442話 パパは細かくて面倒くさい

 負の魔力ねぇ。

 どんな話がでるのやら。


 アイテールはティーカップに、視線を落とした。


「負の魔力について、詳しく知るものはおらぬ。

創造神の領域と、眷属の中で伝えられておる。

それより吾主わぬしに、悪臭の情報を訪ねたい。

退治方法をどうするか道が見えよう」


 そこで俺は、パトリックに聞いた話を伝える。

 アイテールの表情はかわらず。

 ラヴェンナはあきれ顔だった。

 一通り聞き終わると、アイテールは嘆息した。


「合点がいった。

何故に負の魔力を、この世に送り出せるか……がな」


「流産した胎児ですか?」


「左様。

吾主わぬしの望む証拠による説明はない。

伝聞に過ぎぬことだけ前置きするぞ。

赤子がこの世に生を受けるために、魔力とつながる必要がある。

通常は正の魔力だ。

ただしまれに、負の魔力につながるときがある。

そうなると赤子の肉体が、耐えきれずに流産するのだ。

仮に大人であっても、大量の負の魔力が流れ込めば耐えきれない。

赤子であれば微量でも死に至る。

ごく微量に存在する負の魔力でも十分ぞ」


 だから、結集核として適当なのか。

 生きていなくても、核たりえると。


「つまり負の魔力で流産しないと、核にはなりえないのですね。

つながるということは、負の魔力を吸い寄せる構成でもあると」


「そのとおりだ。

流産の原因は誰にも分かるまいて」


 ラヴェンナはどこからともなく取り出したスプーンで、ティーカップをかき回していた。


「その厳選された結集核が問題点なのよ。

退治するのにネックとなるのは危険な叫びね。

これはアイテールに手伝ってもらえば、なんとかできそう。

神子の舌は種族が違えば、力を及ぼせないなら……押さえ込むことは可能ね。

でも叫びと同じ手段でかみつきは無効化できるから、無理に人間以外だけで編成しなくて良いわ。

1番の問題として……どうやって結集核をたたくか悩みどころね」


 アイテールは嘆息しつつ俺を見た。


「結集核をたたく方法は穏当と過激の2種類ある。

穏当がダメなら最終手段を選ぼう。

が悪臭の元を洞窟ごと破壊する。

ただ一点問題があってのう。

その地域はしばらく人が住めぬ死の大地になる。

それだけは吾主わぬしに承諾してもらう必要がある。

被害が広まるよりは良かろうて」


 可能ならさけたいな。

 隠れていたダンジョンだけあって、周囲の自然も豊か。

 死の大地にすると、食糧生産や生態系に悪影響がでてしまう。

 長命種の『しばらく』は一体どれだけの時間がかかるのか不明だし。


「まずは必要な人材を教えてください」


「死霊術士が適任だな。

結集核への干渉は容易であろう」


 そのあたりの知識は、俺とラヴェンナにはない。

 アイテール頼りだな。


「死霊術は正の魔力なのですよね。

それがどう結集核への干渉と関係するのですか?」


「死霊術は基本となる技術がある。

魂が入っていない肉体かそれだったもの。

それを扱うことに特化したものよ。

結集核は魂が一度入ったあとだからな」


 なんとなく理屈は分かる。

 だが前提に疑問があるなぁ。


「魂が肉体に宿ることと魔力の結合は、一体どちらが先なのでしょうかね?

肉体に魔力が流れて、魂が宿るのか。

逆なのか……。

それによっては死霊術が役に立たなくなるでしょう」


 ラヴェンナはわざとらしく大げさにため息をついた。


「こう言うときのパパって、ホント細かくて面倒くさいわ……」


 アイテールは小さく笑っただけだ。


「説明が曖昧だったかのぅ。

生命の成り立ちだな。

地に住まう者たちは魂があり、そこに肉体が作られる。

そして魔力がつながり、生命となる。

故に死霊術が、今回の鍵となる」


 前提は理解できた。

 だが、死霊術の何が関係するのだろう。

 そもそも詳しくは知らない。

 転生前の創作物だと、杖をふれば死体がポコポコでてくる。

 どこからともなく死体がでてくる……どこでもアンデットだった。

 そんな便利な代物ではないようだ。


「どうやって、結晶核に干渉するのでしょうか。

物理や魔法で、結集核を破壊しても問題ないと思いますが」


「その場合、集められた負の魔力が暴走するであろうな。

摂理にないものを、無理に集めておる。

微妙なバランスで成り立っておるからな。

負の魔力が暴れる力も、大きなものになる。

つまり……が洞窟ごと破壊するのとかわらぬ」


 思わず頭をかいてしまう。

 結果が同じなら、洞窟ごと始末してもらうのが良いだろうな。


「死霊術の場合はどうなのでしょうか。

わざわざ提案していただくほどです。

被害は限定的なのでしょう?」


 アイテールはティーカップを、口に運びつつ目を閉じた。


「然り。

の見立てでは干渉を始めたときに、悪臭は一切の動きが停止するであろう。

そうだのう……。

押し切ってしまえばそのまま、仮初めの体は崩れ落ちる。

結集核だけになったときに焼き払って終いだ。

特に害はないであろうよ」


 これだけ差があると歴然だな。

 まず確認してみるか。


「可能なら提案に乗るのが一番ですね。

しかし……死霊術士ですか。

ギルドに聞いてみましょう。

ちなみにどうやって干渉するのですか?」


 アイテールは、少し首をかしげて考えこんでいた。

 専門外だが知識としてもっている感じなのだろうな。


「死霊術とは、魂の空洞に魔力を注ぎ込む。

つまり魔力の器とするものぞ。

故に骨であろうと動かすことができる。

それに関しても知りたそうだが……詳しい話はせぬぞ。

きりがない」


 ちょっと残念だ……。

 俺の残念そうな顔にラヴェンナは吹き出した。

 アイテールはそれを礼儀正しく無視してくれた。


「キモとなる負の魔力は、この世には存在することは難しい。

相当な無理をして結集させておるのだ。

比率的に1の正の魔力に対して、1000以上の負の力が必要になる。

結集核から負の魔力を打ち消すのはたやすい。

正の魔力を流し込めば勝手に打ち消し合う。

人の魔力でも、十分事足りるであろうよ」


 魔力を消せば安全なことは分かった。

 確かに理にかなっている。


「結集核は見えていなくても良いのですか?」


 アイテールは俺の疑問に、小さく笑った。


「空洞に流し込む魔力は、それ専用のものだ。

なので近くに流すだけで、勝手に必要な場に向かう。

心配は無用ぞ」


 墓地で適当にやってるのは、アバウトでも勝手にはまるからなのね。

 それだと湖に使うと、勝手に何か引っかかりそうだなぁ。

 これは死霊術士を見つけたら聞いてみよう。


「ともかくあたってみますよ。

そもそも死霊術士は、身分を隠して生活している人がほとんどでしょう。

わざわざ名乗りでる人がいるのか謎ですけど……」


 ラヴェンナは俺の返事に、ため息交じりで肩をすくめた。


「そのときは、ドカーンとやってもらうしかないでしょ。

やれるだけのことはやるしかないわね。

あと死霊術士は腕利きがいれば、1人で良いわよ。

治癒魔法と一緒で、複数人が同時にやっても無意味よね。

それに補欠を用意できるとも思えないわ。

あとは参加人数が決まったら教えて」


「どうやって教えるんです?」


「パパが像の前に来てよ。

それで決まったといってくれれば良いわ」


「待ってください。

像の前で独り言なんて、ただの変人じゃないですか」


 ラヴェンナはジト目で、俺を見た。


「仕方ないでしょ。

いちいち個人の生活を覗き見しないわ。

できはするけど……制約上やると疲れるのよ。

面倒くさいし力の無駄遣いする余裕ないの。

像の前だと楽に分かるからね」


 そりゃそうだけど……。

 俺が困惑していると、アイテールが小さく吹き出した。


「諦めよ。

叫びに対抗するための準備が必要なのだろうて。

娘御はいかにして、人の子らを守るのだ?」


 ラヴェンナはアイテールを見てから、俺にウインクした。


「小さい私の像を造って頂戴。

ネックレスで良いわ。

材質は水晶が、一番良いわ。

ダメなら金ね。

それ以外だと効果は保証できないわ」


 小さくため息がでる。


「手間と費用が馬鹿にならないのですが……」


「そうじゃないと守りきれないわ。

人が死ぬより、パパにしたら安上がりでしょ。

報告したあとで、ネックレスを枕元において寝てくれれば良いわ。

パパ経由で加護の力を込めるから」


 仕方ない。

 ここは従うしかないか……。


「分かりました。

まずは死霊術士を探してもらいますよ」


 俺の渋い顔を見て、ラヴェンナはのんきにほほ笑んでいる。


「大丈夫よ。

きっと見つかるわ。

名乗っていないだけでしょ。

ラヴェンナって、居場所のない人には心地の良い場所だからね。

どこかに紛れ込んでいるわよ。

きっとホイホイと引き寄せられてると思うわ」


「間違っていませんが……。

死霊術士のパラダイスとか、ゴキブリホイホイのような言い方はどうかと思いますよ」

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