464話 あの騒動の余波

 俺への監視が厳しくなった。

 悲しい。


 それでも世界は動いていく。

 閣議で商務大臣パヴラからの報告が、一つの動きを示している。


「リカイオス卿との交易ですが、先方から量を増やしたい……と打診がきています。

それに伴い、出先機関の設置の許可も求められています」


 現在の世界情勢に全員関心がある。

 いや、ごく一部を除いてか……。

 ラヴェンナに一時的に戻っているロベルトが、首をかしげた。


「リカイオス卿は軍事行動を活発化させるつもりでしょうかね。

海産物は兵糧にするにはかさばります。

穀物が主流にならざる得ません」


 俺はロベルトの疑問に頷きを返す。


「可能性の一つとしてあるでしょう」


 この報告にキアラは含み笑いを浮かべている。


「出先機関が気になりますわね。

一種の諜報活動の拠点でしょうけど。

勿論、こちら側からの設置も認められるのでしょうね」


「それらを見越しての活動でしょうね」


 ラヴェンナに移ってきて、閣議のメンバーとなったオリヴァーもうなずいている。


「現在の貿易量では……出先機関の設置だけでは断られる可能性が大ですからね。

これなら話も進みやすい。

当然先方も、こちらからの諜報活動をある程度は受け入れる心づもりでしょう。

将来的にはお釣りが来ると考えているでしょうね」


「そうですね。

アーリンゲ殿の予測は、私も同意見ですよ」


 ミルがジト目で俺を見た。


「アル、その……分かる人だけの会話はやめてよね」


 俺は、オリヴァーを見てうなずく。

 オリヴァーはそれに、静かにほほ笑んだ。


「奥さま。

リカイオス卿にとっては、ラヴェンナは開始地点なのです。

次は本家に出先機関を置くつもりでしょう。

つまり、将来への布石です。

あわよくば、この王国を併吞する心づもりですよ。

この王国の内乱の勝者は、スカラ家だと確信しているのもあるでしょうね。

いえ……仮に不利になっても介入して勝たせるつもりかもしれません」


 俺の説明の手間が省けて助かる。

 オリヴァーが俺を見たので、俺は同意のうなずきを返す。


「と……言うことです」


 俺の返事に、ミルは眉をひそめる。


「じゃあ断るの?」


「いいえ。

戦意旺盛な相手に、餌を投げる必要はありませんよ。

受け入れましょう。

ただし……出先機関の場所には、注意が必要です」


「港に限定するの?」


「いいえ、ラヴェンナに置かせます」


 会議上がざわめく中、ロベルトは少し考えてうなずいた。


「港はいろいろと、軍事上の機密がありますからね。

しかも監視の目は緩い……。

探られてはちょっと困りますね」


「ええ。

それなら耳目の活動範囲内であるここが、一番良いでしょう。

相手も港を期待していると思いますよ。

そこまでサービスする必要はありません」


 蚊帳の外になっているシルヴァーナが、退屈そうにあくびをする。


「港に機密なんてあったっけ?

人や物の出入りが激しいし。

そんなところに、機密なんて隠すの?」


 港は軍船も停泊している。

 軍民共用の施設なのだ。


「山ほど機密がありますよ。

相手が攻めるなら、ここを考えます。

他の場所では、座礁ポイントが不明です。

悠長に探す余裕も無いでしょう。

海から進行する場合、陸地に攻略拠点を作るのが第1段階ですから。

そこから兵員物資の輸送も受け入れます。

軍事的な面で考えると、港周辺には機密が詰まっているのです」


「なら監視を厳重にしないの?」


「広いのです。

監視などしきれませんよ。

あの湾全体が機密のようなものですから」


 座礁ポイント、どこから上陸できるのか。

 防御施設の位置と弱点などいろいろとね。


「そんな機密を、入り口にして良いの?」


「入り口だからこそ、機密になるのですよ。

出入りに一番良い地点を、入り口にしました。

少数の襲撃なら、他でも良いです。

ですが大量の物資輸送をするには、ここしか適した場所がありません。

だからこその辺境なのですよ。

それでも港は、一般人の立ち入り可能領域をかなり限定していますからね。

湾の監視はさすがにエルフたちに感知してもらうには広すぎます」


「アタシには分からないからいいけどね。

ラヴェンナに出先機関を置くのは賛成よ。

イケメンが来るかもしれないからね!」


「国際問題化するのは止めてください。

機関への立ち入りは禁止します」


 シルヴァーナは文句を言いたそうな顔をしたが、すぐにニヤリと笑った。


「分かったわよ。

立ち入らないわよ」


 ああ……出てきたところを捕まえる気だ……。

 突然、法務大臣のエイブラハムが挙手した。


「シケリア王国の法とラヴェンナの法は、多く異なると思います。

その点はどうしましょうか」


 さすがにそこを気にしたか。


「出先機関の建物内部はシケリア領内との認識にします。

われわれは関知しません。

無論、問題が多いときは勧告しますけど。

最悪退去も命じる権利は残しましょう。

勿論、こちらの出先機関はラヴェンナの領地扱いにしてもらいますよ」


「承知しました。

では商務大臣の交渉に、私も立ち会わせてください」


「もっともな要望ですね。

ぜひお願いします」


 出先機関を失うことは嫌がるだろう。

 だからあまりに無体なことはない。

 ブレーキとしては十分だろう。

 そして……カールラを本家に返すタイミングがきたな。


 だいたいの方針としては、そんなところか。

 と思っているとオニーシムが髭をいじりながら、俺にニヤリと笑いかけた。


「ご領主。

先日のあの騒動でな……ウチの工房に『あれは何だ?』とか『乗ってみたい』と問い合わせや希望が、結構きている。

勿論、工房の庭限定だが……良いかね?」


 あの騒動のセリフに女性陣は、白い目で俺を見ている。

 男性陣は皆ニヤニヤして俺を見ている。

 そんな中、オリヴァーが苦笑した。


「マリウスも興味津々でして、『乗りたい』……と私もせがまれています。

無趣味で知られている領主さまが……あれだけ楽しそうにしていたので、市民たちもかなり気になっているようですな。

どうでしょうか? 祭りのイベントが、筋肉だけでは偏りすぎでしょう。

これを祭りでやってはみては?

将来的には収入にもなります。

経済も活性化すると思いますよ

ラヴェンナにとって何かと役に立つと思います」


 アーデルヘイトが突然立ち上がる。


「筋肉は大事です!」


 ほんとウチの女性陣は、ブレないよな。


「分かりました。

許可します。

子供たちに約束した庭の拡張もしなければいけませんね。

人手が足りないので、早急にとはいきませんが」


 オニーシムが重々しくうなずいた。


「ああ。

なので、しばらく研究はそっち優先になる。

あとルードヴィゴを借りるからな」


「軍事関係で至急の要件が無い限り、研究方針はお任せしていますからご自由に」


 ルードヴィゴが俺を恨めしい顔で見たが、気がつかないふりをした。

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