443話 カムフラージュ作戦
目が覚めると、重たい疲労感に満ちていた。
まだ夜が明けていないので、再び眠りに落ちる。
当然疲労感が少し残っている。
だがまだ20歳の肉体だ。
至って元気である。
目が覚めてから、パトリックに会いに行くことにした。
今回は話がデリケートなので、シルヴァーナを呼んで共に向かう。
俺の隣を歩いているシルヴァーナは、頭をかきながらため息をついている。
「アタシをご指名ってさぁ、アル・レディーズからの風当たりがきつくなるから面倒なのよね」
「アル・レディーズってなんですか……」
シルヴァーナはあきれつつも白い目で俺を見る。
「んなもん分かるでしょ。
ミルを筆頭に5人の女性グループよ」
あえて否定したくて聞いたが無駄な努力だった。
やぶ蛇になるので話題を変えよう。
「ギルド関係で、少し入り組んだ話になります。
担当大臣の同席を求めるのは適切ですよ」
シルヴァーナは、大げさに肩をすくめた。
「ハイハイ。
呼ばずに出向くのは、なにか理由がありそうだしね」
「話を聞けば、嫌でも分かりますよ。
言っておきますが……」
シルヴァーナは軽い感じで手を振った。
「他言無用ね。
分かっているわよ。
大臣になると喋れないことが多いのよねぇ」
◆◇◆◇◆
パトリックの研究室に入ると、少し小ぎれいになったパトリックが俺を出迎えた。
ちゃんと風呂に入ったらしい。
「アルフレードさま、名案でも浮かびましたか?」
「一つの条件がクリアされればですね。
そうでなければやんごとなきお方に、ダンジョンごとつぶしてもらいます」
パトリックは腕組みをして、渋い顔になった。
「条件が満たされないと、危険を防ぐために破壊する。
それが決定事項であるわけですね」
シルヴァーナが片手を、顔に当てた。
「それは嫌だなぁ。
正式に認可されたらシルヴァーナ・ダンジョンってなるのに」
スタジアムじゃあるまいし、命名権かよ。
しかも入ったら皆胸がアレになるんじゃないか?
突然シルヴァーナは俺に肘鉄をかましてきた。
「アル、どうせ失礼なこと考えていたでしょ!」
変なところだけは鋭い……。
「滅相もない。
被害妄想ですよ。
話を戻しましょう。
ここに来たのはギルドの力を借りないと条件を満たせないのです」
パトリックは俺を伺うような表情になった。
「条件をどうぞ。
現在の惨状で、どこまでできるかお約束は難しいですが」
「腕利きの死霊術士を1人、派遣してほしいのです。
血の神子本体を倒すのに不可欠でしてね」
シルヴァーナはびっくりした顔になる。
「死霊術士? アタシも組んだことないわよ。
いるとは聞いたことあるけどさ。
見たことはないのよ」
パトリックは渋い顔をして腕組みをしている。
「理由をお聞かせください。
死霊術士は表に出てきたがりません。
それはご存じでしょう」
気味悪がられて、社会での居場所をなくすからな。
冒険者とまれにパーティーを組むこともあるが一時的だ。
自分が死んだらゾンビとして使われるかもと思うと、一緒には戦えない。
死霊術士への一般的イメージは、研究第一で倫理もへったくれもない。
一般人からしても、気味悪い存在だからな。
決定的なのは、使徒が死霊術士を嫌っていた。
この流れで、完璧に差別される職業として固定化してしまった。
だが、この世にアンデッドを使うと安全なケースがあり、一定の需要はある。
また、人嫌いが他人と関わらなくて良いように自ら職業として選ぶケースもある。
このパトリックの主張は正当だろう。
俺はプランを詳細に説明した。
ラヴェンナやアイテールの存在は、やんごとなきお方でボカしたがな。
説明が終わると、シルヴァーナが腕組みをしていつになく真剣な表情をしている。
「それだと確かに、死霊術士の出番よね。
ディスペルも負の魔術には効かない……。
むしろ強化しかねないわね」
そうだな。流石に本職に関わることの判断は正確だ。
ディスペル・マジックは正の魔力を拡散させて無効化させるもの。
ここでは役に立たないどころか有害になる可能性まである。
パトリックは腕組みをしたまま、俺を凝視した。
表情を消しており、心の底は分からない。
「なるほど……。
確かにご指名も納得です。死霊術士が適役でしょうね」
「どうでしょうか。
ギルドのほうで探せませんか?
仕事を依頼する関係上把握していると思います」
パトリックは小さく首を振った。
「死霊術士は基本的に人間不信ですよ。
便利使いされることも多いのです。
終わったらポイ捨てですからね。
なのでメリットの提示と約束を破らない確証がないと彼らは動きません」
なるほどなぁ。
敬遠される職業だと、そんな扱いもあるわけだ。
使徒のお墨付きがあるから、そんな扱いをしても構わないと周囲は思う。
そして死霊術士は人間不信を加速させて溝が深まる。
そんな状態でリスクを負ってまで、よその助けはしたくないだろう。
「報酬として希望には、可能な限り添いましょう。
失敗してもちゃんとケアします。
特殊な仕事でリスクを負うのです。
それ相応の見返りをラヴェンナは出しますよ。
何でしたら正式に書面にしても良いです」
パトリックはしばし考え込んでいたが、やがて小さくため息をついた。
「死霊術士とて人間です。
安住の地を欲しがる者はそれなりにいます。
そしてラヴェンナの住みやすさは一部には知られていましてね。
もしラヴェンナ市民権を希望したら、どうされます?」
「構いませんよ。
研究にラヴェンナ市民の墓を荒らすなどしなければですが。
つまり法に違反しなければです。
特権を持った市民でなく市民ですから」
シルヴァーナが俺に驚いた顔をむけたが、すぐに苦笑に変わった。
「確かにアルらしいけどさ。
皆が気味悪がったらどうするの?」
「気味悪がるのを止めろとまで言えません。
ですがそれを理由に、市民としての権利を認めないことは許しません」
パトリックは俺の言葉に、小さく笑った。
「アルフレードさまの言葉であれば信用できそうですね。
分かりました。
死霊術士を手配しましょう。
期限はいつ頃までを想定していますか?」
「次の新月以降ですね。
こちらも叫びを無効化するアクセサリーを、参加人数分用意する必要がありますから。
神子の舌への対処は、冒険者にお任せしたのですよ。
無理そうなら、こちらで人を出します」
「では、そのように手配しましょう。
舌への対処は残っている冒険者たちに頼みます。
そうでないと彼らも納得できないでしょう」
「死霊術士からの報酬は、決まり次第お伝えください。
よほど法外でなければ受け入れますから」
ここで、値段の交渉をする時間的余裕はないだろうな。
パトリックは俺の言葉に、小さく笑った。
「では、この場で決めてしまいましょう」
「もしかして?」
「はい、私が死霊術士ですよ」
そんな気はしていたので俺は驚かなかった。
シルヴァーナがポカーンと口を開けていた。
しばらくして、首を振るとパトリックに詰め寄った。
「ちょっと初耳よ!」
パトリックは至って平静だ。
「それは初めて言いましたから」
シルヴァーナは俺に向き直った。
俺の表情が何も変わっていないのを見ると、あきれ顔になった。
「アルは全く、気にしてないのね……」
「当然でしょう。
虚偽申告でないので、怒る理由などありはしませんよ」
シルヴァーナはため息をついて、ポリポリと頭をかいた。
「ああ……そっか。
冒険者同士だとそうやって本職を隠すのはタブーなのよ。
命を預ける同士だからね」
「それは正しい認識でしょう。
ラヴェンナで生活する分には、特に問われる部分ではありませんね。
繰り返しますが、法律に違反しなければ良いですよ」
パトリックは俺の言葉にうなずいた。
「私も別に、積極的に明かすつもりはありませんでした。
ラヴェンナには研究と生態解明のために来たので、死霊術士の力など使う必要はありませんでしたからね」
シルヴァーナはバツが、悪そうに舌を出した。
「アルが問題ないなら、アタシも反対する理由は無いわ。
でも、全く気がつかなかったわよ」
パトリックはシルヴァーナを見て苦笑した。
「人の中で生活しないと生きていけないですからね。
それと分かったら敬遠されて生活しにくくなりますよ」
人里離れたところに済んでいるイメージがある。
だが生きていくなら町にいたほうが楽だな。
研究する必要があるときだけ人里離れれば良いわけだ。
「確かに、社会に溶け込むなら……目立つのはよくありませんね」
シルヴァーナは1人で首をかしげていたが、パトリックに興味津々といった表情をむけた。
「クノーさん。
もしかして、死霊術士のコスチュームを持ってるの?」
「持参していませんがね。
持っていますよ。
使う気がなかったので、自宅に置きっぱなしです。
ですから送ってもらいます」
俺はこの怪しげな会話に、疑問を呈さずにいられなかった。
「コスチュームってなんですか。
制服みたいなものがあるのですか?」
シルヴァーナはなぜかない胸を張った。
「死霊術士ってみんな、同じ格好をしているのよ。
全身を覆う黒いローブに、ドクロの杖。
顔全てを隠すマスク。
これが死霊術士のコスチュームよ」
それって皆同じ格好しているように聞こえるのだが。
「個性はないのですか?」
パトリックが突然笑いだした。
「むしろテンプレ的なコスチュームにしたほうが、そっちばかりに印象づけられますからね。
日常生活で普通の衣服になっていれば……誰も気がつきませんよ。
これは死霊術士同士での申し合わせ事項です」
なんだろう。
この涙ぐましいカムフラージュ作戦……。
「では報酬が決まり次第、シルヴァーナさんに伝えてください。
ここからの折衝は、シルヴァーナさんにお任せしますよ」
パトリックはシルヴァーナを見てうなずいた。
「当日、私は作業着に着替えて仕事名を名乗ります。
ギルド職員は当日不在になるので、現場の監督はシルヴァーナに頼むつもりですよ」
まあ、そうだな。
隠しているなら、そうなるわな。
シルヴァーナはと言えばない胸を張っていた。
「任せなさい。
シルヴァーナダンジョンの存続のためなら一肌脱ぐわよ……って本当に脱がないからね!」
そんな、ベタなボケはいらんよ。
突っ込む気もない。
それより、一つ気がかりなんだよな。
「その必要はありませんよ。
本来なら大臣が、現場に出張るのは良くないのですがね」
「人がいないしね。
役所で現役冒険者は、アタシ1人だけだし。
まあ、たまには魔法をぶっ放さないとスッキリしないからね」
ストレス発散で、近所迷惑の爆発魔法はするなよ……。
釘を刺しておくべきか。
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