみては?

本人でなくても詳しい人は知っていると思います。

貴族の間で流行の殺害方法は、毒殺ですもの。

毒の証拠をつかめば、脅しのネタにもつかえますから」


 トレンドが毒ってのが酷い話だ。

 だが、キアラのいうことはもっともだ。

 キアラも前世は犯罪組織マフィアの子供だったが、子供が毒に詳しいとは思えない。

 だから知らないのも当然だ。

 モデストが来たら相談してみよう。


 モデストをまつ間、手紙を読み進める。

 グスターヴォ司祭からのものばかりだ。

 先生が送ったものはない。

 だが、内容は推測できる。


 とりとめのない世間話だが、たしかに俺のことを尋ねている。

 そして酒についての話もあった。

 逸品を送ると。

 毎回送っていたようだが、回を重ねるごとに量が増えている。

 それだけではない。


 酒のつまみに塩辛いものがいいとあった。


 とってつけたように、医者がいるなら診てもらえと書いてあるが……。

 酒の話をしたあとだ。

 絶対聞き流す。

 

 この段階で飛びつきたくなる。

 だがぐっと堪える。

 とにかくモデストをまとう。


                  ◆◇◆◇◆

 

 約2週間後に、モデストがやってきた。

 まず、依頼の報告を聞く。


 予想通り契約の山まで行き着いた。

 今後の指示もだしてから、本題を切り出す。


「シャロン卿。

これを見てほしいのです」


 俺が机に置いた飲みかけの酒瓶に、モデストは目を細める。


「これはまた、逸品ですな。

上流階級のものしか知らない銘柄です。

味も抜群でキツい酒ですが……。

飲めば天にも昇ると言われています。

1本、金貨1枚はするでしょうね。

熟成に70年かかるらしいです。

裏ではと呼ばれていましてね。

これに魅入られたが最後、金を喰われ続けるとね。

あくまで、大袈裟なですが」


 高い……。

 疑わないなら飲んでしまうな。

 他人に振る舞わなかったのが幸いだ。

 もともと社交的なタイプじゃないし、皆と飲むなら酒場で済ませるか。


 高い酒を飲み慣れると、安物の酒は飲めなくなる。

 安物はアルコールが、どぎつく刺すような感じ

 高い酒はまろやかなのだ。


 しかしモデストのといったときの顔が、気になる。

 だが、まだ話す気はないようだ。

 なにか、タイミングがあるらしい。


「これに毒が入っているか調べる手はありますか?」


 モデストの目が、途端に細くなる。


「失礼。

一つ皿を持ってきていただけないでしょうか」


 キアラは部屋の外で待機している護衛に言伝をする。

 すぐに皿が届いた。

 皿を受け取ったモデストは俺に真剣を超えた、鋭い眼差しを向ける。

 毒蜘蛛と呼ばれる理由がわかるような背筋に、寒気が走る感覚。

 敵意がなくてこれだ。

 あったら大変だな。


「開けてみてもよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


 モデストは栓を開けて、皿に酒を垂らす。

 小指に酒をつけて、ペロッとなめる。


「平気ですか?」


「小指が濡れる程度なら平気です。

少なくとも少量で殺せる毒なら、ここまで減っていません。

万が一でも、オフェリー夫人がいますので」


 なるほど。

 実に抜け目がないな。

 俺が黙って見ていると、モデストは軽く匂いを嗅いで目をつむった。


「正確な答えをお望みでしょう」


「ええ。

勿論です」


「ちょうどいい機会です。

私の愛人の連れ子を紹介します。

娘ですがね。

ラヴェンナ卿に面倒を見ていただきたいのです」


 意味が不明だな。

 キアラとオフェリーが、露骨に警戒した顔になる。

 モデストは軽く手を振った。


「ああ……。

そんな意味ではありません。

ラヴェンナ卿がいいと思う相手を見繕ってほしいのです。

私の人脈ではムリでしたので」


「今回の話と、どんな関係が?」


「カルメン・デッロレフィチェと申しまして、18歳です。

普通なら嫁いでいる年齢ですがね。

ところが……とんだ変わり者でして。

そのせいで、嫁のもらい手がいないのです。

それで、ほとほと困っていたのですよ」


 それだけ聞くと、嫌な予感しかしない。


「変わり者とは?」


「カルメンは毒物を扱う天才なのですよ。

毒殺はしませんが、研究が大好きでしてね。

幼い頃にせがまれましてねぇ。

あまりに真剣だったので無下にもできず……。

私の伝手で、毒物の第一人者を紹介して師事していました。

師匠が亡くなる頃には、師匠を凌駕していましたよ。

私も毒のことなら、カルメンに相談をしているくらいです」


 まった面倒臭いのが。

 毒が趣味の女性なんて、誰が結婚するんだよ!

 しかも貴族階級で毒殺がトレンドなのに。


「つまり、シャロン卿が認める第一人者というわけですね」


「はい。

知る限りでは世界一でしょう。

愛人のアウローラからも、嫁入りの相手探しを頼まれていましたがね。

ラヴェンナ卿なら可能ではないかと」


「普通の男なら怖がるでしょうに……。

保証できませんし、私は無理強いをするタイプではありませんよ」


 俺の渋い顔に、モデストは涼しい顔だ。


「勿論です。

私としても、その辺りの事情は承知しております。

下手に野心家の妻にでもなられたら、手がつけられません。

その点ラヴェンナ卿のお墨付きでしたら安心できます。

仮に見つからなくても、お役に立てるでしょう。

カルメンは研究ができればご機嫌なのです。

医療にも役立ちますよ。

如何でしょうか?」


「わかりました。

では、彼女に調べてもらうことになりますかね」


「はい。

実はもうまたせてあります。

この酒にはなにか入っているところまでしか、私にはわかりません。

カルメンなら突き止められるでしょう」


 絶対に断られると思っていなかった証拠やんけ。

 ともかく、そのマッドサイエンティストに頼るしかないか。


                  ◆◇◆◇◆


 案内されてやって来た女性は、腰まで長い銀髪に昏い緑の瞳が印象的だった。


 スレンダーを通り越して痩せすぎといったところか。

 もうちょっと肉付きがよければ、美少女になれる。


 そして雰囲気がなんとなく暗い。

 根暗のマッドサイエンティスト。

 

 ギャルゲーなんかでは、そんな子は不思議と肉付きもよいし美少女だ。

 暗いと紹介されてもなぜか明るい。

 現実は残酷である。


 最低限の身だしなみは整えているが、髪の手入れをきっちりしていないようだ。

 髪は長いほど手入れが大変。

 そんな話を女性陣から聞かされている。

 手入れも適当らしく、枝毛が目立つ。


 これは嫁のもらい手がない。

 そうわかるタイプ。

 

 カルメンと聞くと、情熱的なタイプに見えるが……。

 勝手な想像だな。


 無責任な感想だが、白衣は絶対似合うと思う。

 カルメンは入室するなり、ぎこちなく一礼した。


「ラヴェンナ卿、お初にお目にかかります。

カルメン・デッロレフィチェです。

苗字は長くて呼びにくいので、名前で呼んでください」


 声も低く抑揚に乏しい感じ。


「こちらこそ。

アルフレード・ラヴェンナ・デッラ・スカラです。

ではカルメン嬢。

この酒には、毒が入っているようなのです。

調べてみていただけますか?」


 毒と聞いた途端、目が輝く。

 マジモンのマッドや。


「では失礼します。

これは金喰いですね。

モデストさん、もうちょっと足してもらえますか?」


 酒にも詳しいのか?

 モデストが酒を皿に足すと、彼女は匂いを嗅ぎはじめた。

 鼻が動いているくらい嗅いでいる。

 男だったら変態扱いされる。


 そしてカルメンは、人さし指を酒に浸す。

 ペロッとそれをなめて固まった。


 マッド系は、結論が出るまで黙っているのがいいだろう。

 外からはわからないが、猛烈に頭が回転していると思う。

 1分ほどたったであろうか。

 カルメンはもう一度、酒の匂いを嗅ぐ。


 垂れた前髪をかき上げて、俺にほほ笑む。

 可愛いといった感じはしない。

 獲物を見つけた。

 そんな邪悪なほほ笑みに感じる。


「ラヴェンナ卿。

完璧な回答には、分析が必要です。

でも、ほぼ確実に断言できます」


 すげぇな。


「それは?」


「これ自体は毒ではありません。

手の込んだ殺し方ですね。

頂へと至る殺し方です」


 毒ではないけど殺す? さすがにわからない。


「殺されたとは断言できるのですね」


「はい。

依存性の極めて高い薬が入っています。

そして塩分を含んだものと一緒に摂取すると、依存性がさらに増します。

使い方は主に二通り。

酒に依存させて殺す。

依存させてから酒を取り上げ、拷問に使用する。

このどちらかです。

普通は家族などに止められるでしょう。

なので成功率は決して高くありません」


 俺は小さく首を振った。


「独り身だった場合は……」


「元から酒飲みであれば、確実に殺せます。

こんな高い酒を、何本も入手できるような身分の人に限りますが。

この薬の匂いと味は、この金喰いに混ぜるとのです。

むしろ引き立てる……と言ってもいいでしょうか」


 俺は思わず唾を飲み込んでしまった。

 キアラとオフェリーも硬直している。


「……随分とお詳しいですね」


「老いた貴族と若い女性が結婚後、老人が亡くなると真っ先にこれを疑います。

王都にいるときに、数件の殺人でこれが用いられました。

モデストさんに頼まれて、すべて私が突き止めたのです。

金喰いは、単独でも金喰いになり得ますが……。

この薬と混ぜ合わせて、真の金喰いになるのです。

そうなると表向きは平常ですが、常にこれを体が欲します。

人に分け与えるなど、決して有り得ないでしょう」


 それが噂ってことか。

 一瞬目の前が暗くなった。


「よくそれがわかりましたね……」


 カルメンは、目を細めてほほ笑んだ。


「私が師匠に教えを請うたとき、最初に教えられた毒がこれです。

だから忘れようがありません。

『毒は毒だけが、毒たり得ない』と。

それが毒の頂につながる道。

この言葉が理解できない者は、師匠の教えを請うことなどできませんから」


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