501話 血と血たち

 実に面倒な話だ。

 どれもこれもだ。


 これだけのハンディがある民族は、何ができるのか。

 大きな望みを言ってきたのだ。

 やれることも大きいのだろう。

 まずは話を聞くか。


「ではベンジャミン殿。

あなたたちがラヴェンナに、何をしてくれるかを伺いましょう」


 ベンジャミンは一口茶をすすってから、静かにほほ笑む。


「はい。

現在、ラヴェンナを敵視している勢力がありますね。

一つはユボーの傭兵王国。

もう一つはマントノン傭兵団。

もう一つは狙いはスカラ家が一番でしょうが、デステ家。

最後の一つが、問題となります」


「ああ。

シケリア王国のリカイオス卿と争っている勢力ですね。

ガリンド卿の旧主でドゥーカス卿でしたか」


「流石と申しますか。

やはり世界を見ておられる。

左様です。

ドゥーカス卿が戦争に負け続けても、いまだに滅亡しない理由はお分かりでしょうか」


 随分簡単なテストだな。

 いや、ただの会話だろうな。


「兵糧不足ですよ。

シケリア王国の最大穀倉地帯を抑えているのがドゥーカス卿ですからね。

攻めきれないのでしょう」


 そうでなくては、リカイオス卿が穀物を欲したりしないからな。


「お見事です。

そこでドゥーカス卿は、デステ家に目をつけました。

表向きは交易と称して援助しているのですよ。

ラヴェンナを襲撃する軍船や物資などは、そこからきております」


 なるほどな。

 それで合点がいった。

 羽振りが良い理由もそれか。

 ラヴェンナに直接攻撃するのはまずい。

 だから間接的にといったところか。

 リカイオス卿との交易を止めたいが、現在は嫌がらせ程度が限界と。


 本来ならベルナルドを譲渡したのに、敵であるリカイオス卿と交易など……けしからんと思っているだろう。

 だからラヴェンナに対して極秘裏に敵対行動を始めたのだな。

 マントノン傭兵団が、俺を狙うのもデステ家経由だろう。


「関係は分かりました。

それで具体的には何を?」


「ドゥーカス卿の港湾に、大量の船が停泊しております。

同胞がそこに多数働いているのですよ。

とある風の強い火に、ちょっとした失火が起こると思います。

港は火の海になるでしょう。

結果的に全ての船は燃え尽きて、デステ家への支援は打ち切られることになります」


 確かに大きな功績だな。

 それについても、確認すべき内容がある。


「それではあなたたちの同胞に、死者がでるでしょうね。

石版の民の流したには、何をもって報いるのが妥当でしょうかね。

あなたたちの価値観に釣り合う願いは、三つのうちどれに相当するのかですよ。

過小に過ぎると不満でしょう。

不満の解決に過激な手段をとられても困りますから」


 今まで石版の民が過激な行動をしていなかったのは、使徒がいたからだ。

 それが揺らいでいる今なら過激な手段を選択することもあり得る。

 シカリ派などが生まれても困るだけだ。

 だからといって、彼らとの交渉を安易に拒絶して過激化されても困る。

 このままでは過激化するのは目に見えているからな。


 ベンジャミンは突然無表情になる。

 モデストの目も細くなった。

 営業モードから突然、素に戻った。

 そんなところか。


「ラヴェンナ卿。

我々のことを、実はご存じだったのですか?」


「いいえ。

先ほど聞いた出自から推測しただけです。

国を失い、シンボルを失った民が結束するためのもの。

最後の残るのはですよ。

だからこそ、現在生きる命と将来生まれるであろう血を重要と考えるのでしょう」


 ベンジャミンは大きく、目を開いていた。

 モデストは平静を装っているが、内心驚愕しているのが見て取れる。

 ベンジャミンはハンカチで、額に湧き出た汗を拭き取った。

 手が少し震えている。

 相当な衝撃だったらしいな。


「シャロン卿が熱意をこめて……お仕えする方なのは存じておりました。

それでも、我々はラヴェンナ卿を見損なっていたようです。

我らの価値観をそこまで察する方が、外におられるとは」


 つまりは理解しようとする人はいなかったと。

 それはそうだろう。

 何も考えない社会だったのだから。

 考えることが悪とされるような社会だしな。


「そう不思議なことでもないでしょう。

それで回答は頂けますか?」


 ベンジャミンは呼吸をして、息を整えている。

 誰も、自分たちのことを知ろうとしない。

 その固定概念を、俺が壊してしまったわけだ。


 感動したわけではないと思う。

 驚いただけだろう。

 彼らは、他の民を観察し続けてきた。

 ただ、自分たちも観察されることに思いが至らないだけだ。

 素性を隠しているのだから、無理もないが。


「そこまで我らのことを見抜くお方です。

いずれでも結構と申し上げます。

そこからの満足は我らの努力でなしえるものですから。

そして、私の役目はラヴェンナ卿にお選びいただくことです」


「その前に、幾つか確認をさせてください。

石版の民は表に出せない人たちとの付き合いもあるでしょう。

そんな石版の民を公に認めるのは……リスクが高すぎると思いませんか?

脅迫のネタを『はいどうぞ』と言って差し出すようなものです」


「その点はご安心を。

付き合いのあるものは、決して表にでてきません。

表にでる者は、あくまで交際が知られても支障がないものたちのみですから。

この世界は、集団で区分けをします。

ですが、民族で区分けはしません。

仮に脅迫など……不届きな行為に及ぶ者がいましたら、我々が厳正に対処致します。

これは契約で神聖なものになります故」


 実体は一つの集団なのだがね。

 違う集団のことで無関係と言えば、信じてはもらえるわけだ。


 石版に契約は絶対遵守と刻まれているから信じてくれか。

 だが下手に関わると、教会と全面対立をする羽目になりかねない。

 それにだ……。


「なるほど、その点は信じましょう。

もう一つ、私と以降も交渉を欲するのであれば譲れない点があります」


 ベンジャミンは再び、目を細めた。

 表情は変わっていないが、少し警戒した気配がする。


「どうぞ、おっしゃってください」


「オフェリーです。

彼女はもう、教会の人間ではありません。

教会とラヴェンナの対立があれば迷わず、ラヴェンナにつきます。

棄教はしていませんが、元々彼女は使徒に仕えるためだけに育てられてきました。

神を信仰しているわけではありません。

彼女の同席を、異端の民であることを理由に忌避するのであれば……お付き合いはできません」


 初めてベンジャミンは激しく驚いた顔になる。

 これも衝撃か。


「ラヴェンナ卿は冷徹な方と伺っております。

側室のためだけに、交流を拒絶なさるのですか?」


 違うな。

 やはり、理解はされていないか。

 俺は強く首を振った。


「生まれや家庭……つまり本人の意思とは関係のないことを理由にです。

その人に問題があるかのように言い立てる。

そんな輩の言に従う。

そのような法はラヴェンナにはありませんし認めてもいません。

勿論、それぞれの特殊性などは当然考慮します。

ですが、限度はありますよ。

オフェリーが教会の人間であれば、このようなことは言いません。

ですが、もう違うのですよ。

今回に限って要求を飲んだのはですね……。

面識もないのに突っぱねては、あなたたちが納得できないと思ったからです」


 ベンジャミンは俺の表情を見て、小さくうなずいた。


「ラヴェンナ卿のおっしゃりたいことは承知致しました。

ですが、私の一存を越える話なので持ち帰らせていただけないでしょうか」


「構いませんよ。

過去に何か諍いがあって、オフェリー個人が嫌いなのであれば考慮しますがね。

ただあなたたちが嫌がるからと、それに従う。

そうなっては、ラヴェンナの主人はあなたたちと言っているようなものです。

それが最終的な狙いでなければ良いのですがね」


 ただのブラフだけどな。


 ラヴェンナに特区を望む方が通る率が高い。

 そこから、勢力を拡大することも可能だろう。

 それを言ってこない。

 だから、ラヴェンナへの野心はないと見ている。


 それでもあえて、お前たちはラヴェンナを乗っ取って支配するつもりかと問うたわけだ。

 ベンジャミンは目を大きく見開く。


「い、いえ。

滅相もありません」


「ではラヴェンナでの特区を望まない理由はなんでしょうか?

ラヴェンナで実績を積めば、王都でもより容易に特区を望めましょう」


「大変申し上げにくいのですが……。

古来よりラヴェンナは、避けるべき地と教えられているのです。

なのでラヴェンナへの野心など決してありません」


 オブラートに包んでいるが『呪われた地』とでも呼ばれているのだろう。

 悪霊があの地を嫌っていたはずだからな。

 どうでも良い話だが。

 

「それは結構です。

ではもう一つ確認します。

あなたたちの求める社会とは?

自治区を望むとは、あなたたちの社会が他とは違うと言っているのでしょう。

それが後々の平和を乱すものであれば問題です。

空腹を満たすため、毒入りの食べ物に手を出すようなものになりますからね」


 ベンジャミンは汗をかきまくっている。

 こんな質問は、普通なら想定しないだろう。

 自分たちのことを知ろうとしない連中であれば、当面の利益だけを問題にする。

 おそらく、そう考えてきたのだろう。

 緩い自治の特区程度に考える。

 だが彼らは違うのだ。

 ローマにあって同化せず異邦人であることを選び続ける。

 そんなタイプだろう。


「ご……誤解のないように申し上げます。

石版に刻まれている教えは、天下の大法とほぼ変わりありません。

むしろ相互扶助が強い内容でもあります。

ただ、一点大きく異なる点があります。

神に近い祭司たちが合議で民を治める。

これが我らにとって正しい生き方であり、自然な生き方なのです。

神より離れた者が、民を治めてはならない。

ここが大きく異なります」


 神権政治とはまた違うな。

 合議制でも今の世界では浮いた存在。

 それも、祭司の合議か。

 教会はあくまで精神的な世界の支配者。

 それが建前の社会では異質だな。


「では最後の確認です。

あなたたちはその生き方を、他者に求めますか?」


 ベンジャミンは強く頭を振った。


「滅相もありません。

同胞の生き方を定めるに過ぎません。

神より選ばれし民の生き方を、それ以外に広めるなどあり得ません。

それ以外の方々には、世俗の習わしに従ったお付き合いをさせていただく次第です」


 やっと本音が引き出せたな。


 平常心なら、絶対に言わなかったろう。

 不意打ちをしたから引き出せた言葉。


 選民思想なら結構だ。

 それならば、外部に広めようとなどしない。

 選民思想は平たく言えば、他民族を見下す思想だ。

 周りを下げて自分を上げるってやつさ。


「最後の質問に対する回答が不十分……いえ、私の聞き方が不足していましたね。

もし石版の民が、外で罪を犯した場合です。

あなた方の自治区に逃げ込んだらどうしますか?

石版に刻まれている罪の場合は引き渡すのか。

そうでない場合は、どうするのかです」


 ベンジャミンは俺を見る目が変わった。

 実に興味深いものを見るようなそれだ。

 

「同胞は議論が、とても大好きです。

夜を徹しての議論も、度々あるくらいです。

失礼ながら……ラヴェンナ卿も、そのように見受けられますね。

それではお答え致します。

どちらの場合でも、回答は同じです。

こちらが罪人の身柄を確保した上で、交渉をさせていただきたい。

勿論、責任をもって罪人の身柄を確保します。

可能であれば、我々の間でしかるべき罰を与えたいのです。

勿論、状況にもよるでしょう。

故に単純なお答えはできかねます」


 まあ、そんなところだろうな。

 『分からない』と正直に答えるだけ真面目に対応している……と思うべきだろう。

 それに、そこまで回答する権限を持ち合わせてもいないだろう。


「結構です。

では、あなた方の願いを叶えるかどうかはオフェリーの件次第です。

この件でラヴェンナ側からの譲歩は一切ありません。

あなた方は我々が忌避していることを要求している……とでも思ってくだされば結構ですよ」

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