465話 成功体験のデメリット

 プリュタニスがこちらに到着した。

 早速呼んで、今後の話をしよう。


 プリュタニスは執務室に入ってくるなり、俺をマジマジと見た。


「どうしましたか?」


「トロッコに乗って空を飛んだ揚げ句、壁に激突して鼻血を出した……と噂が広がっていまして」


 飛んでねえよ! 尾ひれがついてるじゃないか! しかも早いよ!


「確かに激突は事実ですが……大した怪我ではありませんよ」


 プリュタニスは小さく苦笑した。。


「そうですか。

あのアルフレードさまが童心に返った……と。

かなり珍しいので、噂になっているのですよ」


 俺はわざとらしくせきばらいをする。

 この話は切り上げるべきだ……。


「そ、そんなことより大事な話をします。

内乱が現在停滞中ですが、これから大きく状況が動くでしょう。

それで本家に出向くことになりますが、プリュタニスに同行してもらいます」


「私ですか?」


「ええ、本家の人間とコネをつくってもらいます。

将来きっと役に立ちますよ」


「それは有り難いのですが……。

なぜ私ですか?」


「たまには後見人らしいことをしないとね」


 プリュタニスはマジマジと俺を見たが、なぜか苦笑した。


「そんなセリフは、年配の方が言うものですよ。

不思議とアルフレードさまが言うと、サマになっていますけど」


 余計なお世話だ。

 そんな扱いも、あと30年程辛抱すれば……。

 止めよう……悲しくなってきた。


「あとは、戦闘が発生する可能性があります。

プリュタニスにも相談したいですからね」


「相談なら、プランケット殿やアーリンゲ殿がずっと適任ではありませんか?」


「ここが襲撃を受けたときに、2人は頼りになります。

ここを絶対に落とされるわけにはいかないのですよ」


 プリュタニスの目が細くなった。


「大規模な襲撃があるとお考えですか?

そんなことができる勢力がいるとは考えにくいですが」


「独力なら……そうですね。

可能性としては……誰かに唆されたお調子者が、我を忘れて踊りだす可能性もあるのですよ」


 部屋の空気が、一気に変わった。

 これは、初めて言う話だからな。


「その誰かとお調子者は、目星がついているのですか?」


「分かりませんね。

それに私の推測を口にすると、皆そればっかりが正解と思ってしまいます。

それでは困るのですよ」


「なるほど、優秀すぎるのも大変ですね。

祖父もぼやいていましたよ。

皆が自分の言うことが正しいと信じ込んでいる……と」


 確か……中興の祖で有能な人物だったらしいな。


「そのおじいさんには、親近感が沸きますね」


「そうですね。

結構、間違いもしてきたと言っていました。

人は完璧でありつづけることはできない……とも言っていましたね」


「まさしく反論の余地がありませんね」


「なるほど、アルフレードさまは、盲信を嫌っていますね。

皮肉にも成功体験が、その盲信を呼んでいるわけですが。

祖父もその危険性に気がついたのは、50近くなってからだそうです。

その時点で組織が完成していて、どうにもならなかったと悔やんでいました」


 確かにあるタイミングで、自分を振り返るとそうなるだろう。

 そして成功体験を積み重ねた組織は、失敗を恐れるだけでなく悪と見なして忌避する。

 それに乗っかったのが、あのイデオロギー全開の預言者集団か。

 それにしても……プリュタニスは顧問という激務をこなして、自信と落ち着きが出てきているようだ。


「だからといって……盲信を砕くためにわざと失敗するのは、私にはできないですから」


「解決策として皆に経験を積ませて、自信を持ってほしいと。

さらには失敗もしつつ、成長を望むわけですね。

それでアルフレードさまの話も、客観的に考えられるようにしたいと」


 正直驚いた。

 真意をそこまで見抜かれたことがだ。


「ええ。

驚きましたよ」


「いえ……祖父が、こうすれば良かったと言っていたことを思い出しただけですから」


「それでも引っ張り出して使えるのは、大したものですよ。

将来が楽しみです」


 俺の言葉に、プリュタニスがなんとも微妙な顔をした。


「アルフレードさま……自覚あります?

そんな話をするから、年齢詐称疑惑が起こるのですよ」


 ぐうの音も出なかった……。

 ミルたちも必死に、笑いを堪えている始末だ。


「と、とにかく……現状を説明しますよ。

それでプリュタニスの見解を聞きたいのです」


 俺は、現時点の世界情勢を説明した。

 王位継承争いからの傭兵の雇用。

 貨幣の信用崩壊からの荒廃。

 そして教会からぶら下げられた黄金の餌だ。


 プリュタニスはしばらく腕組みをしていたが、皮肉な笑いを浮かべた。


「はっきりとは言えませんが……餌に釣られて、無理にでも国の代表になりたがる人はいるでしょうね。

それが恐らく傭兵だろうとお考えなのですか?」


「まあ……。

これだけでは踊りだすには、曲に盛り上がりが足りません。

なのでちょっと情熱的なリズムを加えてみました。

ちょっとだけ商会を使って、噂を流したのですよ。

『国の代表なら、王族でなくて良いと考える傭兵隊長がいるらしい』とね」


 プリュタニスは俺の言葉に笑いだした。


「酷い話ですね。

全部アルフレードさまの仕込みじゃないですか。

まあ……成功率は高いでしょうね」


「なぜ、そう思うのですか?」


「私の祖先は国王でしたが、反乱が起こって逃げてきたことはご存じですよね」


 それは知っている。

 プリュタニスの先祖の歴史を、俺に構わず書きたいことを書けと言った。

 完成を伝えられたので、図書館に収蔵させてから、見にいったのだ。

 こうすることで、事前の検閲はしないことを既成事実化させた。


「ええ、図書館に収められた史書を見ましたから。

確か、前の国は種族を問わない国だったのですよね。

ただし宰相と国王だけは人間に限っていましたっけ」


「ええ。

末期には王国の制度が疲弊して、改革を試みましたが失敗に終わったそうです。

当然、不満がたまっていきました。

当時は宰相になれるのは人間だけでしたけど……。

そこに『宰相は人間である必要は無い』と唱えた者がいましたね。

人間以外が宰相になって、その宰相が力をつけたのです。

国も一時的に建て直しました。

当然の副作用として……獣人たちに『宰相が人間以外でうまくいくなら、王だって同じじゃないか?』といった考えが広がるのは、時間の問題です。

あわてた王が、宰相を人間に限ろうとしたのですよ。

そうなると獣人たちが一斉に敵に回ります。

結果として、先祖は故郷を追われた……という話です」


 確かに似た話だな。


「今までは形式だけでも、人間の国王が前提。

それが無くなってしまったと。

どんなに下が力を持っても、形式を壊すのは困難ですね。

大体は上層部が、無意識に状況を改善しようとして……形式を破壊してしまうわけですけどね」


「ええ。

しかも……それを言い出したのが、国の知恵袋と言われた賢者だったのですよ。

権威がお墨付きを与えて、ギリギリで王家を守っていた形すら無くなったのです。

勿論、賢者も現状の改善を意図したのでしょう。

その場しのぎにはなりました。

それだけです。

結局……王国自体がダメだったのでしょうね。

賢者が何もしなくても、多分滅亡の時期が少しあとになっただけでしょう。

それをアルフレードさまは、意図的に誘導したのですよね」


「そうですね。

そこで傭兵がトップになると、王位継承権を持つ者を根絶やしにしないと安心できません。

まあ……それが終わったら、功臣の粛正でしょうが」


 身分の低いものがトップに立つと、猜疑心の奴隷になる。

 親分子分までの認識なら把握しきれる。

 それ以上に、組織が複雑になると理解を超えるだろう。

 貴族や豪族だと統治文化が根付いているから、そこまで極端な粛正はめったにしない。

 成り上がり者は一つのジレンマを抱えることになる。

 自分が実力で成り上がったのだから、他のヤツも成り上がるのではと恐れる。

 かくして、大粛正が始まるわけだ。


 劉邦しかり、朱元璋しかりだ。

 西洋の中世史は十字軍程度しか知らないから、なんとも言えないが……。

 あそこには、キリスト教という縛りがあるからな。

 プリュタニスは俺の言葉に苦笑してうなずいた。


「そうですね。

それで本家が狙われると。

騎士はいくら優秀だと評判でも……本家は何人います?」


「大体は5000人程度ですね。

従卒を含めれば2万弱です」


「敵となる傭兵は何万ですか?」


「正確な数は分かりません。

ですが4-5万はいるでしょうね」


 プリュタニスは眉をひそめた。


「多すぎません?」


「今は2-3万です。

ですが田畑が荒廃して……食い詰めた農民などを吸収するでしょう。

勿論ある程度は、農民にもどします。

ですがスカラ家と戦うなら、数は欲しいと思います。

だから多くは、戦力として取り入れるでしょう」


「倍ですかぁ。

しかも騎士を、全て投入できないですよね。

ラヴェンナから派遣している騎士団は?」


「ラヴェンナでの総数は200人ほどです。

そのうち派遣しているのが100人。

従卒を含めると400人ですね」


 本家に派遣した人数が400なので補助的役割だ。

 だからこそ、本家も反対せずに受け入れたわけだが。

 騎士になるのは、関門が多い。

 それで100人程度しか増やせていないのだ。

 結構頑張って増やしたのだがな……。


「それでは防衛任務が手一杯ですねぇ。

傭兵も4-5万だとして、本家を攻撃するには半分くらいですか?」


「3-4万ですね。

当然策を考えてくるでしょう」


「どんな策ですか?」


「本家で地図を見せてもらって確認しましょうか。

詳細な地図は、本家にしかありませんからね。

どちらにしてもラヴェンナの軍をある程度動かさないとダメだと思っていますよ」


 分家とはいえ、本家の詳細の地図は与えられない。

 同じくラヴェンナの詳細な地図は、本家には出していない。

 封建社会の1面だな。

 独立性が高いのだ。

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