500話 石版の民

 いろいろと環境の変化が激しい。

 それにしても……だ。


「シャロン卿、随分早いではありませんか」


 モデストが2週間もたたずに戻ってきている。

 つまりなにか、不測の事態が起こったのだろう。


 そういえば……モデストが俺のところを訪ねてから、ピタりと日和見たちの訪問が途絶えた。

 お前たちスネが傷だらけすぎだろう。

 キアラを伴っての面会。

 オフェリーについては、今回同席は見送ってほしいとモデストから頼まれている。

 教会がらみでの問題らしい。

 あとで説明をしてもらわないとな。

 オフェリーのしょんぼりした顔に胸が痛んだ。

 ちゃんと理由を説明する必要がある。


 応接室でのモデストは、涼しい顔をしている。


「ご想像のとおり、緊急を要するお話があります。

一刻も早くお伝えすべきと思った次第です」


「まず、伺いましょう」


「ラヴェンナ卿は石版の民のことはご存じでしょうか?」


 全く聞いたことがない。

 俺は首を振る。

 だが隣にいたキアラの目が鋭くなった。


「お兄さま。

割り込むような形になって済みません。

石版の民とは……髭を生やした方々で商人ではありませんか?」


 モデストは意外そうに、目を細めた。

 キアラをみる目が少し変わったようだ。


「ほう。

ラヴェンナ諜報機関の長をしているだけはありますな。

そんな話までご存じとは。

優秀だとは伺っていましたが……実に侮れませんなぁ。

その話を聞いているのであれば、あまり関わらない方がよろしいと存じますよ。

いろいろと彼らは曰く付きですので」


 裏の集団なのか?

 フロケ商会はあくまでまっとうな商会だ。

 ラヴェンナお抱えになって中規模まで大きくなったが、そんな深いところとは関わっていない。

 残る可能性は前世か。

 モデストの警告も含めると、いろいろと合点がゆく。

 そんなキアラは静かにほほ笑んでいる。


「シャロン卿。

ご配慮に感謝致しますわ。

大丈夫です。

随分昔の話ですから。

今は関わりがありませんもの」


 ビンゴか。

 モデストはキアラの言葉に、静かにうなずく。


「それならば結構です。

私は仕事上、彼らと接触する機会があります。

持ちつ持たれつの間柄です。

そのような関係を築いてきましてね。

彼らは自分たちの素性を明かすことを好みません。

深入りしようとすると消えてしまうのです。

そんな石版の民から、接触がありましてね。

ラヴェンナ卿への嘆願を仲介してほしいと。

彼らが権力者に自らを名乗って接触するのは……歴史上初のことなのですよ。

私の知る限り、彼らの力は世界各地に及びます。

ラヴェンナ卿への嘆願が叶えば、ご懸念の一つはすぐに解決できるでしょう」


 秘密結社なのだろうか。

 そしてモデストの太鼓判。

 とんでもなく厄介な集団に思えるな。

 実にキナ臭いな。


「そもそも石版の民とは?

それを知らなくては、判断のしようがありません」


「左様でございますな。

ラヴェンナ卿が石版の民のことを知らない限り、決して望みは叶わないと伝えてあります。

そこで彼らの代表の一人が、ラヴェンナ卿へのお目通りを願っているのです。

彼らは非常に用心深いので、私が立ち会わない限りはでてきません。

彼らのことは、彼らに語らせましょう。

私が口外しては、信頼関係が崩れてしまいます。

今後の仕事に支障がでて困ったことになるのですよ」


 部下に俺からの依頼を任せてあるだろう。

 そのあたりは抜かりはないはずだ。

 そんなモデストの仲介か。

 モデストの顔を潰しても良いことはない。


「それで戻ってきたわけですね。

分かりました。

会いましょう」


 モデストは満足そうにほほ笑んだ。


「では待たせていますので呼んで参ります。

彼らはとても計算高く利に聡いのです。

ですのでラヴェンナ卿を害することは一切ありません。

その点は、ご心配なく。

むしろラヴェンナ卿に親近感すらいだいておりますよ」


 モデストが退出したあと、俺はキアラに視線を向ける。

 キアラは俺にほほ笑みかけてきた。


「私からは何も言えませんわ。

彼らはとても用心深いのです。

お兄さまが事前に、何か知っていたら姿を消すでしょう。

だからお兄さまが、ご自身で伺ってから……ご判断なさってください」


 言外に役に立つかもしれない、と言っているわけか。

 そんな用心深い相手がでてきたのが気になる。

 なんにせよ会ってみて考えるか。

 オフェリーを除くように言ってきたのはその代表だろう。

 つまり教会とは敵対しているとみるべきだろうな。


                  ◆◇◆◇◆


 モデストに連れられてやって来たのは40代そこそこといった感じの男性。

 茶色がかった天然パーマのような黒髪。

 日焼けした肌。

 妙に理知的な印象を受ける茶色の瞳。

 そして長いあごひげ。

 それ以外は目立った特徴はない。

 むしろ目立たないようにしているのだろう。

 ただアイデンティティーとして髭は伸ばしているとみて良さそうだ。


 男は俺に一礼した。


「ラヴェンナ卿。

お目通りをお許しいただき、感謝の念に堪えません。

ヘヴェルの子ビンヤーミンと申します」


 エルフのような呼び方だな。

 もしかして苗字がないのか? まあ、今考えても仕方ない。

 俺はうなずいて、彼に着席を促す。


「変わった呼び方ですね。

聞き慣れない発音です」


「身内での呼び名です。

表向きはベンジャミン・シャムライとお呼びください」


 身内の名前から言ってくるなど、好感をもたせる交渉術か。

 それにしても……シャムライ? 侍? いろいろ不思議な名前だな。

 あとで聞けば良いだろう。


「ではベンジャミン殿、あなたは石版の民との認識で相違ありませんか?」


「そのとおりです」


「そして代表の一人でもあると」


「はい」


「では……どれだけの決定権をもって、ここにきていますか」


 ベンジャミンの目が細くなった。


「全てと言えば全てです。

ないと言えばそのとおりです」


 微妙な言い回しだな。

 どうもテストされてる気がするなぁ。

 まあ決まった範囲内での決定権はもっているのだろう。

 それを前提で話を進めるか。

 確信に近い予想だが……ベンジャミンのゲームに乗らないと、ちゃんとした話が聞けそうにないからな。


「それで結構です。

では、私への頼みとやらををお伺いしましょう」


 モデストは、相変わらずのポーカーフェイス。

 ベンジャミンの目が、さらに細くなった。

 敵意ではないな。

 面白がっていると言うべきか。


「三つのうち、一つをお聞き届けいただきたいのです。

まず一番大きな望みです。

今、教会が保有している契約の山。

あの一帯を、われわれの国として認めていただきたい」


 つまり、石版の民は民族か。

 かつてそこに住んでいた……。

 そんなところだろう。


「その山は、アラン王国の領土ですよね。

私にはアラン王国には、何の権限もありませんよ」


「存じております。

お認めいただくだけで結構です。

あとはわれわれが、なんとか致します」


 一番危険なパターンだよな。

 認めたことで巻き込まれるわけだ。

 アラン王国との戦争にすら突入しかねない。

 そもそも彼らにそれを実現する軍事力はないと思う。

 下手をしたら使徒との衝突になる。

 全く、タダより高いものはない。


「他の要望を伺いましょうか」


「第二の望みです。

ランゴバルド王都の一区画を、我が民の特区として自治権をお認めいただきたい」


「私は国王でありませんよ。

王都に対して何の権利も持ち合わせていません」


「これも存じております。

ですが……ニコデモ殿下に、口添えいただければ実現可能ではないでしょうか」


 これまた危険な香りだなぁ。

 確かに実現可能だが、わざわざ自治権まで言い出すとは。

 よほど彼らの風習は、他と違うのだろう。

 安易に、首を縦に振れない。


「最後の望みを伺ってから、詳しい話に入りましょうか」


「第三の望みです。

内乱後の国の立て直しに、いろいろと商人がお役に立てると思います。

我ら石版の民は世界中に散らばっておりまして、他の商会とは比較にならないほどお役に立てると自負する次第。

ニコデモ殿下にお口添えいただいて、王家専属の商人に取り立てていただきたいのです」


 これが本命か。

 自治区など取り入ってからならどうとでもなる。

 だが……だ。


「あなた方が石版の民と呼ばれる所以から伺いましょう。

石版の民が一体なにを欲しているのか。

それを聞いてから判断させてください」


 ベンジャミンが突然明るい顔になって、熱をこめて話し続けた。

 およそ1時間。


 キアラは表情が無になっていた。

 モデストはお茶のお代わりを頼んだり、中座をする始末。


 彼らは古に契約の山で、神から契約の石版を授けられた。

 それを守ることが、生き方となっている。

 だから石版の民と名乗っていると。


 1500年前まで、契約の山一帯に国をもっていたが他国に侵略されたらしい。

 そこで引っかかった。

 そんな僻地をなぜわざわざ占拠したのかだ。


 それを問いただすと、ベンジャミンの話はさらにヒートアップした。

 表向きはアラン国王が現在の教会に帰依したので、異端を滅ぼすと銘打って侵攻してきた。

 現在の教会の教祖は石版の民だったと。

 異なる石版の解釈を広め、異端として追放されたらしい。

 だから教会にとっても聖地だったわけだ。

 

 それだけではないようで、石版の民は商才があって金貸し業も生業にしていた。

 そしてアラン王国にも多額の金を貸していたが、天文学的に膨れ上がった借金を踏み倒したかったのが本音らしい。

 

 農地などがほとんどなく、固有の武力はほぼないに等しい。

 金で雇った傭兵も役に立たなかったと。

 その結果、国は滅び民は散り散りになったとのこと。


 ちょっと迂闊すぎるな。

 金貸しが無防備とは……。

 今までは、大臣を買収するなどして敵対的にならないように制御していたらしい。

 新国王は専制的で大臣の制御が効かなかったと。


 やっぱり迂闊だな。

 滅びるべくして滅んだというところか。


 その時に石版は割られてしまったが、ずっと前から書物に残しているので教えは守り続けることができる。

 

 現在は各地に散らばって、商会を営んでいるとのこと。

 ただし商売相手は選ばない。

 むしろ、表だって付き合えないような連中との付き合いが深い。

 将来的に契約の山を奪還して、王国を再建する。

 そのための力を蓄えているとのことだ。

 

 社会から外れたマフィアのような組織とも、付き合いがあるのは使徒の社会から外れた存在だからだ。

 一般的な取引は異端の民との取引として、可能な限り避けていたらしい。

 マフィアからの信用を得るために、石版の民であることを明かしているわけだ。

 日陰者同志といったところか。

 表だって石版の民であると自称はできない。

 現在の教会を異端として、激しく争った過去があるからだ。


 今までは使徒のおかげで、手が出せなかった。

 正当性が揺らいだことで、機会が訪れたわけか。

 今なら名を明かしても攻撃されにくいだろう。

 新しい秩序が固定される前に動こうと決断したらしい。


 なので使徒や教会の敵のような俺に接触してきたと。

 そんな俺を、友人として公言する殿下にも取り入る隙があると判断したわけだ。

 下手をしたら、宗教戦争に巻き込まれかねないな。

 慎重な扱いが必要な相手だ。

 アウトローとのつながりの深い商会を殿下に推挙ってのも難しい話だな。

 明るみにでると面倒なことこの上ないからだ。

 全く、頭の痛い話だよ。

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