14章 踊る阿呆に見る阿呆

509話 目指すべき時代

 ベンジャミンの紹介でやって来た石版の民。

 意外なことに、40代後半の女性だった。

 栗色の髪に、茶色の瞳。

 少し赤みのはいった、白い肌。

 ただ柔和とは真逆。相手に緊張感を持たせるような鋭い印象。


 今回は、キアラとオフェリーは不在。

 いろいろとウェネティアの開発が進みだして、一気に多忙になったからだ。


 女性は応接室で、俺に一礼した。


「ヘヴェルの子ビンヤーミンからの求めに応じて参りました。

ハダッサーの子サライと申します。

サラ・トリイとお呼びください」


 世間話など不要といった印象だな。


「ではサラ殿。

世界主義の成り立ちからお教えください」


 サラは静かにうなずいたが、かすかに満足しているような目になった。

 無駄話を避けて正解だったか。


 彼らの始まりは、第1使徒の前。

 つまり、番外の使徒に従っていた残党が始まりらしい。

 その使徒に世界は一つ。

 人類はみな平等だと教えられた。


 ある意味、間違ってはいないが……。

 時期が悪いだろう。


 それを教えてくれた使徒が、別の使徒に殺された。

 降臨させたのはどちらも同じ神。


 神に対する疑念が、ここにわき上がったらしい。

 まずは生き残るため、教会に帰依したとのこと。

 その生活の中で、世界主義への思想を深めていったらしい。


 表向きは熱心な信徒を装った。

 だが、転向者への風当たりは強い。

 下層の仕事しか任されなかったらしい。


 一つの転機は、導き手の会の設立。

 普段の熱心さが認められたのか、導き手の会に配属された。

 そこで徐々にこんな仕事に疑問を持つ同志を探して、勢力を広げていったらしい。

 導き手の会は汚れ仕事。

 そして、構成員の命も軽い。

 同志になるのを断った者は、殺しても問題にならない。

 汚れ仕事への不満を漏らしたとでもいえば、追及は起こらないからだ。


 表向きは熱心な信徒なので、誰も疑わないといった感じ。

 そして実体は、世界主義の隠れ蓑になったらしい。

 そんな導き手の会は、裏の出世コース。

 そうやって、教会内部に勢力を伸ばしていったらしい。

 また石版の民が、迫害を逃れられたのも納得した。

 導き手の会とつながっていれば糾弾されることもない。


 そんな汚れ役は年をとれば使い物にならなくなる。

 そうなると契約の山の墓守として送り込まれると。


 契約の山が実は……宝物庫であることは知らないようだ。

 

 こうやって、人気のない仕事は世界主義者たちに握られる。

 それ以外の一般信徒のほうが多いだろうが……。

 その中から厳選していったわけか。


 結婚は基本、世界主義者の間だけだ。

 同志の相手がいない場合もある。

 そのときは普通の信徒と結婚する。

 子供を産ませてから始末するとのこと。


 人が死んでも大して話題にならない世界。

 加えて遺産が手に入るわけでもない。

 表面上は仲睦まじいし、看病も熱心にするだろう。

 疑われない訳だ。


 殺すことを躊躇うのであれば、別の同志に殺される訳か。

 とんでもない連中だよ。


 教会はインテリの巣窟だからなぁ。

 下層であっても知識階級であることには間違いない。

 なまじ上層部だと、権力闘争に明け暮れて研鑽する暇はないと。


 結果的に、思想がこじれるわけか。

 それでも使徒がいるうちは動けない。


 何時か来るであろう世界の大いなる意思の審判を待ち続けていた。

 そしてついに、それがやって来たと。


 原理主義的な考えは、容易に操作しやすい。

 表向きは熱心な信徒だから、原理主義者たちも警戒しない。

 知らぬ間に乗っ取られる。


 そして今までの使徒の平和に、あぐらをかいていた子孫も不安になる。

 表向きは使徒に報いるためといえば、簡単に飛びつくわけか。

 そのための財宝なら沢山ある。

 これも全て、世界の大いなる意思の導きだと。


 一通り話を聞いて納得した。

 そしてこれが、とんでもなく厄介な連中であることもだ。


 話を聞き終えて、頭をかいてしまう。

 それにしても導き手の会と、俺は随分縁があるなぁ。


「導き手の会ですか。

暗殺などの手段にたけていて、厄介な連中のようですね」


 サラは俺の言葉に、小さく首を振る。


「彼らは教会の権威を使っているだけです。

反抗されるか警戒される世界では生きていけないでしょう」


「そのあたりも恐怖も、世界主義が活発になりだした理由なのでしょうねぇ。

あまり縁ができないことを願いたいですが」


 サラは俺の言葉に、少しあきれた顔になる。


「意外です。

ラヴェンナ卿は利用しようと接触していると思っていましたが」


 俺の頭をかく手が思わず止まる。


「いえ。

なぜそう思っているのですか?」


「ベネント大司教であるヴィスコンティ家のファビオ博士を顧問にしていたではありませんか。

その兄は、導き手の会出身で世界主義のメンバーですよ」


 絶句してしまった。

 確かに兄は導き手だ。そんな話を聞いていた。


「ああ……。

実はそんな意思は毛頭なかったのですよ。

個人的なつながりと能力を考えて顧問にしたのですから」


「博士が亡くなられたのは、博士を抱き込む交渉が失敗したものと思っていました」


 何だと……?

 俺の表情が変化してしまったのか。

 サラの目が鋭くなった。

 俺はできるだけ平静を維持しようと、軽く頭を振った。


「お酒の飲み過ぎだと聞いていましたが……」


「お話を聞くと、世界主義のことは全く知らないご様子。

導き手の会はご存じでしたよね」


「ええ」


「我々はラヴェンナ卿が、導き手の会を利用するつもりなのかと思っていました。

そう考えるには、根拠があります。

博士は、実家とは疎遠なのはご存じでしょう。

ですが顧問になってからは違います。

兄であるグスターヴォ司祭から連絡をとっていました。

司祭は導き手の会に所属しているのと同時に、世界主義のメンバーです」


 頭がクラクラしてきた。

 さすがに人のプライベートまで干渉しない。

 先生のことも無干渉だった。


「ベンジャミン殿のお話を聞くと、世界主義は私を最初利用しようと思っていたそうですね」


「はい。

ラヴェンナの内容を、グスターヴォ司祭が探りを入れたのでしょう。

世間話のような形になると思いますが。

博士は決して内容を漏らしてはいないと思います。

ですが、推測は可能でしょう」


 認めたくはないが……。

 可能性はある。


「推測ですか? ただの世間話ですよね」


「ファビオ博士は教会では知られた存在です。

使徒学の博士としては最優秀といってもよい人でした。

基本、自分に興味のないことはしないのです。

スカラ家の家庭教師までは分かります。

そのあと顧問として、領地開発まで同行しています。

しかも辞めていません」


 あれは、半分はめたようなものだけど。

 個人的な相性もあったろうな。


「それだけだと、推測には足りませんよね」


「はい。

ですが、型どおりの開発であれば辞めているでしょう。

自分以外の人間でもできる話であれば、さっさと興味を失って次にいく人と聞いています。

家庭教師を転々としていたのもそれですから」


 それは分かる。

 それだけでは、理由にならない。

 だが注意を引く点ではあるのか。


「まだ、弱いですね」


 サラは初めて見る優しい顔になった。

 子供を諭す親のようだ。


「この世界は見たくない現実ばかりです。

きっと気がついていらっしゃると思います。

世間話でも流れる情報はあるのです。

ご結婚の話とか」


 思わず頭を抱えてしまった。

 そこを指摘してきたか……。


「ですね。

どこで出会ったかも、何かの調子に漏らすでしょうね。

導き手の会は、ここまで手は届きませんから先生も安心していたでしょう。

それが世界主義なんて思いもよりませんね」


「はい。

導き手の会で、エルフの少女を一人取り逃がしているのは知っているはずです。

記録しますから。

そこから推測も可能になるのです。

まして名字を変えていないでしょう」


 迂闊だった……。

 俺自身、どこかこの世界を甘く見ていたのだろうか。


「それで確信を持ったと。

お話から聞くと、先生は殺されたか……そうなるように誘導されたわけですか。

贈答品にお酒でも贈れば可能でしょうね。

先生は自分の安全を警戒しないでしょうから」


 即効性はないだろう。

 それでは毒が発覚する。

 度数の高い、危険な酒を贈り続けてもよい。

 むしろ、それが無難だろうか。

 体調の話も、世間話としてはするだろうからな。


「はい。

可能性ですが、導き手の会のことを……知られても問題ないと判断しているでしょう。

世界主義と発覚する可能性もない。

ただファビオ博士は、最優秀とまでいわれた人です。

そんな人には、特権があります。

教会内のかなり古い資料を閲覧できるのですよ。

それは教会にとって、問題はありません。

ですが世界主義にとって……知られては困る情報があるのかもしれません」


「それは?」


「詳細は知りません。

ですが、彼らの始まりとなる話はあると思います」


 ああ、0番目の話だったな。

 先生が教えてくれたやつか。


「彼らにとって不都合だったわけですか」


「恐らくはです。

それがどんな意味を持つかは分かりません。

もしかしたら、ファビオ博士も過去に勧誘された可能性もあります。

勿論ハッキリとした言葉で勧誘などしません。

それで口封じをされた可能性だってありえます」

 

 飛びつくことはしない。

 だが可能性の一つでもあるのか。

 俺のことを過大評価したのではないだろう。

 当時は平定中だ。

 俺は要注意人物程度。

 恐らく口封じなのだろうか。

 ダメだな……結論に至る情報が足りない。


「分かりました。

大変参考になりましたよ。

本当なら、このような知識は書き記しておきたいのですが……。

あなた方は口伝でしょうね」


「はい。

危険な記憶ですからね」


「もし、それが危険でなくなったときの話です。

ぜひ書き記させてください。

あなた方の民族の歴史もね」


 サラは驚いた顔をしたが、すぐに優しく笑った。


「そんな時代が来るとよいですね」


 そうだな。

 でも、そんな時代こそ目指すべきだろう。

 未来のことでも考えないと、怒りで我を忘れそうになるからな……。

 まず裏をとろう。

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