454話 胸に希望を

 キアラとシルヴァーナを伴って、ギルドの支部に向かう。

 そのまま、パトリックの部屋に通された。


 パトリックはキアラがついてきていることに、少し驚いたようだった。


「アルフレードさま、わざわざお呼び立てして済みません。

最後の詰めを確認しておきたかったもので」


「いえいえ、大変な討伐ですからね」


 ミルを含め、女性陣にはパトリックの素性は明かしてある。

 隠すのが面倒なのもあったからだ。

 知らずに違和感を持って調べられても、時間の無駄になる。


 話は念のための再確認と、ラヴェンナのお守りをどう使うかで終わった。

 この手の話だと、シルヴァーナは普段と打って変わって真面目。

 頼れる姉御って感じになる。


「ところでパトリックさん。

死霊術士の戦い方って、アタシは知らないのだけど。

ゾンビかどこからともなく呼び出すの?」


 パトリックは、小さく笑いだした。


「いやいや。まず材料がない。

それと血の神子の叫びで破壊されるからダメだよ。

死霊術士の戦い方は魔法使いと大差ないさ」


「魂が壊されるんだよね。

死体には関係ないと思ってたわよ」


 パトリックは、小さくため息をついた。


「まあ、死霊術士は広報活動なんてしないからなぁ……。

そもそも死体を動かすのは、魂が抜けた空洞に力を注ぎ込んで動かすことだよ。

魂が破壊されるってのは、その器ごと壊されるんだよ。

だからタダの死体になって、二度と動かせない」


 せっかくの機会だ、俺への広報活動をしてもらおう。

 暇であればだが。


「墓場から死体を動かすことはできるのですよね」


「できますが……土が硬いと出るのに一苦労ですよ。

それと武器を持たない死体にできることは、かみつく程度ですよ」


「死体の力は強くないのですか?」


 パトリックは俺に苦笑した。


「一体に絞れば、強くはできますけどね。

それでも骨格を強化できるわけでもないので、余り意味がないですね。

死体を動かすことばかりに注目されますが……。

死霊術士は別の研究から派生した職業です。

元々はホムンクルスを生みだすための技術です」


「つまり器に力を流し込んで動かす技術ですか」


 パトリックは、うれしそうにうなずいた。


「ええ、死体を動かす方法と……ホムンクルスを動かす原理は同じなのです。

乱暴な言い方をすれば、死体を動かすか……人工的につくった肉体を動かすかの差でしかありません」


 シルヴァーナが、パトリックの言葉に首をかしげる。


「スケルトンも動かすでしょ。

あれは別じゃないの?」


 パトリックは、楽しそうに首を振った。

 研究者気質で質問されるのが好きなようだ。


「それは研究過程で同じであると結論づけられたよ。

つまり筋肉などは不要なのさ。

筋肉は生きている体を動かすのに必要。

死んでいる体を動かすのには不要」


 シルヴァーナは、頭を抱えだした。


「それ意味が分からないわよ……。

それって足がなくても立てるの?」


「いや、宙に浮くことはできないからね。

足がないと、地面をはうだけさ。

手足がないと動けない。

自然魔力から発生するアンデットとは違うからね」


 確かに違うのだろうな。


「話を聞いていると、ゴーレムのように聞こえますが」


「それとも違いますね。

違いは今度説明しますよ。

生物にはそれぞれ、固有の魔波を持っています。

骨にもそれが刻まれているのですよ。

器に力を注ぐことで、自然と生前の形をとろうとします」


 なんとなく分かったな。


「それでどうやって動かすのですか?」


「魂の概念にも関わってきますがね。

うーん、どう説明しようかなぁ。

死後数百年は魂の残りかすが、肉体に残っているのですよ。

器はほぼ空洞ですけどね。

魂の器は酒を入れる革袋だと思ってください。

魂を酒に例えます。

生きているときは酒が入っています。

死ぬと酒がこぼれ落ちますが、少し残りますよね。

死霊術はその革袋に、無色透明な酒を注ぎ込むようなものです。

そうすると残った革袋は薄まりますが、生前の色と香りの酒として満ちるのです。

そこに原始的な欲望を注ぎ込みます。

薄まっているので原始的な欲望しか処理できません。

そうすると勝手に動き出す……といったところですね」


 話を黙って聞いていたキアラが、少し難しい顔をした。


「魂の残りかすって何ですの?」


 パトリックは腕組みをして、難しい顔になる。


「人は魂の泉とつながった状態で生まれてくるそうです。

泉と人の魂が川でつながっている……と思ってください。

そして人の記憶や感情が川をさかのぼって、泉に注ぎ込まれるらしいのです。

そして死ぬときは、川が途切れるとありました。

泉にたどり着かなかった記憶は、そのまま残ります。

それが魂の残りかすと呼ばれています。

だから魔力が強い場所で人が死ぬと、その残りかすが幽霊として目撃されるらしいのです。

ただ徐々に薄まって……400年くらいで消えるそうですよ。

まあ……泉の話は伝承で誰も確認したことがありませんけどね」


 キアラは何かを考え込んでいた。


「あそこなら、皆に会えるのかしら……」


 第5の拠点か。

 難しい顔のキアラに、パトリックは苦笑した。


「もし亡くなった人の幽霊に出会えたとしても、それは魂の残りかすでしかありません。

本人ではありませんよ。

見た人の魂に、残りかすが反応するときはあるかも知れませんが」


 ことが落ち着いたら、キアラを連れていってみようかな。

 もし何か引きずっているなら、区切りになるかもしれないし。


「キアラ。

内乱が落ち着いたら、一度あそこに行きましょうか?」


 キアラは少し驚いた顔になったが、うれしそうにほほ笑んだ。


「ええ。

できれば2人きりで」


 また難しい話を……。


「善処しますよ……」


 パトリックは興味深そうな顔をしていたが、少し真面目な表情に変わった。


「キアラ嬢は魂に、興味がおありなのですか?」


 キアラはうなずいて小さく笑った。


「ええ。

魂と言えばば唐突ですけれど……。

生まれ変わりってどうして起こるのでしょうね?」


「確証はありませんよ。

あくまで先人が考えた推測にすぎません」


「ぜひ聞かせてくださいな」


 パトリックはアゴに手をあてて、目をつむった。


「泉と川の話と関連します。

死ぬと泉に注がれるはずの記憶は、行き場をなくしてその場に漂うそうです。

そもそもどんな空間なのかは不明ですが。

人は泉から魂に川が流れ込んで生を受けます。

まれにその川が漂った記憶と交わるのですよ。

そうなると生まれるときに漂った記憶は魂に押し込まれる……と研究日誌にありましたね。

だから正確には生まれ変わりではなく、記憶が紛れ込んだと言うようです」


 抽象的なことを、懸命に分かりやすく説明してくれている。

 結構筋が通っている。

 実は教えるのが好きなのか?


「よくそこまで、仮説を立てられましたね」


 パトリックは苦笑して、頭をかいた。


「先人の中にはアルフレードさまや、私のような知識欲の亡者がいたのです。

死霊術を研究しているつもりが、そっちに脱線して生涯かけて推論を続けた人もいたのですよ。

その人の研究結果です」


 シルヴァーナがつまらなそうにあくびをした。


「アタシには全く理解不能ね。

そんな生まれ変わりより、豊胸技術を研究した人はいないの?」


 ブレねぇな。

 俺はつい苦笑してしまった。


「もしかしたら……いたかも知れませんね」


 パトリックもつられて笑いだした。


「ホムンクルスの製造過程を応用して失われた頭髪の蘇生に挑んだ先人はいました」


「成功したのですか?」


「一応は……。

ですが費用がかかりすぎたのです。

そのショックで毛が全て抜け落ちてしまいました。

研究前はゾンビだったのが……スケルトンになったと笑われたそうですよ」


 思わず吹き出してしまった。

 切ないな。

 ん、待てよ……。


「ホムンクルスの技術を応用して、手や足を失った人にそれを取り戻してあげることはできないでしょうかね」


「私も興味があったので調べましたが……。

先立つものがありません。

アルフレードさまがスポンサーになっていただけるなら研究しますよ。

知り合いも呼ぶことになりますが」


「そうですね。

落ち着いたら研究してもらって良いですか?

豊胸よりはずっと建設的でしょう」


 シルヴァーナは憤慨した顔になった。


「何言ってるの! 乙女の胸に希望を建設するのよ! 大事に決まってるでしょ!」

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