472話 私の知らない世界

 オクタヴィアンとは口外しない約束をしている。

 なので詳細を暴露するわけにはいかない。


「まあ、約束をしているのでこれ以上はね」


 その言葉に、キアラは不承不承うなずいた。


「約束でしたら仕方ありませんわね。

お兄さまは約束をしたら、相手が破らない限り守りますもの」


「傭兵になったということは……使徒騎士団からも逃げ出したわけですか、あのバカボンは」


 俺の言葉に、プリュタニスは笑いだした。


「ああ、それだけで分かりました。

アルフレードさまらしいやり方で締め上げたわけですね。

さぞかし恨まれているでしょう」


 多分ね。

 そんな軋轢が嫌だからと見て見ぬふりはもっと嫌だったのだ。


「有力なのは名前だけのようですね。

使徒の子孫が傭兵という珍しさで……リストアップされたのでしょう。

一定の勢力は持っているようですが」


 軽視するわけではないが、構想の主軸にはならない。

 少なくとも、実力主義の傭兵団をまとめ上げる才覚は無い。

 だが、ノーマークは危険だな。


 オフェリーはなぜか納得したようにうなずいている。


「こうやって方々で、女の人を……たらしこんでいるのですね」


 キアラは俺をチラ見しながら、大げさにため息をつく。


「性分なのでしょうけど……。

お兄さまは権威権力を使った横暴は、大嫌いですものね。

相手が使徒であっても、気にしないですもの」


 オフェリーは力強くうなずいている。


「行動で示してくれましたから」


 使徒の世界に実感が無いプリュタニスは、頭をかいていた。


「使徒のことはよく知りませんが、教会がとても強大なことは知っています。

私のいた社会で言えば、人間至上主義を否定するようなものですかね」


 話がそれてきたので、俺は慌てて手を振った。


「私のことより、目の前の話をしましょう。

ともかく敵意を持っている可能性が高い存在は、注視だけしておきましょう。

勝手に弱小と決め付けて無視するのは賢明ではありませんから」


 キアラは俺の言葉に、意味深な笑いを浮かべた。


「私に任せていただけませんか?

悪いようにはしませんから」


 最悪、毒殺でもする気か。

 危険が現実のものであれば否定はしないが……。

「構いませんが、確証を持ってやること。

そして耳目の構成員を、使い捨てにしないことです」


「勿論ですわ。

お兄さまの嫌がることは知っています」


 気がついてくれることを期待し続けたが……。

 難しいか。

 もう少し辛抱すべきか。

 ダメだな……万が一の時を考えると、時間が無い。

 俺は少し肩を落として、ため息をつく。


「改めて明言します。

本当は自分で気がついてくれることを期待したのですが……。

私の好悪や判断を、行動の基準にしないでください。

それで大丈夫なのは、個人の行動だけです。

それでは私の言葉が絶対となる……石の法律扱いになるでしょう。

つまり……私のやってきたことは無駄になるのですよ」


 俺のやや強い言葉にキアラとオフェリーは、驚いた顔をしている。

 プリュタニスは俺の言葉に、肩をすくめた。


「言外にもそんな意思は、ずっと表明されていましたね。

圧倒的な実績やら愛されすぎやらで……それも隠れてしまいがちですがね」


 生き残ったことで、後始末に奔走するハメになった。

 皮肉なものだよ


 キアラとオフェリーは、目に見えてシュンとしている。

 普通なら、ここでフォローすべきだが。

 それでは俺の言葉が軽く受け取られてしまう。


「法に従って、自分で選択して判断してください。

誰かの言葉や、世間の雰囲気に流されないようにね」


                ◆◇◆◇◆


 俺の言葉で、その日の話は終わりになった。

 オフェリーはシュンとしているが、自分なりの道を探してくれるのを待っている。

 正直落ち込ませることはしたくない。

 だが……やらないでズルズルと引っ張ると、後になるほど重たくなってしまう。


 オフェリーの人生なのだ。

 他人の関係じゃないが、一個人としての人格は独立すべきだろう。

 俺にただ同意するだけの存在にはなってほしくない。


 俺は外を眺めながら、ぼんやりと先のことを考える。

 あの情報が正しければ……不満が小さな着火点になって、王族を抹殺までたどり着くか。

 どちらにせよ、注視すれば良いだろう。

 マリオの従兄弟も、コネができたと自慢するか。

 それも様子見だな。

 お調子者だけの行動なら予測は可能だが、どんな環境で周囲はどうなのか。

 それを除外しての考慮は危険すぎる。

 まだ、材料が少ないからな。


 そしてラヴェンナの軍を、どうやって動かすか。

 この関門をくぐり抜けないといけない。

 騎士のような正々堂々の戦いに、興味は無い。

 相手は傭兵だからだ。

 相手が騎士団だけなら、俺は出てこないさ。

 そして本家を守るのに、本家の騎士団を使わないことを……どう納得させるか。

 実に悩ましい。強力な騎士団を持つスカラ家に攻撃をする時には、勝算があって行動に出る。

 相手は馬鹿ではないのだ……。

 騎士団は強いが行動の予測が容易。

 当然対策を立ててくる。

 準備万端な相手に……無策で相対することを見過ごす気は無い。

 

 そして本家のために、兵士の幾人かは戦死するだろう。

 それを考えると、ますます憂鬱な気分になる。

 将来的に考えれば、プラスになる。

 だが……死んでしまった者や遺族にとっては、何の慰めになるのか。


 小さく頭を振る。

 大きいと、オフェリーに誤解させる可能性があるからだ。

 こんな時は、1人になりたくなる。

 贅沢な話だがな。


 などと思っていると……いきなり後ろから、オフェリーに抱きつかれた。


「オフェリー、どうかしましたか?」


 オフェリーはしばらく無言だったが、抱きつく力が強くなった。

 安心させるように抱きついた手に、優しく触れる。

 俺に抱きついたまま、オフェリーは小さくため息をついた。


「何を言ったらいいか分かりません……」


「別に怒っているわけではないですよ。

ただ、自分の考えで行動してほしいだけですから」


「ゴメンなさい。

まだまだアルさまの力になれていないようです」


「そんなことはありませんよ。

しっかり力になってもらっています。

その上で私の、ちょっとしたワガママなお願いです」


 オフェリーは抱きついたまま、顔までスリスリしてきた……。

 

「やっぱりアルさまは優しいですね」


「違いますよ。

もし私の言うことに全て従う人だけでは、おちおち言い合いもできません」


「言い合いがしたいのですか?

そんな風には見えませんが」


「望んで言い合いたいわけではありませんがね。

人同士一緒にいれば、言い合いだって起こりますよ。

プライベートな言い合いでは……対等でいてほしいのです。

公ではそんなことは、贅沢な望みですからね」


 誰でも領主といった身分を意識せざる得ない。

 そうなると、既に対等ではないだ。


「私の知らない世界の話のようです。

でも……頑張って考えてみます」


 使徒のご機嫌取りばかりを教え込まれてはな。

 しかも教会内部もそんな話はしないだろう。


「対等でない場合ですがね……反論が困難な相手に、私は一方的に意見を押しつけることになります。

領主や信仰する相手に反論は難しいでしょう?

私が否定するイコール間違いになるのですから。

生憎と……そんな狂った状況には耐えられません。

そうなると何も、本音を言えなくなります。

本音で話し合うと、時には意見の相違が起こるのですよ。

全く同じ生き物でもないのですからね。

つまり、対等なパートナーや友人が欲しいのですよ」


 オフェリーは俺から体を離したが、すぐ隣にやって来て腕を絡めた。


「では対等な立場で……お願いがあります」


「何ですか? できることなら聞きますよ」


 一瞬、オフェリーの目が光ったような気がしたが……。

 気のせいだよな。


「アルさま分が不足しています。

おなかいっぱいにしてください」


 言うが早いか、ベッドに押し倒された。

 悲しいかな力では勝てない……。

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