470話 紛らわしい名前

 青い顔のプリュタニスは、陸地に立つと涙ぐんでいた。


「大地は最高です。

誰ですか、航海に乗り出した奴は……」


 あの苦しみは本人でないと分からないからな。

 そのまま俺たちは出迎えの馬車に乗った。

 プリュタニスは馬車には慣れているから、徐々に回復してきたようだ。

 苦笑できるまで回復したらしい。


「私だけ仲間はずれ感が拭えません」


 俺とキアラとオフェリーだからな。

 確かにアウェー感がすごいだろうな。


「一緒の方が、警護の手間が省けます。

それに遠慮されて、別の馬車に乗られてもねぇ……

今後いろいろと面倒になります」


 4人乗れるのに3人と1人に分けるなど、労力の浪費以外の何物でもない。


 馬車にもよるが、貴族用の馬車は大体4人用だ。

 6人にしたいなど、一部で強い要望があるが……。

 貴重な馬をつぶすわけには行かない。

 頑丈な馬はラヴェンナにはいないのだよ。

 それに家畜化された馬は栄養が偏るから、野生や遊牧民の馬に比べていろいろと弱い。


 遊牧民が国を支配して弱体化するのは、定住化による馬の弱体と相関関係がある……という話もあるくらいだ。

 家畜化されていようと、この世界の馬は貴重なのだよ……。

 俺の隣に座っているキアラが苦笑している。


「そうですわね。

お兄さまとの時間は、あとでと取りますから構いませんわ」


 オフェリーは珍しく興奮気味だ。


「アルさまの育った部屋を見られるなんて感激です。

隅々まで目に焼き付けます」


 そんなことしなくてええって……。

 真面目な話をしないのは、情報をまとめるまでは保留と俺が宣言したからだ。

 本家に事前に頼んでいた情報は、ちゃんと集まっていると良いが。

 ラヴェンナのような、専門的な諜報機関を置いているところがまれなのだ。

 一部の家臣が担当することはある。

 中世は家と職業が一体化の例に漏れずに、その仕事は家に引き継がれていく。


 本家は誰が担当しているか知らない。

 まああとで分かるさ。


 なので馬車の中は、他愛もない世間話だけで終始している。

 そしてオフェリーが、最も苦手とするのが世間話。

 こればっかりは経験だからなぁ。

 ホント、育ての親はとんでもない教育をしたものだ。


 なんとか発言しようとするオフェリーに、助け船を出しつつ屋敷に着いた。

 自室に荷物を届けてもらう間、家族にオフェリーとプリュタニスを紹介しよう。


 部屋で待っていたのは、パパンにママン、兄さんたちだ。

 キアラの姿を見た瞬間、兄さんたちが一瞬目をそらしたのは……気がつかなかったことにしよう。

 そして2人の『女神でなく鬼が来たよ』のつぶやきも礼儀正しく無視する。

 ミルが来ないのは知っていたが、やっぱり残念だったのだろう。


 「父上、お元気そうでなりよりです」


 パパンは少し痩せたようだ。

 プレッシャーは半端ないからな。

 俺に穏やかな笑顔をむけた。


「ああ、アルフレードも元気そうでなりよりだ。

キアラも見ないうちに奇麗になったな。

呼んだのは他でもない。

どうしても、アルフレードと相談がしたくてな。

何かと頼りになる息子が3人もいて、私は幸運と言うべきだろう」


 キアラは穏やかにほほ笑み、ママンも小さく笑っている。


「そうですわね。

キアラもいつの間にか、アルフレードの頼りになるくらい成長していますよ」


「ああ、勿論だ。子供4人全員立派になったものだ」


『私たちには、頼りじゃなくて祟りだよ……』


 2人のつぶやきは無視しよう。

 キアラはニコニコ笑っているが、あとで絶対追求するって顔になっている。


 そこから、俺はオフェリーとプリュタニスの紹介を済ませる。

 お互いの挨拶が終わった。

 用件を切り出させるより、俺から聞いた方が手っ取り早い。

 分家とはいえ、息子を呼んでの頼み事だ。

 言い出しにくいだろう。


「それで父上。

私を呼ばれたのは、何か大きな問題があったのでしょうか?」


「ああ。

王都でラッザロ殿下とヴィットーレ殿下が争っているのは周知の事実だ。

ところが、傭兵の態度がな……不穏なことになっているらしい。

命令不服従や反抗的な態度などな。

サボタージュが目立っているらしい。

どう考えても、危険な兆候だ」


 そろそろ効果がでてきた頃か。


「確かに……。

そもそも担ぐ人間が入れ替わってしまったのが致命的ですね。

自分でその形式を壊してしまったのですから」


「そうだな。

それだけではないが……」


「まだ他にやったのですか?」


「互いの陣営がこの事実に焦って、まだ参加していない貴族たちにも招集を乱発してな。

当然隠しおおせるわけでもなく、傭兵が更に態度を硬化させている。

自分たちを排除する気か……とな」


 最初から間違った道を進んだ場合、努力するだけ破滅に近づく。

 俺自身、何も感じなかった。

 ああ、やっぱりね。

 その程度だ。


「そこから先は言わないでおきます。

全ては憶測に過ぎませんからね」


 一応、伝統や秩序維持に重きを置いているスカラ家当主の前で、王族が消されると言えば……座視はできないだろう。

 今下手に動くと、血の舞踏会に巻き込まれてしまう。

 パパンとしてもそれはやりたくない。

 最悪ニコデモ殿下というカードが残っているからだ。


「そうだな。

時には惚けることも必要だ。

どちらにしても、騒乱が広がる。

現時点でも我が領内に不思議と野盗が増えている。

一層の警戒が必要になっていてな。

そこでだ……以前から打診していたラヴェンナ騎士団の増派を、正式に頼みたい」


「分かりました。

既に準備はしていましたので、すぐにでも出立させます」


 独身の騎士と従卒は、全て避難所近辺の警護に回す。

 なんとかカバーできるだろう。

 ベルナルドの力はとても大きい。

 いい人材をリリースしてくれたよ。


「あとは状況が落ち着くまでは、ここにいてくれると助かる。

情けない話だがな。

今やラヴェンナ頼りの面も大きいのだ」


「勿論、そのつもりです」


 そのあとは、簡単に今後の話をして退出した。

 俺はキアラとプリュタニスに、俺の部屋に集まるように頼む。

 本家に依頼した情報を持ってくる話があったからだ。


 部屋に入ると、オフェリーは興味津々でいろいろ調べている。

 事件現場の刑事のように……。

 いや、鑑識か?


 プリュタニスを見ると、椅子に座って何かを考えている。

 ロダンの考える人ポーズだ……。


 キアラは俺のベッドに寝転がっている。


 「お兄さま分の補充~」


 と不穏なことを言っているが無視しよう。


 俺はぼんやり窓の外を見た。

 この光景は、以前と変わらない。

 だが、その少し先は随分変わったろう。

 領内の悪い変化に思いをはせていると、部屋をノックする音がした。


「誰ですか?」


「マリオです。

アルフレードさま、ご依頼のあった調査の報告に参りました」


 ああ……マリオが情報の担当だったのか。

 キアラはベッドから起き上がって、椅子に座る。

 オフェリーは渋々といった感じで、調査を止めて椅子に座った。

 俺も椅子に座る。


「どうぞ」


 部屋に書類を携えてマリオが入ってきたが、キアラを見るとビクっとした。

 小さく悲鳴が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。

 うん。

 気のせいだ。

 

 それを見たキアラは、マリオにほほ笑みかけた。


「あら、マリオ。

早くお座りなさい」


「ハ、ハイイ」


 萎縮されていては、聞けるものも聞けない。


「では、マリオ。

まず結果を聞かせてください」


 俺の言葉に、マリオはコクコクとうなずいた。


「で、では……。

以前、当家に修行にきた貴族の子弟で……傭兵になっているものは20名弱でした。

そこで、アルフレードさまの仰った条件……素行不良などで身を持ち崩したものを除外しました。

残ったのは4名です。

家督継承に負けて、部屋住みの身分から……この騒乱に乗じて傭兵になったものが二名。

当主になったものの……経済状況の悪化に伴い、傭兵で稼ごうとしたものが一名。

最後は過去に、宮廷の陰謀のあおりを食って……家を取りつぶされた者ですね」


「なるほど……。

その4名、傭兵としての実力は分かりますか?」


 マリオは報告書を、俺に手渡した。


「詳細はここに書いてあります。

最初の二名は、平凡な実力です。

次は、そこそこ優秀と言えましょう。

最後は一番優秀です。

貴族との折衝もこなせますし、さまざまな面で優秀さを示しています」


 ふむ、こいつか。


「イッポリト・サッケーリ殿ですね。

今は傭兵隊に所属していますか。

ええと……フィリベール・ユボーの傭兵隊ですか。

傭兵隊には詳しくないので……」


 各傭兵隊の情報までは持ってないなぁ……。

 俺が頭をかいていると、マリオが別の紙を差し出した。


「こちらは伝聞のみの情報ですので、話半分で捕らえていただければと」


 ちょっと驚いた。


「マリオがそこまで、情報に通じていたとは意外です」


「家令は家令同志で交流があります。

それでいろいろと話が聞けるのです。

それとお恥ずかしながら……。

従兄弟が傭兵になってしまいまして」


「マリオの従兄弟ですか」


 他人の家族構成まで、気にしてないからなぁ。

 名前がワリオだったら笑えるが。

 イタリア語に、ワリオはないだろう。


「マンリオと言います。

名前が大変紛らわしいのですが……。

堅苦しい家令のような仕事に、嫌気がさして……ブラブラとその日暮らしをしていたのです。

戦いより偵察などが得意で、傭兵隊に重宝されています。

お恥ずかしながら……元々はのぞきの常習犯で……。

バレずにコソコソ活動するのは、大の得意なのです」


 紛らわしすぎるだろ……。

 しかも問題児か。


「な、なるほど……。

そのマンリオ殿経由での話なのですね」


「はい。

金さえ払えば知っていることは教えてくれます。

ですが……虚言癖があるので、うのみは危険です。

それでも全くの嘘はつかないので、参考程度にはなるかと思います」


 だから正式な報告ではないのか……。

 でもないよりはマシだな。

 しかし……従兄弟がのぞきの常習犯ねぇ。

 俺に突っ込まれる前に言っておいた方が良いと判断したのだろうな。

 傭兵のコネが薄いながらも……できたのは有り難い話だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る