506話 とってつけたような動機

 「お兄さま正気ですか!?」


 キアラの顔が、俺の前にある。

 カールラをどうするか話したから、当然の反応だ。

 オフェリーに首をつかまれ、キアラの体が俺から離された。

 猫のような体勢だ。

 ニャーと泣いても違和感がない。

 しっかし……オフェリーは力もあるのね。


「キアラさま。

気持ちは分かります。

でもアルさまの話を聞くべきかと思います」


 キアラが、猫のように暴れ始めた。

 だがオフェリーは微動だにしない。

 片手で無表情に持ち上げている。


「わ、分かりましたわ!

痛いから下ろしてくださいな!

オフェリー! 馬鹿力ですわよ!」


 オフェリーに下ろされたキアラが、自分の首をもんだ。

 そして乱れた髪を整えて、大きく息を吐く。

 さすがに落ち着いたろう。


「詳細は話せません。

個人の過去ですから。

一言で言えば、アクイタニア嬢は結婚を利用するつもりがあります。

悪い方向にです」


 キアラは上品に、口を開いて固まった。

 手で隠すのまでセット。

 

「カールラさんに、そんな素振りは全くありませんでしたわよ」


「ずっと自分の願望を隠していた人ですからね。

そう簡単に漏らしませんよ」


 俺も分からなかったし。

 クリームヒルトの特殊な能力と、兄さんの気づきがなければ分からない話だ。


「なぜそれを知ったかは、あとで聞きますわ。

どう悪い方向に使うつもりなのです?」


「簡潔に言えば……ランゴバルド王家、アクイタニア家、ブロイ家の断絶を狙っています」


 オフェリーがしきりに、首をひねっている。


「自分の家の断絶ですか?

将来自死でもする気なのでしょうか?」


「でしょうね。

もしくは誰かに自分を殺させるか」


 シナリオ的には、バルダッサーレ兄さんに自分を殺させるだろう。

 ゆがんだ表現だが、そうする確信を持っている。


「それがどうして、使徒に渡す話に発展するのでしょうか」


「私たちは使徒に頼らない。

いえ……要らない社会を目指しています。

ですがね、使徒を欲しがる人もいるのですよ。

理不尽な状況の破壊者として」


 転生前にも多々あったザマア話。

 あの感情は、人としては普通に備わっているだろう。

 理不尽な目にあっていた人が、上位の存在の力を借りて天誅を下す。

 俺はあの話に全く共感できなかった。


 絶対的上位者が知って天誅を下す。

 では発覚しなければ、救いはないのか。

 そんなあからさまな理不尽がのさばっている社会なら、表にでてこない理不尽はどれだけあるのか?

 ゴキブリではないが、1つの理不尽が発覚したら300の理不尽が潜んでいると思う。


 人の社会だ。

 そんなことをなくするのは不可能。

 なくそうと努力すると……行き着く先は監視社会だ。


 つまり監視が目的になる。

 それだけではない、監視するヤツを一体誰が監視するのだ? 

 監視役が自分の監視を許可するわけなどない。


 そんな社会は、とんでもない悲劇をもたらす。


 できることは一つ。

 そんな目に遭った人が訴え出ることができる社会にする。

 そして不当な扱いを受けないようにする。

 泣き寝入りを推奨する社会など御免だよ。

 その地盤を作る上での、道徳や規範があるのだから。


 オフェリーは思うところがあるのか、しきりにうなずいている。


「そうですね。

権力者が悪いことをすると、使徒が来る。

そんな躾じみた話は、教会が積極的に広めていました」


 キアラはまだ納得がいかない顔だ。

 また興奮気味に、俺に詰め寄る。


「危険が大きすぎます!

使徒を刺激しても良いことはありません!」


 キアラの心配は最もだろう。


「刺激にはなるでしょうね。

でも、使徒は動きませんよ」


「お兄さまの言葉をお借りします。

決めるのはお兄さまではなく使徒ですわ」


 まあ、それも正しい。

 説明する言葉を探して、頭をかいた。


「ラヴェンナで軟禁し続けるわけにもいきません。

監視の目は、だんだん緩んでくるでしょう。

意味もなく監視し続けては緊張感が続きません。

現にお忍びで、町によく出掛けていますよね? ミルたちも彼女に同情して黙認しています。

そして考えすぎかも知れませんが……。

彼女の憎悪対象に、私が入っている可能性もあるのです」


 キアラが俺のとっぴもない話に、眉をひそめる。


「なぜですの? お兄さまが憎まれる理由は?」


「彼女が希望を託している使徒の正当性を破壊したからですよ」


 キアラの目が細くなる。

 だか何か思い当たることもあるのかもしれない。

 興奮状態から冷静になったらしい。


「理不尽ですわね……。

否定もできませんけど。

念のために、危険な存在は一カ所にまとめるつもりですの?」


「まあ、そんなところです。

懸念もありますから」


「まだなにか?」


「獅子身中の虫を、気にしている余裕はありません。

既にラヴェンナが襲撃されました。

敵が内部からの攻撃手段を見つければ、躊躇無く使うでしょう。

アクイタニア嬢がそれに乗るかは分かりません。

ですが、騙されて飛びつく可能性だってあります。

もしラヴェンナに留めていて、彼女が行動を起こしたら? その時の被害は大きくなるでしょう。

それを避けようと厳重に監視をすると、かえって悪い噂が立ちます。

かといって結婚されると、確実に本家が巻き込まれます」


 キアラが俺を真顔で凝視する。

 少しして頭を振る。


「それだけではない気がします。

お兄さまが何かするときは、他の狙いもあると思います」


 そこでマントノン傭兵団に関する懸念を話す。


「もし、世界を意識した絵を描いているものがいるならばです。

この件で、何か反応するかなと。

もしかしたら、内々にアクイタニア嬢に接触している可能性だってあるのです。

あと根拠はありませんが、もしかしたら使徒を更正させるのに役立つかも知れません」


 オフェリーの目が点になる。

 しばらくして頭をブンブン振った。


「更正って正気ですか?」


「まあ分かりませんけどね。

正当性を取り戻させるには、あの性格を矯正しないと無理ですからね。

それは復讐への大事なステップですから。

仮に失敗しても、問題ありません。

あともう一つ。

使徒の拠点は、今や人が膨れ上がって大変ですよね」


「ええ……。

対応しきれなくなっていますね。

アルさまのように組織作りの能力など、誰一人持ちあわせていません。

マリーだって既に存在する人間関係を、上手に泳ぐことはできますが……」


「そこでアクイタニア嬢ですよ。

彼女はノウハウを、ある程度持っています。

少なくとも統治の知識はあるのでしょう。

ラヴェンナの統治機構について、かなり知りたがっていましたからね」


 カールラの行動は、俺に報告されている。

 そのなかで最も興味を示しているのが、統治機構についてだ。

 そして質問の内容もつっこんでいて、ただの好奇心でない気がしていた。

 その理由は結婚後を見据えてのことかと思っていたが……。

 キアラは大げさに天を仰いだ。


「話が全く見えません」


「使徒はああなっても注目度は高いのです。

以前も言いましたが、ある程度は成功してもらう必要があります。

現状失敗する要素しか見えません。

どう誘導して建て直させるか……。

考えていたのですがね」


「カールラさんに策でも授けますの?」


「いえ。

恐らく使徒のハーレムに入ったら、ラヴェンナとの関わりを完全に絶つでしょう。

使徒が嫌がりますから。

ただ……拠点運営が失敗しては、彼女の目的も潰えます。

成功させるために奔走するでしょう」


 拠点運営が失敗して、世界がさらに混乱されても困るのだ。

 結局、ラヴェンナに被害が及ぶだろう。

 だからこそ、使徒米の話も俺が握りつぶしている。

 最悪の時に切るカードだ。

 ないとは思うが、そうやって拠点への愛着ができれば……考えも変わる可能性だってある。

 こればっかりは分からないが。


 オフェリーが俺の腕をつつく。


「一番肝心な点が足りません。

そもそも使徒が、カールラさんを受け入れるのですか?」


「婚約からずっと軟禁されて、気の毒な女性。

使徒を慕っているとなれば、表向きはごねるでしょうが受け入れると思いますよ。

マリー=アンジュさん次第でしょうか」


 オフェリーが大きく息を吐いた。


「分かりました。

本当はよく分かっていませんけど……。

マリーに言伝しておきます。

ただアクイタニア家は、教会から警戒されています。

うまくいくとは思えませんが」


 勿論考えた。

 教会にもメリットがあるからこその話だ。


「平時であれば通らない話です。

ですが教会にしても、使徒の拠点がこけては困るのです。

本来なら誰かを送り込もうとするでしょう。

ところが使徒は、基本的に自分の嫁しか信じません」


「マリーからの手紙も、そんな雰囲気がでていますね……」


「今から王族や貴族などが婚姻を求めても、裏を感じて嫌がるでしょう。

そこに今や天涯孤独のアクイタニア嬢ならどうかです。

教会としてもアクイタニア嬢に、恩を売れます。

1000年前からのあやふやな警戒を前例に……渋る理由などありません。

少なくともラヴェンナを見ているので、他の旧態依然とした貴族などよりは……統治力に期待が持てるでしょう」


「では前教皇に手紙を書きますね」


「あとですね。

このままだとマリー=アンジュさんがつぶれてしまうでしょう。

統治に関して意見を交わせる人材は、使徒のハーレムでは皆無だと思います。

彼女はまだ幼いのです。相当参っていると思いますよ」


 オフェリーは俺の言葉は盲点だったのか、うれしそうな顔をする。


「有り難うございます。

マリーのことまで考えてくれて……」


 とってつけたような動機だよ。

 俺にとっては、実際どうなっても良いと思っている相手だ。

 ただなぁ。


「オフェリーが悲しみますからね。

ラヴェンナに不都合がない限り、配慮しますよ。

そしてマリー=アンジュさんも、ラヴェンナへの敵対行動は避けるよう……使徒を操縦してくれるでしょう。

悪くても無視程度に押しとどめてくれますよ」

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