471話 お兄さまの行くところ
マリオから差し出された別紙に目を通してから、キアラに手渡す。
「なるほど、この傭兵隊長は人望があるようですね。
逸話は誇張しているでしょうが。
いかにも無頼漢の頭目になりそうな人です」
よくある武勇伝。
絶対誇張だろうが……若い頃に酔った勢いで、大蛇を一太刀で切り伏せたとか。
頼ってくる者は罪人であっても保護して、追ってきた役人を追い払う。
結果として役人に恨まれて罪人となり、一度は捕まるが部下の手引きで逃亡。
そして山賊に身を落としたが、義賊と言われて民衆から慕われていた。
つまり……金持ちや商人からしか金品を奪わなかったと。
貧しい者のために奪った金品をばらまいたそうだ。
いわゆる任俠の徒というやつだな。
中世ヨーロッパで言えば、ロビン・フッド的なイメージか。
乱世でのし上がる典型的タイプだな。
オフェリーはキアラから手渡された書類を一読して首をかしげた。
「民衆からの人気が出そうなタイプですけど……本当に民衆の保護者なのでしょうか?」
「どうでしょうかね。
勿論、個人的性格もあるでしょう。
略奪にしても、民衆からでは……たかが知れています。
金持ちや商人を狙ったほうが、実入りは良いでしょう。
盗品を一部でも民衆にばらまいて好感を得れば、何かと活動もしやすくなります」
オフェリーは俺の言葉に、少し考えてからうなずいた。
「そうですね。
奪った金品で食料や日用品を買わないといけませんし、民衆から恨まれていたら……それも難しいです」
「それもあるのですがね、もう一つ大事な点があるのです」
オフェリーは露骨に落胆した表情になった。
「不合格ですか……」
「いえ。
正解はもう一つあるのです。
民衆から好意を得ていると、統治者が行動をつかむのが困難になります。
つまり、彼らが金持ちなりを略奪して逃げた場合です。
勿論、彼らを捕まえに騎士などがやってくるでしょう。
民衆はどっちの方向に逃げたかは知っています。
聞かれたら、逆の方向に逃げたと言えば良いのです。
もし嫌われていたら、正確な方向を教えるでしょう」
ゲリラ活動を行うための条件でもあるな。
民衆に支持されていないと、ゲリラ活動は難しい。
積極的支持とまでいかなくても、権力側より嫌われていなければ良い。
だからこそ、俺は治安の維持に細心の注意を払うわけだ。
「そんな側面もあるのですね……。
お兄さま学は奥が深いです」
そんな学問無いからさ……。
キアラはなぜか、フンスと胸を張った。
「勿論ですわ。
第一人者の私でも、まだ届かない深さですもの」
プリュタニスはこのやりとりは、賢明にも苦笑しただけだ。
突っ込んでもロクなことが無い……と知っているのだろう。
「ともかく、他の傭兵団とはちょっと毛色が違うのですかね」
その疑問に、マリオは小さく首を振って嘆息した。
「どうでしょうか。
義賊であった頃は、そうかも知れません。
ですが、傭兵になってからは……民衆に優しいわけではないようです。
村の略奪などもやっていますから。
義賊の看板は、生きるためのものだったのかも知れません」
俺はマリオの嘆息に、肩をすくめた。
「最初は本心から義賊だったのかも知れませんよ。
ですが傭兵になったなら、まず部下を増やさないといけません。
任俠的な性格のトップなら慕われているでしょう。
最初は任俠的な行為を好む人が、主流の集まりだったと思います」
マリオは俺の予測に納得したように、大きくうなずいた。
「なるほど……。
傭兵として旗揚げしたら、まず部下を増やさないといけませんね。
評判を聞いてやってくるものも多いでしょうが……」
「その通りです。
大きくなってくると、質が悪いヤツらも入ってきます。
この傭兵隊だけで3000人ですよね。
最大勢力でしょう。
こんな大人数では、逃げ隠れることができなくなります。
部下たちを食わせることが、必要になりますよね。
単純明快な……弱きを助け強きを挫く、では生きていけなくなったと思います」
「確かに略奪は、使徒貨幣の騒動のあとですね。
従兄弟も王族が払うものをちゃんと払わないから、仕方なくやった……と弁護していましたよ」
「マンリオ殿はその傭兵団に入っているのですか?」
「いいえ。
ですが時々雇われて、偵察などをしているようですね。
友好関係だそうです」
マンリオはどこまで、そのフィリベール・ユボーとつながっているのか……そこが問題だな。
「彼はユボー氏と個人的な付き合いがあるのですか?」
「いいえ、その部下とですね。
アイツは姑息なところがあるので、リーダーのような人からは余り好かれません」
マリオの口ぶりからして、仲は悪いらしいな。
それでもそのマンリオは、スカラ家とコネができたと言いふらすだろうか。
それならそれで、やりようはあるな。
「ところで……こんな現状にユボー氏は何か言っているのでしょうかねぇ」
マリオは眉をひそめて、身をかがめた。
「実は最近、雇い主であるブロイ家に不満を募らせているようです……」
小声だった。
ちょっとデリケートな話題か。
「そういえば……。
サッケーリ殿の家は、確かブロイ家の派閥でしたよね。
お家再興を考えているのでしょうか」
「ええ。
元々ブロイ家が、ユボー殿を雇うときの橋渡しをしたのがサッケーリ殿です。
最初はサッケーリ殿のお家再興を支援すると、ブロイ家が約束していたのですが……。
ラッザロ殿下を、ブロイ家が支援することになって……事情が変わりました」
「サッケーリ家の取りつぶしは、殿下の家令が関係していたのですか?
殿下お得意の裏工作は家令の仕事だったと思います」
「いえ、殿下のほうです。
直接ではありません。
サッケーリ殿の元領地を、現在統治しているのが殿下の縁者なのです。
それで約束は、白紙となってしまいました。
ユボー氏がブロイ家に雇われる条件として、サッケーリ殿の支援を取り付けたので……彼の面目は丸つぶれです」
これはフラグだよな。
「ちょっと穏やかには済みそうに無い話ですね」
「これは文章にするのが難しい、少しデリケートな話題でして……。
ご下問が無い限り、ご当主さまの耳に入れるわけには……」
確かにな。
王族の命が危ないと、耳にしてしまえば……立場上なんらかのアクションは必要になる。
濡れ衣をきせられて絶縁状態とはいえ、知っていて見殺しにしたらまずいのだ。
他家に攻撃する口実を与えるようなもの。
下手をすれば、黒幕のような扱いになって総攻撃の対象になる。
ほんと、虚構で商売をする貴族は大変だよ。
「分かりました。
あと……父上の許可をもらってからになりますが、傭兵たちに手紙を出してもらうかも知れません」
「承知しました。
ご当主さまの許可を頂いているならお役に立ちましょう。
あと……もう一つのご依頼があった件についての報告書です」
有力な傭兵のリストを頼んでいた。
転生前のような詳細な評価リストなど無い。
まあ、それだって怪しいものだがな。
つまり、情報を見る目が大事ってことだ。
これは客観性と想像力がものを言う。
経験を積むことによって、目が肥えていくわけだ。
◆◇◆◇◆
マリオがそそくさと退出したあと、プリュタニスは思案顔のままだった。
「アルフレードさまは……その傭兵隊長が成り上がると見ているのですか?」
「どうでしょうね。
登場人物を全て知っているわけではありませんが……。
可能性は高いと思います」
キアラは、マリオの報告書に目を通している。
「このリストの中では、ユボーが1番有力なようですわね。
やはり没落したとはいえ、貴族が部下にいることが大きいのでしょう」
「ええ。
没落貴族を配下にすると、傭兵と言って見下していた連中も傘下に加えやすくなります。
そんな連中は……見下すだけあって、訓練も受けていますし教養も持っています。
貴族階級からドロップアウトした連中なので、程度はそれなりですけどね。
野盗上がりよりはマシでしょう」
オフェリーはキアラから受け取った傭兵のリストを眺めていた。
なぜか硬直している。
「オフェリー、何か気になる人でもいましたか?」
オフェリーは硬直から解けて、首を振った。
「私が気になる人はアルさまだけです」
「いえ、そう言う意味じゃなくて……」
「この苗字が、気になったのです。
マントノンです。
第三使徒の子孫かと」
ああ……あの家か。
分家もたくさんあるって言ってたからな。
そのあたりからのドロップアウトだろ。
内容ばかり見て、名前まで注意してなかったな。
「使徒の子孫の家から傭兵ですか。
オクタヴィアン卿は分家がたくさんあると言っていましたし……。
使徒の正当性が失われると、そんなところにも影響するのですねぇ」
暢気な返事をする俺に、キアラが探るような目を向けてきた。
「お兄さま……巡礼の最中に、マントノン家に招かれましたの?」
「ええ。
ちょっと、夕食に招かれましたよ」
オフェリーの動きが、ピタっと止まった。
「アルさま……。
もしかして、ウジェーヌ・リュウキ・マントノンが廃嫡された事件と関わっています? 廃嫡されたので今はウジェーヌ・マントノンですけど」
ウジェーヌ? ……………………ああ、あのバカボンか。
名前をすっかり忘れていたよ。
「何でまたそんなことを?」
「教皇庁では使徒の子孫の動向も報告されるのです。
マントノン家の嫡子が廃嫡されて、使徒騎士団に入れられたと。
ちょっとした話題になったのです。
素行の悪さは知られていたので、ついに当主も我慢の限界を超えたかと言われていました」
「へぇ……そんな事件があったのですねぇ」
なぜかキアラは、ジト目で俺を見ていた。
「お兄さまの行くところ……」
オフェリーもまねして、ジト目になった。
「事件ありです」
どこかの探偵のように行った先で殺人事件が起きるような言い方するなよ!
確かに、関わったけどさ……。
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