503話 レミングス
石版の民の返事待ち。
その間に、アミルカレ兄さんが訪ねてきた。
キアラとオフェリーはそれぞれ手が離せないため、俺だけが対応する。
「兄上、済みません。
本来なら私が出向くべきなのですが……」
アミルカレ兄さんは手で、俺を制した。
「お前が狙われている話は聞いている。
動くのも難しいだろう。
私の行軍に連れて行くのも考えた。
お前が隣にいれば、とても心強い。
だがなぁ……完全に、周囲が味方とは断言できないからな」
「全く困った話です。
お越しいただいたのは兄上の出陣の件です。
それにも関係しますが、イザイア・ファルネーゼ卿の下に集まった人たちの処遇も相談したいなと」
アミルカレ兄さんは腕組みをして、渋い顔になる。
「お前から振ってくれて助かるよ。
正直、扱いに困っている。
私の指示に従うなどと宣誓しても、どこまでそうなのか」
その苦労を思って、ついつい苦笑してしまう。
「勝手に戦って、功績を稼ごうとするでしょう。
それこそ勝利の分け前を、少しでも多く手にしようと血眼ではありませんか?」
アミルカレ兄さんは大きく、息を吐いた。
「連中は勝利が決まったあとの残兵掃討気分だ。
王都でファルネーゼが負けたのは油断していたからだ……と言い出すヤツまでいる。
今までファルネーゼが負けた、と聞いて尻込みしていたのにな。
全くもって大した勇者だよ。
従卒くずれ、6000だけで、2万を破った。
自分たちなら3000で、2万を破れるとな。
ヤツらの言っている従卒くずれに、実力では足元にも及ばないだろう。
さすがにウチの騎士たちは、かなり焦り始めたがな。
強さをちゃんと理解している」
全くの同感だよ。
そして本家の騎士が、まともな認識なのは有り難い。
時代の変わり目を、難しくても理解するだろう。
多少、時間はかかると思うが……。
「勇気にも種類があります。
危険を感じると、小動物のように逃げ隠れする紛い物の勇気が、実は多数をしめています。
紛い物ほど安全と知るや疾風のように戻ってきて、大きく吠えますね。
逃げ隠れしたことを誤魔化すかのように。
翻って、数少ない本物の勇気は、普段は吠えません。
必要になると静かに立ち上がるでしょう」
「お前の言う紛い物の勇気の飼い主が多くてな。
実に危険なのだよ。
お前が苦心して、ユボーを誘い込んで倒したことを軽視している。
あれがどれだけ大変なのか……全く分かっていない。
従卒くずれで勝てるのだから、騎士なら正面から簡単に粉砕できると浮ついているのさ。
自分たちの存在意義が揺らいでいることを、敏感に感じたせいかもしれないが」
「となると容易に予想できますね。
自壊を狙う方針には、大人しく従わないでしょう」
「ああ。
仮に独断で行動して失敗しても、敗北を認めないだろうな。
正直、頭が痛い。
だからお前の悪知恵が頼れると聞いて、渡りに船だったのさ。
カメリアで話すと、どこから話が漏れるか分からない」
連中は余計なことばかりするな。
まあ、時代の流れと共に消えゆく運命だ。
レミングスよろしく
「そうでしょうね。
失敗しても『傭兵の心胆を寒からしめた』と胸を張るでしょう。
それにしても、カメリアでの彼らは耳聡いようですね。
ニコデモ殿下が会議に参加していたら、しつこく食い下がって聞き出そうとするでしょうが。
全て、父上たちに任せて参加されない。
実に有り難い限りですね」
粘着殿下は、あれ以降邪魔をしてこない。
助かるよ。
毎日難しい顔をしてうなっているらしいが。
アミルカレ兄さんはフンと鼻で笑った。
「連中、そんな手段だけは一流だ。
多分、屋敷の使用人に取り入っているだろう。
マリオが苦労して、押さえ込んでいるようだがな。
また痩せ始めたぞ。
キアラショックではないから、心労だろう。
おまけに髭に、白いものまで混じり始めたぞ」
キアラショックって……。
想像して不謹慎ながら笑ってしまった。
「では、マリオが倒れる前に解決しましょうか」
「まず聞きたい。
足手まといをどうするかだ」
「用心深い獣を罠にかけるときには、美味そうな肉に食いつかせる必要があります。
勿論獣は、一時的に元気になるでしょう」
アミルカレ兄さんがアゴに、手をあてて思案顔になる。
「肉かぁ。
ウチには要らない肉だがな。
他の領地ではどうなのだ。
そんな肉がないと、ウチ以外の治安維持力が落ちるだろう」
「これからの時代、使えない貴族や騎士など……いても意味がないでしょう。
精々パーティーの頭数程度が限界ではありませんか?」
アミルカレ兄さんは人の悪い笑いを浮かべた。
「ふむ。
いても意味がないのは同意だ。
ただ、空白地にする気か?
誰かに与えるにしても、統治しきれるのか?
ウチの直轄は無理だぞ。
手が回らないだけじゃない。
警戒されて全ての貴族が敵に回りかねない」
「いいえ。
在地の騎士以外で、治安を守るしかないでしょうね」
「それにはプランがあるのだろう?
お前が口にするくらいだ」
ありはする。
だがまだ、ぼんやりとした外枠だ。
「細かくまでは考えていません。
そこは殿下を交えての相談が、必要になりますね。
それまでは、スカラ家を筆頭に頑張るところではありますが」
アミルカレ兄さんは頭をかいてから苦笑する。
「なるほど、それは今知っておいた方が良いか?
つまりは私の指揮で留意すべき事柄が出てくるかだ」
つまり意図的に罠にはめて排除したい貴族たちがいるか。
そんなところだ。
「いいえ。
兄上の手足を縛ることは、望ましくありません。
誰の利益にもなりませんからね。
しかも戦場では、何が起こるか分かりません。
手足を縛って戦えなど、戦争を知らない連中の戯言ですよ。
ですので、兄上のお考えの通りで結構です」
ネガティブリストなど一切ない。
そもそも騎士たちを率いて、傭兵と戦うのだ。
リストをつくっては、いたずらに勝率を落とすだけだ。
「命令を無視した連中は、放置して構わないと言うわけだな。
もしくは私の権限で処刑しても構わないと」
その決断は、既に下していただろうな。
命令無視をすることは分かりきっている。
「はい。
ですがその先の話を、まだ兄上は決められていないでしょう」
アミルカレ兄さんは笑って、手を振った。
「気を使わなくていい。
傭兵たちがまた勝ったことによって勢いづく。
そうなると、お前なら百も承知だろうが……厄介なんだよ。
その対処までは考えつかない。
そもそも、お前の言った戦法をとられたら勝てる自信が無い」
モード・アングレで、脳筋のフランス騎士はバタバタとやられていったからな。
後世から些か軽く見られるが、フランス騎士は騎士としてはとても優秀だ。
それでも負け続ける。
善戦はする。
だが、相手の心胆を寒からしめる……が限界だ。
それを、戦いの成果だと勘違いするヤツは滅びる。
そう簡単に勝てる代物ではない。
だから異質なベルトラン・デュ・ゲクランが出てきて勝てたわけだが……。
「騎士の戦い方ではありませんが……。
こんなのはどうでしょう」
俺の話を聞いて、アミルカレ兄さんが笑いだした。
「なるほど、確かに騎士の戦いに固執していたら勝てないな。
ただ、その方法には一点問題があるぞ」
「そうですね。
ユボーが腰を落ち着けては難しいですね」
「つまりユボーを焦らせる必要があるわけだな。
そしてその算段もついていると」
「ええ。
彼らは将来もらえる金を期待して結びついています。
そこでです。
ニコデモ殿下の名代として教会に、使者を出してほしいのです。
殿下は先の戦いで勝った。
ランゴバルド王国の正当な王であることは、名実共に明らかである。
だから教会から金を受け取る権利があるとね」
アミルカレ兄さんはニヤリと笑った。
「その程度では教会は『はい、そうですね』と渡さないぞ。
戴冠式後などの理由をつけるだろう。
そもそも本当に渡すのかも怪しいと見ている。
金より別のものが狙いだな?」
「それで良いのです。
どこで戴冠しろとは言われないでしょう。
勿論、王都でやりますよ。
でもユボーはその言葉に焦るでしょう。
場所の指定がない。
スカラ家にそのことを気づかれては、金の入手先を失うと。
彼らはその点は実に聡いですからね。
だからといってスカラ家に、再度攻め込む勇気はない。今や疑心暗鬼の虜ですからね」
アミルカレ兄さんは気になることがあるのか、少し難しい顔をして腕組みをする。
「教会が王都で戴冠せよ……と言ったら、どうする?」
「教会が戴冠場所を言い出したら、王都は荒廃しているから放棄する。
新たな王都をつくるつもりだと言えば良いのです。
実際そのつもりですし。
最悪荒れ地でも決めればそこが王都になります。
それとランゴバルド王国の背後に、私の影を見るでしょう。
教会もそこまでゴネないと思いますよ」
「酷いペテンだな。
だが……それなら、お前の言った方法に持ち込めるな。
ユボーも小競り合いで肉を食って士気を高めて、決戦を望むだろう。
まあ食い残された肉たちが、文句を言うだろうが……。
そこは私が抑えるか。
そもそも今回、私たちはお前に頼りっぱなしだ。
どっちが本家だか分からない始末だよ。
情けない限りだがな」
「いえ。
戦後の安定期になると、兄上たちに助けてもらいます。
何分ラヴェンナは特殊ですから。
不安に感じて攻撃する貴族たちも動きだすでしょう」
「なるほどな。
そんなときが来ないことを願うばかりだが、そのときは任せてくれ。
しかし、新王都まで考えているのか。
お前は一体、どこまで未来を見ているのだ?」
「最低でも三手先です。
こうする……それに対してこうくる……だからこうする。
それが基本ですね。
でも先は読み過ぎないようにしています。
かえってそれに、足をすくわれますから。
それにしても、ユボーがまだ指揮権を握っているか謎ですね。
まあ……誰が握っていても、あまり関係ありませんが」
「お前は、ユボーが先の敗戦で失脚したと見ているのか?」
「酒に溺れているかも知れません。
そうなると……殺して新たな王を擁立するか、傀儡にするでしょう。
残念ながら、王都での詳しいことは分かりません。
その場合はマントノン傭兵団が、主導権を握るでしょうね。
そうなったら、王都から逃げてくる輩もいるでしょう。
そこで情報がつかめるかも知れませんが」
「まあ……先のことは任せるよ。
私は私のやるべきことを考える。
しかし……」
「どうされましたか?」
アミルカレ兄さんが頭をかいた。
「急に結婚話が増えた」
「まあ……そうでしょうね。
おめでとうございます」
「白々しい。
無表情に、祝意を述べるな。
どれもロクでもない話だ。
私にもミルヴァさんみたいな……。
そう、心も女神みたいな人が求婚してこないかなぁ。
私から求婚なんてできる身分じゃないからなぁ……。
スカラ家の後継者なんて、自由のかけらもないぞ。
とにかくだ……アルフレード」
「どうしましたか?」
「もげろ」
真顔で言うなよ!
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