475話 やっぱり1番マトモ
珍しくマリオが俺の部屋を訪ねてきた。
3人は書斎で、俺の出した課題に悪戦苦闘している。
俺はすっかり贅沢となった孤独を満喫していた。
「珍しいですね。
ともかく用件を聞きましょうか」
マリオは、渋い顔をしつつうなずいた。
「従兄弟のことです。
情報を得るために、仕方なくやりとりをしていたのですが……。
図々しくも……アルフレードさまに会いたいと言い出したのです。
お近づきの印にとっておきの情報があると」
「その顔は、デメリットがあるのですね」
「この屋敷に入れることに反対です」
問題があるのだろうな。
聞いてみないことには始まらない。
「どんな問題があるのですか?」
「まず……手癖が悪いのです。
なにか金目の物が無くなる可能性もあってですね……」
実際に物が無くなったら、同罪とはいかなくても責任を問われる。
当然の懸念だ。
「では、別の場所で会いましょう。
それだけですか?」
「もう一つは、こちらの味方では無い……といったところです。
かといって、傭兵側でもありません。
そのあたりは、ずる賢いヤツでして……。
器用に立ち回るのですよ」
「つまり……立ち回る保険として、私を選んだわけですね」
「はい。
従兄弟程度のヤツを当家では相手にしません。
ですが、アルフレードさまは一応……相手にされているでしょう。
そして何より……」
「構いませんよ。
言ってください」
10秒間口ごもっていたが、あきらめ顔でうなずいた。
「アルフレードさまを軽く見ているのです。
手紙の節々から、それが見受けられます。
そんなヤツを会わせたら……私は一生、背後に迫るキアラさまの気配におびえなくてはいけません」
思わず吹き出した。
「大げさですねぇ」
「お、お言葉ですが……。
アルフレードさまはキアラさまの恐ろしさをご存じ無いのです。
とても良家の子女とは思えないほどの殺気です。
従兄弟がそれを浴びたら失禁します。
断言しても良いです」
しかし一つの突破口になるかもしれない。
「構いません。
キアラには私から、よく言い聞かせておきます。
場所と日取りを決めてください」
マリオは小声で、なにかつぶやいていた。
「女神ミルヴァさま……どうか不肖な私めをお助けください」
ミルは妙に、家族の受けが良いんだよな。
逆よりずっとマシだけど……。
今回は来ないと言っていたのに、露骨に残念がるし。
俺としても嬉しいけどさ……。
キアラの前で残念がるのは止めようよ……と思ってもいた。
マリオは俺の視線に気がついて慌てて一礼した。
「しょ……承知しました。
くれぐれもキアラさまには……」
「大丈夫ですよ」
どれだけ脅しているのかは謎だが……。
やり過ぎないように、注意だけはしておくべきか。
俺が保護者になったからなぁ。
マリオが退出した後で少し考える。
マンリオが俺に会いたがるのは、何かの予兆と捉えていた。
話を聞くと上手く立ち回る才能はあるのだろう。
つまり、世情に敏感だ。
一騒動起こる前に、俺に顔をつないでおけば……何かと有利になれるとの判断だ。
本来は、もうちょっと段階を踏むだろう。
急いでいるのだ。
王都の騒乱は近いかもしれないな。
◆◇◆◇◆
考え込んでいると、扉がノックされた。
「誰ですか?」
「私だよ、友よ」
よりによって、1番聞きたく無い声が聞こえた。
ニコデモ殿下か。
仕方なく、俺は扉を開ける。
殿下は俺を見て、朗らかに笑った。
取次役は連れておらず1人のようだ。
「つれないじゃないか。
私のところに、顔を出さないなんて。
寂しいから会いに来てしまったよ」
会う気が無かったんだよ。
とはいえ、ここで追い返すわけにはいかない。
「どうぞ、お入りください」
「ではお邪魔するよ」
仕方なく俺は、殿下と対面する。
殿下は、小さく肩をすくめた。
「最近どうもキナ臭いようでね。
卿の意見を聞きたいと思ったのだ」
殿下は独自に、情報網を持っている。
付き合いのある商会が筆頭。
ファルネーゼ家の長男も、殿下に仕えている。
それだけでは無い。
小貴族なども、殿下の元にはせ参じている。
正直戦力としては微妙……。
「キナ臭いと仰っても、ここ最近は……ずっとそうだと思いますが」
「やれやれ。
卿から言葉を引き出すのも大変だな。
では、こう言うべきか。
『傭兵と雇い主の間が怪しくなっている』
とね」
「ファルネーゼ家とブロイ家の当主たちは気がついているのでしょう。
それでも手をこまねいているのですか?」
あえて惚ける。
殿下に俺の手札を晒す気は無い。
ウザいことこの上ないが馬鹿にする気は毛頭無いのだ。
相応の注意を払う相手としてみている。
「私の見たところ、持て余してる……だね」
これまた、無難な会話だと逃がしてくれない。
面倒くさい御仁だよ。
「犬の喧嘩に、狼を招き入れたのです。
今までなら吠えれば、羊は逃げましたが」
殿下は、楽しそうに笑った。
「なるほど。
そんな状況で、教会が見事にやってくれたな。
狼にも牧羊犬としての資格を与えるとはね。
しかも前教皇からの提言だそうな。
突然良い知恵が浮かぶ……と感心したものだよ。
そういえば……、卿の側室は前教皇の姪御だったね」
結構……油断がならないな。
そんな相手に対して、ばか正直に話す気など無い。
「ええ。
姪御ではありますが、オフェリーはラヴェンナの人間です。
教会からは捨てられた立ち位置ですよ。
今回の提言は……前教皇なりに、教会を建て直そうと苦慮された末の知恵では無いでしょうか」
殿下は、ニヤニヤと笑ってうなずいた。
タダのジャブだったのだろう。
「そうだな。
そんな教会の布告に、ファルネーゼ家はかなり憤慨してるようだ。
教会からの援助で、行動を起こしたのだろうからな。
梯子を外された……と言うわけだ」
「教会は一枚岩ではありませんから。
ファルネーゼ家が勝手に誤解しただけでしょう」
殿下は妙に感心した顔でうなずいた。
「勝手にか……。
確かにそうだ。
だが……そんな思い込み同士がぶつかると、どうなるのかね」
「私にはなんとも。
少なくとも強い方が勝つでしょうね」
「単純にして明快な理屈だな。
いろいろと世の中を覆っていた建前が、ほとんど無くなったからな。
そうなると……単純な理屈が道理になるわけだ」
建前という服が剝ぎとられて……全裸になれば、原始的な争いが待っている。
だが原始的だからといって…決して愚かでは無い。
「それでも行動の指針は必要でしょう。
必要な大義名分の形が、現実に即した形に変わるだけです」
「それで卿の指針には、我がランゴバルド王家は入っているかね?」
「あくまで私個人の見解ですが……勿論です」
迂闊なことは言えない。
だが本家の方針も変わらないだろう。
「少し意外な気もするが……。
どちらにせよ、歓迎すべきことだな。
現時点で私にできることは、何も無い。
できることがあれば、遠慮無く言ってくれ。
たまには卿の役に立たないと、何も言えない王家になってしまうからな」
殿下の最終的な処遇はパパンと話していない。
それでも残すことは、暗黙の了解となっている。
勿論内通しなければ……だがな。
「その時が来ましたら……お願いすると思います」
一応、使い道は考えている。
タダ飯だけを食わせるわけにはいかない。
殿下は満足そうに、俺にうなずいた。
「大変結構だ。
ところで……卿はこれだけ混乱しても、急進的な改革を望まないのだな。
卿ほどの見識と知性があれば、合理的な世界を作ろうと望むと思うのだがね。
知性は無くても……アラン王国では身分を排除する狂信的な集団が出てきているのに」
スカラ家が新たな王になる気配を、全く見せていない。
その上で、特に急激な改革を望んでいない。
体制の維持を望んでいると判断されるだろうな。
「我を忘れて踊り出す人がいるなら、私にそれを止める権利はありません。
ですが巻き込まれたなら……拒否するでしょうね。
押しつけられた踊りなど迷惑なだけですから」
社会が前に進むのは自然の流れだ。
それでも使徒から聞いた話を夢見て、いきなり先に飛ぶのは賛成できない。
やること自体は否定しない。
ラヴェンナが、ギリギリのラインでの変革なのだ。
これ以上は時期尚早だろう。
「卿の立ち位置を、私は測りかねている。
旧来の体制を、ひたすら守るわけでも無い。
かといって、未知の理想を追い求めているわけでも無い。
ラヴェンナの話を聞けば、そう思う。
一見すると奇異だがね。
貴族たちに、権限を委譲して統治しているのと大差ないだろう。
それが貴族ではなく、現地の族長などになっているだけだ。
実に興味深いな」
このあたりは、頭が回るようだ。
全く理解できない社会体制を作ったわけでは無い。
過去からの延長線を作っただけだ。
「恐れながら……新旧の分類には、重きを置いていません。
善し悪しと実現可能が基準ですから」
古いからダメ、古いから良い。
その逆の考えも、興味が無い。
思考停止と、なんら変わらないのだ。
「その視点から、個人的で構わない。
卿の考える王家の立ち位置は、どこにあるのかね?」
一見すると他力本願だが、自分で考えろと言う気は無い。
なぜなら考えたとして実行する力は無いからだ。
むしろ……実力が無いのに、自分の考えを推し進めた場合は破滅する。
人格的には、問題があるが破綻していない。
王位継承者の中では、やっぱり1番マトモなのだな。
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