461話 煮え湯

 3日程して、霧が晴れた。

 討伐完了か。

 皆は無事だと良いのだが。

 その日の夢はあの光景だ。

 お呼ばれしたのか。


 いつもの場所に目を向けると、テーブルに突っ伏したラヴェンナがいた。

 ラヴェンナは、顔を上げずに俺に手を振った。


「パパぁ~。

疲れたわ~。

像増やしてよ~」


 何かある度にポコポコ増やしていたら、像だらけになるだろう。


「さらに増やして、どうするのですか」


 ラヴェンナは顔を上げたが、不満タラタラといった表情。


「過重労働よ。

ブラック領主だわ。

神様で労働組合を結成して抗議するわよ!」


 神様の労働組合って……どんなパワーワードだよ。

 しかもお前1人だろ。


「どっからそんな言葉を……」


「パパに決まってるでしょ」


 そうだった…。

 俺はため息をつきながら、ラヴェンナの向かいに座った。


「ともあれ討伐完了したんだな。

ご苦労さま」


「犠牲者0に抑えるの、すごぉぉぉく苦労したからね。

パパの犠牲を嫌う精神ってこんなとき……すごい重荷よ。

おかげでしばらく、なにもできないわ」


 べつに犠牲を嫌うのは領民に対してだけで、よそまでは細かく気にしないぞ。

 どちらにせよ、元からラヴェンナの力を借りようとは思っていなかった。

 今回は助かったけどな。


「ではゆっくり回復してくれ」


 突然何かを思い出したのか、ラヴェンナは悪戯っぽい顔をした。


「ああ、そうそう。

あの汚物を消毒したけどね。

なんと! その奥にさらなるダンジョンが!」


「はい?」


 ラヴェンナはドヤ顔で、俺に指を突きつける。


「さらなるダンジョンが!」


「おぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 ラヴェンナは俺の顔を見て、大笑いをした。


「貴重なパパの間抜けた顔を見られたわね。

苦労したかいはあったわ~。

本当よ。

元々ダンジョンがあったの。

儀式をするときにそれを封印したようね。

やっぱり特殊な土地って……いろいろ重なるみたいね」


「待て待て、もしかしてその奥にもっとヤバイのが……」


「あの汚物みたいなヤバイのはいないわ。

でも原初の魔物がいると、死霊術士の人が妙に興奮していたわよ。

あと……やたら元気な魔法使いも興奮していたわね。

スーパーシルヴァーナダンジョン! って騒いでいたわよ」


 パトリックとシルヴァーナか。

 パトリックは身バレしていないだろうな。

 それにしても……シルヴァーナは本当にネーミングセンスが無いよな。


「一難去って、また一難」


「でも悪い話だけじゃないわよ。

1000年以上前のマジックアイテムがあるかもしれないしね」


 思わず頭を抱えてしまった。

 これ、傭兵になっていない冒険者が世界中から集まってくるぞ……。

 外に軍を出すのは、綱渡りのような決断だというのに。


「ダンジョンでのギャンブルは、内乱が落ち着いているときなら良いのですがね」


「まあ……頑張ってね。

アイテールもお疲れだから、しばらく寝るといっていたわ。

悪臭で寝不足だったらしいからね」


 ドラゴンのしばらくか……、そのときにはきっと俺の寿命はつきているだろうな。


「では目が覚めたときにも変わらないようにしておくよ」


 つまり約定は守り続ける。

 見ていないから守らなくても良い。

 そんなことは嫌なのだ。


「そうね。

パパは律義よねぇ。

だからこそ特定の人には好かれるのだろうけど」


「そのほうが、トータルでは楽なんだよ。

その場その場で流されると、そのときは楽……というかなにも考えないですむからな。

そして大体は後悔する。

少なくとも……それを繰り返したくはないだけだよ。

俺1人なら、楽な方向に流れるけどさ」


 ラヴェンナは、小さく肩をすくめた。


「パパは1人だと、適当に物事を処理する性格だからねぇ。

悪運だけは強いから、それでも絶対に破滅しないのよね」


「最終的に楽だといっても、1人ならそこまで頑張る必要も無いだろ。

そんな生き方は大変だよ」


 ラヴェンナは大げさに、ため息をついた。


「パパは追い込まれないと、本気出さないタイプよね」


「仕方ないだろ……。

そんな性格なんだから」


「悪霊もとんでもない人をつり上げたわよね。

他人からいいように利用されるのが、何より嫌いな人を選んだわけだからね」


 正確に狙えないと、こんなイレギュラーも起こるわけだ。


「そうだな。

内容次第では利用されてやっても良いけどね。

この世界のありようが、俺の天邪鬼な性格には合わなかっただけさ」


 いわれるがまま、使徒になれば好き勝手できた。

 使徒が正しいといった結論が全て。

 理論も筋道も無く、結論を押しつける。

 疑問を、黙殺や圧力を掛けてつぶす。


 転生前でもそんな連中が大嫌いだった。

 皮肉なことにも民主主義を称している国ですら、そんなことが横行していた。

 当然そんなことをしている連中は軽蔑と嫌悪の対象だ。

 そんな嫌いなヤツらの仲間入りなんて、絶対にお断りだよ。


               ◆◇◆◇◆


 そして数日後、シルヴァーナが戻ってきた。

 ミルがいつものように教えてくれたわけだが。

 執務室に、荒っぽく扉を開けて入って来た。


「アルゥゥゥゥ! 聞いてよ! 大ニュースよ!」


「奥に昔のダンジョンでも見つかりましたか?」


 俺の言葉に、シルヴァーナが固まった。

 およそ10秒。

 我に返ると、俺の前に駆け寄り、肩をつかんで、前後に振り出した。


「なんで知ってるのよ!!!」


 俺が抗議しようとしたときだ。

 シルヴァーナが首根っこをつかまれて、俺から引き剝がされる。

 無表情のオフェリーが、シルヴァーナの首根っこをつかんだまま両手で宙に持ち上げいた。

 結構、力あるのね。

 確かに細腕でもないが太くもない。

 本人はミルのような細腕がうらやましいといっていたが……。

 それにしても……俺より力あるんでね。


「アルさまにそんな乱暴に触れるのは禁止です。

触れるときは敬意と愛情を持ってください。

あ……愛情はダメでした」


 シルヴァーナはジタバタ抵抗している。


「わ、分かったから! 離してよ! 痛いってば!」


 オフェリーはぱっと手を離す。

 シルヴァーナは尻もちもつかずに着地した。

 この辺りの運動神経は冒険者ならではだな。

 俺は、シルヴァーナを見て肩をすくめる。


「落ち着いてください。

だだ適当にいっただけですよ」


 噓だけど。

 驚いた顔をすると、自慢話が長くなる。

 だから機先を制したかっただけだ。

 シルヴァーナは少しせきこんでいたが落ち着くと、身を乗り出した。

 

「はぁ!? なんでよ!」


「シルヴァーナさんが興奮するなら、そんな理由でしょう」


 シルヴァーナはハッとした表情になった。


「ぐぬぬぬぬ。

そうやって、アタシの楽しみを奪っていくのね。

この悪魔! スケコマシ! 貧乳差別主義者!」


 なんでそうなる……。

 しかも貧乳を差別した記憶も無いぞ。


「私はシルヴァーナさん個人に、嫌がらせをするほど暇ではありませんよ」


 シルヴァーナは俺に、指を突きつける。


「じゃあ無意識にやっているのね!

思えばいろいろと、アルには煮え湯を飲まされていたわ……。

もしかして……アタシの胸の悩みもアルのせいなのかっ!」


 飲まされてるのは俺だよ。

 それと胸は全然関係ないぞ……。

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