468話 三老会議

 俺が本家に出向くことは決まっている。

 だが、ただ行くだけで済む話ではない。

 不在時でも心配が無いように、最後の手配を済ませる。

 俺はロベルトの執務室に、マガリ性悪婆とオリヴァーを呼んだ。

 マガリ性悪婆は最後に入室すると、部屋にいる面子を見てニヤリと笑った。


「ロベルトの若造を加えた三老会議かい」


 待てや。


「なぜ……私が『老』に入っているのですか?」


 ロベルトとオリヴァーは、笑いを堪えている。

 マガリ性悪婆が、フンと鼻を鳴らした。


「この2人の反応が、全ての答えだよ。

それで何だね、わざわざ呼び出すなんて」


 俺は追求を諦め、ため息をついた。


「私はしばらく、本家に出掛けます。

喜劇の舞踏会に、決着をつけてから戻るつもりです。

ですので……私が不在の間、ラヴェンナの防衛をお三方にお願いしたいのです」


 ロベルトは不審な顔をした。


「私はそろそろ、避難所に戻るつもりでしたが?」


 それは困るのだよ。

 俺は小さく首を振った。


「防衛責任者が不在になるのは、現時点では危険です。

移動中は代理が務めるでしょうが……。

それを受け入れる余裕はありません。

なのでこのまま残ってください。

ロッシ卿には既に伝えています」


 ロベルトは抗議するような顔になったが、俺が手で制する。

 団長として家族と残るのに、引け目を感じているのだろう。


「領主からの命令です」


 マガリ性悪婆が小さく笑った。


「諦めな。

思ったより状況は急展開しているようだからね。

避難所の部下たちには、坊やが説明してくれるさね」


 ロベルトは真面目くさって一礼した。


「承知致しました」


 オリヴァーが俺を見て、いぶかしげな表情を浮かべた。


「メルキオルリ卿は責任者なので当然でしょう。

マガリ殿も以前の防衛で、助言をしていたでしょう。

そこでなぜ……私を呼ばれたのですか?」


「今回は海からの攻撃を想定しています。

そちらの心得は、アーリンゲ殿に一日の長がありましょう。

そして1回で終わるとも限りません。

1人当たりの負担は減らしたいのですよ」


 オリヴァーは静かにうなずいた。


「承知しました。

この老骨でお役に立てるのであれば」


「今回の内戦が終わったら……準市民扱いの魔族たちを、正式に市民にします。

報酬といっては何ですが、一緒に戦った仲間であれば皆も納得するでしょう」


「では……是が非でも、死力を尽くさねばなりませんな。

部族の者たちも動員してよろしいですかな」


「全てお任せしますよ」


 俺は懐から書状をマガリ性悪婆とオリヴァーに差し出す。

 2人は書状を受け取って、目を通した。


 マガリ性悪婆が首をひねった。


「何だいこれは。

命令書のようだね。

坊やが不在時に、アタシを防衛指揮官の顧問に任命する?」


 オリヴァーも俺を、やや上目遣いに見上げた。


「加えて……内乱終了時に、以前戦った魔族たちを準市民から市民にすると?」


 俺は2人の何かを問うような視線に肩をすくめる。


「正式な命令書ですよ」


 マガリ性悪婆が渋い顔をした。


「なるほど……どおりで坊やの執務室に、全員を呼ばないわけだ」


 オリヴァーはマガリ性悪婆に、相づちを打つ。


「ですな。

御自身の身に万が一も……あるとお考えですか?」


 俺は苦笑して、肩をすくめた。


「遊びに行くわけではありません。

万が一の……保険ですよ」


 仮に俺が戦死しても、彼らには正式に指示をした。

 だから、何か責任を問われることも無い。

 暗黙だと、俺の死後に権力を狙うヤツがライバル排除の手段として使用することもある。

 今の面子にそんなヤツはいない。

 だが……将来は分からないのだ。

 そしてオリヴァーへの約束も、明確に書面にする。

 これによって万が一にも、反故にされることは無い。

 こんな話を執務室でしたら、本家に出向けない。


 マガリ性悪婆が、肩をすくめた。


「全く余計なことばかり、気を回すね。

それだけじゃないだろ。

仮に防衛戦で被害が多くなったとき、これが無いとアタシらが糾弾されるからね。

だから末尾に、全責任は坊やが全て背負う……と書いてあるんだろうよ」


 人が増えてきた。

 だから……わりとなあなあでやってきた部分も、明確に書面にするようにした。

 勝ったときは良いのだ。

 そうでないときの手配を怠るわけには行かないのだ。

 それは、ただの怠慢だからな。


 ロベルトは大きなため息をついた。


「御主君に万が一も無いとは思いますが……。

私も証人になります」


 マガリ性悪婆が、フンと鼻を鳴らした。


「若造は余計な気を回さずに、やることをやっときな。

坊やはチャールズとグルになって仕組んだね」


 ロベルトは首をかしげた。


「何のことですか?」


「まだまだロベルトは青いねぇ。

今ラヴェンナに残ってる騎士は全員所帯持ちだよ。

入れ替えで調整したね?

あの段階で、何かあると思ったよ」


 ロベルトはハッと気がついた顔になる。

 俺は苦笑して、肩をすくめた。


「そりゃ出征中……妻子に危険が及んだら、気が気でないでしょう。

それに妻子を守るためなら、いつも以上に張り切るでしょ?」


 プロだから気にするなというのは簡単だが、事前に手配できるならやっておくべきだ。

 ロベルトは頭をかいた。


「全く気がつきませんでした……」


 オリヴァーは、小さく肩をふるわせて笑った。


「ここに来たばかりなので分かりませんでしたが、確かに……ここの襲撃を前提とした配置換えですな。

つまり私を呼んだのは、マリウスを身近で守るためでもあると。

全くもって恐れ入りました。

人というものを、よくご存じです。

これは敵が、少々気の毒になりますなぁ」


 俺はオリヴァーの苦笑に、苦笑を返した。


「あいにく私の力では、敵まで気に掛ける余裕はありませんよ。

あとは私のエゴですがね。

ラヴェンナの防衛は、最高のスタッフを用意したいのです。

内乱に勝ったけど、ミルたちに何かあっては嫌ですから」


               ◆◇◆◇◆


 執務室に戻って、近日中に本家に出向く話をした。

 そこで今回は、戦いがあるので俺だけが行くと伝える。

 ミルは不承不承うなずいたが、キアラは馬耳東風。オフェリーは無表情。


「キアラも残ってもらいますよ?

付いて来るような顔をしていますけど……」


 キアラは天使のような笑顔になった。


「耳目に直接指示する私が出向かないで……どうするのですか?」


「いや、ここだって耳目は必要でしょう」


「ラヴェンナの諜報は、アダルベルトに代理を務めてもらいますわ。

代表者会議にも出てもらいます。

少なくとも即応性が求められるのは、本家に出向いているお兄さまですよね?

こちらは海から襲撃ですもの。

監視と噂話で事足りるでしょう」


「いや、しかしですね……」


「行きますからね。

そうでないと、お兄さまは無茶をしかねません。

お姉さまにも承諾をもらっていますもの」


 ミルは小さく肩をすくめた。


「ええ、仕方無いわ。

それにアルを、1人で放置すると……また女の人を引っかけかねないもの。

内乱を片付けるまで戻ってこないでしょ。

そうしたらアルの地位や権力を目当てに……泥棒猫が目をつけかねないし」


「私が方々で、女性を誘惑しているようにいわれるのは心外なのですが」


「とにかく! キアラには脅してでも、女性を寄せ付けないようにとお願いしてあるわ」


 オフェリーはいつの間にか、俺の前に立っていた。

 気配消すの得意すぎだろ。


「私は治療が得意なのです。

行きます。

アルさまは絶対に死なせません」


 ミルが俺にビシっと指を突きつけた。


「なので! 2人に、今回はアルのお目付役として同行してもらうわ!」


 いやいや、回復要員はここにも必要だよ。


「いえ……オフェリーは、ここにいたほうが役に立つかと」


 オフェリーはジト目になった。


「どうしてもダメなら……代わりに、筋肉癒やし隊を同行させますよ?

私は彼らの先生でもあります。

癒やし隊の腕前はかなりのもので……一般的な教会の司祭より回復力は上です。

あ……治癒術の教師は彼らに代理を頼んであります。

準備は完璧。

同行に全く問題ありません」


 待てや! あいつらを連れてったら、ラヴェンナが誤解されるだろ!

 気がつけば、外堀を埋められている……。

 俺はがっくりと肩を落とした。


「仕方ありません……」


「「いいなぁ……」」


 部屋の外から、2人分の呟きが聞こえた。

 振り返ると、扉からアーデルヘイトとクリームヒルトが顔半分だけだして……こっちを見ていた。

 俺は、慌てて両手を振った。


「これ以上は旅行じゃないからダメです!」

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