504話 物事を伝える目的

 兵士がウェネティアに戻ってきたことにより、水源の警備が可能になった。

 毒の混入は困難だろう。

 ここへの襲撃も現在は困難な状況。


 状況を確認して、水道を稼働させることにした。

 そして皆が待ち望んでいた公衆浴場も開始する。

 頑張ってくれた兵士たちへ、せめてものご褒美でもある。


 勿論、先の戦いの褒美は本家からもでることになっている。

 俺としても彼らに報いたかった。

 そう思っても、分家が本家の人間に褒美を出すわけにはいかない。

 せめて浴場で疲れを癒やしてほしい……と思ったからだ。

 防疫の観点からも先送りすべきでないとも考えた。


 水が流れはじめると、町中から歓声が聞こえてくる。

 そして流しっぱなしの水に感動して、水を掛け合う子供。

 親に怒られて逃げる光景も目に飛び込んできた。

 内乱の最中なのだが、自然とうれしい気持ちになる。

 

 でもこの光景は、今の世界では異常。

 早いところ、内乱を終わらせないとな。


 屋敷にも風呂が設置された。

 おかげで気楽に入浴できるようになったわけだ。


 先に女性陣に入ってもらう。

 その後で俺が入浴する。

 

 その順序はキアラの乱入を阻止するため、オフェリーが提案したからだ。

 まあ、ミルの差し金だったわけだが。


 貴族の女性ともなると、風呂上がりの身支度は時間がかかる。


 この話が出たとき、キアラとオフェリーの間でバチバチと火花が散った。

 結果はミルの権威をバックにしたオフェリーの勝利に終わったようだ。

 タダでは転ばないキアラが『3人で一緒に』と提案したときに、オフェリーが悩んだのには焦ったが。


 風呂上がりでそんなことを考えていると、来客の報告を受けた。


 マンリオである。

 やっぱりコイツはしぶといな。


 俺は、キアラとオフェリーを伴って面会することになった。


                  ◆◇◆◇◆


 妙にこざっぱりしたマンリオが、応接室で待っていた。


「いやぁ。

匂うから、風呂に入れと言われましてね。

ここの風呂は、いいものですなぁ。

アレだけ大きい風呂なんて見たことがありませんよ」


 貴族の風呂だと、そこまで大きくないからな。

 公衆浴場なのででかくなる。

 女風呂を覗いていたら縛り首にする。

 まだ覗く気はないだろうが。


「それは結構です。

では用件を伺いましょうか」


 マンリオは突然身を乗り出してきた。

 息が酒臭い。

 キアラとオフェリーが顔をしかめる。

 マンリオはお構いなし。


「ええ。

ラヴェンナ卿に買っていただきたい情報があるのです。

王都の最新情報でしてね。

すごく……すごくヤバイやつですよ!」


 興奮気味のマンリオ。

 ドン引きするキアラとオフェリー。

 俺の頭の中にある警報が鳴り響く。

 まだ警報なのだが……。

 残念なことに、その警報はよく当たる。

 

「その話とはなんでしょうか」


「いやぁ。

それはもう……ホント!

本当にすごくヤバイ!」


 ああ……これは確実にアレだわ。

 俺は小さく首を振る。

 警告が届くとは思えないが、イエローカードだけは出しておく。


「それだけでは分かりませんよ」


 マンリオは頭をかいた。


「いやぁ、すみません。

でも本当に、すごくヤバイので……」


 心の中の審判が、レッドカードを出した。

 はい、退場。

 大きく息を吐いてから、話を遮るように席を立つ。


「ダメですね。

買うに値しません」


 マンリオが慌てた様子で、腰を浮かす。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 聞きもせずに、それはあんまりではありません?」


 俺は強く頭を振る。


「あなたの感想ばかりが先走って、情報になりません。

それと致命的な間違いをしています」


 俺のあからさまに冷淡な態度に、マンリオが冷や汗をかきはじめた。


「そ、それは一体……」


「商品の価値を下げていますよ。

あなたの感想ばかりをかぶせているのです。

とても商品にならない。

キアラ、オフェリーいきましょう。

時間の無駄です」


「ま、待ってくだせぇ! もう1回……もう1回だけチャンスをくだせぇ! 次は必ずご満足いただけるものを持ってきます!」


「そうですか。

内容次第ですね。

次は直接会う前に、取り次ぎが必要になりますよ。

そこでダメなら、立ち入りを禁じます。

あいにく、情報を売りたがる人は1人だけではないのですから」


 そう言って、俺はキアラとオフェリーを連れて部屋をでる。

 マンリオを見る気にもならなかった。


                  ◆◇◆◇◆


 俺は執務室に戻って、疲労を感じて椅子に座る。

 キアラとオフェリーが、そそくさと左右の椅子に座った。

 俺が不機嫌だと勘違いされたかな。

 キアラは先ほどの光景を思い出してか苦笑している。


「アレは酷かったですわね。

でも……お兄さまがあそこまで、明確に不快感を示されるのは初めて見ました」


 オフェリーはなぜか、俺の腕をつついている。


「アルさまが、ハッキリと怒ったのは初めてみました。

もし私が言われる立場だったら……。

もう、この世の終わりです」


 大げさだ……とも言えない。

 オフェリーの世界にとって、俺はかなりの領域を占めているだろう。

 そこを過小評価するのはオフェリーを傷つけてしまう。


「まかり間違っても、オフェリーにあんな態度を取りませんよ。

安心してください」


 オフェリーはつつくことは止めずに、小さくうなずいた。

 

「ありがとうございます。

あんな感じの話し方をする人は、教会にもいましたけど……。

アルさまはご不快なのでしょうか?」


 正直言えば、あの手の話し方は嫌いなのだ。

 肌に合わないというのが正確な表現か。

 

「怒ったというより耐えきれなくなった、と言うべきですね。

あんな話し方では、情報を探ることもできません」


 キアラは少し呆れたように肩をすくめた。


「そうですわね。

マンリオがどう感じたかだけですもの。

あのまま話を聞いたら……何回あの言葉を使ったのでしょうかね?」


 想像するだけでゲンナリするよ。


「考えたくもないですね」


 オフェリーは俺をつつくのをやめて、首をかしげた。


「アルさま、質問です。

感想をかぶせるとは、どんな意味なのでしょうか」


 ああ、比喩的すぎたかな……。


「そうですね。

人に物事を伝える目的は、大体2種類になると思います」


「2種類ですか? そんな単純に分けられるのでしょうか?」


「かなり乱暴な分け方ですよ。

情報を知ってほしいのか、感情を共有してほしいのか。

その2種類です。

1と0ではありません。

普通は2と8のように、それぞれが目的によって混じります。

感情を共有してほしい場合は、情報に感情をかぶせるでしょう。

そんな場合は、話しているうちに大体は興奮しますね。

つまり感情にほぼ支配されます。

そうなるとかぶせた感情に……また感情をかぶせます。

本人は気がつかないでしょう」


 もう一種類あって、感情を誘導するのもある。

 それを言うと分かりにくくなるからな。

 キアラは目をつむってクスリと笑う。


「アレは……まさにそうでしたわね」


「支配されると、相手に情報を伝えなくなります。

その結果、本人の感情や願望ばかりを述べるのです。

10分話を聞いても、情報は30秒程度しかない。

そうなりかねません。

感想を連呼する場合は、間違いなくそのケースです」


 転生前に個人でニュースを解説する動画などが結構あった。

 その中でも、こんな伝え方をする人たちはいたのだ。

 興奮していることは分かった。

 それだけではなぁ。


 興奮を共有したい人たちには良いのだろうが、俺には合わなかった。


 理性に訴えない情報は、扇動と呼ばれるジャンルに属する。

 感情を一定の方向に動かすアレだ。


 その人たちに、そんな意図は毛頭ないだろう。

 だが、やっている手法はそれそのものだ。

 自然と発信する情報もその目的に沿ったものになる。


 情報を伝えると銘打って、感情の共有を求める。

 全てがダメとは言わない。


 勇気づけるときなどは、理性だけではダメだからだ。

 それでも、しつこく言うのは違うけどな。

 押し流された感情から勇気など湧き上がらない。


 オフェリーは難しい顔をしながら、また俺の腕をつつきはじめた。


「情報を伝えるときには、感情を混ぜてはいけないのでしょうか?」


「いいえ。

人ですから絶対に感情は入ります。

感情を持った人が、感情を持った人に伝える。

だからこそ理解できるのです。

感情を全く持たない人からの情報は、普通の人には違和感を覚えるでしょうね。

言葉は通じるけど、話は通じないアレに近いものになります」


 オフェリーは思い当たる節があるのか、小さくうなずいた。


「私が昔に人と話してもかみ合わないことが多かったのは、それが原因なのでしょうか……」


 可能性の一つとしてはあるだろうな。


「どんなことを伝えたいかは感情です。

それが分からないと、その人の話をつかみかねて……結果として迷いますからね。

そうなるとかみ合わないでしょう。

強い感情を抱いても伝えることはできます。

本当に内容を伝えたいと思う人は、同じ感想をしつこく繰り返しません。

1回だけしか感想を言わないか、話ている態度に出します。

その場合は、得られる情報の量は十分なものです。

結果として、その人の情報は検証に耐えうるものでしょう」


 淡々と、フェイクニュースを流すのもいるがな。

 それでも、内容を精査することは可能だ。


「感情ばかり話してはダメなのですね……」


「普通の会話なら、問題ありません。

むしろない方が味気ないと思いますよ。

そうではない……情報を売るのであれば、必要な配慮です。

少なくとも買い手に、疑念を持たせるような売り手は失格でしょう。

シルヴァーナさんを例にしましょう。

彼女の報告には、感情が入りまくります。

ですが感想を繰り返したり、そればかりを強調しないですよね」


「あ、そうですね。

不思議と言いたいことは、よく分かります」


 まあ、冒険者だからな。

 そのあたりの報告ができないようでは生きていけない。


「人が伝える情報はですね。

池にいる魚を見るようなものですよ」


 オフェリーが眉をひそめ、つつく動作にリズムまで取りはじめた。

 俺は楽器かインターホンか?


「魚……ですか?」


「ええ。

水はその人の主観です。

完全に透明な水などありません。

それなりに透明なら、魚が泳いでいるのが見えるでしょう」


「そうですね。

では感情は、石を投げ入れるようなものなのでしょうか。

昔こっそり、池に石を投げ入れるのが趣味でした」


 切なすぎる趣味だろ!

 珍しく比喩表現を持ち出すと思ったら、意外と想像しやすかったのか。

 

「ま、まあ……似たようなものです。

感情は波ですよ。

波が激しいと、魚がいても見えません。

主観という濁りが強いとなおさらです。

目をこらしても見えるかどうかですよ」


「そうですね。

アルさまはそんな感じで、人から情報を得ているのでしょうか?」


「あくまで例えただけですよ。

主観と感情を、適当なケースに当てはめただけです」


 キアラが俺の説明にうなずきつつ、小さく笑った。


「さしずめさっきの池は、主観で濁っていますわね。

あげく波が激しすぎますわ。

見ることができるのは、同じ調子で繰り返す波だけ……ですわね」


「ご名答。

だから、そんな話に付き合うほど暇じゃないのですよ。

それしか情報がないなら、仕方なく付き合いますけどね」


 キアラが突然はっとした顔になる。

 慌ててメモとペンを取り出した。


「お兄さまとオフェリー。

さっきの会話を、もう一度やってください。

私としたことが、一生の不覚です。

書きそびれましたわ……」


 俺はキアラに、少し意地の悪い笑顔を向ける。


「私は同じことを繰り返すのは好きじゃないのです。

キアラなら知っているでしょう?」


 キアラは可愛らしく頰を膨らませる。


「お兄さまのいけず……」


 オフェリーは困惑顔で固まっていたが、やがて肩を落とした。


「キアラさま……申し訳ありません。

アルさまのどこを、何回どんなペースでつついたか覚えていません……」


 そっちかよ!

 もしかして、会話のつもりだったのか?

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