463話 緊急の条例

 高速ではないが、風を切る感覚が心地よい。

 そんな中、オニーシムと2人で並走している。

 男2人が並走。


 どうなるか?


 レースだよ。

 どちらが早いかのな。


 速度は、あまり変わらない。

 だがオニーシムの車体が小さい分軽い。

 つまり加速、カーブ、ブレーキに優れる。

 俺のほうは重たいので、全ての条件で不利だ

 

 だが負けてはいられない。

 俺は、カーブを極力減らし速度を保つ。


 俺たちは無言だ。

 時折、互いを見やってニヤリと笑い合う。

 いつの間にか、俺の脳内に『MAGICAL SOUND SHOWER』が流れ出した。

 乗ってるのトロッコだけど。


 浜辺にレースコースを作りたいなぁ。


 俺とオニーシムは火花を散らしながらデッドヒートを繰り広げる。

 その勢いのまま、街に突入する。

 衛兵のあっけにとられた表情を軽やかにスルー。

 人々はトロッコが自走しているのを見て騒然となった。

 

 だがそんな騒めきはレースゲームの歓声に聞こえてしまう。

 そしてモーセの十戒よろしく、人の波が左右に分かれていく。

 

 2人の速度は、ほぼ同じ。

 そして俺たちの間に、言葉は要らない。

 童心に返った趣味人同士……心が通じ合っている。

 

 街の反対側の出口が見えた。

 街を、そのまま突っ切るコースだな。


 ここは、もう少しギリギリでカーブを攻めるか。

 街を抜けた先に、カーブはあったかな……。

 記憶からこの先のコーナーと最短ルートを考える。


 俺の横で、何か声が聞こえた。


「おい! ご領主! 危ないぞ!」


 ん? 前を見ると……。

 やべぇ、門の柱がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。


 俺は、全力で急ブレーキをかけた。

 だが間に合わなかった。

 ドシンという音と共に、そのまま壁に激突した。

 

 


 頭がクラクラする。

 ハンドルに顔面を打ち付けたようだ。

 気がつくと、鼻血が出ていた。


 トロッコは破損していないだろうか?

 俺は、頭を振ってトロッコから降りる。

 そして鼻を手で押さえつつ、前面を確認した。


 トロッコを止めて俺のところにやってきたオニーシムが、前面をのぞき込む。


「ご領主は無事のようだな」


「ええ、鼻以外は」


「止まれきれなかったか。

ふむ……前面の筒が破損しているなぁ。

持ち帰って修理しよう」


「すみません、つい先のコースを考えてしまいました」


 オニーシムが俺の顔を見て大笑いした。


「トロッコに乗りながら固まるのは止めとけ」


「ええ……。

それでどうやって持ち帰りましょうか」


 オニーシムは、乗っていたトロッコからフックとロープを取り出して壊れたトロッコに引っかけた。


「もしもの時で持ってきている。

おかげで貴重なデータがとれた。

もうちょっと、改良が必要だな」


「そうですね。

でも楽しかったですよ」


「うむ。

ワシもだ。

しかし初なのに、なかなかやるじゃないか」


「いえいえ。

アレンスキー殿の運転も、なかなかのものでしたよ」


 オニーシムは笑って自分のトロッコに乗り込む。

 そして去り際に俺に手を振った。


「また走ろう」


「ええ、ぜひ」


 こうしてオニーシムは、トロッコを引っ張っていった。

 さて……俺はどうしたものか。

 

 ふと周りを見ると、皆が俺に注目していた。

 俺は片手で鼻を押さえつつ、愛想笑いをしてその場を立ち去ろうとする。

 突如、背筋が寒くなった。

 気配がした方向を見ると、能面のような顔のキアラがこっちに向かってきた。

 あ……本気で怒ってる。

 やべぇ、逃げよう!


 とっさに逆方向に走って逃げる。

 頭に血が上っていそうだ。

 何としても時間を稼がないと……。

 

 どこに逃げる? どこかの建物か。

 時間が無いぞ。

 

 止まってはダメだ。

 まずはこの場を離れるんだ!

 路地裏を闇雲に逃げたが情けないことに体力が無い。

 少しして息切れをしてしまった。

 壁に手をついて息を整えていると、上から気配がした。

 見上げる間もなく抱きつかれた。


「旦那様、確保~」


 げ……アーデルヘイトまで、追っ手にいたのか。

 空から追われると、分が悪い。


「空からは反則です。

見逃してくださいよ……」


 アーデルヘイトは俺に抱きつく力を強めた。


「ダメです。

皆カンカンですよ。

あんな危ないことするなんて……。

ミルヴァさまなんて卒倒しそうになったんですよ」


 ああ、詰んだ。

 これ……詰んだわ

 だが後悔はしていない。

 楽しかった。


 などと観念している間に、ミルを筆頭に4人がぞろぞろとやってきた。

 ミルは笑顔のまま青筋を立てている。


「アーデルヘイト、お手柄よ。

アル……怪我はしてない? 大怪我していなければ良いのだけど」


「ちょっと鼻をうって、血が出ただけです」


 キアラは心底あきれたように、ため息をついた。


「お兄さま、また鼻血ですか。

あと……逃げるのは見苦しいですわ。

お兄さま程度の運動神経で逃げられると思っているのですか」


 またって……4年前だよ!


 オフェリーが黙って俺の鼻に手を当てて治療してくれた。

 そしてジト目になって持っていたハンカチで俺の血を拭う。


「アルさま。

すごく楽しそうでしたけど……。

危ないことが趣味なのですか?」


「いえ、別にスリルシーカーではありませんよ。

たまたま……ついね」


 俺が頭をかいて照れ笑いをすると、クリームヒルトに詰め寄られた。


「どうしてあんな……危ないことしたのですか!」


「いや、前に言ってましたよね……。

ハメを外したところが見たいって。

まさにアレです」


「誰がトロッコに乗って、壁に激突するのが見たいなんて言いましたか!」


 理不尽だ……。


 かくして、俺は、5人に屋敷へと連行されていった。

 お説教の五重奏。

 つらい……。


               ◆◇◆◇◆


 翌日、市長から緊急の条例が発布された。


『市内でトロッコに乗って移動することを禁じる』


 あの現場を知っている者は笑いだし、見ていない者は首をひねっていた。

 ミルが手を回したのか……。

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