507話 世界主義

 カールラの件は、話が進み始めた。

 パパンも、バルダッサーレ兄さんの話を聞いて納得した。

 ただ申し訳なく思ったようで、兄さんに謝ったらしい。

 パパンのせいでもないと思うが。


 バルダッサーレ兄さんがこの件は、自分が直接伝えると言い張った。

 多忙な合間を縫って、ラヴェンナに向かうらしい。


 それとは別件でアミルカレ兄さんの出陣に伴い、騎士以外の戦いに詳しいアドバイザーが欲しいと頼まれる。

 本来ならチャールズなのだが、現在6000弱の兵士を統括している。

 つまり手が離せない。

 チャールズに相談したところ、プリュタニスが適任とのことで推薦された。

 前の戦いでも、良い働きをしたそうだ。


「現場指揮官としてなら、ご主君より優秀ですよ。

参謀役としても頼りになります。

勿論、総司令官としての力量ではご主君には及びませんがね」


 だそうだ。

 そんなプリュタニスだが、同年代の女性陣には結構人気らしい。

 どことなく野性味があって、他の貴族の子弟にはない逞しさがある。

 それでいて礼儀正しいのがポイントらしい。

 俺の側近という立場もあって、結婚の申し込みがチラホラ来ている。

 当人に確認すると素っ気なかった。


「今はそれどころではありません。

落ち着いたら考えますよ」


 意中の人はいるのか……との問いも空振り。

 無理強いする話でもないので、これは置いておくことにする。

 本人も、そろそろ真剣に考えるだろうからな。


 そんなわけでアミルカレ兄さんの補佐として、プリュタニスが同行することが決定した。

 アミルカレ兄さんはプリュタニスと面会したのだが……。

 帰り際、わざわざ俺の執務室にやってきた。


「アルフレード。

アレだよ。

あれ」


「何がアレなのか分かりません」


「弟なら、あんな感じが当たり前だよ。

私の認識が正しい! 今確信できた!」


 絶対ロクな話にならない。


「分かっていますが……。

一応聞きます。

どんな認識なのですか?」


 アミルカレ兄さんは腕組みをして、妙に重々しくうなずく。


「それなりに背伸びをして、活力がある。

まさに少年って感じだよ。

お前のように……普段は枯れているくせに、ベッドの上だけ元気にならない。

そんな認識だ」


 ひどい認識だ。

 抗議しようと思ったが、キアラの殺気を感じたようだ。

 背筋を伸ばして、即座に退散してしまった。


 入れ違いにラヴェンナから、報告と俺の裁可を求める話が届いた。


 報告はミルから。

 悪霊に関しての話。

 この時期に伝えてきたことが気になる。

 だが俺の戦略に、影響はない。


 もう一つはラヴェンナ襲撃時の捕虜尋問の結果だ。

 シケリア地方の海賊が雇われたと判明。

 デステ家の話はでてこなかったと。


 裁可を求める書状に変わった一品が添えられていた。

 石炭だ。


 鉱床などの調査は常にしているが。

 その中でドワーフたちが変わった反応を感知した。

 掘ってみると、これがでてきたと。


 簡単に割れる。

 他の鉱石のように溶かそうとしても溶けない。

 試しに魔法で燃やそうとしたが、魔法を受け付けない。

 直接炎を当てると燃える。

 燃やすと体内魔力が放出される。

 実に不思議な石だと。


 人手が足りないが、研究のために本格的な採掘の許可が欲しいとのこと。


 そこまて調べたのかと驚きもしたが。

 

 今まで、生物以外で体内魔力を発するものはなかった。

 そこに未来を感じ取ったのだろう。

 

 俺は、無理のない範囲での採掘を許可した。

 最初は研究に使われるから、そこまで必要ではないだろうがな。

 しかし体内魔力かぁ……。


 石炭って、確か植物からできていたな。

 もしかしたら、生物由来のものは体内魔力を発するのかもしれないな。

 石油も同等の効果が得られそうな気もする。

 ミイラも燃やしたら体内魔力がでるのかもしれん。


 これをどう活用するのか、楽しみにしよう。


 最悪でも暖房にはなるだろうからな。

 薪の消費が減らせるなら、良いことだ。

 ただ、大気汚染にならなければ良いが。


 そこは環境大臣を新設して、エルフに管理してもらうつもりだ。

 終身ではなく、一定の任期で交代にすべきだろうが。


                  ◆◇◆◇◆


 一通りの対応を終えた頃、石版の民が訪ねてきた。

 オフェリーの同席を拒まないとのこと。


 どうやら、交渉のスタートだな。


 ベンジャミンと面会するのは、俺に加えてキアラとオフェリー。

 同席OKと聞いて、オフェリーは嬉しそうだった。

 その顔を見ると、俺もちょっと嬉しくなる。


「ベンジャミン殿。

石版の民は、ラヴェンナとの交渉を望むわけですね」


 ベンジャミンは俺の言葉に、力強くうなずいた。


「はい。

石版の民以外には、戒律を守る義務はない。

ラヴェンナに入れば、ラヴェンナの法に従えと。

ラッビーイーム会議で裁可されました。

失礼……ラッビーイームは、我々の指導者たちのことです」


「それは結構。

ではあなた方の嘆願ですが、王都に特区を作る。

この条件で、話を進めましょう。

ニコデモ殿下から、内々に承諾をもらっています」


 ベンジャミンは驚いて、目を丸くした。


「よろしいのですか?」


 口利きだけを期待していたろう。

 それでは今後良くない。


 石版の民が、陰に隠れた存在であるのは構わない。

 だが、目の届く場所に引きずり出す。


 そうすれば容易に過激な活動もできないし、陰謀もたくらめない。

 そして自治区となれば彼らは、熱心に経済活動にいそしむだろう。

 つまりは、新王都も自然と発展する。


「ええ。

新王都を建築します。

その協力もしていただきますけどね」


 予想が外れたのだろう。

 ベンジャミンはしばし無言だったが、俺に一礼した。


「承知致しました。

自治の形については、改めて相談させてください。

手付金ではありませんが、ドゥーカス卿の船団を灰にしましょう」


「お願いします。

それが分かり次第、ニコデモ殿下との面会を手配します。

そこで自治について詰めてください」


「殿下にお目通りさせていただけるのですか?」


 ベンジャミンはこれまた驚いたようだ。


「ええ。

そうでないと認識の齟齬が生じるかもしれません。

自治の内容については、書面を取り交わします。

それでよろしいですか?」


「は、はい。

書面であればラッビーイームも満足します。

一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


「今まで、我々にそこまで好意的な支配階級の人は……見たことがありません。

なぜ、石版の民に好意を寄せていただけるのですか?」


 俺は笑って小さく手を振る。

 モテない男が、女性から親切にされると勘違いするアレを連想してしまった。


「好意ではありません。

今後のトラブルを避けるために、明確な契約を交わしたいだけです。

慣習も異なるのです。

暗黙の了解はないもの、として考えた方が良いかと思いましてね」


 ベンジャミンは俺を、マジマジと凝視して再び一礼した。


「おっしゃる通りです。

流石多民族のラヴェンナを統治されているだけのことはあります」


 そして突然、オフェリーに向けて頭を下げた。

 オフェリーはキョトンとしている。

 ベンジャミンは姿勢を正して、真剣な表情だ。


「先だっては、奥さまにご不快な思いをさせたことをおわび致します。

侮辱する意図はありませんでした。

ご容赦いただければ幸いです」


 オフェリーは、突然謝られてオロオロしている。

 救いを求めるような目で見られたので、笑って手を握ると落ち着いたようだ。


「いいえ。

今回から同席しても良いことになりましたから。

それと……教義と世俗での生き方を両立させる。

これの大変さも少しですが分かります」


「お許しいただけたようで安心いたしました。

もう一つラヴェンナ卿に知っていただきたいことがあります」


「何でしょうか?」


「ストルキオ修道会をご存じでしょうか?」


「ええ。

確か、原理主義的な修道会だったと思います」


「では、導き手の会は?」


「異端審問官でしたね。

修道会と関係があるとは思っています」


 ベンジャミンは静かにうなずいた。


「流石ですね。

勿論、裏でつながっております。

そしてもう一つ、人は皆平等と主張する集団をご存じですか?」


「ええ。

確か無神論でしたね。

一見すると水と油のようですが……」


「彼らは何も信じていない……のではありません。

世界の大いなる意思を信仰しているのです。

神よりももっと上位の存在であると。

自らを世界主義と名乗っていますね」


 なんか胡散臭いのがでてきたな……。


「神を信仰していないと言っているから、無神論と思われたのですかね」


「左様です。

ヤツらは世界中のあらゆるところに潜んでいます。

力を入れていたのは、教会への浸透です。

ただ、絶対数が少なく上層部までは届いていません。

導き手の会のような、汚れた組織。

ストルキオ修道会のような、原理主義的なところに潜り込むのです。

普通の組織より、ずっと入り込みやすいですからね」


 作り話としてはよくできている。

 今一信憑性に欠けるなぁ。


「そこまで、求心力のある教えなのでしょうかね。

とても魅力があるとは思えませんが」


「最初はごく少数の勢力だったのです。

ただ、構成員を増やす契機は定期的にやってきます。

150年ごとと言えばお分かりですよね」


「使徒ですか」


「はい。

ご存じの通り使徒は、不完全な人間です。

多くの過ちを犯しますがなかったことにされる。

そんな使徒に、恨みを持つ者もいます。

多くは消されますが、教会の手を逃れる者たちもいるのです。

そんな者たちにとって、縋り付くに足る教えだと思いませんか?

そうやって子々孫々にわたって集団を大きくしていきました。

もちろん、裏切り者は即座に粛正されますが……。

それでも徐々に増え続けていったのです」


 確かにな。

 ただ……そこまで詳しいと、疑問が湧く。


「なぜそれをご存じなのですか?

石版の民は彼らと関係が?」


「今まで、彼らと極秘に協力していました。

教会打倒の一勢力として援助してきたのです。

ところが内乱が始まってから、彼らの勢力は急速に拡大しました」


「大きくなることで……態度が豹変したわけですね」


「はい。

我々に棄教を求めて、傘下に入れと通告してきたのです。

急に資金も潤沢になったようで……。

どこかで金づるを手にしたのでしょう。

そこまでは追い切れていません」


 金づるは多分、契約の山だろうな。


 石版の民は隠れていると、こいつらにやられると。

 だから表にでてきたのか。

 しっかし、共産主義を通り越して世界主義ときたもんだ。

 変な笑いがこみ上げてくるよ。


「世界主義ですか。

わざわざ教えてくれたとなると、敵になりうる存在と見ているのですね」


「ラヴェンナ卿は、個々の違いを踏まえて共生する社会を目指しておいででしょう。

ラヴェンナの統治形態を押しつけることは可能なのに、全くしていません。

それどころか、王家の維持までお考えですから。

なにより妻にしてる種族も多様です。

当然、それぞれの奥方を尊重されているでしょう」


「違うものは違いますから。

強制したところで何の益もありません」


「一度はラヴェンナ卿も、彼らの組織に勧誘すべきと話もでたそうです。

ですが、ラヴェンナ卿は他者を尊重される。

故に不適格と判断されたそうです。

むしろ、異端として目の敵にされていますよ。

他者の尊重は弱さと信念の欠如であると」


「勝手に目の仇にされても迷惑ですよ。

まあ誘われても断りますが」


 ベンジャミンは小さく肩をすくめた。


「ヤツらは自分たちのやり方が正しく、それ以外の存在を認めません。

世界は一つなのだから、国は不要。

人は皆平等だから、身分も不要。

そして人間が一番多いのだから、異種族は人間のように生きるべし。

できない者は不要。

使徒もあるべき存在ではない。

それを降臨させる神も不要と言っています」


 使徒があるべき存在でないのは賛成だがな。

 そもそもそいつらが知っている世界は全てじゃない。他の大陸もある。それにしても……だ。

 国の否定。

 身分の否定。

 種族の否定。

 神の否定か。


 その次は、性別の否定かな。

 最後には、個性の否定まで行くな。


 そう唱えるヤツは、自分自身の個性は否定するのか?

 しないだろうな。

 全て自分に合わせろだ。


 馬鹿馬鹿しい。

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