466話 素人の視点

 オニーシムから工房に呼ばれた。

 今回はミルがついてきている。

 ミルは忙しかったが、有無を言わさぬ勢いであった。


「心配しすぎですよ……」


 ミルはジト目になる。


「その油断が、あの結果よ……。

アルがトロッコにのって、壁に激突したって聞いたとき……目の前が暗くなったわよ。

ずっとあとよ……。

トロッコの言葉に、疑問を持ったのは!

なんでトロッコなのよ!」


 理不尽な怒りだ。

 そこで反発できないのはなぜだろうか……。

 第三者の立場なら指摘もできるのだが、その場にいるとなぜか言葉が出てこない。


「若さ故の過ち……とでも言っておきます」


 ミルは大げさにため息をついてから、俺を指さす。


「仕方ないわね。

今度むちゃするときは、私も一緒だからね!

あと……アルが若いって言っても、冗談にしか聞こえないわ。

エルフたちから『我々と同年齢じゃないか?』って言われて、私は否定できなかったわよ」


 そこは否定しようよ……。

 抵抗の無駄を悟って俺は肩をすくめた。

 そんな微妙な空気で工房に向かうときに、シルヴァーナと出くわす。


 シルヴァーナがニヤニヤ笑いをしながら、俺たちに手を振る。


「おや! 昼間っからデート?」


「だと良いのですがね。

残念ながら、工房に呼ばれての視察です。

ミルは監視役ですよ」


「ああ……工房ってあの変なトロッコでしょ。

アルも子供のように無邪気に遊ぶときがあるんだねぇ。

お姉さん安心したわ」


 ミルがシルヴァーナに非難めいた表情を向ける。


「ヴァーナ、安心ですまないわよ」


 なぜかシルヴァーナが、俺たちと並んで歩きだした。


「ダメねぇ。

男なんていつまでたっても子供よ。

アルだって例外じゃないわよ。

良いじゃない。

たまにはハメを外しても。

むしろ、黙々と仕事だけしてるほうが気味悪いわよ」


「私は仕事だけしてろって言ってるわけじゃぁ……」


 シルヴァーナはチッチッと指を振る。


「ミルの愛が重いのは知ってるけどさぁ……。

たまにアルがハメを外すのを、大目に見ないと鬱陶しがられるわよ?

そのうち、大目に見てくれる女につい……フラフラなんてあるかもよ」


 予想外の攻撃に、ミルは思いっきり動揺する。


「ちょ、ちょっと……。そんな脅かさないでよ」


「適度に放置するのが……愛を続ける秘訣よ」


 いや、お前ボッチだろう……。

 俺の視線に、シルヴァーナは無い胸を張った。


「冒険者してるとさぁ……そんな光景たまに見るのよ。

愛が重い相手ペアと組んだら、もう地獄よ。

それでも長続きしないのよね」


「そうなのですか?」


「大体冒険者なんて縛られて生きるのが苦手の連中の集まりよ。

そこでガチガチに縛ってみなさいよ。

ちなみにジラルドさんとピナ姉は、適度な距離感なのよ。

ミルはちょっと過保護すぎよね」


 ミルは俺に心配そうな顔を向ける。


「アル。

もしかして……そう感じてる?」


「いえ、全く」


 シルヴァーナは俺に、指を再び突きつける。


「甘い! 平気なときなら男は口をそろえて『そんなことは無い』って言うのよ。

ある日に、突然気がつくのよ。

一度気がつくと、あとは耐えられなくなるのよ!」


 妙に、含蓄があるよな……。

 ミルは、目に見えて動揺し始めた。


「ちょっと……不安にさせないでよ」


「関係がおかしくなってから……泣きつかれたくないからね。

そうなったら……もう手遅れだし。

だから、そうなる前に言ったのよ。

アルがハメを外しても、大目に見てあげなよ。

そうしたら……ますますアルは、ミルを頼りにするわよ」


 本人の前で、こんな話をするかね……。

 ミルはすがるような目で、シルヴァーナを見ている。


「そ……そうなの?」


「ええ、男だって甘えたいときがあるからね。

そんなときに、正妻が包み込んでくれると好感度アップよ」


 ミルはコクコクとうなずいている。

 

「そ……そうね。

ちょっと考えてみるわ」


 この相談モードのシルヴァーナは、妙に頼りになる姐さんオーラを出している。

 なんとなく口を出しにくい。

 2人の会話を聞きながら、俺は黙って歩いていた。

 

               ◆◇◆◇◆


 工房につくと、庭に向かう。

 俺にオニーシムは手を振った。

 ミルを見ると微妙な表情になったが、気がつかなかったことにしよう。


「おう! ご領主。

監視つきか」


 俺が何かを言うより前に、ミルが慌てて手を振った。


「い、いえ。

違うのよ!

アルがすごく楽しそうにしていたから、気になっただけよ!

あ……でも、安全対策だけはちゃんとしてよね!」


 オニーシムは文句を言われるかと思っていたようだ。

 拍子抜けした顔になる。

 ミルはシルヴァーナの忠告を、素直に聞いたらしい。


「ああ……それは、最優先で取り組んでいる」


 シルヴァーナがトロッコを興味津々といった感じで見ている。


「これが噂のトロッコね。

もうちょっとかわいいデザインにならないの?」


「デザインの変更は、もう少し先だな」


「でも、これ足を怪我した冒険者には有り難いかもしれないわね」


 と呟きながら乗り込む。

 説明を聞かずに……大丈夫か?


「あの……説明を聞いたほうが……」


「見れば分かるわよ。

確か魔力が動力よね。

アタシが全力で流すと危険ね。

ほどほどに……と」


 そう言いながら、前のグリップを握る。

 突然、トロッコが後ろにカッ飛んでいった。


「キャァァァァァァァァァァァ!!」


 珍しいシルヴァーナの叫び声と共に、壁に激突した。

 結構、力を入れて流し込んだのか?


 ミルが慌てて、シルヴァーナに駆け寄る。


「ヴァーナ、大丈夫?」


 見たところ、トロッコは無事だ。

 強化したらしい。

 シルヴァーナは頭を振りながら、トロッコを降りた。


「イタタ……ってこれ欠陥品じゃない!」


 欠陥品と言われて、オニーシムが憤慨した。


「何を言っているのだ! 前を握ったら後ろに進むって決まっているだろうが!」


「なんで逆なのよ!

普通、前を握ったら前進するに決まってるでしょ!

とっさのときに、直感的に動作しないなんて欠陥品よ!」


 思わずハッとした。

 原理を知っているから、俺は素直に受け入れたのだが……。

 分かりやすさって、道具にとって大事な要素だな。


「言われてみればそうですね。

欠陥品ではなく、仕様の不備でしょう」


 オニーシムは俺に裏切ったのかとばかりの非難がましい目を向けた。


「おい、裏切るのか!」


「いえ。

とっさのときに、確かに知らない人は動かしたい方向を握る気がします。

熟練すれば違いますけどね。

子供たちにも解放するなら考慮すべきでないでしょうか」


 男同士の会話だ。

 理屈で通じ合える。

 オニーシムは一転真顔になって腕組みをした。


「ふむぅ。

確かにそうか。

だとしたら、魔力のつながりを迂回させないといけないな」


 俺が賛同したので、シルヴァーナがさらに胸を張った。


「あと……アタシみたいに魔力の強い人が握ると、軽く握っただけでいきなりすごい勢いで動くのは危険よ。

何とかしたほうが良いわ。

子供の中でも、適正がある子や魔族が握ると想定外の速度になるわよ」


 ギアの要素を入れろってことか。

 これも盲点だな。

 素人の視点って大事なんだなぁ……。


「正直驚きました。

シルヴァーナさんが今日は、とても建設的です」


 シルヴァーナが憤慨した顔になった。


「『今日は』は余計よ!!」


 ミルもたまらず笑いだした。


「私もアルに同意見よ」


 オニーシムも、重々しくうなずいた。


「ワシも同意見だ」


 シルヴァーナはさらに憤慨した。


「アル……。

トロッコで飛んだ噂だけでは足りないようね。

奇声を発して、トロッコの上で踊ってたと言ってやるわよ!」


 尾ひれをつけたのはお前だったのか!

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