505話 悪辣なアイデア

 世界の動きを、俯瞰的に眺めていると思うところがある。


 統一した意思はなく、各陣営の思惑はバラバラなのか。

 微妙に、何か違う気がしている。

 違和感のもとはマントノン傭兵団。


 国境にとらわれない動きをしている。

 傭兵だから国境にとらわれないのではない。

 ランゴバルド王国で傭兵として参加しているなら、大体はランゴバルド王国内だけで視野が閉じる。

 良くても、マントノン家から支援を引き出すまでだろう。

 ところが、シケリア王国との連携まで進んでいる。

 単にそれぞれの思惑が勝手に進んだ揚げ句、今の現象になっているのだろうか。

 それが今のところ、一番適切な答えだ。

 

 もしかしたら、ウジェーヌに良い参謀でもついているのか。

 俺の見た印象が正しければ、優秀な参謀を使いこなせるタイプではない。

 そんな、優秀な参謀が心服するタイプでもない。

 操縦するにはあまりに直情的すぎる。

 単に、家督継承から外されて覚醒しただけなのか。

 ただの傭兵だと侮っていると、危険な香りがする。

 だが巡礼で見たあの光景が邪魔になる。


 ダメだ情報が全く足りない。

 俺の知らないカードがまだ世界に隠れている。

 そんな気がしている。


 残念ながら……答えのでない妄想に、時間を割く余裕がない。

 まずはどんな事態が発生しても動けるようにする。

 失点を、最小限に抑え続けなくては。


 これがまた、難しい話だよ。


 煮詰まって不機嫌になると、嫌な考えが頭をよぎる。

 俺はなんでこんなに苦労しているのか……と思う。

 最初の想定だと、ここまで世界と格闘するとは思っていなかった。

 

 ダメだな。

 頭を振って、この考えを追い出す。

 途中で投げ出す転生前の悪癖が、顔をのぞかせてきたよ。


 皆を引っ張って、足場をつくってあとを任せる。

 そんな予定はご破算。

 

 今は、途中退場なんて思いもしない。

 死にかけてから、奇跡的に回復したときの光景。

 そのときの皆の顔を見てしまった。

 それ以上に辛い目に遭わせてしまう。

 そんなことはできない。


 そう思いつつも、俺と言うヤツは救いがたい。

 あの選択が間違っていた……とは思っていないからだ。

 だが、皆の前でそれを公言する気もない。


 ま、気を取り直そう。

 やれることをやる。


 バルダッサーレ兄さんと会って、カールラのことを伝えなくてはな。

 気が重たいが、避けては通れない。


 意識しないと忙しくなって後回しにする。

 放置したことで爆弾が爆発、そのときの後悔はかなりきついものになる。


                   ◆◇◆◇◆


 今回の面会は、俺とバルダッサーレ兄さんの2人だけ。

 キアラとオフェリーには外してもらった。


 俺の秘密ではないからだ。勝手に話すことはできない。

 俺のただならぬ様子に、バルダッサーレ兄さんも真顔だ。


「2人きりの話か。

お前がキアラやオフェリーさんを外させたのは一つだな。

カールラのことか」


「ええ。

この情報の出所はシャロン卿です」


「ああ、あの毒蜘蛛か。

今はお前が使いこなしているらしいな」


 使いこなしているか? 俺には分からない。

 結果がでないことにはな。


「どうでしょうね。

ともかくシャロン卿は、アクイタニア嬢の過去に大きく関係していました。

私からの知遇を得るため、明かした情報です。

恐らく噓はついていないと見ています」


 そう前置きしてから聞いたことを全て話した。

 俺の判断で物事を隠す必要性がない。

 とても重たい話をバルダッサーレ兄さんは受け取っている。

 そこに俺が好き勝手に切り取った情報を渡す。

 それはフェアじゃないと思う。


 バルダッサーレ兄は俺の話を聞き終えると、頭を抱えていた。


「なるほど……。

それだと王家への恨みは、相当なものだな。

俺が過去を握りつぶして結婚しても、カールラはきっと楽しくないだろうな。

むしろ不幸になる気がする」


「私はアクイタニア嬢ではないから、なんとも言えません。

あくまで推測ですが……」


「どうした、言って見ろよ。

少なくとも私たちより、お前の方が人生経験は豊富だ。

おっと……実年齢じゃないぞ。

辺境平定をしたお前と、領内だけで閉じていた私たちでは経験の質が違う。

まあ……実年齢もあやしいものだが」


 なぜあやしいのだ。

 重たい話だから、あえて場の雰囲気を軽くしたいのだろう。


「アクイタニア嬢の望みは、王家、アクイタニア家、ブロイ家の断絶でしょう。

家そのものを憎んでいると思います。

身勝手なことをして、不祥事を隠蔽した王家。

地位や領地などで、大切な人の死と引き換えにしたアクイタニア家、ブロイ家。

ただ、そこでとどまるかは不明です。

ランゴバルド王国全体を憎悪しているかもです」


「そうだな。

だが、国までいくことはないだろう。

範囲が広がりすぎて恨み続けることも難しいだろ?

確実に家そのものを恨むだろうな」


 個人と家が別になるのは近世からだ。

 中世では家と役職は一緒。

 そして家族は家と半ば一体化する。


 だからこそ連座制があるのだ。

 別人だとは見なされない。


 連座制は非合理な制度の象徴……そう言われる。


 この世界は上位者の権力が、家臣の家の内部に届かない。

 何も罰則がないと無秩序になってしまう。

 内部に権力が届かないからこそ、家の内部で不祥事は処理せよということだ。

 それができないなら連座して、家ごと潰される。

 その社会に適したシステムなのだろう。


 だから家の者が功績をあげると、その個人ではなく家そのものの功績になる。

 無関係な親類縁者までが昇進するのはこのためだ。


 一人の罪は家全体の罪。

 一人の功績は家全体の功績。


 勿論、個人への特別待遇も存在する。

 家から独立させて分家のような扱いにするケース。

 家を強くしたくないときに取られる手段だな。


 つまりカールラは、親だけを憎む感覚はないだろう。

 自分も共犯者にされたと思っている。

 だから自分も憎悪対象なのだろう。


「ええ。

憎悪が憎悪を呼んで膨れ上がった……可能性もあるでしょう。

それこそ使徒降臨に一縷の望みを託していたのかもしれません。

取り入れば王家など簡単に罰してくれます。

ただ王家はアクイタニア家の女性を、使徒に嫁がせることはしないでしょう。

でも、可能性はあったわけです。

そうなるとです……使徒の権威をぶち壊した私も憎悪対象かもしれませんね」


「おいおい。

それは考えすぎたろう。

とばっちり以外の何物でもないぞ」


 理性的にはそれが正しいのだけれどね。

 

「確証はありません。

ですが憎悪といった、強い感情を隠してきたのです。

邪魔になるものは、全て憎悪の対象になるかもしれません。

私の妄想なら良いのですがね」


 バルダッサーレ兄さんは深刻な顔で、腕組みをした。


「お前の言葉を否定する材料を持っていない。

だが、思っていたより厄介だな。

お前にまで憎悪が向かうと座視できない。

どうしたものか……」


「アクイタニア嬢の望みを満足させても、誰も幸せになりません。

それは本人も分かっているでしょう。

破滅願望のようなものですから。

自分でそれを止められないでしょうね」


 バルダッサーレ兄さんは強く、頭を振る。


「穏便にとはいかないかぁ……。

だが、こうなると結婚するわけにはいかない。

家のためにならないからな。

カールラ自身を私も嫌ってはいないが、カールラ自身は内心嫌なのかもしれないな。

これは父上にも相談する必要があるか。

また心労をかけてしまう」


 我ながら度し難い。

 悪辣なアイデアを閃いたのだ。

 危険は0ではないが、うまくいけば一石二鳥を狙える。


「一つ提案があります。

マトモな発想ではありませんがね」


 バルダッサーレ兄さんは厳しい顔で、俺を指さす。


「お前……また一人で泥を被る気じゃないだろうな。

あくまで私の婚約者だ。

泥を被るなら私だ。

お前じゃない」


「私にもメリットがある方法です。

それと泥を被る気はありませんよ。

気軽に被っては、ミルたちを悲しませますから」


 カールラのことは気の毒だと思う。

 だがそれを優先する余り、皆に実害が及んではいけない。


 バルダッサーレ兄さんは諦めた様子で肩をすくめる。


「なら言ってみろ」


「アクイタニア嬢を使徒に嫁がせましょう。

少なくとも、身近に恨みを抱え込んだ人を置いておくのは危険です。

アクイタニア嬢にしても、今よりずっと望ましい環境でしょう」


 バルダッサーレ兄さんは見事に硬直してしまった。

 無理もないがな。


 使徒のもとに嫁いだら、どうなるのかを知った上での措置。

 そして使徒の実態を知ることになる。

 希望はすぐに失望に変わるだろうな。


 カールラがどれだけ焚き付けても、あの使徒は動かない。

 確信があるからだ。

 動きそうなら止める手はある。

 それにラヴェンナに乗り込んできても追い返すことはできる。


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