467話 私益と公益

 本家に行く前に、親衛隊との親睦会をすることになった。

 女人禁制と言われて、女性陣からブーイングがでたがここは無視する。

 そして会場に入ったのだが……。


「なぜマノラが、ここにいるのですか?

入隊はまだだと思いましたが」


 マノラはなぜか、胸を張った。


「学校終わった後に手伝ってるもん。

見習いでも隊員だよ」


 俺は思わず後ろにいるジュールを振り返った。

 ジュールは小さく肩をすくめる。


「実際に事務では、随分助けられています。

それ出席したいと言われては断れないのですよ。

熱心に働いてくれていますし、今更仲間外れにはできないでしょう」


 見習いにそこまで食い込まれているの?

 考えてみれば、事務自体が存在しない。

 ジュールを筆頭に各副隊長が、持ち回りでやっていたな。

 ともあれ現場のトップが許可したなら追い出す必要を感じない。


「ジュール卿が許可したなら、問題ありませんよ」


 俺の言葉に、マノラが、満面の笑みを浮かべた。


「やったー!!」


 本来、16歳未満の子供は働かせない決まりなのだ。

 見習いは、その限りではない……と要望があって押し切られてしまった。

 それなら給料を払うべきだと言ったが、給料を受け取った場合は就職と何ら変わらない。

 このあたりで、法務大臣のエイブラハムと見習いを受け入れたジュールで頭を抱えたそうだ。


 2人から相談を受けた結果、俺は一つの方針を提示した。

 労働には変わらないので、いずれかのタイミングで賃金は支払うこと。


 でた結論は見習いの期間は、16歳での就職時まで。

 見習いとして扱う場合は、法務省と相談して賃金を決定する。

 勿論、正規の賃金より安いのは当然になるが……タダ同然でなどは許さない。

 それ以外は正式に雇われている人と待遇は変わらない。

 仕事に必要な道具などを、自腹で負担させるような不届き者がでないようにだ。

 利益という誘惑に満ちた現実を前に、性善説など持ち出す気はサラサラ無い。


 見習いのまま16歳になったら、雇い主が責任をもって雇用すること。

 見習い期間の労働賃金は、就職時に一括して払う。


 だが労働者が貧困で親の保護などを受けられない場合は、特例として支払いを許可する。


 孤児の扱いは今のところ、統治側は余計な口を出していない。

 部族社会は親が戦いなどで亡くなった場合、部族全体か近親者が遺族の面倒を見る習慣が多い。

 勿論、それは名誉なこととされており……代父などを頼まれるなどは常識となっている。


 今は選挙など導入していないので、代表者入りするのはこのような公共への還元を行う人たちとなっている。

 代表者は名誉でもあり、政策決定に関与できるのでそれなりに利益も得られる。


 公人でも、私益の追求は認めて良いと俺は公言している。

 ただし、立場を利用して公共のものを売り飛ばし……自分だけが利益を得ることは認めない。

 言葉にすると皆が首をかしげていたが、仲間を売って自分だけ得をすることだ……と言ったら納得してもらえた。


 公共や他人の所有物を売って、利益を得るヤツは古今東西嫌われる運命にある。

 権力者が他者に便宜を図って……利益を受け取る。

 それによって公共に利益があるならば……まだ認めても良い。

 それによって国が危険にさらされるなら論外だろうよ。

 この行為を非難できない社会であれば、社会全体が死を迎えるだけだろう。

 

 あくまで私益と公益が満たされるならばだ。

 名誉と利益のバランスを取らないと、まともな人材が集まらないと俺は思っている。



 ともかく……いろいろな事情で天涯孤独になって生きることに困る人はでるだろう。

 だから見習い時の賃金支払いは、最終手段としての措置だ。

 これが使われないことを祈っているが、このケースは有り得ないと決め付けることもできなかった。

 このケースは無いと決め付けて、必死に制度を固めようとするとかえって制度が死んでしまう。

 制度はあくまで道具でしかないのに、その道具の維持自体が目的になる。

 そんな光景は転生前に何度も見てきたからな。


 見習いを採用しない場合は、理由を明確にして法務省に届け出ること。

 その上で働いた期間に応じた賃金を支払う。


 転生前の海外研修生を安くこき使うような、あくどい行為は絶対にさせない。

 就職させてすぐ解雇のような手も許さない。

 見習い制度を利用した場合、最低3年の雇用を義務化させる。

 ただし素行が悪い場合はその限りではないが審査必須。


 つまり、見習いは届け出制度でとても面倒でもある。

 手軽にできては悪用するヤツがでてくるだろう。

 お手軽に、利益を得ることができるからな。


 俺にとっては、正式な採用ルートではない認識。

 子供は社会にでるまでは遊んでほしいのが、切なる願いでもあった。

 社会にでてからは自由に遊べないのだから。

 ただ特殊な技能を必要とする職の場合は、見習いをさせたいケースもあるだろう。

 本人がそれを望むなら、一律にその道を閉ざすべきでもないとも思っている。

 

                ◆◇◆◇◆

 

 親睦会で俺はあちこちのテーブルを回って、親衛隊員にお酒をついで回っている。

 なんだろう俺は転生してまでこんなことをしている……。

 だが俺が一カ所にいては、せっかくの親睦会なのに俺と会話できない隊員もでるだろう。

 長くは話せないが、できるだけ全員と会話をすべきだと思っている。


 それと俺が酒をついで回れば飲まされる量が減る。

 合間にマノラの様子を見たが、親衛隊のマスコットのように皆から可愛がられているようだ。

 ほっと一安心。


 隊員たちの話は、ミルたちへの愚痴ではないが……多少は神経を使うらしい。

 変な動きをするわけではないが、警戒心が無いのでヤキモキする。

 最近は、人が入ってくるケースが増えているから心配だと。


 確かにフロケ商会を受け入れたことで、幾つかの商会が保護を求めてきて受け入れを進めている。

 新設された商務省は、怒濤の仕事量に阿鼻叫喚の地獄絵図になっているらしい。


 警戒心の件は俺から言い聞かせると伝えると、皆は安心した顔になった。


 皆盛り上がっているし、親睦会は定期的に開催すべきなのだろうか。

 酒を、水のように飲んで笑っているアレ・アホカイネンに聞いてみるか。

 酒を飲むと笑い上戸になるらしい。

 虎人は体育会系なので、体育会系が多い親衛隊では一番人気がある。


「親睦会はどうでしょうね。

皆さんが楽しんでいるなら良いのですが」


 アレは笑いながら、俺の背中をバシバシとたたく。

 無礼講と言ってあるからな。

 俺の無礼講は、誹謗中傷をしない限りは構わないといったものだ。


「いやぁ、御主君。

一隊員が雲の上の人に、酒をついでもらえるなんてラヴェンナくらいでしょう。

皆喜んでいますよ。

なぁ! お前ら!」


『おおー!』


 なぜか、返事は歓声だった。


「皆さんが楽しいなら、定期的にやりますよ。

勿論、ミルたちは呼ばないつもりですが……」


『おおー!』


 歓声があがる。

 皆ノリが良いなぁ。


「希望があれば呼びますよ」


『ブー! ブー!』


 そしてブーイング。

 まあ、みんなはじけている。

 半裸になって肉体美を競う者たちもいれば、肩を組んで歌い合う者もいる。

 確かに、ミルたちがきたらお行儀良くしないといけないからな。

 しっかし……カオスだ……。


「分かりました。

私だけにしますよ」


 再び歓声があがる。

 いつの間にか俺の隣にきていたマノラが、俺に苦笑した。


「領主さま人気者だね」


「まあ軽蔑されるよりは良いですね」


 マノラが口をとがらせる。


「まーた、そんな後ろ向きなこと言うんだから……」


 どうも俺自身が、人気者など……と言われるのはむずがゆいのだ。


「性分でしてね。

私が調子に乗ると、ロクなことが無いのですよ」


「トロッコに乗って壁にぶつかるしね」


 これ……半年は言われるパターンだ。


「そろそろ忘れませんかね?」


 マノラは、少し大人びた感じて笑った。


「もっと面白いことしてくれたらね」


 言われることは変わらないじゃないか……。

 このままではやぶ蛇だ。

 話題を変えよう。


「仕事はどうですか?」


「うーん、皆結構いい加減よね。

男の人って、どうして……なあなあですませるのかなぁ。

おかげでやることたくさんよ」


 それでしっかり掌握されたのか……。


「ま、まあ……皆さん戦うのが、主な仕事ですからね。

マノラがきてくれて助かっていると思いますよ」


「うん。

よく言われるよ。

アタシに任せてよ!」


 本当は、16歳までは遊んでいてほしかったのだが……。

 本人が強く希望してるのだ。

 それを尊重しよう。


「見習いをすることを、お母さんは何て言っていました?」


「好きにしなさいって」


「事務仕事だと説明しました?」


「うん。

話したらうれしそうにしていたよ」



 一人娘が危険な仕事をするのは、希望通りにさせたい……と言っても心配だろう。

 事務なら安心できるはずだ。


「それなら良かったです。

2年くらい見習いを終わったら、見習い分の給料がでますね」


 マノラは、うれしそうに笑った。


「うん。

楽しみだよ。

そうしたらお母さんに、何かプレゼントしてあげるんだ」


 ええ子や……。

 俺なんて、初任給はゲーム機だぞ。

 なんという落差だ。


「きっと喜んでくれますよ」


 こんな感じで苦労した成果が見えてくれると、努力が報われた気がする。

 安心できる生活と、ささやかな望みなら頑張ればかなえられる社会。


 だが、ここで安心するわけには行かない。

 まだやることが、たくさんあるのだ……。

 そう……煮ても焼いても食えない、ドロドロした世界でのな。

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