508話 喜びの表現
世界主義かぁ。
それにしても違和感満載だな。
情報通信の発達などで、世界が狭くなってからの発想だと思うのだが。
「ベンジャミン殿。
世界主義はどのように生まれたのかはご存じですか」
「いえ。
ですが、詳しい者ならおります。
よろしければ、それを呼びましょうか」
「助かります。
成り立ちから知らないと、どこかで詰めを誤りそうですからね」
俺の苦笑気味なセリフを聞いて、ベンジャミンは静かにほほ笑んだ。
「確かにそうですな。
では、少しばかり失礼を」
おもむろに鞄から、紙とペンを取り出して何か書き始めた。
普通の面会は部屋に入る際に、持ち物検査を受ける。
加えて一つの誓約を求められる。
相手を害さない誓約だ。
そして誓約をした者は部屋の中では魔法が使えなくなる。
俺はベンジャミンにその誓約を求めず、持ち物検査にとどめている。
誓約の有無も、交渉の一手法だと認識している。
マンリオには誓約させているがな。
書かれている文字は、全く知らない文字。
ベンジャミンは俺の視線に気がついたようだ。
「古来より石版の民に伝わる文字です」
使徒語も使えるが、民族のアイデンティティーは忘れないってやつね。
そしてベンジャミンは、鞄からおもむろに鳩を取り出す。
生きているようには見えないが……。
「これは使い魔ですか?」
「はい。
伝書鳩の使い魔です。
ドゥーカス卿の件を実行する指示。
加えて世界主義に詳しい者を、こちらに寄越すようにと書きました。
では、窓を開けてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
ベンジャミンが何やら、呪文らしきものを唱える。
その瞬間、鳩の目がカッと開く。
擬音がでそうなほどだ。
とてもシュールな光景で、思わず吹き出しそうになった。
口を開けたので、ベンジャミンが紙を巻物のように丸めて入れる。
鳩の体より大きな紙が、スルスルと吸い込まれていった。
彼ら独自の技術だな。
いちいちシュールすぎて面白い。
ベンジャミンが窓を開けて、鳩を放つ。
鳩はどこかに向けて飛び去っていった。
「これで手配は済みました。
火祭りは数日後には決行されるでしょう。
結果はどのようにお伝えすればよろしいでしょうか」
「恐らくベンジャミン殿に伝言が届くのでしょう。
それで結構です。
全ての確認をしていては、時間がかかりすぎますからね」
ベンジャミンが俺に、深々と一礼した。
「ご信用いただき感謝の念に堪えません」
「噓をつくデメリットが、あまりに大きいですから。
感謝は不要です。
問題なければ、ここに滞在してください。
殿下に、足を運んでいただきますよ。
お互い時間を無駄にせずに済むでしょう」
ベンジャミンは少し驚いた顔になるが、すぐにうなずく。
「ラヴェンナ卿は迂闊に動けないのですな。
では、ご厚意に甘えさせていただきます。
その間、ウェネティアを見て回ってもよろしいでしょうか」
「ええ、結構ですよ。」
俺はキアラに目配せする。
キアラはうなずいて、部屋の外にいる護衛に言伝をした。
宿舎の手配は、これで良いだろう。
◆◇◆◇◆
執務室に戻る途中、オフェリーが変な運動をしながら後ろをついてくる。
両手を挙げたり下げたり……。
表情はいつもの無表情。
「オフェリー、それは何の運動ですか?」
オフェリーの運動が、ピタっと止まる。
「この湧き上がる喜びを、どう表現して良いのか分かりません。
ミルヴァさまが言っていました。
アルさまが公的な面会のときに自分を紹介されて、とても嬉しかったと。
これなのかと実感したのです。
ただ公の場で、どう表現すべきか分かりません。
なのでこう……体で喜びを表現してみました」
さいでっか……。
「無理に表現しなくても良いですよ……。
キアラもそう思いますよね?」
キアラは俺から露骨に視線をそらす。
「あえて見ないようにしていたのに、話を振らないでください」
うん、気持ちはよく分かる。
でも俺一人で、これにどう対応しろと……。
オフェリーはまた運動を始める。
いつもの無表情だが、若干頰が緩んでいる。
本人の好きなようにさせよう。
誰かに迷惑がかかるわけじゃないしな。
シルヴァーナ以外には。
まあ……揺れるわけです。
◆◇◆◇◆
数日後、予想外の早さでニコデモ殿下がやって来た。
「やあ、我が友よ。
待たせたね」
「早すぎませんか……」
「カメリアにいても、余り建設的な話ができない。
フェルディナンド卿と今後の形を詰めてはいるが、お邪魔虫が多すぎて話が進まないのだよ」
まあ、勝ち馬に乗りたい連中は多いからな……。
「それはお疲れ様でございます」
「その礼儀正しいけど、つれない感じこそ我が友だ。
それで、石版の民の自治区……それの取り決めだったね」
「ええ。
お伝えしてある内容で、よろしいでしょうか?」
「そうだね。
おおむね問題は無いと思う。
周囲の連中は騒いでいたがね」
まあ、それはそうだろうな。
「彼らは特殊であろうとし続けます。
金のなる木だと思って、必要経費と割り切った方がよろしいかと」
「そうだなぁ。
まあ、彼らが満足して大人しくしてくれるならね」
「それは大丈夫でしょう。
彼らは支配者ではないことを、肝に銘じていますから。
近くに住むけど、異邦人でいさせてくれと。
普通ならただの我が儘ですが、利益を運んでくれます。
迷惑料とでもお考えください。
ともかく新秩序の構築には、金がかかりますからね」
「それならば結構。
金の切れ目が、縁の切れ目にならなければ良いがね。
しかし……新王都とは思い切ったねぇ」
「現在の王都は荒廃しすぎて、瓦礫の撤去から初めては金がかかりすぎます。
昔所有していた土地の権利を持ち出されても面倒ですし。
旧王都は最悪……盗賊や罪人の逃げ込み場所になるでしょう。
徐々に解体すればよろしいかと。
最悪、そこを収容所に作り替えるのも手ですね」
ニコデモ殿下は呆れ顔で、頭をかいた。
「宰相家が聞いたら、卒倒しそうな話だけどね。
伝統ある王都を、罪人の家にするとは何事だと。
新王都の話ですら、彼らはゴネていたからね。
だが、今回の内乱で功績が無いから無視している。
『意見を通したければ、スカラ家以上の功績を立てよ』と言ったら引き下がった」
「それでよろしいかと。
王家は秩序維持に必要ですが、宰相家をそのまま残す必要もありません。
今回役に立たなかったのですから尚更でしょう」
「まあ、そうだね。
彼らの意見を聞いたら、昔と何も変わらなかったな。
いや、昔より権益を増やそうとしていたかな。
3ディ家も、今や昔といったところか」
ニコデモ殿下と新政権の話の大枠は確定している。
封建制度で王がいて封土する形は変わらない。
家督相続の認証も、変化は無い。
貴族間のトラブルは、王家の役人が裁定。
最終的な裁定は、王が行う。
また教会との対応は、国王が方針を決めてそれに従う。
教会と交渉は、王家に一本化させる。
外国との対応相手が決まらないと何も決められない。
現在は棚上げだ。
また固有の武力を持たないと、完全に形骸化してしまう。
王家の直轄領を増やして、固有の武力を持つようにする。
議会設立の話もあったが、今回は見送らせた。
議会があっても、直轄領にしか力が及ばないなら……意味が無いのだ。
封建制度から絶対王政になると、それなりに意味がでてくるが。
もう一つの懸案。
戦争が起こらないと、封建制度の意味が形骸化する。
王にとっては損なのだ。
なので軍事力の拠出の代わりを定める。
土木工事などの労役だ。
この場合は、賦役のように領民を税代わりに働かせない。
つまり人を雇う形になる。
あくまで、平時の奉仕手段。
領民に金が落ちるので、民力の疲弊には結びつかないだろう。
以前よりは、封建領主の負担は増すが……以前が無さ過ぎたのだ。
重すぎても反発が大きくなるし、領地が荒れては元も子もない。
江戸幕府のように、大名の力を削ぐ目的じゃないからだ。
労役は貴族の代表数名と王家が相談して決める。
代表については未決定。
これを餌に貴族たちを働かせるつもりだ。
不完全なのは自覚しているが、1000年ぶりの自分たちで考える社会だ。
ここから歩いていけば良いだろう。
制度を監視して、手直しを繰り返して前に進むのさ。
今回の案に俺が結構なダメ出しをした。
それでも、ニコデモ殿下とその部下は添削可能な案を持ってきた。
これなら、今後もなんとかやっていけそうだな。
まあ……ニコデモ殿下の持続力が、どこまで続くかだ。
特に、トラブルの裁定。
これが、とんでもない量になると思っている。
まあ、頑張れ。
頑張らないと、王家は終わる。
今までのようにはいかない。
飾りじゃないのよ王位は……と頭の中に替え歌が浮かんでしまった。
つい歌いたくなったけど我慢だ。
ベンジャミンとの取り決めは、簡単に終わった。
書類で契約を交わす。
ただ、新王都での協力の範囲は、自治区の広さに比例する。
ベンジャミンは持ち帰って、回答を得てくるとのことになった。
大方……課題も片づいたな。
ニコデモ殿下も俺に粘着している暇が無くなって、大変結構なことだ。
内乱の終結に向けて、動きを本格化させよう。
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