457話 閑話 Troll Reincarnation
使徒ユウはずっと憂鬱だった。
ユウからみれば、周囲の人間はほとんど裏切り者だ。
自分をただ利用しようとしている。
「こんなときこそ、僕に従っていたヤツは、僕のためにデマを流すヤツと戦うべきじゃないのか!?」
ユウなりに諸悪の根源であるアルフレードを討伐するつもりだった。
だがそれには、相手が討伐するに足る力を隠し持っていることが大前提。
そうでなければ、ただの人間を攻撃したことになってしまう。
あれ以来神に問いかけても、何も言わない。
だまされた……と思った。
皆ユウに嫉妬して、足を引っ張ろうとしている。
そしてアルフレードへの憎しみを、1人で募らせている。
無力な人間のくせに、疑われるようなことをしている。
それなら討伐されても当然じゃないか。
嫌なら疑われないように、心の底から誠意を見せろ……とまで思っている。
もし転生前なら、そこまで考えなかったろう。
無力な一般人が、そんなことを考えて行動に移しては生きていけない。
転生前でもやったのは匿名掲示板で気に入らないヤツを攻撃し続ける程度。
そして自分に同意する書き込みをみると、楽しい気分になっていた。
誰もいないときは、別のIDで自分に同意する書き込みを続ける。
そうすれば、日和見どももあとに続くだろう。
無視するヤツもいるが、だいたいは誰かが反応する。
そんな日々も飽きていた頃に、ソシャゲに出会った。
最初は暇つぶしのつもりだった。気がつけばのめり込んでいた。
何より自分の価値がランクという数値で表示される。
そんな中での転生。
転生して力を得ると、全てが自分の思い通りに動いている。
自分だけではない、偉いヤツも嫁たちも自分の考えを認めて尊重してくれる。
それだけが今の救いだ。
だがその偉いヤツも、ユウからすれば裏切り者だ。
卑劣にも貴族どもは、ユウを攻撃せずに認めた教会を攻撃している。
教会も腰抜けだ。
そんなことは、醜い嫉妬だとはねつければ良いのに……と。
だがユウを取り巻く空気はとても冷たい。
そこに出て行く気にもならず、拠点で過ごす嫁たちとの日々だけが癒やしだ。
魔物の討伐も依頼があれば出て行く。
嫁たちへの依頼だからだ。
ユウにしてみれば、嫁の顔をつぶすことは耐えられなかった。
ただ現地の人たちの感謝を受ける気にならない。
こいつらも困ったから自分を頼った。
内心は他の連中と一緒なのだろうと思い込んでいる。
だから用件を片付けると、さっさと引き上げるのだ。
皮肉なことに、この行為によって評判が上がっているのも事実である。
◆◇◆◇◆
そんな転生しても引き籠もりになってしまった使徒ユウを支えて、嫁たちをまとめているのはマリー=アンジュだった。
マリー=アンジュは、あの襲撃からずっと沈み込んでいた。
小さい頃から教わっていた世界とは違う状況に戸惑っている。
だが、ユウを見捨てる考えは無い。
ユウを否定することは、自分を否定することにつながる。
そもそもそんな考えを持たないように育てられていた。
だから、姉であるオフェリーは理解不能だ。
ユウを拒絶して、あろうことかただの人間の側室になった。
しかも本人が強く望んでのこと。
ユウの頰にビンタをした話を聞いたときは、開いた口がふさがらなかった。
それでも、他に悩みを打ち明ける相手もいない。
ある意味孤独なマリー=アンジュにとって、オフェリーとの手紙だけが心の支えとなっていた。
ラヴェンナでの生活を語るオフェリーの手紙はとても幸せそう。
姉妹なので文章だけで心情が分かる。
アルフレードのことは話さないが、自分のことをよく書いてくる。
その内容で分かってしまう。
そして自分の考えなどを、ハッキリ書くようになっていたからだ。
『お姉さまは変わった』と、マリー=アンジュは実感した。
そんな手紙の内容でも、自分のことを気遣っている。
回答を期待せずに、悩みを打ち明けたときに的確な回答が返ってきた。
多分、アルフレードに相談しているのだろうと推測する。
オフェリーでは、絶対に思いつかない視点からの回答だから。
手紙を読んでうらやましいと、少し思っている。
頼りになる男性には憧れていた。
だが使徒は、精神的に幼いので……しっかり導くようにと教えられていた。
だから積極的に導くように動いていた。
他者からみれば操り人形かもしれないが、使徒ユウがあまりにも幼いのだ。
しっかり操縦しないと危うい。
危うさがあの暴走に現れてしまった。
そこまで追い込まれていたのか、別の存在に唆されたのかは分からない。
それでも大きくなった拠点の運営をしなくてはいけないのだ。
ユウは、細かいことには関わりたがらない。
大枠を決めるから、あとは皆でやってくれと言われている。
ノウハウも無いので途方に暮れていたときもあった。
藁にも縋る気持ちで始めたオフェリーとの手紙でなんとかやれている。
ユウが引き籠もっているので、嫁たちで切り盛りをしなくてはいけない。
嫁たちはそれぞれの部屋にローテーションで集まって、話をする習慣となっている。
会議室のようなものを作るのは、ユウが嫌ったためだ。
憩いの場に仕事を持ってくるなと言うのだ。
部屋に集まった嫁たちを、マリー=アンジュは見渡した。
「現状の運営で、問題はありますか?」
治安担当の人間ノエミ・メリーニが、少し疲れた顔でうなずいた。
「ユウさまを頼ってやってくる人が……増え続けています。
教会や王国は、何をやっているのでしょうか……。
人が増えると小さな問題も多くでます。
仕方ないので使徒騎士団から、人をまた送ってもらわないといけませんね。
もう追い払いたいところですが、ユウさまはそれを望みませんし……」
マリー=アンジュはノエミにうなずいた。
「ではノエミはそのようにしてくださいね。
ユウさまには内密にしないといけませんね。
また自分を責めて悩んでしまいますから」
内政担当の魔族アンゼルマ・クレペラーがうなずく。
「そうね。
内政だけど……ユウさまの魔法の農地で、食糧は大丈夫よ。
でも外から物品の購入が難しくなっているわ。
商人たちが薄情にも、ユウさまの貨幣での取引を渋りだしたのよ」
4番目に嫁になった猫人のユリエ・ベドナージョヴァーが、不機嫌な顔になる。
「アレでしょ、辺境で貨幣が石や泥になったなんてデマよ。
そんな心配なら……そこで取引しなければ良いだけよ」
5番目に嫁となったダークエルフのカルロッテ・オリーンも同調した。
「あの呪われた地ね。
しがみつき共がいるところよね」
辺境は、ラヴェンナのことを指している。
ラヴェンナと言う単語はここでは禁句。
ユウが嫌がるからだ。
それどころか叫んで……自室に引き籠もってしまう。
ダークエルフは、エルフを蔑称として『しがみつき』と呼んでいる。
正しさにしがみつくことから来ている。
マリー=アンジュはカルロッテに苦笑した。
「カルロッテ、ユウさまの嫁に、エルフがきたら仲良くね」
「分かっているわ。
ユウさまが悲しむからね。
でもしがみつきとは、仲良くできないわ。
あくまでユウさまの嫁とだけよ」
アンゼルマが深いため息をついた。
「それで困っているのよ。
どうしたら良いのかって。
ユウさまにこのことは話せないわ」
マリー=アンジュは、少し考えてから口を開いた。
「食糧と物々交換にしましょう。
今は食糧が、どこも不足しているわ。
食糧は余り気味だからね。
私たちはユウさまに、魔法の袋をもらっているから……それを使いましょう」
これは、オフェリーの手紙で、『貨幣の価値がなくなったら物々交換になる』とあったからだ。
多分、今回のことを見越してのアドバイスだったのだろう。
アンゼルマは感心したような顔で、マリー=アンジュをみた。
「さすがはマリーね。
早速そうしましょう」
マリー=アンジュは、新しく入った人間の嫁ブリジッタ・ティルゲルをみた。
今回の内乱で孤児になってしまった。
魔物討伐に出掛けたユウが、たまたま気がついて嫁にした経緯がある。
「ブリジッタ、住民の健康はどう?
お米ばかり食べると、栄養が偏るらしいから注意してね」
ブリジッタは、医者の娘だったので今回の役割が与えられた。
役割は、ユウに決めてもらっている。
そうでないと不機嫌になってしまう。
分担方法は曖昧だ。
大臣職はラヴェンナでやっていると聞いて、絶対に嫌だと言い張って……違う方法を考えたらしい。
マリー=アンジュは全部を統括。
教会との折衝も担当する。
ノエミは治安担当。
アンゼルマは内政全般を統括。
ユリエとカルロッテは、そのフォロー。
医療担当はブリジッタ。
ブリジッタは、明るい顔でうなずいた。
「はい。
ここに来て体が軽くなった……と言って皆さん元気です」
マリー=アンジュはほっとした顔でうなずいたが、一転暗い顔になる。
「教会からの鉱脈の調査と採掘の依頼。
どうユウさまにお願いすれば良いのかしら……」
嫁たちが集まっても、答えはでずじまい。
後日マリー=アンジュの暗い顔に気がついたユウに……問い詰められて伝わった次第である。
「マリーを悲しませるわけにはいかない」
意外とユウは快諾したのだ。
だが最後にユウが言った言葉は、嫁たちにとっても難しい話だったが。
「悩んでいないで、何かあれば遠慮無く言ってくれよ。
皆は僕の、大事な嫁だよ」
機嫌を損ねないようにユウの嫌がる話を伝えるのは、マリー=アンジュにとっても難事なのだった。
このときばかりはさすがのマリー=アンジュにしても、直言を歓迎し、相手をいたわるアルフレードの周囲がうらやましかったのである。
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