473話 選挙がない場合のメリット

 あくびをかみ殺しながらの朝食のあと、パパンに書斎への入室許可をもらう。

 そこには、地図など機密があるからだ。


 分家の人間になったので、そこの線引きは必要。

 それだけではない。

 プリュタニスも伴っての入室と聞いたパパンは、しばし考え込んだあと小さくうなずいた。


「アルフレードのことだ悪いようにはしないのだろう。

だか、家臣たちの手前もある。

持ち出しは禁止だ。

これを守れるなら許可しよう」


 書き写しをあえて言わないのは、筆記用具の持ち込みを許可したからだ。

 書き写しをするとパパンの信頼を裏切ることになる。

 だからそれは絶対にしない。

 ここのあたりは信頼関係の成せる技だ。


「有り難うございます。

必ず守りますよ」


 4人で書斎に入る。

 ちなみに大きな広間程度の広さがある。

 プリュタニスは感嘆のため息をついた。


「ああ、これを見たら……図書館をあれだけ大きくする理由が分かりました」


 ラヴェンナの図書館はでかいのだ。

 蔵書はまだまだ少ないけど……。

 書斎に入ると、キアラに袖をつかまれた。


「お兄さま。

昨日のお話のことでちょっと……」


「何でしょうか?」


「少し考えてから決めますわ。

それと相談したいことがあるので、あとで私の部屋に来ていただけませんか?」


「相談だけなら構いませんよ」


 今更変なことはしないだろう。

 一応、釘を刺すけど。


「勿論ですわ」


 ともかく俺は、目的の棚から地図を取り出す。

 完璧ではないが、十分使用に耐えうる。


「さて、ちょっとした思考実験をしましょうか。

皆さんが傭兵を率いるとして、どうやってスカラ家を倒しますか?」


 3人は、顔を見合わせた。

 プリュタニスは地図を見ながら、腕組みをする。


「ラヴェンナの援助は考慮しなくてもよろしいですか?」


「ええ。

スカラ家の騎士団と戦って、どう勝つかです」


「騎士は基本的に騎乗ですね。

傭兵はそこまで騎乗可能なほど、裕福な面子はいないでしょう。

徒歩対騎馬であれば……アルフレードさまが、父と戦った時の方法が有効ですかね」


 俺はプリュタニスに、小さく肩をすくめた。


「スカラ家の騎兵は、数が多いですよ。

逃げ散ることはないでしょう。

あの手は、ちょっと難しいでしょうねぇ」


「騎兵隊歩兵の場合は、防御陣地に突っ込ませるのがベストですよね。

ですが……攻め込んで勝つ前提ですか?」


「それが一番良いでしょうね。

敵が選ぶならそれでしょう」


「王都方面からの侵攻なら2種類ですね。

デステ家でしたっけ……そっち側だと数種類ありますが……」


「今のところデステ家は、嫌がらせが限界ですね。

忘れて結構です」


「うーん。

片方は川を越えると、平地が広がっていますか。

残りは湖沿いの狭い道ですね。

片方は山ですか。

大軍で攻めるには適しません。

小部隊では砦があるから、容易には落とせないでしょう……」


 今までじっと地図を見ていたキアラが、上目遣いに俺を見た。


「お兄さま、使える手段は攻撃だけではありませんよね」


「そうですね。

人が実現可能ならば何でも」


 オフェリーが強く、頭を振った。


「今すぐは無理ですね。

じっくり考えないと、何も浮かびません」


「ええ、何度か来ますよ。

ただ、戦略思考を養成してほしいのです」


 プリュタニスに切っ掛けを与えるためだ。

 脅威がリアルであればこそ、考えにも具体性が増す。


 オフェリーはしばらく前のめりで地図を凝視していたが、視線の先はラヴェンナの概略図。

 首をかしげつつも、身を起こす。

 シルヴァーナが見たらまた騒ぎ出すだろう。

 いちいち胸が揺れる。

 最近はシルヴァーナに、わざと見せつけている。

 だんだん性格悪くなってきたなぁ。

 と思っていたら、俺を指さしてきた。


「質問です。

アルさまはラヴェンナの軍を使うつもりでしたよね。

どうして本家の領土を守るのに、分家の人の血を流すのですか?」


 プリュタニスとキアラは、顔を見合わせてハッとした顔になった。

 プリュタニスは、頭をかいている。


「うかつでしたよ。

そんな素朴な疑問を忘れていたとは。

私も知らないうちに、アルフレードさまが正しいという前提に立っていたようです」


 キアラは、小さく息を吐いた。


「昨日言われたのに、すっかり失念していましたわ……。

お兄さま学を読み返さないと……」


 それ無関係だよ。

 これかなりのヒントになるから黙っていたが……。

 この前提の疑問にたどり着いたのだ。

 言うべきだろうな。


「それでは遅すぎるのです。

結果的にラヴェンナが流す血の量が多くなるのですよ」


 キアラは眉をひそめて、首をかしげる。

 美少女は何をやっても、絵になるな。

 突然、パッと笑顔になった。


「あ! 思い出しました!

疫病対策の時と同じですわね。

侵入されると被害が甚大になるから、領内に入れない!

ですよね!」


 そっちと絡めてきたか。

 俺としては言われるまで忘れていたよ。

 だが間違ってはいない。


「ええ、正解です。

過去の経験から、正解にたどり着くのは素晴らしいですよ」


 キアラはフンスと胸を張った。


「汚名返上ですわ。

つまり……騎士団に任せたあとに対処すると、領内に侵入されたあとになる。

そうすると対処が大変になると……。

つまり領内に入れずに、ギリギリで傭兵を食い止めるのですわ。

傭兵の勝ち筋は……領内に侵入して数の優位を生かして、領地を複数同時に荒らせば良いのですわね。

そうすると騎士は分散して対処するから、数で圧倒すれば良いと。

どうですか?」


 驚いた。

 そこまで、一気に進むか。

 キアラを、甘く見ていたかな……。


「ええ、ほぼ正解です。

大したものです。

正直……驚きました」


 プリュタニスは、少し意地の悪い顔をしている。


ですね。

つまりどうやって侵入するかまで考えないと正解ではないと」


 やっぱり地の頭はかなり良いな。

 あの賢者と同じ年齢になったら、格段に上になる。

 将来楽しみだよ。


「ええ。

これは私もうかうかしてられませんね」


「さすがにその方法は考えないといけませんが……。

皆と相談するのは良いですか?」


「むしろそうしてほしいくらいですよ」


 オフェリーは話について行けずに、ちょっとシュンとしていた。


「私は……いても役に立つのでしょうか?」


「オフェリーの視点は大事ですよ。

オフェリーの話があったからこそ、一気に進んだのです」


「有り難うございます。

でも……将来の話だと、皆には理解されないと思います。

アルさま、領民に恨まれないでしょうか?」


「否定はしません。

だからといって、将来大きな血が流れることを許容できないのですよ。

上に立つ者は……そのリスクを恐れて、保身に走ることは失格だと思っています。

兵士や騎士が、命を賭けてラヴェンナを守るのです。

その兵士に命令を下す領主が、保身に走ってどんな顔で命令を下すのです?

私は私なりのリスクを負うべきなのですよ。

普段は奇麗事を言って、難しい状況で保身に走る人の仲間入りなど……御免被ります」


 選挙がない場合のメリットの一つ。

 選挙があると、そんなリスクを取るのは難しい。

 だから今は、そのメリットを最大限利用する。


 選挙がある場合は、長期的観点でどうしても後手に回るな。

 だからこそ、任期の長い上院や参議院があるのだが……。

 その制度は、子孫が考えるべきだろう。


 そんなことを考えていると……嫌な予感がした。

 そんな予感は、よく当たる。


 そう……キアラは、興奮気味にせっせとメモしている。


「素晴らしいですわね。

他の領主に聞かせてやりたい言葉ですわ」


 プリュタニスは違う感想があるようだ。

 ちょっと皮肉めいた顔をしている。


「これ……アルフレードさまの後任は大変ですよね」


 そのため、上位者は名誉なりを得られるように配慮しているのだよ……。

 これも、将来的な設計の一環だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る