459話 ○○モード

 ここから、未来の話か。


「今は王家を形式だけでも残して、国としての安定を図るべきでしょうね」


 キアラは少し意外そうな顔をした。


「あら、使い道がありますの?」


「消極的ですがね。

貴族たちも一応納得するでしょう。

体制維持ですから」


 ミルが難しい顔をして、首をひねっている。


「ラヴェンナを見て分かるんだけどね。

貴族でなくても……経験をつめば統治できると思うわよ。

貴族の統治にこだわる必要は無いと思うけど?」


「そこはラヴェンナだからできた……というのが正解ですね。

ずっと上からの命令に従って生きてきた人に『今日から自分で考えて行動しろ』といっても無理でしょう。

辺境だとそれでは生きていけませんから。

考える素地があるのですよ。

それこそ結局、貴族階級に助けを求めると思います。もしくは行き詰まって暴走するかですね」


 転生前でもそんな社会があったはず。

 確か軍事政権下のミャンマーだったかな……。

 日本人に会議で『自由に発言してください』といわれるとストレスを感じて、ノイローゼになる人がそこそこいたらしいとか。

 自由の無い国で生きると、自由は牢獄に感じるらしい。


 日本も本当に自由だったのかといえば……微妙なところだが。

 自由にやれといって自由にやると、空気読めといわれるときもある。

 建前上は自由だがね。

 当然、自由には許される幅がある。日本は狭い気がするな。


 欧米はネガティブリストで、日本はポジティブリストだったか。

 ネガティブリストはこれをやってはダメ。

 それ以外での自由裁量がある。

 ポジティブリストはこのリストの中から、自由に選べだったかなぁ。

 と思っていると、腕をつつく指の感触に気がついた。

 ミルに指でつつかれていた。


「アル……。

またどこかに旅立ったでしょ。

それで、どうして無理なの?」


「簡単な話です。

そんな発想が無いのです。

兎人族に殴り合いの喧嘩をさせるようなものです。

やれないことは……無いですがね。

ストレスで死ぬかも知れません。

もし無理に平民に統治させたら……おびただしい血を流して、ノウハウを蓄積するでしょうね。

同じ平民同士なら、ためらいも無いですから。

むしろ過去の支配階級を敵視して、血祭りに上げるかも知れませんが。

少なくとも……こちらから押し付ける必要は無いと思います。

しかも内乱で疲弊しているときに、そんなことをさせたら建て直す余裕すらなくなるでしょう」


 もし民主化を望むなら、民衆自身が立ち上がらないとダメだ。

 押し付けでは失敗が、目に見えている。

 古代ギリシャ人なら、簡単に政体を変えられるが……。

 フットワークが軽すぎて、勢い余って自滅していたな。

 少なくとも、ランゴバルド王国の民衆はそうではない。


「確かに無理に押し付けても良くないわね。

それこそアルが、国王にでもならないと無理よね」


 俺は、うんざりした顔で手を振った。


「勘弁してください。

私はラヴェンナで、皆さんの協力があったからこそ……うまくやれたのです。

ともかく、現在の王家を維持したほうが対外的にもやりやすいのです。

統治者が変わったら、国境線も引き直しですよ。

大量の血でね。

王家の維持をしても、国境線は確定する保証はありませんが、少なくとも相手に大義名分を探させる必要がありますからね」


「そうね、それ以外に良い方法は無さそうね。

それでどうやって、王家を建て直すの?」


 そこでアーデルヘイトが、挙手をした。


「ジアーノ君が屋敷にいるじゃないですか。

ジアーノ君の実家は、今回の話とは関係しますか?」


 クリームヒルトが、ニコニコ顔でうなずいた。


「ジアーノ君、かわいいわね。

好奇心旺盛で」


 人質だがアドルナート家の使用人も一緒である。

 彼らには屋敷の一角を提供して、そこで生活してもらっている。

 留学なので学校に通わせており、食事は俺たちと一緒だ。

 すっかり、女性陣のマスコット扱いになっている。

 母とは違うタイプの女性たちにチヤホヤされて、ヴェスパジアーノは満更でもないようだ。

 将来は女好きでもなるのか? 俺は知らんぞ。


 だが、平和なだけではない。

 使用人にスパイが紛れていてもおかしくはないと考えている。

 スパイでも敵対的ではない。

 単にこちらの情報を得ようとするタイプだろう。

 状況次第で……どうなるかは不明だがな。


 不審な動きがあれば、ミルの感知に引っかかる。

 今のところその気配は無いが、ノーマークにする気は無い。

 話が脱線しそうなので、俺はわざとらしくせきばらいをする。


「アドルナート家の人質がいても、全体の計画には影響ありません。

ファルネーゼ家の長男もニコデモ殿下も同様です。

彼らに影響されるシナリオなど、書く気はありませんから」


 つまるところ、いろいろな要素が付け加わっているが……おまけにすぎない。

 結局的に動かないならなおさらだ。

 キアラが、わざとらしく驚いた顔になる。


「あら、王位継承者も計算外ですの?」


「こちらの想定する状態に収まってくれるなら、正直誰でも良いのです。

どんな動きをするかも分からない王族を計算にいれていたら、きりがありません」


「幸いお兄さまに粘着する程度ですものね。

放置しておいてもよろしいと思いますわ。

それで、どうやって収拾をつけるつもりですの?」


「王都で仲良く、流血のコントをしている勢力を一つにします。

それをたたけば解決でしょう」


 ミルが驚いた顔になる。


「そんなことできるの?」


「正確には勝手に、誰かが暫定勝者になります。

そうなると……こっちにいるニコデモ殿下が邪魔ですよね。

頼まなくても攻めてきますよ」


 オフェリーが首をしきりにひねっていたが、諦めた様に肩を落とした。


「アルフレードさま……済みません。

違いの理由が分かりません」


 おや、耳ざとく気がついたか。

 俺は、わざと惚けることにした。


「何の違いですか?」


「誰かが暫定勝者の部分です。

どちらかではないのですか?

他の第三者がいるように聞こえました」


「ええ、そういいましたね」


 俺の軽い返事に会議室がざわめいた。

 ミルが少し頰を膨らませている。


「オフェリーに先を越されるなんて……。

油断していたわ…」


 誰が、先でも良いだろうに……。

 キアラも頰を膨らませている。


「オフェリーさん、結構油断できないですわ……。

第三者だと傭兵ですよね。

確かに可能性があるとおっしゃっていましたけど、本当にありえるのですか?」


「まあ、餌をまきましたからね」


 俺の言葉に、キアラの目が細くなった。


「耳目に何か、噂でも広めさせたのですか?」


「まさか。

キアラを飛び越して、そんなことしません。

別口ですよ」


 キアラの表情が、元に戻った。

 耳目の統括をしているからな。

 いくら俺でも、勝手にキアラを飛び越して指示を出したら面白くはないだろう。

 むしろ俺がいったから……で何でも許容するようだと困る。


「別口ですの?」


「ええ。

オフェリー経由で教会に、金の話をしましたよね」


 オフェリーが考え込みながらうなずいた。


「はい。

あのままの言葉を、前教皇に伝えました」


「それが餌です」


 一同の頭の上に、クエスチョンマークが出たような気がした。

 ミルがため息交じりに、頭を振った。


「やっぱりまだ、アルの考えには届かないわ……。

それでどんな餌なの?」


「『国のが、鉱物を取りに来い』ですよ」


 キアラがポンと手を打った。


「ああ……。

王族とはいっていませんね。

代表なら誰でも良いわけですか。

傭兵が新国王になっても構わないと」


「ええ。

目ざとい傭兵は、その言葉に気がつくでしょうね。

教会は実力が伴う存在なら、相手にすると。

そして傭兵にとっては、ぜひとも欲しいお墨付きがもらえるわけです。

いくら教会の権威が地に落ちたとはいえ、傭兵にとって正当性が無いよりは……ずっとマシです」


「よく教会が、そんな話をしますわね。

少なくとも三王家を承認していますし……。

気がつかなかったのですか?」


 オフェリーはキアラを見て、首を振った。


「いいえ。教会は布告文一通ですら、とてもうるさいのです。

絶対に気がつきます」


「その通りです。

この言葉は、今の教会にとって当面は渡りに船だからですよ」


「どうしてですか? 過去の決定を無視するような話はしたがらないと思いますが」


 俺は、人の悪い笑顔になった。


「簡単ですよ。

この布告によって、教会は王国の代表……つまりは新王を認可する権限を持つ。

そうなると、お墨付きが欲しい傭兵の新国王は教会を担ぐ必要ができます。

旧来の王家にしても、そんなことをされてはたまらない。

だから教会を尊重せざる得ない。

今の教会にとって、喉から手が出るほど欲しい影響力です。

過去の決定など、些末なことですよ」


 オフェリーはまだ難しい顔をしている。


「ですが……教会は徹底した前例主義です。

そう簡単に覆すでしょうか?」


「勿論、オフェリーの疑問は正しいですよ。

なのでタイミングを計りました。

教会が、袋小路に追い込まれて……検討する時間的余裕を失うときをね」


 キアラがあきれたような顔で笑った。


「確かに新しく教会の役割を定義しなおす、良い切っ掛けですわね。

使徒の正義を前面に押し出すのではなく、承認者としての秩序維持ですか。

随分気前が良いのですね。

死に体の教会に、助け船を出すなんて」


「果たしてそうでしょうかね。

承認機関となることは、世俗の組織になるのです。

それ以外の存在意義がありませんし、主張も持たない。

王家と大差なくなるのですよ。

今までのように……教義を押し付ける存在でなくなります。

ましてや、都合の悪い人を始末することや……貨幣の認可もできない。

ただ、即位の追認をするだけの組織になります。

教会が教会でなくなるといったところですね」


「教会の実質解体ですか……。

そして無害な事後承認機関としてだけ残すつもりですのね」


 俺は小さく肩をすくめた。


「無秩序の世界になりましたからね。

なにがしかの標識は今のところ必要でしょう。

教会はそれも承知しているはずです。

ですが……何もしなければ、組織が死にますからね。

まず生きることが先決でしょう。

元々ハッキリした教義が無いのです。

これを守れないなら存続しても意味が無い……というイデオロギーはありませんからね。

それに組織として生きていれば、挽回の可能性もあるわけです」


 将来的には不要になるだろうな。

 もし教会が分相応にしていれば、権威のみの存在として秩序の道しるべにはなるが。

 欲を出したらつぶされるだろう。

 それは、子孫たちに任せようじゃないか。

 キアラは半分あきれたような顔で、俺を見ていた。


「挽回させる気も無いでしょうに。

今のお兄さまは魔王モードですわね」


「魔王モードって何ですか……」


 キアラは俺の抗議めいた言葉を無視してほほ笑んだ。


「ラヴェンナの方針としては、教会を実質解体させるのですね。

ランゴバルド王国内乱の対策としては、傭兵に黄金をちらつかせて王都の継承者2人を排除させると。

それなら貴族たちも、本心から本家に従いますわね。

自分たちが、支配階級から落とされたくありませんもの。

表向きは王族に従う形式でしょうけど」


 追求しても無駄か……。

 俺は肩をすくめてから皆を見渡す。


「ええ、その目標に向けて手を打っています。

最終的には内乱平定の功績で、ラヴェンナの統治方法を認めさせます。

こんなところですね。

他にもいろいろ、血の神子とか使徒貨幣とか……事件はあります。ですが、あくまで枝葉です。

目標を左右するものではありません。

すっきりしたでしょう?」


 オフェリーが難しい顔で、腕組みをしている。


「ええと……。

今後余計なことはできないように、教会は別の組織に変更させる。

王家はあったほうが安定するから、形式的に残す。

そしてラヴェンナの統治方法を、ハッキリと認めさせるですか?

使徒も枝葉なのですね」


「邪魔な枝葉ですけどね。

一応使い道はあると思います。

まだハッキリとはしていませんがね」


 ミルが俺の言葉に、半分あきれたような笑いを浮かべた。


「つまり、利用価値があるのね。

今のところ、何をやっても迷惑ばかりなのたけど……」


 俺は曖昧に笑うだけだ。

 確かに、今のところは迷惑なだけだな。

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