458話 一本足の巨人

 その日の閣議が終わりになったとき、オフェリーが黙って挙手した。


「オフェリー、どうしましたか?」


「世界は内乱状態ですよね。

でもラヴェンナにいると、まるで現状が分かりません。

今世界はどうなっているのでしょうか」


「世界情勢が知りたいのですか?」


 オフェリーは静かに、首を振った。


「いえ。

ラヴェンナとして、どの方向に向かおうとしているのか……。

どうするつもりなのか分からないのです。

なのでアルフレードさまの力になりたくても、どうして良いか分かりません」


 俺は最近自覚するほど難しい顔をしている。

 オフェリーなりに心配しているのかな。


「皆さんは知りたいですか?」


 皆黙ってうなずいた。

 状況が混沌としていて、把握できないか。


「では……現状の説明から始めます。

分からなければ聞いてください。

まず、世界は使徒の平和という常識が支配する世界です。

その平和の代償として、使徒を前面的に肯定して盲信すること。

これを受け入れないと、この世に居場所はありません。

使徒の評判に、傷をつけるような存在も同じです。

たとえそれが、事実であったとしてもです」


 ミルとキアラは、静かにうなずいた。

 俺は2人にうなずき返して、全員を見渡した。


「皆さんはそこまで、この世から拒絶されているわけではないでしょう。

でも今の社会での居場所はないか……ひどく肩身が狭い人たちです。

中には仕事で引っ張り込まれて……気がついたら抜けられなくなっていた人もいますけどね」


 ルードヴィゴとオニーシムは苦笑していた。

 生活が苦しくて募集に参加したウンベルト、ジョゼフも同じく苦笑している。

 俺は軽くせきばらいをした。


「私はそんな考えることをやめた世界が窮屈でしてね。

辺境なのでラヴェンナに、新天地を作ろうとたくらんだわけです。

勿論、もともとここに住んでいる人たちも参加しやすい目標を掲げました。

そうでなくては、元の世界とやっていることは変わりませんから。

そこで掲げたのは、ラヴェンナの法に従う限り種族や信条は問わない。

そして皆で、新しい社会を作りましょう。

自分たちで考えて行動する。

そうやって築いた社会を、子孫に渡す。

自分の子供に『自分たちがお前たちに渡すために、この社会を作った』と胸を張って言えるようにね。

大なり小なり、この趣旨に賛同してもらっていると思います」


 ミルが俺に笑いかけた。


「成り立ちから話すのね。

皆知っていると思うけど?」


「オフェリーはその成り立ちは知りませんからね。

目指す物は当然知っています。

質問者なので、あえて説明しました」


 オフェリーは俺の言葉にほほ笑んだ。


「はい、有り難うございます」


 ミルは少しバツの悪い顔になった。


「ああ……オフェリーは、なんか最初からいるような感覚だったのよ。

ゴメンね」


 オフェリーはミルにほほ笑んだ。


「いえ、そう思っていただけると……とてもうれしいです」


 俺は2人のほほ笑ましい、やりとりに笑顔になった。


「そうしてラヴェンナ地方の平定が済んでから、本家にラヴェンナの特殊性を理解してもらい、分家という形で半独立しました。

そんなときに、使徒の襲撃に遭ったわけです。

もともと使徒の平和にそぐわない社会です。

外部からの攻撃は想定していました。

幸い辺境なので、誰も気にしていません。

それこそ3年かかっての平定なので遅いのではないか、と噂された程度です。

うまく平定までいけました」


 俺の言葉に、オフェリーが少し下を向いた。


「そんなときに、あの人が来てしまったのですね」


「オフェリーのせいではありません。

遅かれ早かれやってきましたよ」


 オフェリーは俺の言葉に、珍しく強い調子で首を振った。


「そうではありません。

私も間違っていたら、あの人の側でここに来たのかと思うと……とても怖いのです」


「そうはならなかったでしょう。

それは気にしてほしくありません。

もし、そうだったらと考えるのは大切ですけどね。

それは考える切っ掛けになるだけです

少なくとも怖がる必要はありませんよ。

それに私の命を救ってくれたことは紛れもない事実ですからね」


 オフェリーはほほ笑んだが、目つきが違う。

 いつもと違う熱のこもった視線だ。

 これはオフェリーの情熱スイッチが入ったな……。

 今日はオフェリーの部屋で寝る予定だった。

 寝られるのかな……。

 いかんいかん、俺は意識を会議に戻す。


「ともかく……外の攻撃に対して、準備はしていました。

それで使徒が、まんまと醜態をさらしてくれました。

教会も隠蔽できない方法で、白日の下にさらしたのです。

実家にも打診していたので、私の望み通り教会に攻撃を加えてくれました。

教会は回答ができません。

できない質問をぶつけたのですからね。

その結果、教会の信頼が音もなく崩れ去りました。

使徒以外にも、なにか正当性があれば違いましたけどね。

足が1本しかない巨人の足が、折れたわけです。

そして巨人が崩れ落ちた世界は、その振動の余波で無原則になりました」


 キアラは俺の言葉に、首をかしげた。


「無原則ですの?」


「堅い常識や信条に染まって生きていた人たちが、それをなくした場合です。

人の行動は、ほぼ無原則になるのですよ。

本当に原始的な習慣だけが残るのです」


「常識がなくなると、何も動けなくなる……のではありませんの?」


「それは最初の段階です。

ずっとそのままではいられないでしょう。

生きている限り、動かないわけにいきません。

その結果、誰かがやりたくてもできなかったことに手を出します。

それが引き金になって、世界が動き始めます」


 キアラはしばらく考えていたが、俺にうなずいた。


「つまり、貴族にすれば領土欲ですわね。

そしてそれを、手に入れる方法は何でもありになる……と」


「ええ。

使徒の平和は、その手段の選択を縛っていました。

それがなくなった以上、やった者勝ちです。

力以外でそれを止めることはできないでしょう」


 黙って話を聞いていたパヴラが、挙手をした。


「商人は特に変わっていないと思いますが、彼らは無原則ではないのでしょうか?」


「商人はもともと、経済的合理性の原則に生きています。

使徒の平和という常識で生きていないのです。

彼らを律するのは黄金ですからね。

それも使徒貨幣で、かなりの混乱を来しましたが……。

根本的に経済的合理性の原則は変えていません。

変えたら……それはもう商人ではないでしょう」


「全てが無原則になったわけではないのですね」


「ええ。

基本的には支配階級が、無原則になります。

それは最終的には、領民にも影響します。

ですが領民に無原則になってもらっては困ります。

あくまで今まで通りでいてほしいのです。

そして領民も、生活が変わらなければ今まで通りでしょう。

冒険者は使徒が定めたルールが崩壊したおかげで、無原則になっています。

勿論、冒険者を押しとどめようとします。

ところがギルドから除名されても、傭兵になれば良い。

しかも傭兵のほうがもうかる……となれば、冒険者も実質無原則となります。

勿論、そんな行為を嫌がる人たちは残りますがね。

それは個人の選択でしかありません」


 オフェリーは、少し難しい顔になった。


「使徒が押さえつけていた支配階級が好き勝手できるようになった。

使徒が決めたルールの信用がなくなって、冒険者が好き勝手できるようになったのですね」


「その通りです。

ここで現れた傭兵は、無原則の極みです。

彼らが守るのは、傭兵隊内部での規律だけ。

それも上官の言うことに従うのと敵前逃亡を禁じる程度でしょう。

王族も、使徒にリセットされないと思えば王位を奪うために何でもするでしょう。

中には勝手に自爆する人もいますが」


 キアラはすぐにラッザロ殿下を連想したのだろう。

 微妙な表情で苦笑した。


「それでちょうど王位継承時期と重なって、運悪く内乱に突入したと。

さらに使徒金貨の騒動で……混乱に拍車がかかったのですね」


「ええ、通貨は社会の常識です。

それも壊れてしまいました。

そこで支配階級が、傭兵を制御している金と言う鎖が外れてしまいました。

羊の群れに、鎖のない狼を放つとどうなりますかね」


 ミルは大きなため息をついた。


「好き放題に食い荒らすわよね」


「ええ。

羊飼いたる貴族たちにとっては、とんでもない話です。

それどころか、羊だって戦うか逃げるでしょう。

羊飼いの言うことも聞かなくなります。

このまま放置しても余り良いことはありません。

そこで、使徒に尻拭いをさせて金を用意させます。

それがもらえるとなれば、また鎖を手にすることができます。

ですが、幻の鎖ですからね。

羊飼いにかみつく狼もでる可能性があるでしょう。

それこそ自分がもらえば取り分は多いわけです。

これが現在の状態ですね。

ここまで良いですか?」


 全員がうなずいたので、俺は未来の話をすることになる。

 これが難しいなぁ。

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