456話 教育的指導の返礼
お守りは人数分プラスアルファを用意させた。
その時点で、ラヴェンナ像の広場に報告に向かう。
恥ずかしいから一人でいきたい……がそんな贅沢は俺に許されない。
同行しているのがキアラ。
それが、せめてもの救いだ。
キアラにもラヴェンナのことは伝えてあるからな。
俺が使徒にやられて生死の境をさまよっていたときに、ラヴェンナが夢に出てきたからあっさり納得してくれた。
若干拍子抜けだが、いろいろ話をしたらしい。
広場で仕方なく小さい声で『準備完了』とだけ言った。
キアラはクスクスと笑っている。
「人使いの荒い女神ですね。
いっそお兄さまの部屋に像を置いてはどうですか?」
無邪気で恐ろしい提案に、俺は小さく身震いした。
「プライベートまでのぞかれるなんて恐ろしいですよ」
「見られたくないときは、布でもかぶせれば良いでしょう」
俺は大げさにため息をついた。
「声が聞こえます。
だから設置しても会議室ですよ」
「そうですわね。
じゃあそのようにしましょうか」
「いや……すると決めたわけではないですよ。
それに今は、内乱の対応で予算の使い道を絞っているのです。
理解が得られませんよ」
キアラは小さく肩をすくめた。
「仕方ありませんね。
でも本の購入だけは続けているのですね」
「本は今投げ売り状態です。
あとで買うと、絶対高くなるのと……」
「他になにかありますの?」
「教会が略奪にあうと、失われる可能性が高いからです」
キアラは頭を振って、小さく肩をすくめた。
「確かにそうですわね。
でも買って筆写して……図書館コースですわね。
お兄さまのポケットマネーなのに、自分で読めていないのでは?」
「暇になればじっくり読めますよ……多分。
それと皆の知識が高まれば、それはうれしいので構いませんよ」
キアラは意味深な笑顔になる。
「だと良いですわね」
何かたくらんでいないだろうな……。
◆◇◆◇◆
キアラにせがまれる形で、いつもの喫茶店に入る。
キアラは、ニコニコしながら、デザートをつついている。
「そういえば……。
イザボーさんからの申請はどうされますの?」
フロケ商会は安定的な収入が必須なので、ラヴェンナでの商売を主力にするらしい。
既に幾つか各地に店を出している。
そこで付加サービスとして、情報の流通を希望していた。
ラヴェンナでは官報で、世界情勢などを追記している。
それが好評なので、領内の話なども含めて売り物にしたいと。
具体的には、食堂や酒場を始める。
そこで情報の張り出しなどをしたいそうだ。
あとは外の世界でもやっていた演劇の公演も考えているらしい。
「良いと思いますよ。
デマを流されても困りますけどね。
フロケ商会にとってラヴェンナの治安が下がるとマイナスです。
おかしな内容は流さないでしょう」
「でしたら……どうして検討するって言ったのですか?」
俺は小さく肩をすくめた。
「即答すると、周囲が誤解します。
なんでも通るなどと甘えられて、あとで逆恨みされるのもばからしい話ですよ。
イザボーさんはわきまえていても、周囲がどうかと言ったところです。
そもそもかなりの好条件で迎え入れていますからね。
今は感謝しています。
ですが無原則に好意を示していると勘違いさせれば、いつか一線を踏み越える可能性が高いでしょう。
いわゆる……甘えや図に乗るってやつです。
なので申請は精査している……とアピールしておく必要があるのですよ」
将来はメディアに成長するかもしれないな。
適度な緊張関係であれば、統治側にも良い刺激になる。
将来どうなるかは分からないし、今どうこうできる話ではない。
「確かにお兄さまは、一見温和で物腰が低いですからね。
実績を見ている人はなめると、とんでもない目にあうと知っていますわ。
知らない人だと、確かに甘く見るかも知れませんね」
俺は出されたお茶を飲みながら、外を眺めた。
自覚はあまりないが、俺はかなり悪辣な手を得意とすると思われているようだ。
たくさんの呼び名がある中で魔王が主流になっている……。
俺はただ楽な手を選んでいるだけなのだが。
「ですが……法に陥れるようなまねはしたくありません。
暗黙の警告を出すだけで良いでしょう。
話せば分かる相手になら、話を惜しむべきではないと思いますからね」
「法に陥れる? どんな意味ですの?」
「相手が法に違反するように仕向けて……処罰することですよ。
もしくは違反しやすい状況をわざと作ることですね。
確かに一罰百戒が期待できます」
キアラはいつの間にか、メモを取っていた。
油断も隙もありゃしない……。
「確かに他の領地ではよく見る光景ですわね。
お兄さまはデメリットが多いと思っているのですね」
「相手が犯罪組織なら構いませんけどね。
普通に法律違反をしない人には有益でないと思っています」
囮捜査自体は否定しない。
それは、相手が犯罪の常習犯など悪質なケースだ。
奇麗事だけだと悪党は、その裏をかくからな。
「それは法律への信用度の話です?」
「いえ。
それを認めると、足の引っ張り合いが常態化するのですよ。
はめれば相手を蹴落とせますからね。
そうなると……事なかれ主義が横行して、組織はゆっくりと死に向かいます。
違反した人を罰するのが法律ですが、違反させようとするのは用途が違います。
人を罰するということは、一種の武器なのですよ。
武器は使わなくて良い人に使う必要はありません」
裏を返せば、使わないとダメな相手にはためらってはいけない。
「確かにそうですわね。
問題ないような申請ですら検討されるなら、普通の人なら慎重になりますわ」
「イザボーさんも、部下を抑える手間が省けるでしょう。
ラヴェンナ市民との結婚を認めましたが、人によってはラヴェンナにコネができたと思うでしょう。
それで利益を得られると考える人が出てくる可能性もあります」
キアラは俺に苦笑している。
「本当にお兄さまは、気苦労が絶えませんわね」
「仕方ありませんよ。
防火より、火事になってからの鎮火のほうが大変です。
それに……」
「それに?」
「内乱の対応に、本家にまた出向く必要があると思っています。
そのときにラヴェンナで問題が起こっても困りますから」
キアラは大きなため息をついた。
「やっぱりそうなりますのね」
「ええ、貨幣騒動で内乱が加速するでしょう。
そうなると、遠隔操作では間に合わない可能性があります。
そして最悪ラヴェンナの軍を動かす必要も出るでしょう。
そうなったら、私が出向かないと本家の騎士たちも納得できませんからね」
「騎士団では追いつかないのですか?」
「相手が騎士であれば、私が出る幕はありません。
傭兵が押し寄せると、騎士では十分な対処は難しいでしょう。
数が違いすぎますからね。
敵もそれは理解しています。
ですが敵は、まず正面にいるダンスのお相手を殴り倒さないといけません。
今は比較的安全ですよ。
今はね」
キアラは少し眉をひそめた。
「それでも野盗が増えているそうですわね。
デステ家あたりが……けしかけていそうですけど」
「食糧援助して恨まれるとか……兄上たちは、なにをやったのやら」
「きっと……きついお仕置きをしたと思いますわ。
内容を聞いても笑ってごまかしていましたもの。
『教育的指導』って言ってましたわね。
普段から政務に忙殺されていますから……それを怠って、醜態をさらす貴族には容赦ないでしょう」
俺は、キアラの言葉に苦笑してうなずく。
「だからこそ煙たがられて、家格の釣り合う貴族の結婚相手がいないのですがね。
その話は止めておきましょうか」
キアラは少しなにか期待する顔になった。
「お兄さまはデステ家に、お仕置きをする気はないのですか?」
「ラヴェンナに注目している人たちに、余計な手札を見せる気はありませんよ。
それに大勢力をたたけば、あとは好きなように料理できるでしょう。
それこそ父上たちが、あとで締め上げるために材料をそろえているはずですよ。
その楽しみを奪うのは……野暮と言うものです」
キアラは俺の言葉に、俺にはあまり見せない黒い笑いを浮かべた。
「やっぱり大物を仕留める気ですのね。
それで傭兵とコネを持てないか調べさせているのですね。
お兄さまが、どんな仕掛けでお掃除するか楽しみにしていますわ」
本家は王国内でトップの武力で知られている。
それを頼って中小貴族の子弟が見習い修行によく来ていた。
使徒降臨前後は出会いの機会を失いたくない理由で……引き払っていたがな。
これだけ傭兵が増えれば、そっちで立身出世を狙う人はいると考えている。
傭兵にも騎士崩れや冒険者崩れが流れ込む。
その中で確実に厄介になるのは騎士崩れだ。
騎士の戦い方を知っているし、どうやれば勝てるかも詳しい。
冒険者は、そこまで心配していない。
少数ではとても強敵だが、人数が増えると統一的行動は取れないからだ。
天才がいて目覚めるかもしれないが、それならすぐに頭角を現すだろう。
傭兵は成果が上がれば目立つ。
「どうなるか分かりませんよ。
傭兵でもいろいろな種類の人がいます。
ですからそれによって、手を変える必要があります。
私がもう先を見通して、手を打っているわけではありませんよ。
まだ準備段階ですらありません」
「それはお兄さまのやり方を見ていますもの。
まだ狙いすら定めていないでしょう。
でも傭兵が、主力で攻めてきたときの対処は幾つかお考えなのでしょう。
ラヴェンナの軍を使うとおっしゃっているのは、騎士団の戦いでは勝てないとお思いですの?」
俺はお茶に口をつけてから、肩をすくめた。
「勝てるでしょう。
ですが領民への被害は甚大になるでしょうね。
私は分家の人間ではありますが、本家で育ちました。
ということは、領民の税によって育てられたようなものです。
だから本家との衝突を恐れて守れるものを守らないのは……寝覚めが悪いのです。
それにこの内乱は、私が派手に使徒の平和をぶっ壊したせいでもありますからね」
キアラはジト目で俺を見ていたが、やがて諦めた様にため息をついた。
「ほんと……お兄さまは、人が良すぎですわ。
性分でしょうから止めても無駄でしょうけど。
その優しさは、せめて本家の領民までにしてくださいね。
無制限に広げていくとお兄さまが、精神的に参りそうで心配ですもの」
優しいとは思っていない。
ただの貸し借りだと思っているだけなのだが……。
優しいように見えるのだろうなぁ。
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