462話 俺たちに恥はない

 新しいダンジョンについては、冒険者ギルドに原案を提出させる。

 それから考えよう。

 あれやこれやと、面倒な話ばかりだな。

 そんなことをしていると、オニーシムから工房にこいとの伝言があった。

 女性陣は仕事で忙しいので、護衛だけを連れていく。


 『護衛しないと、カンが鈍ります』といって、今日はジュールが護衛についている。

 親衛隊の人数が増えたので、最近はずっと忙しいらしい。

 実務は一般の隊員に任せている。

 親衛隊は側室ができてしまい、今や100人越えまで膨れ上がった。


「ところで、ジュール卿。

今や大所帯になって大変ではありませんか?」


「はい。

4年前からは想像だにしませんでしたよ。

ですが、充実した忙しさです」


「ここにきて良かったと思えたなら、私にとっては喜ばしい限りです」


 そこからは、苦労話などを聞きながら歩くことになった。

 いつもは無口なジュールが、これだけしゃべるのだ。

 親衛隊は護衛対象とのコミュニケーションに飢えているのかもしれないな。

 シークレットサービスのように、護衛対象が任期で入れ替わる組織なら不必要に関係を密にするのは難しい。

 だが、今のところ領主は終身制だからな。

 馴れ合いとまではいかなくても、ある程度は距離を縮めるのが良いだろう。

 まあ、仕事は仕事で割り切っている人には逆効果だが……。

 そんな人はもう少し文明が発展して、個人主義が台頭すると増えてくるだろう。


「たまには親衛隊の皆さんと、親睦を深めるために宴会でもしましょうか。

勿論、私も出席します。

問題なければ日時を決めておいてください。

ああ……その日は、女性の立ち入りは禁止で」


 ミルたちがいると、多少遠慮するだろう。

 男だけなら多少砕けていても、目くじらは立てられない。

 ミルたちへの不満といかなくても、いいたいことはあるかもしれない。


「それは皆、とても喜びます。

なかなか直接お話しする機会がありませんからね。

では早速手配させていただきます」


               ◆◇◆◇◆


 そんな話をしながら、オニーシムの工房に到着した。

 広いエリアが必要なので、町外れに建てられている。

 何やら子供たちの歓声が聞こえる。

 庭のほうか。

 庭といっても、学校のグラウンド程度の広さ。

 安全確保には、広さが必要とのことで許可している。

 実験が無い日は、子供たちの遊び場と化していた。

 

 庭に向かうと、摩訶不思議な光景を目撃した。

 トロッコが自走している。

 オニーシムが乗っており、後ろに子供たちも同乗してはしゃいでいる。


 俺が来たことに子供たちが気づいて、皆が挨拶をしてくれる。

 俺は笑顔で挨拶を返す。

 それでオニーシムも気がついたようだ。

 トロッコに乗ったまま、こっちに移動してきた。

 トロッコとドワーフは、親和性が高いのか。

 滅茶苦茶……馴染んでいる。


「おう! ご領主。

見せたいものがあってな」


「これのことですか?」


「おう。

どうよこの試作機は」


 自動車を造ったのかよ。

 いきなり飛びすぎだろう。


「すごいですね。

これは使徒の業績を、参考にしたのですか?」


 車やらバイクやら作っていたからな。

 巡礼でも展示されているから、存在を知っている人は多い。


「うむ。

真似しようとしたが、どうにもうまくいかなくてなぁ。

そこで考えた。

見た目が同じでなくても、効果が似ていれば良いだろうと。

せっけんのときにいわれたことだがな」


「ええ、正しい考え方ですね」


 オニーシムがトロッコから降りたので、俺はトロッコをのぞき込んだ。

 ご丁寧に、ハンドルがある。

 ハンドルの仕組みまでたどり着いたか。

 大したものだなぁ。

 ただ、アクセルとブレーキは無い。

 代わりにグリップのようなものが、2本ある。

 オニーシムがグリップを指さした。


「これは前進と後退をするためのグリップだ」


「動力源は何ですか?」


 オニーシムは、ニヤリと笑った。


「やはり話に食いついてきたな。

そうでなくてはつまらん。

トロッコの前と後ろに、筒がつけてあるだろう」


 前後を見ると短いが、大きな筒がついている。

 車のマフラーか?

 いや、内燃機関は未開発だろう。

 なによりトロッコに、そんなものを搭載する空間は無い。

 しかも中に、何か埋め込まれている。

 そして複雑なつくりになっている。


「ええと……これは?」


「風を吹き出すマジックアイテムだ。

トロッコを動かすくらいの力が欲しかったからな。

結構な大きさになった。

動力は操作者の魔力だ」


 風の力を、推進力にするのか。

 しかし気になることがある。


「魔法の風を出しても、前方にでるだけで術者には影響ありませんよね。

どう推進力にしたのですか?」


 オニーシムは待ってましたとばかりの笑顔になる。

 一番苦労したのだろう。


「風はトロッコに向けて吹く。

それを外に逃がすことで前に進むのだ」

 

 面白いなぁ。

 風で前に進むのは誰でも考える。

 だが、実現で大きな壁が立ちはだかる。

 くそ真面目に実現するのがすごい。

 変換効率は悪いが、大きな一歩だろう。


「つまり、前と後ろについているのは進むためと止まるためですね。

グリップを握るだけで、効果がでるのですか?」


「さすが飲み込みが早いな。

呪いのアイテムの原理は役に立つ。

握る強さが、速度に関係する。

まあ、長時間操作すると疲れてくるがな」


 呪いのアイテムも、自在に使いこなしている。

 このあたりは、レベッカの独壇場だろう。


「レベッカさんが協力してくれたのですね」


「おう。

なかなかどうして、物わかりが良いやつだな。

お互い良い刺激になっておる。

あとは通信機を作ったときの原理を応用して、このトロッコに二つの機能をねじ込んだわけだ」

 

 マジックアイテムは一つの効果しか仕込めない。

 魔力を遮断する素材を間に挟むことで、見た目は一つだが内実は二つの機能を実現したわけだ。

 素直に感心した。


「いやぁ……お見事ですね。

これ、どれくらいの速度がでるのですか?」


「本人の魔力次第だが、馬ほどはでない。

あとは地面にも影響される。

でも走るよりは、ずっと早いぞ。

なにより走るより疲れない」


「重いと当然、速度はでなくなりますよね」


「うむ。

馬車の代用には難しいなぁ。

荷物を引っ張るのは難しかった。

魔力を増幅する機能は、レベッカが研究中だ。

だが、現在の素材では無理だ……と頭を抱えておる」


 それでもこの進化は大したものだ。


「出だしとしては十分でしょう」


 オニーシムは胸を張った。


「うむうむ、それでだ……。

ご領主を呼んだのは、頼みがあるのだ」


「何でしょうか?」


「町中を走らせたい。

町の道路での乗り心地などを確認したいからな。

許可無くこれで走り回るわけにはいくまい?」


 うーん……確かになぁ。

 俺が考えていると、オニーシムに指示された助手がもう1台のトロッコを持ってきた。


「ご領主も乗っていれば、誰もとがめ立てしまい。

2人で乗れば怖くない」


 騒ぎの共犯にしたいわけか。

 これは走らせないと納得しないだろうな。

 なにより……。


「良いでしょう。

では私も乗りますよ」


 面白そうだ。

 新たなトロッコに乗り込む。

 人間が操縦しやすいように、大きめのトロッコにしたのか。

 オニーシムが二つのグリップを指さす。


「前が後退、後ろが前進するためのものだ」


「ちょっと試しても良いですか?」


「おう。

乗り心地は、まだ悪いがな」


 試しに、軽くグリップを握る。

 いきなり、前触れも無く進み始めた。

 ただ後ろから、風がでている音はする。

 握り続けないとダメか。

 速度は安定しないな。

 そして、片手ハンドルでの運転だな。

 ゴムは無いので、地面の揺れはダイレクトに響く。

 確かに乗り心地は良くないな。

 だが、それを忘れるくらい……楽しい。


 強く握ると良い感じで、速度がでる。

 ハンドルの反応も悪くない。

 

 試しにブレーキを握る。

 急ブレーキではないが、やや体が前のめりになる。

 そのまま運転して、オニーシムのところに戻ろう。


 オニーシムは妙に感心した顔だ。


「もうそこまで運転できるようになったか。

大したものだな」


 まあ、転生前の知識があるからな。

 だが、それは言えない。


「いえいえ、作りが良いからですよ」


 オニーシムは上機嫌で、子供たちに振り返る。


「試験走行だから、坊主たちは待ってろよ」


 子供たちから、ブーイングの嵐が巻き起こる。

 気持ちは分かる。

 俺たちだけが楽しむのはアンフェアだろう。

 だが、安全性は担保されていない。

 俺は、子供たちに笑いかける。


「安全面で問題が無ければ、工房の庭を広げて皆がこれで遊べるように手配しますよ。

なので、安全確認をしてきます。

運動が苦手な私が問題なく操作できれば、あとは改良するだけで良いですからね」


 俺の言葉に、子供たちが歓声をあげた。

 オニーシムは自分のトロッコに乗り込んで、俺にニヤリと笑いかけた。


「では悪友よ。

2人で町に繰り出すか」


「ええ。

楽しみですねぇ」


 いざ出発というところで、ジュールが駆け寄ってきた。


「ご主君、護衛無しでいくなど危険です!」


 俺は笑って、ジュールに手を振った。

 久々の目新しい娯楽に、心が躍っていた。


「心配無用です。

アレンスキー殿、いきましょうか」


「おうよ」


 2人で、トロッコのような乗り物を運転する。

 大人2人が満面の笑みでトロッコを操縦している絵柄は、外から見ればたまらなくシュールだろう。

 だが、俺たちに恥はない。

 俺はオニーシムと2人で、風を切って町に向かって走りだした。

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