469話 戦いの文化
盛大に見送られて、本家に向かう船の上。
オフェリーは俺にべったり。
キアラはなにか怪しげなものを執筆。
プリュタニスは……船酔い。
部屋でダウンしている。
「人は陸地で生きるべきです……」
そんなことをグッタリしながら言っていた。
船に乗るのは、生まれて初めてだったらしい。
船酔いはオフェリーいわく『放置して、体に慣れさせるのが一番良い』のだそうだ。
転生前で小さい頃は、俺も車酔いしていたなぁ。
トラベルミン……懐かしいものを思い出した。
あのつらさは分かる。
急激な痛みでなく、じんわりとウエットにくる気持ち悪さ。
目的地について就寝時も、体が揺れる感覚があって落ち着かない。
甲板で海を眺めながら、俺はぼんやりプリュタニスを気の毒がっているわけだ。
そこに、腕をつつく感触が。
オフェリーが俺の腕をつついていた。
「どうしました?」
「構ってください」
ストレート過ぎる発言に吹き出しそうになった。
「もしかしてまた固まっていました?」
「2分20秒ほどです」
習性なのか……正確に時間を計るんだよなぁ。
「プリュタニスのことを考えていたのです。
大変だなぁと」
「プリュ君ですか。
船に乗るのは初めてですからね。
そのうち慣れますよ」
コミュニケーション能力向上の一環として、愛称をつけることに挑戦し始めたらしい。
発音的に微妙な気がするが……。
濁点になったら悲しい名前だ。
治癒術師として優秀どころか人の中では最高峰なのだろう。
それだけ力があっても治そうとしないのは、大したものだ。
「私が船酔いになったらどうします?」
「我慢して放置します。
そうしないと、耐性がつきませんから」
「そうですね。
やっぱりオフェリーは、良い治癒術師ですよ」
オフェリーはさらに俺にひっついてきた。
「もっと褒めてください。
とても幸せな気分になります」
「幸せな気分になるのは、私もうれしいですが……。
むやみに褒めると飽きますよ?」
オフェリーは俺をじっと見ていたが、無表情にうなずいた。
「そうですね……。
甘いものはたまに食べるからこそ……幸せな気分になりますよね」
この世界で、甘味は贅沢品。
それでもラヴェンナでは、かなり入手しやすい。
庶民が毎日とはいかないが、適度に手を出せる。
甘味への欲望が満たされると、生活習慣病が待っているがね。
それは、子孫が考えるべきだろう。
俺が言っても根拠がない。
それでも俺が言ったことで、一定の説得力を有するのは確かだ。
だが……それは俺への盲信を前提にした話。
使える手ではないのだ。
「褒めるときは、ちゃんと褒めますから」
オフェリーはほほ笑んでうなずいた。
最近は、表情も豊かになってきた。
不思議ちゃんは、もう個性だろうな。
他人に害を及ぼすものではないから、本人に任せよう
「話は変わるのですが、気になったことがあります」
「何でしょうか?」
「アルさまは騎士や従卒……ラヴェンナの兵士には、敬意を払って尊重していると思います。
冒険者にも一応はそうですよね。
傭兵は軽蔑しているように見受けられます。
敵、味方だけでそんなことをするとは思えません」
俺は視線を海に向けた。どう説明したものか……。
「規範の違い。
文化とでも表現しますか……」
「規範は分かります。
文化とは?」
「戦いの文化ってあるのですよ。
むしろ、多くの文明はそれが基盤となります。
全ての文明は戦わないと生き残れませんからね。
そんな文化の有無に対しての違いですね」
オフェリーは俺をのぞき込んで、首をかしげる。
「お兄さま学には書いていなかったと思いますが……」
読んでるのかよ!!
全部暗記してそうで怖い。
「キアラには言っていません。
むしろ言わなくても分かるからです。
貴族階級ならね」
オフェリーは頰を膨らませる。
「不公平です。なので詳しく教えてください。
騎士はなんとなく分かります。
でも兵士は、どう違うのですか?」
「兵士は元々……部族社会の戦士たちの集まり。
その文化を、バックボーンにしています。
部族社会の戦士は尊重されていますよね?」
「ええ。
そうでないと、部族が成り立ちませんね」
「戦うことを軽視する社会は、早晩堕落して腐敗します。
誰が自分たちを軽視、軽蔑する社会を守りたがるのですか?
だからと言って……戦うことばかり考える社会は自滅します。
いつも言っていますが、結局はバランスなのですよ」
オフェリーは俺の言葉に、静かにうなずいた。
「だから、兵士に敬意を払っているのですね。
敬意を払うからこそ、規律も厳しいのですか……。
上位の退役兵に、地方の代表者入りを制度化したのもその一環ですよね」
「ええ。
言葉だけでは足りませんからね。
それに本当に優秀な人材なら、平時でも役に立ちます。
社会に生かしてもらうべきでしょう。
戦時だけにしか活躍できないのは、ただのお調子者ですよ」
兵士である時期だけ尊重されては、退役兵は軍隊に依存してしまう。
そうなると、軍隊は手段でなく目的になる。
だから兵士でなくなってからも、社会に居場所を作らないといけない。
相互に支え合う社会が健全だろうな。
転生前の日本は、一時期とてもひどかった。
死ぬ前あたりからは、少し風向きが変わっていてきたがな。
軍隊を宗教かのように嫌悪する連中のことは、全く理解できなかった。
全ての軍隊を嫌悪するのなら、まだ分かる。
自国や同盟国の軍隊だけを嫌悪する精神は分からない。
警官を嫌うが、強盗や犯罪者を嫌わないのと同じだ。
自分だけは安全だと思っているのかそれとも……単に犯罪者の仲間なのか。
ともかく理解不可能だった。
だからと言って戦前のように軍人が賛美され過ぎて、暴走を許すのは駄目だ。
でも節度ある敬意ならば……受ける権利があると思っている。
国は違うが、ベトナム帰還兵が犯罪者のように扱われるのは疑問だった。
軽蔑され、本人たちも恥じているかのようだ。
なぜそんな扱いをされるのだろうと。
これは圧倒的に強い米軍が弱い相手と戦っているからこその……ジレンマでもある。
戦闘で自分よりはるかに弱い敵と戦っても……誇りを持つことはできない。
どんな大義でごまかしてもだ。
竹槍を持った相手を機関銃で一掃して、それを称賛するか自慢することができるのか。
そんな話だよ。
普通は反撃できない相手を、安全なところから一方的に攻撃する奴は軽蔑される。
これも、戦いの文化から来ているものだろう。
とは言え……これは政治家の失策であって、兵士の責任ではないと思っている。
だからこそ……素朴に思った。
兵士に石を投げるような市民は何者なのだろうなと。
俺が考え込んでいると、オフェリーも俺の言葉に考え込んでいたようだ。
「傭兵はどれでもないと……」
つい苦笑が漏れた。
「彼らの力は、誰かを守るためのものではありません。
奪うためのものです。
戦いの文化がないのですよ。
文化がないと、規範も誇りも生まれません。
あるのは欲望だけですよ」
オフェリーは納得したようにうなずいた。
「そうですね。
傭兵は私欲まみれですね」
「戦士は究極的に利他的な存在です。
死んでしまえば、直接本人には何の利益もないのです。
だから、利他的で集団のために命を賭ける戦士は讃えられるのです。
傭兵は基本的に自分の利益のために戦います。
勿論、例外もいるでしょうが」
「納得できました。
冒険者も人を守る一面があるから、敬意を払うのですね」
「まあ、そんなところです。
個人的な話でもありますが……そうやって生きてきた人が、居場所をなくすのは嫌なのですよ」
「オディロンさんを雇ったのも、そんな理由なのですね」
「ええ。
勿論、彼の経験を役立てたいのです。
特にトラウマは、目に見えない怪我のようなものです。
それの対処方法を知っていると思いましたからね。
社会が大きくなると、自然そんな怪我をする人が増えるのですよ」
オフェリーは海を眺めながら、小さなため息をついた。
「そうやって……場を与えれば活躍できる人は、この世にどれだけいるのでしょうか。
いっぱい埋もれている気がしますよ」
「でしょうね。
そこに目を向ける領主は、たまにでるでしょう。
これも文化にならないと、その場限りで終わりますけどね。
ラヴェンナを人を使い捨てる文化にはしたくはありませんよ」
オフェリーはなぜか、難しい顔をしていた。
「覚えきれませんね……。
キアラさまに伝えないと」
おい。
そこで後ろから、声がした。
「その心配はありませんわ。
ちゃんとメモしてありますもの」
気がつかなかった。
後ろでキアラが木箱を机に執筆していた……。
油断も隙もありゃしねぇ。
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